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8)契約の終わりと解放のさよなら
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金曜の放課後。
空が紺とオレンジのグラデーションを描く頃、菖と陽葵、そして四葉の三人は、それぞれ一度帰宅した後、清宮自然公園に集まっていた。
広い敷地内は何本かの遊歩道が通っており、遊具のある広場や池などが自然豊かに配置されている。『神域』と呼ばれる清宮神社もこの公園内にあって、鳴崎家が主に管理しているのだそうだ。
今回荒らされた神社を中心とした周辺は、工事用の白い壁で囲まれていて見えないが、その内側はほぼ完成しているという。
そこから少し離れた、子ども向け遊具の集まる児童公園のような広場は、すでに修理が完了したとして開放されており、三人はそこに集まっていた。
普段は制服姿だが、菖も陽葵もジーンズに半袖のシャツと私服姿で、ハーフパンツに半袖パーカーな四葉は少しばかりときめいてしまう。
──カッコいい人は、私服もカッコいいんだなぁ。
休日に菖の家には泊まったけれど、結局パジャマ姿で過ごしたので、私服を見るのは初めてだ。
やはり着ている服もブランド品とかなんだろうか、と考えていると、菖が木刀の入った袋を二本持っているのに気付く。
「菖くん、木刀二本も持ってきたの?」
「ああ、もう少し霊力の乗りやすい、新しいのを買ったから、試しにな」
そう言って菖が木刀の袋をそれぞれ開けて中身を並べて見せた。従来の木刀は木目の見える濃い茶色をしていたが、新しいものは少し青みがあって灰色がかった色をしており、一見木製とは思えない。
「……種類によって違うんだね」
「ああ。今回は手強そうだし『神域』でなら多少霊力を使いすぎても、すぐにはバテないからな」
「そっか」
武器に霊力を乗せやすいということは、その分使う霊力も増えるということ。強力になる分、普段以上に霊力切れを起こしやすくなるのだ。
「でも、一気に使えば霊力切れを起こすのは変わらないからな。その時は、頼んだぞ」
「……うん」
菖がぽんぽんと四葉の頭を撫でる。
『神域』での補給は、空中に漂っているものを吸収するかたちなので、口移しで受け取るより時間がかかるものらしい。そのため緊急性が高い場合は、四葉からの『補給』のほうが良いのだそうだ。
──菖くんは、他の人よりハンデが多いんだな。
霊力というのは、使えば使うほど蓄えられる量が増え、回復も早くなり、強力な技も使えるようになるらしい。元々努力家の彼が欠乏症でなければ、今頃はもっとずっと強くなって、自由に戦えていただろう。
自分なんかを頼らなくてもいいくらいに。
グッと言葉と気持ちを飲み込んで、四葉は顔を上げて周囲を見回す。
「そういえば、遊具も全部新しくなったんだね」
この辺りは池からも遠く、児童公園のようになっているのだ。
「ええ、元々古くなっていたそうですが、ほとんど壊されてしまったので、なるべく同じ状態になるように遊具も用意したそうです」
「新品しかないけど、なんか懐かしいよねぇ」
四葉はそう言って駆け出すと、鉄の棒がドーム状になるよう組まれた、変形タイプのジャングルジムに上る。
小学校低学年の頃からこの辺に住んでいるので、比較的自宅マンションから近く、遊具の多いこの広場は、四葉にとって懐かしい場所だ。
「……何してんだ」
広場の出入り口付近にあるベンチに座った菖が、呆れたように言う。
「遊んでたほうが、向こうも油断するかもじゃん!」
「一理ありますね」
「ねーよ……」
四葉の言葉に陽葵が同意したのを、菖がため息をつくようにあしらった。
四葉としてはただ、菖の隣でじっとしていると、なんだか落ち着かないので、物理的に距離をとりたかったのもある。
空はすっかり紺色が支配し始め、オレンジ色は端の方へ追いやられていた。遊歩道沿いや広場など、公園内に設置された街路灯が煌々と白い光を放ち始める時間。
