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4)とある可能性とあり得ない夢
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◇
放課後、菖が掃除当番を終えて帰る支度をしていると、同じクラスの連中が、なにやら窓に張り付いて話していた。
教室の窓から見えるものといえば、陸上部が活動しているグラウンドと、もう少し校舎よりに見下ろせば、小さな中庭が見えるくらいである。
「なぁあれ、隣のクラスの黛じゃね?」
聞き覚えのある苗字に一瞬ドキリとして、菖は彼らとは少し離れた場所から窓の下を見下ろした。
グラウンドと校舎の間には常緑樹が植わっていて、その木と校舎の間となる中庭には芝生が敷かれている。
その木の近くで、四葉が同学年と思われる女子生徒と向かい合って話していた。
「本当だ。相手だれ? 三組の柏木さん?」
「えー、マジかよぉ」
話している声までは聞こえないが、しきりに女子生徒が頭を下げているのを、四葉があわあわしながら宥めている。
どこからどう見ても『愛の告白』というやつだ。
「くっそー、柏木さん、黛みたいなのがタイプだったかぁ」
「まぁ黛も、自分は平凡だーって言うけど、別に悪くはないし、フツーに良いヤツだからなぁ」
「あれは家族が美人すぎるだけだろ。よく捻くれなかったよなぁ。オレならグレてるわ」
「分かるー」
クラスメイトたちがケラケラ笑う。
四葉のほうは、上からでも分かるほど顔を赤くしていて、きっと慌ててあれこれ余計なことを言ったりしているのかもしれない。そういうことに慣れていないのがよく分かる。
「まーでも、最近は『不幸の四葉』じゃなくなったらしいし、女子も狙ってたんかな?」
「あーマジで? 巻き添えくらわなくなるってなら、ちょっと考えるかもなー」
クラスメイト達の会話を聞き流しながら、菖は四葉が赤い顔で照れながら、嬉しそうに笑う様子を見ていた。
──四葉は、確かに良いやつだ。
純粋で、素直で、お人好しで。突然殆ど話したことのない同級生にキスを要求されても、人助けのためならと差し出せるようなヤツだ。
唯一欠点があるとすれば、災厄を招き寄せる不幸体質くらい。
それも結局、『霊力過剰症』という稀有な症状のせいで、今は自分が余剰な霊力を取り込むことで改善されてしまった。あと一、二ヶ月もすれば、余剰な霊力を抑え込む『霊具』が完成するし、そうすれば不幸体質は再発しなくなる。
この光景は、彼が過剰症でなければ得られた、可能性の一つ。
自分も彼のおかげで、心置きなく戦えていて、欠乏症でなければ有り得た術の練習が出来ている。
良いことじゃないか。お互いにこれまで出来なかったことができて、メリットしかない。それなのに。
──……なんだこれ。
胸の内がモヤモヤして、落ち着かない。
中庭では、まだ四葉が女子生徒と話を続けている。
小さく舌打ちして、菖は通学鞄を持って窓辺を離れた。
◇◇
「菖くん、大丈夫?」
「……なにが?」
翌日の放課後、今日の『現場』に向かう時から、四葉は菖の様子がどうにも気になった。
昼休みの打ち合わせの時も、いつもなら勝手に人のお弁当のおかずを食べるくせに、そういうことは全くせず。どこかぼんやりと考え事をしているような感じだったのだ。
「……その、調子悪い、のかなって」
「別に。ふつーだけど」
そう返す様子は確かに普通で、いつも通りに見えるが、なぜか妙な距離を感じる。
──僕、なんかしちゃったかな……?
