31 / 37
9)手放した世界と繋ぐための告白
9-2
しおりを挟む
◇
例えケガ人でも、生活に支障のないレベルであれば、放課後の掃除当番は回ってくる。
「んじゃお疲れー」
「あぁ」
菖が掃除当番の仕事を終えて廊下を歩いていると、窓の外で四葉がクラスメイトたち数名と一緒に、正門のほうへ妙に騒がしく、大人数で向かっているのが見えた。
元々、他人に親しまれやすいタイプの人間なのだろう。自分以外の人間とだって、ああやって仲良く笑い合えるのが、四葉のすごいところで、いいところだ。
けれど、違う誰かと笑っている顔を見るだけで、胸が締め付けられる自分は、なんて狭量なんだろうか。
──少し、時間をあけるか。
彼と関わらないようにするためにも、今後も登下校の時間はズラした方がいいだろう。
教室で時間を潰そうと、踵を返して自分の教室に戻ろうとしたところで、隣のクラス──四葉のクラスメイトである女子生徒たちの声が耳に入る。
「──黛ってさぁ」
気にしている名前に、ハッとして思わず足が止まった。
「失恋したってガチ?」
「ああ、らしいよ。だから今日、男子たちが『失恋を励ます会』やるんだって」
「それでみんなで下校してたの? やばい、ウケる」
女子生徒たちは、どこか楽しそうにケラケラと笑う。
四葉に好きな人がいたらしいのは、病院での会話でなんとなく察していた。同じクラスの女子生徒が話しているくらいなら、やはり彼には、自分ではない心を寄せる相手がいたのだろう。
──だから、あんなふうに言ったのか。
病室で『そういうことは好きな人としたい』と言っていたのも、やはりそのせいだったのだ。
以前告白されて断ったと聞いた時は、そんな様子は微塵もなかったので、それ以降に好きになったのだろうか。
「えー何、黛の好きな人って誰だったの?」
「なーんかねぇ、あいつ鳴崎くんのお手伝いしてたじゃん。そんときに出会った人でぇ、住む世界も違うし恋人いるって分かったから、諦めたんだって」
「なんだー。男なら当たって砕けてこいよなぁ」
──……は?
思い当たる人物が全く思い浮かばない。
『仕事』で依頼人と会うことはあまりないし、四葉と一緒に行った『現場』で出会うような人物に、女性は殆どいなかった。まして会った人と四葉が親しく話したりもしていない。
──どういうことだ?
全くもって意味がわからない。
四葉に確認を取るべきだろうか、とスマートフォンを取り出したが、菖はぐっと堪えてポケットにしまう。
ため息をついていると、ひとしきり笑っていた女子生徒たちの話題が変わっていた。
「あー、失恋って言えばさ、二組の前原ちゃん、鳴崎くんにコクって振られたってね」
「ああ、らしいねぇ。鳴崎くんに『彼女』いるって知らなかったのかな?」
「本当だよねぇ?」
──……はぁ?
再び二人がケラケラと笑い出す。
確かに今日の昼休み、女子生徒から付き合ってほしいと言われて断った。それは事実だ。
しかし自分には『彼女』にあたるような、そんな人物はいない。菖は思わず、隣の教室に入っていった。
「おい、なんだその話」
入り口付近の座席で話していただけの女子生徒二人は、驚いた顔で菖を見る。
「な、鳴崎くん!?」
「やっば、聞かれてたー」
二人の女子生徒は何が可笑しいのか、やはりケラケラと笑っていた。
が、すぐに菖に聞かれたことを思い出したらしく、片方が菖に聞き返す。
「あーえっと、その話って、どれのこと?」
「……俺に『彼女』がいるとかいう話だ」
「えっ?」
菖が不機嫌そうに二人を睨みつけながら言うと、女子生徒たちは互いに顔を見合わせ、すぐに菖のほうを見た。
「いや、だってこの前ぇ、正門前でイチャイチャしてたじゃん」
「は?」
「そうそう、隣町の女子校の制服着た子とさ……」
「隣町の女子校……」
言われて菖は頭を抱える。
確かに先週、隣町の女子校の生徒と待ち合わせをした。そういう事実は確かにある。しかし、
「あれは、違う……。『彼女』なんかじゃない」
大きくため息をつくように告げると、女子生徒たちは逆に驚いた顔をしていた。
「えっそうなの?」
「うちらのクラス、全員がそう思ってたけど」
クラス全員が知っていたのだとすれば、四葉も当然この話を知っていて、事実だと思い込んでいるはず。