広場内の遊具をそれぞれ巡っていた四葉は、ふとあるものが気になった。広場の端に、大理石か何かで作られたような、猫の置物が佇んでいる。
「……あれ、これは?」
「どうかしたか?」
四葉がマジマジと見つめていると、菖と陽葵もやってきたので、三人で改めて覗き込んだ。
キリッとつり上がった半月の目に、への字の口。ヒゲの見当たらない、小さな猫の置物。
「今回は公園にあったものは全部再現したと聞いてます。昔からあるもの、じゃないんですか?」
「ううん、こんなの知らない」
「壊される直前に追加されてたとかじゃねーの? これ、人気のキャラクターなんだろ?」
子どもたちの興味を引くために、人気のあるキャラクターものを公園などに置くのはよくある話だ。
しかし、四葉はこれが、以前からあるものではないと知っている。
「この公園、管理がしっかりしてて、広場の遊具が故障したとか、池にどんな鳥が来てるとか、何かあったら必ず出入り口の掲示板でお知らせ出してるんだ」
「……そんな掲示板、あったか?」
四葉の言葉に菖が首を傾げた。菖も普段から『補給』のために出入りしているが、そんな掲示板を見かけた記憶がない。
「ここ、出入り口がいくつかあるでしょ? 僕の住んでるマンションに近いほうの出口には掲示板があって。よく通るし、好きでしょっちゅう見てたんだけど、こんなのが入ったお知らせなんて見てないよ」
言われて陽葵が慌てて改修工事に関する資料を取り出し、広場の遊具に関する資料を探し出す。
街路灯の明かりの下で、設置した遊具のリストを一つずつ確認したが、そこに猫の置物らしいものは書かれていなかった。
「……ありませんね」
「え! じゃあ、あれは……?」
三人が広場の隅にある猫の置物へ視線を向ける。
明かりがわずかに届かず、薄暗い中にひっそりと佇む猫の置物。
ニャーン……。
どこからか猫の鳴き声が聞こえた。辺りを見回しても、野良猫がいるような雰囲気はない。
と、置物の猫の目が、パチリと閉じて開いた。
「えっ」
次の瞬間、大理石の猫の置物はガタガタと縦に揺れ始め、揺れがだんだんと大きくなるに連れて膨らんでいく。
そしてそれは、ついに本性を現した。
尖った耳、金色の半月のような目。大きく開いた口から覗く牙と手足の先の爪がギラリと光る、長いしっぽを三本生やした、化け猫の姿。置物と同じで、ヒゲが見当たらない。
《ニャオーーン》
「妖魔!?」
体長三~四メートルはありそうな、巨大な化け猫の妖魔だった。
本来なら妖魔は、神社のあるような『神域』に侵入できる存在ではない。
しかし、例外はある。
『護家』に連なる者に使役されており、無害な状態で誰かが意図的に持ち込めば、妖魔でも『神域』に入ることが出来るのだ。
ただそれは、他者を襲わないモノという前提があってこそ許可されている行為。これは明らかにそれを逆手に取った、叛逆的行為だ。
姿を現した妖魔は、ドーム状のジャングルジムの上に上がると、グッと頭を下げお尻を高く持ち上げる。
そして思いきり高く跳んだかと思うと、鋭い爪を伸ばし、四葉にまっすぐ向かっていった。
「四葉!」
咄嗟に菖が四葉の前に出ていき、爪を木刀で受け止め、押し返す。
「菖くん!?」
「陽葵、四葉を頼む!」
「はいっ」
陽葵に腕を掴まれ、広場の隅まで走ると、すぐに陽葵が結界を張った。
「『神域』で現れてくれるとはな。いくらでも戦えるぞ」
《……フン、『飛べない破魔矢』が喚きよるわ》
化け猫は妙に嗄れた声でそう言うと、カカカ、と楽しげに笑う。
「『飛べない破魔矢』って?」
「……菖に対する蔑称です。欠乏症のせいで『神域』を離れられない菖を、一部の他家がそう呼んでいて。……今回の件は、やはり」
「お前……!」
怒りを露わにした菖が、木刀を紫紺色に光らせ、化け猫向かって斬りかかっていった。
しかし化け猫は身体をしなやかに捻ってはひらりと躱し、まるで猫がおもちゃで遊ぶかのように爪で木刀を受け止めては、菖をあっさりと吹き飛ばす。
「菖くん!」
吹き飛ばされた菖は、広場を囲む低木にぶつかって倒れた。
しかし化け猫は倒れた菖に追い打ちはせず、なぜかくるりと身体の向きを変え、陽葵と四葉のほうへ向かってくる。
「逃げますよ!」
「はい!」
周囲に結界を張ったまま、陽葵と四葉の二人で広場の反対の端へ走り出した。
空が紺とオレンジのグラデーションを描く頃、菖と陽葵、そして四葉の三人は、それぞれ一度帰宅した後、清宮自然公園に集まっていた。
広い敷地内は何本かの遊歩道が通っており、遊具のある広場や池などが自然豊かに配置されている。『神域』と呼ばれる清宮神社もこの公園内にあって、鳴崎家が主に管理しているのだそうだ。
今回荒らされた神社を中心とした周辺は、工事用の白い壁で囲まれていて見えないが、その内側はほぼ完成しているという。
そこから少し離れた、子ども向け遊具の集まる児童公園のような広場は、すでに修理が完了したとして開放されており、三人はそこに集まっていた。
普段は制服姿だが、菖も陽葵もジーンズに半袖のシャツと私服姿で、ハーフパンツに半袖パーカーな四葉は少しばかりときめいてしまう。
──カッコいい人は、私服もカッコいいんだなぁ。
休日に菖の家には泊まったけれど、結局パジャマ姿で過ごしたので、私服を見るのは初めてだ。
やはり着ている服もブランド品とかなんだろうか、と考えていると、菖が木刀の入った袋を二本持っているのに気付く。
「菖くん、木刀二本も持ってきたの?」
「ああ、もう少し霊力の乗りやすい、新しいのを買ったから、試しにな」
そう言って菖が木刀の袋をそれぞれ開けて中身を並べて見せた。従来の木刀は木目の見える濃い茶色をしていたが、新しいものは少し青みがあって灰色がかった色をしており、一見木製とは思えない。
「……種類によって違うんだね」
「ああ。今回は手強そうだし『神域』でなら多少霊力を使いすぎても、すぐにはバテないからな」
「そっか」
武器に霊力を乗せやすいということは、その分使う霊力も増えるということ。強力になる分、普段以上に霊力切れを起こしやすくなるのだ。
「でも、一気に使えば霊力切れを起こすのは変わらないからな。その時は、頼んだぞ」
「……うん」
菖がぽんぽんと四葉の頭を撫でる。
『神域』での補給は、空中に漂っているものを吸収するかたちなので、口移しで受け取るより時間がかかるものらしい。そのため緊急性が高い場合は、四葉からの『補給』のほうが良いのだそうだ。
──菖くんは、他の人よりハンデが多いんだな。
霊力というのは、使えば使うほど蓄えられる量が増え、回復も早くなり、強力な技も使えるようになるらしい。元々努力家の彼が欠乏症でなければ、今頃はもっとずっと強くなって、自由に戦えていただろう。
自分なんかを頼らなくてもいいくらいに。
グッと言葉と気持ちを飲み込んで、四葉は顔を上げて周囲を見回す。
「そういえば、遊具も全部新しくなったんだね」
この辺りは池からも遠く、児童公園のようになっているのだ。
「ええ、元々古くなっていたそうですが、ほとんど壊されてしまったので、なるべく同じ状態になるように遊具も用意したそうです」
「新品しかないけど、なんか懐かしいよねぇ」
四葉はそう言って駆け出すと、鉄の棒がドーム状になるよう組まれた、変形タイプのジャングルジムに上る。
小学校低学年の頃からこの辺に住んでいるので、比較的自宅マンションから近く、遊具の多いこの広場は、四葉にとって懐かしい場所だ。
「……何してんだ」
広場の出入り口付近にあるベンチに座った菖が、呆れたように言う。
「遊んでたほうが、向こうも油断するかもじゃん!」
「一理ありますね」
「ねーよ……」
四葉の言葉に陽葵が同意したのを、菖がため息をつくようにあしらった。
四葉としてはただ、菖の隣でじっとしていると、なんだか落ち着かないので、物理的に距離をとりたかったのもある。
空はすっかり紺色が支配し始め、オレンジ色は端の方へ追いやられていた。遊歩道沿いや広場など、公園内に設置された街路灯が煌々と白い光を放ち始める時間。
広場内の遊具をそれぞれ巡っていた四葉は、ふとあるものが気になった。広場の端に、大理石か何かで作られたような、猫の置物が佇んでいる。
「……あれ、これは?」
「どうかしたか?」