菖を怒らせるようなことは、特にしていないはずだが。
うんうん考えているうちに、今日の『現場』へと到着する。
高校から東の方へ向かう道をひたすら歩き、大きな通りを越えたその先にある、この辺りでは一番大きい総合病院だ。
メインのエントランスへ向かうと『本日の診察は終了しました』と札が下がっている。
「……四葉、護符つけとけよ」
「え、もう?」
とりあえず言われるまま、通学鞄から『視覚補助』と『隠匿』の札を取り出し、目立たないようシャツやズボンのポケットの内側に貼った。
そうして、閉じられたまま開かない、ガラスの自動ドアの内側に視線を向けると。
「……えっ」
病院内は外来受付を終了したため、照明を落として薄暗くなっているのだが、その薄暗い空間を黒いモヤが漂っている。
「だいぶ澱んでるな。早々に片付けないと」
辺りを見回すと、夜間・緊急外来受付への案内板が見えたので、二人はそちらに向かった。
病院の裏手にある、時間外の患者のための裏口に辿り着くと、そこにあったインターホンを鳴らす。対応に出た女性の声に「鳴崎です」と言うと、すぐにドアが開いて、白衣を着た恰幅の良い医師が出迎えた。
胸元のプレートには『院長』の記載がある。
──院長先生が直々に……!
四葉は緊張して、思わず背筋をピシッと伸ばしたのだが、院長の白衣の胸ポケットから、時々見かけるツリ目猫のマスコットチャームがついたボールペンが見えて、ちょっとだけ和んでしまった。
「すみません、御足労いただいて」
「いえ、仕事ですので」
見た目の割に腰の低い院長は、病院内を案内しながら、現在の状況について話し始める。
「実は、目覚めてもいいはずの患者さんが、目覚めなくなってしまいまして」
本来の症状もなくなり、体力や各数値も問題がないのに、入院患者が眠ったままでいるのだそうだ。
「ひどい時は、お見舞いにきていた人がそのまま病室で一緒に眠ってしまったり、外来の患者さんが待合室で寝落ちていることも増えてしまって」
医師や看護師の中にも寝落ち始める人が出始め、新たな病気の可能性も考えて、病院を一時封鎖しようとしたらしい。しかし、病院を出ると症状がさっぱり消えてしまう。試しに目覚めないままだった入院患者を別の病院に転院させると、翌日には目を覚ましたのだとか。
「それで、これは病気ではない何かだ、となりまして……」
話を聞きながら上の階へあがる。
やはりここも、黒いモヤが天井付近を覆い尽くすように立ち込めていて、一階よりも濃いような気がした。
「そうでしたか」
「たまたま『護石』の方が病院にいらして、早々になんとかしたほうがいいと、そちらにご連絡をしていただいて」
『護石』とは、『護家』の管理する街に住んでいる霊力の強い人間のことで、悪霊や怪異の関わっていそうな困り事を見つけると『護家』へ連絡をしてくれる存在。基本的には『護家』と繋がりのある人間がその役割につき、住む街や土地を清浄に保つため、本業の傍ら行っている。
「──状況は分かりました。あとはこちらにお任せください」
そう言って一礼すると、菖と四葉だけで病院内を見回り始めた。
「上にいくほど濃くなってるってことは、屋上とかに潜んでるのかな?」
「あー、たぶんな。屋上行ってみるか」
院長がいる時はキリッとしていたのが、二人になった途端にダラけるのをみて、四葉はこういうところを知らないから、みんな好きになっちゃうんだろうなぁと考える。
昨日も四葉は放課後、女子生徒に呼び出されたのだが、ドキドキしつつよくよく話を聞いていると、菖を目当てにした告白だったのだ。
──僕と恋人になって、菖くんを一緒に手伝いたいんですって、言われてもね。
菖と四葉が二人で何かしていることを知っている生徒達は、どうしてもそれが気になるらしく、あの手この手で四葉に探りを入れてくる。
昨日呼び出してきた女子生徒も、四葉としてはちょっと可愛いなと思っていた子だったのもあり、意図に気付いた時はなかなかにショックであった。
──菖くんだって、頻繁にキスする相手なら男の僕なんかより、可愛い女の子のほうが良かっただろうに。
替われるものなら、替わってあげたい。
自分だってまさか菖とここまで一緒に行動することになるとは、思ってもいなかったのだし。
昨日のことを思い出し、大きくため息をついたのを、菖がちらりと横目で見てくる。
「……どうかしたか?」
「え、ううん。なんでもない」
「……そうか」
すぐに視線が屋上に繋がる階段へ戻った。
──菖くんも、今日はなんか変なんだよなぁ。
まったく、頭の痛いことが多いな、と四葉は内心でまたため息をついた。
放課後、菖が掃除当番を終えて帰る支度をしていると、同じクラスの連中が、なにやら窓に張り付いて話していた。
教室の窓から見えるものといえば、陸上部が活動しているグラウンドと、もう少し校舎よりに見下ろせば、小さな中庭が見えるくらいである。
「なぁあれ、隣のクラスの黛じゃね?」
聞き覚えのある苗字に一瞬ドキリとして、菖は彼らとは少し離れた場所から窓の下を見下ろした。
グラウンドと校舎の間には常緑樹が植わっていて、その木と校舎の間となる中庭には芝生が敷かれている。
その木の近くで、四葉が同学年と思われる女子生徒と向かい合って話していた。
「本当だ。相手だれ? 三組の柏木さん?」
「えー、マジかよぉ」
話している声までは聞こえないが、しきりに女子生徒が頭を下げているのを、四葉があわあわしながら宥めている。
どこからどう見ても『愛の告白』というやつだ。
「くっそー、柏木さん、黛みたいなのがタイプだったかぁ」
「まぁ黛も、自分は平凡だーって言うけど、別に悪くはないし、フツーに良いヤツだからなぁ」
「あれは家族が美人すぎるだけだろ。よく捻くれなかったよなぁ。オレならグレてるわ」
「分かるー」
クラスメイトたちがケラケラ笑う。
四葉のほうは、上からでも分かるほど顔を赤くしていて、きっと慌ててあれこれ余計なことを言ったりしているのかもしれない。そういうことに慣れていないのがよく分かる。
「まーでも、最近は『不幸の四葉』じゃなくなったらしいし、女子も狙ってたんかな?」
「あーマジで? 巻き添えくらわなくなるってなら、ちょっと考えるかもなー」
クラスメイト達の会話を聞き流しながら、菖は四葉が赤い顔で照れながら、嬉しそうに笑う様子を見ていた。
──四葉は、確かに良いやつだ。
純粋で、素直で、お人好しで。突然殆ど話したことのない同級生にキスを要求されても、人助けのためならと差し出せるようなヤツだ。
唯一欠点があるとすれば、災厄を招き寄せる不幸体質くらい。
それも結局、『霊力過剰症』という稀有な症状のせいで、今は自分が余剰な霊力を取り込むことで改善されてしまった。あと一、二ヶ月もすれば、余剰な霊力を抑え込む『霊具』が完成するし、そうすれば不幸体質は再発しなくなる。
この光景は、彼が過剰症でなければ得られた、可能性の一つ。
自分も彼のおかげで、心置きなく戦えていて、欠乏症でなければ有り得た術の練習が出来ている。
良いことじゃないか。お互いにこれまで出来なかったことができて、メリットしかない。それなのに。
──……なんだこれ。
胸の内がモヤモヤして、落ち着かない。
中庭では、まだ四葉が女子生徒と話を続けている。
小さく舌打ちして、菖は通学鞄を持って窓辺を離れた。
◇◇
「菖くん、大丈夫?」
「……なにが?」
翌日の放課後、今日の『現場』に向かう時から、四葉は菖の様子がどうにも気になった。
昼休みの打ち合わせの時も、いつもなら勝手に人のお弁当のおかずを食べるくせに、そういうことは全くせず。どこかぼんやりと考え事をしているような感じだったのだ。
「……その、調子悪い、のかなって」
「別に。ふつーだけど」
そう返す様子は確かに普通で、いつも通りに見えるが、なぜか妙な距離を感じる。
──僕、なんかしちゃったかな……?
菖を怒らせるようなことは、特にしていないはずだが。
うんうん考えているうちに、今日の『現場』へと到着する。
高校から東の方へ向かう道をひたすら歩き、大きな通りを越えたその先にある、この辺りでは一番大きい総合病院だ。
メインのエントランスへ向かうと『本日の診察は終了しました』と札が下がっている。
「……四葉、護符つけとけよ」
「え、もう?」
とりあえず言われるまま、通学鞄から『視覚補助』と『隠匿』の札を取り出し、目立たないようシャツやズボンのポケットの内側に貼った。
そうして、閉じられたまま開かない、ガラスの自動ドアの内側に視線を向けると。
「……えっ」
病院内は外来受付を終了したため、照明を落として薄暗くなっているのだが、その薄暗い空間を黒いモヤが漂っている。
「だいぶ澱んでるな。早々に片付けないと」
辺りを見回すと、夜間・緊急外来受付への案内板が見えたので、二人はそちらに向かった。
病院の裏手にある、時間外の患者のための裏口に辿り着くと、そこにあったインターホンを鳴らす。対応に出た女性の声に「鳴崎です」と言うと、すぐにドアが開いて、白衣を着た恰幅の良い医師が出迎えた。
胸元のプレートには『院長』の記載がある。
──院長先生が直々に……!
四葉は緊張して、思わず背筋をピシッと伸ばしたのだが、院長の白衣の胸ポケットから、時々見かけるツリ目猫のマスコットチャームがついたボールペンが見えて、ちょっとだけ和んでしまった。
「すみません、御足労いただいて」
「いえ、仕事ですので」
見た目の割に腰の低い院長は、病院内を案内しながら、現在の状況について話し始める。
「実は、目覚めてもいいはずの患者さんが、目覚めなくなってしまいまして」
本来の症状もなくなり、体力や各数値も問題がないのに、入院患者が眠ったままでいるのだそうだ。
「ひどい時は、お見舞いにきていた人がそのまま病室で一緒に眠ってしまったり、外来の患者さんが待合室で寝落ちていることも増えてしまって」
医師や看護師の中にも寝落ち始める人が出始め、新たな病気の可能性も考えて、病院を一時封鎖しようとしたらしい。しかし、病院を出ると症状がさっぱり消えてしまう。試しに目覚めないままだった入院患者を別の病院に転院させると、翌日には目を覚ましたのだとか。
「それで、これは病気ではない何かだ、となりまして……」
話を聞きながら上の階へあがる。
やはりここも、黒いモヤが天井付近を覆い尽くすように立ち込めていて、一階よりも濃いような気がした。
「そうでしたか」
「たまたま『護石』の方が病院にいらして、早々になんとかしたほうがいいと、そちらにご連絡をしていただいて」
『護石』とは、『護家』の管理する街に住んでいる霊力の強い人間のことで、悪霊や怪異の関わっていそうな困り事を見つけると『護家』へ連絡をしてくれる存在。基本的には『護家』と繋がりのある人間がその役割につき、住む街や土地を清浄に保つため、本業の傍ら行っている。
「──状況は分かりました。あとはこちらにお任せください」
そう言って一礼すると、菖と四葉だけで病院内を見回り始めた。
「上にいくほど濃くなってるってことは、屋上とかに潜んでるのかな?」
「あー、たぶんな。屋上行ってみるか」
院長がいる時はキリッとしていたのが、二人になった途端にダラけるのをみて、四葉はこういうところを知らないから、みんな好きになっちゃうんだろうなぁと考える。
昨日も四葉は放課後、女子生徒に呼び出されたのだが、ドキドキしつつよくよく話を聞いていると、菖を目当てにした告白だったのだ。
──僕と恋人になって、菖くんを一緒に手伝いたいんですって、言われてもね。
菖と四葉が二人で何かしていることを知っている生徒達は、どうしてもそれが気になるらしく、あの手この手で四葉に探りを入れてくる。
昨日呼び出してきた女子生徒も、四葉としてはちょっと可愛いなと思っていた子だったのもあり、意図に気付いた時はなかなかにショックであった。
──菖くんだって、頻繁にキスする相手なら男の僕なんかより、可愛い女の子のほうが良かっただろうに。
替われるものなら、替わってあげたい。
自分だってまさか菖とここまで一緒に行動することになるとは、思ってもいなかったのだし。
昨日のことを思い出し、大きくため息をついたのを、菖がちらりと横目で見てくる。
「……どうかしたか?」
「え、ううん。なんでもない」
「……そうか」
すぐに視線が屋上に繋がる階段へ戻った。
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