「……なるほど、そういうことか」
あんなに分かりやすく自分に好意を見せていた四葉が、突然自分を拒絶したのも、この話のせいだったのだ。
「え、じゃあじゃあ、あの子が『彼女』じゃないってことは、『好きな人』がいるっていうのは……?」
興味津々に聞かれたので、菖はそちらをジロリと睨んでから答える。
「……それは事実だ」
女子生徒たちはガッカリしたように「なーんだぁ」と肩を下げた。
これは偶然が重なって、すれ違っただけの話。
菖は大きく息を吐くと、急いで昇降口へ向かった。
靴を履き替え、正門を出る。
しかし正門を出たところで、四葉たちがどっちへ行ったかは分からなかった。女子生徒たちの話から、多分商店街へ行ったのだろうとそちらに足を向けようとして、ハッと我に返る。
──誤解だと話したところで、どうしようというんだ。
菖は息を整えながら、心を落ち着けた。
もし、四葉の好きだった相手が、自分じゃなかったらどうするつもりなのか。
だって、そんな言葉は言われていないから。
分かりやすい好意の混じった視線をずっともらっていただけで、彼は約束通り『自分を好きにならなかった』のかもしれない。
菖はそのまま足を、自宅のあるマンションのほうへ向けた。
自分と四葉は住む世界が違う。
その通りだ。
ケガをさせて、下手したら死ぬかもしれない、怖い思いもさせた。
もうあんな思いをさせないよう、困らないよう、自分は強くならなければいけない。
──……それでも。
菖はぐっと唇を噛み、拳を握りしめて歩いた。
例えケガ人でも、生活に支障のないレベルであれば、放課後の掃除当番は回ってくる。
「んじゃお疲れー」
「あぁ」
菖が掃除当番の仕事を終えて廊下を歩いていると、窓の外で四葉がクラスメイトたち数名と一緒に、正門のほうへ妙に騒がしく、大人数で向かっているのが見えた。
元々、他人に親しまれやすいタイプの人間なのだろう。自分以外の人間とだって、ああやって仲良く笑い合えるのが、四葉のすごいところで、いいところだ。
けれど、違う誰かと笑っている顔を見るだけで、胸が締め付けられる自分は、なんて狭量なんだろうか。
──少し、時間をあけるか。
彼と関わらないようにするためにも、今後も登下校の時間はズラした方がいいだろう。
教室で時間を潰そうと、踵を返して自分の教室に戻ろうとしたところで、隣のクラス──四葉のクラスメイトである女子生徒たちの声が耳に入る。
「──黛ってさぁ」
気にしている名前に、ハッとして思わず足が止まった。
「失恋したってガチ?」
「ああ、らしいよ。だから今日、男子たちが『失恋を励ます会』やるんだって」
「それでみんなで下校してたの? やばい、ウケる」
女子生徒たちは、どこか楽しそうにケラケラと笑う。
四葉に好きな人がいたらしいのは、病院での会話でなんとなく察していた。同じクラスの女子生徒が話しているくらいなら、やはり彼には、自分ではない心を寄せる相手がいたのだろう。
──だから、あんなふうに言ったのか。
病室で『そういうことは好きな人としたい』と言っていたのも、やはりそのせいだったのだ。
以前告白されて断ったと聞いた時は、そんな様子は微塵もなかったので、それ以降に好きになったのだろうか。
「えー何、黛の好きな人って誰だったの?」
「なーんかねぇ、あいつ鳴崎くんのお手伝いしてたじゃん。そんときに出会った人でぇ、住む世界も違うし恋人いるって分かったから、諦めたんだって」
「なんだー。男なら当たって砕けてこいよなぁ」
──……は?
思い当たる人物が全く思い浮かばない。
『仕事』で依頼人と会うことはあまりないし、四葉と一緒に行った『現場』で出会うような人物に、女性は殆どいなかった。まして会った人と四葉が親しく話したりもしていない。
──どういうことだ?
全くもって意味がわからない。
四葉に確認を取るべきだろうか、とスマートフォンを取り出したが、菖はぐっと堪えてポケットにしまう。
ため息をついていると、ひとしきり笑っていた女子生徒たちの話題が変わっていた。
「あー、失恋って言えばさ、二組の前原ちゃん、鳴崎くんにコクって振られたってね」
「ああ、らしいねぇ。鳴崎くんに『彼女』いるって知らなかったのかな?」
「本当だよねぇ?」
──……はぁ?