四葉がマジマジと見つめていると、菖と陽葵もやってきたので、三人で改めて覗き込んだ。
キリッとつり上がった半月の目に、への字の口。ヒゲの見当たらない、小さな猫の置物。
「今回は公園にあったものは全部再現したと聞いてます。昔からあるもの、じゃないんですか?」
「ううん、こんなの知らない」
「壊される直前に追加されてたとかじゃねーの? これ、人気のキャラクターなんだろ?」
子どもたちの興味を引くために、人気のあるキャラクターものを公園などに置くのはよくある話だ。
しかし、四葉はこれが、以前からあるものではないと知っている。
「この公園、管理がしっかりしてて、広場の遊具が故障したとか、池にどんな鳥が来てるとか、何かあったら必ず出入り口の掲示板でお知らせ出してるんだ」
「……そんな掲示板、あったか?」
四葉の言葉に菖が首を傾げた。菖も普段から『補給』のために出入りしているが、そんな掲示板を見かけた記憶がない。
「ここ、出入り口がいくつかあるでしょ? 僕の住んでるマンションに近いほうの出口には掲示板があって。よく通るし、好きでしょっちゅう見てたんだけど、こんなのが入ったお知らせなんて見てないよ」
言われて陽葵が慌てて改修工事に関する資料を取り出し、広場の遊具に関する資料を探し出す。
街路灯の明かりの下で、設置した遊具のリストを一つずつ確認したが、そこに猫の置物らしいものは書かれていなかった。
「……ありませんね」
「え! じゃあ、あれは……?」
三人が広場の隅にある猫の置物へ視線を向ける。
明かりがわずかに届かず、薄暗い中にひっそりと佇む猫の置物。
ニャーン……。
どこからか猫の鳴き声が聞こえた。辺りを見回しても、野良猫がいるような雰囲気はない。
と、置物の猫の目が、パチリと閉じて開いた。
「えっ」
次の瞬間、大理石の猫の置物はガタガタと縦に揺れ始め、揺れがだんだんと大きくなるに連れて膨らんでいく。
そしてそれは、ついに本性を現した。
尖った耳、金色の半月のような目。大きく開いた口から覗く牙と手足の先の爪がギラリと光る、長いしっぽを三本生やした、化け猫の姿。置物と同じで、ヒゲが見当たらない。
《ニャオーーン》
「妖魔!?」
体長三~四メートルはありそうな、巨大な化け猫の妖魔だった。
本来なら妖魔は、神社のあるような『神域』に侵入できる存在ではない。
しかし、例外はある。
『護家』に連なる者に使役されており、無害な状態で誰かが意図的に持ち込めば、妖魔でも『神域』に入ることが出来るのだ。
ただそれは、他者を襲わないモノという前提があってこそ許可されている行為。これは明らかにそれを逆手に取った、叛逆的行為だ。
姿を現した妖魔は、ドーム状のジャングルジムの上に上がると、グッと頭を下げお尻を高く持ち上げる。
そして思いきり高く跳んだかと思うと、鋭い爪を伸ばし、四葉にまっすぐ向かっていった。
「四葉!」
咄嗟に菖が四葉の前に出ていき、爪を木刀で受け止め、押し返す。
「菖くん!?」
「陽葵、四葉を頼む!」
「はいっ」
陽葵に腕を掴まれ、広場の隅まで走ると、すぐに陽葵が結界を張った。
「『神域』で現れてくれるとはな。いくらでも戦えるぞ」
《……フン、『飛べない破魔矢』が喚きよるわ》
化け猫は妙に嗄れた声でそう言うと、カカカ、と楽しげに笑う。
「『飛べない破魔矢』って?」
「……菖に対する蔑称です。欠乏症のせいで『神域』を離れられない菖を、一部の他家がそう呼んでいて。……今回の件は、やはり」
「お前……!」
怒りを露わにした菖が、木刀を紫紺色に光らせ、化け猫向かって斬りかかっていった。
しかし化け猫は身体をしなやかに捻ってはひらりと躱し、まるで猫がおもちゃで遊ぶかのように爪で木刀を受け止めては、菖をあっさりと吹き飛ばす。
「菖くん!」
吹き飛ばされた菖は、広場を囲む低木にぶつかって倒れた。
しかし化け猫は倒れた菖に追い打ちはせず、なぜかくるりと身体の向きを変え、陽葵と四葉のほうへ向かってくる。
「逃げますよ!」
「はい!」
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