再び二人がケラケラと笑い出す。
確かに今日の昼休み、女子生徒から付き合ってほしいと言われて断った。それは事実だ。
しかし自分には『彼女』にあたるような、そんな人物はいない。菖は思わず、隣の教室に入っていった。
「おい、なんだその話」
入り口付近の座席で話していただけの女子生徒二人は、驚いた顔で菖を見る。
「な、鳴崎くん!?」
「やっば、聞かれてたー」
二人の女子生徒は何が可笑しいのか、やはりケラケラと笑っていた。
が、すぐに菖に聞かれたことを思い出したらしく、片方が菖に聞き返す。
「あーえっと、その話って、どれのこと?」
「……俺に『彼女』がいるとかいう話だ」
「えっ?」
菖が不機嫌そうに二人を睨みつけながら言うと、女子生徒たちは互いに顔を見合わせ、すぐに菖のほうを見た。
「いや、だってこの前ぇ、正門前でイチャイチャしてたじゃん」
「は?」
「そうそう、隣町の女子校の制服着た子とさ……」
「隣町の女子校……」
言われて菖は頭を抱える。
確かに先週、隣町の女子校の生徒と待ち合わせをした。そういう事実は確かにある。しかし、
「あれは、違う……。『彼女』なんかじゃない」
大きくため息をつくように告げると、女子生徒たちは逆に驚いた顔をしていた。
「えっそうなの?」
「うちらのクラス、全員がそう思ってたけど」
クラス全員が知っていたのだとすれば、四葉も当然この話を知っていて、事実だと思い込んでいるはず。
「……なるほど、そういうことか」
あんなに分かりやすく自分に好意を見せていた四葉が、突然自分を拒絶したのも、この話のせいだったのだ。
「え、じゃあじゃあ、あの子が『彼女』じゃないってことは、『好きな人』がいるっていうのは……?」
興味津々に聞かれたので、菖はそちらをジロリと睨んでから答える。
「……それは事実だ」
女子生徒たちはガッカリしたように「なーんだぁ」と肩を下げた。
これは偶然が重なって、すれ違っただけの話。
菖は大きく息を吐くと、急いで昇降口へ向かった。
靴を履き替え、正門を出る。
しかし正門を出たところで、四葉たちがどっちへ行ったかは分からなかった。女子生徒たちの話から、多分商店街へ行ったのだろうとそちらに足を向けようとして、ハッと我に返る。
──誤解だと話したところで、どうしようというんだ。
菖は息を整えながら、心を落ち着けた。
もし、四葉の好きだった相手が、自分じゃなかったらどうするつもりなのか。
だって、そんな言葉は言われていないから。
分かりやすい好意の混じった視線をずっともらっていただけで、彼は約束通り『自分を好きにならなかった』のかもしれない。
菖はそのまま足を、自宅のあるマンションのほうへ向けた。
自分と四葉は住む世界が違う。
その通りだ。
ケガをさせて、下手したら死ぬかもしれない、怖い思いもさせた。
もうあんな思いをさせないよう、困らないよう、自分は強くならなければいけない。
──……それでも。
菖はぐっと唇を噛み、拳を握りしめて歩いた。
1
あなたにおすすめの小説
ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!
はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。
********
癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー!
※ちょっとイチャつきます。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
こじらせ委員長と省エネ男子
みずしま
BL
イケメン男子の目覚まし担当になりました……!?
高校一年生の俺、宮下響はワケあって一人暮らし中。隣に住んでいるのは、同じクラスの玖堂碧斗だ。遅刻を繰り返す彼の目覚まし係になるよう、担任から任命され……。
省エネ男子(攻め)と、ちょっとひねくれた委員長(受け)によるわちゃわちゃ青春BL!
宮下響(みやしたひびき)
外面の良い委員長。モブ顔。褒められたい願望あり。
玖堂碧斗(くどうあおと)
常に省エネモードで生活中。気だるげな美形男子。
前世が悪女の男は誰にも会いたくない
イケのタコ
BL
※注意 BLであり前世が女性です
ーーーやってしまった。
『もういい。お前の顔は見たくない』
旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。
前世は椿という名の悪女だったが普通の男子高校生として生活を送る赤橋 新(あかはし あらた)は、二度とそんのような事ないように、心を改めて清く生きようとしていた
しかし、前世からの因縁か、運命か。前世の時に結婚していた男、雪久(ゆきひさ)とどうしても会ってしまう
その運命を受け入れれば、待っているの惨めな人生だと確信した赤橋は雪久からどうにか逃げる事に決める
頑張って運命を回避しようとする話です
だって、君は210日のポラリス
大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺
モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。
一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、
突然人生の岐路に立たされた。
――立春から210日、夏休みの終わる頃。
それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて――
📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。
エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。
📌本編モブ視点による、番外エピソード
「君はポラリス ― アンコール!:2年後の二人と俺と」を追加しました。
脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない
綿毛ぽぽ
BL
アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。
━━━━━━━━━━━
現役人気アイドル×脱落モブ男
表紙はくま様からお借りしました
https://www.pixiv.net/artworks/84182395
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる