王太子の仮初めの婚約者

さくらぎしょう

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37. 星の間の裁判

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 アロイス王太子とルイス王子がオーバーランドに戻った後、『国王は目覚めたが、まだ執務は負担が大きかった』として、アロイス王太子がまた国王代理となった。
 
 裁判の準備を着実に進め、日程はなるべくギリギリまでシルビアたちがアウルム国にいられるように配慮し、その旨をシルビアへ手紙に書いて送った。だが彼女からの返事はない。よほど忙しいのか、困難を極めて諦めてしまったのか……。アロイス王太子は首を振って否定的な心を振り払った。

 結局シルビアは戻ってくることなく、便りもこないまま、社交シーズン最終日にマーレーン伯爵の裁判が始まった。

 マーレーン伯爵の裁判は王宮内にある星の間で行われた。天井には夜空の星が描かれており、貴族の裁判はここで行われる。室内には国中の貴族が傍聴人として集められていた。国中の貴族なので、ウェリントン子爵夫妻も勿論来ている。貴族席の最前列にはルイーザ王女とルイス王子、そしてマーレーン伯爵夫人とラヴィニアが座っていた。

 檀上に座る黒い法服を着た裁判官と枢密院、そしてアロイス王太子の前にマーレーン伯爵が立たされる。半ば強制的に参加させられた貴族たちは、わが身に飛び火がしないようにと、一言も発せずに、静かに傍聴席に座っていた。
 アロイス王太子は裁判長に裏帳簿を渡し、裁判長は渡された裏帳簿を熱心に読んでいる。

「ここに、マーレーン伯爵がハイステップ連合王国の密輸グループと取引をしていた証拠がある。明らかに違法であり、この取引で伯爵は関税も逃れていた」

 マーレーン伯爵はまったく動じた様子がなく、余裕の表情である。

「まさか取引の相手がハイステップで、しかも密輸グループとは知らなかった。私も騙されたのだ。税の支払いは領地管理をさせているランド・スチュワードに任せていたから、私も払っているものだと思っていた。未払いの税金はすぐに支払おう」

 貴族たちはざわつき始める。マーレーン伯爵も騙されていたならなんと不憫なことかと。我々も今一度領地のランド・スチュワードの仕事を確認せねばなどと話していた。

 アロイス王太子はマーレーン伯爵を睨みつけながら、怒りで肩を震わせていた。この期に及んでまだ逃げるつもりか。しかも自身の使用人に罪を擦り付けて……。

 マーレーン伯爵は厭味ったらしい笑顔でアロイス王太子に言い放った。

「そもそも、その帳簿が本物だと証明出来るのですか? まさか、私を嵌める為に偽物を作られたとかではないですよね?」

 裁判所内が凍り付く。王太子に向かって挑発的な事を言うなんて、あってはならない。だが、そんな態度を堂々ととれる位なら、やはりマーレーン伯爵は無罪なのではないかという声が聞こえ始めた。

 アロイスは下唇を噛んだ。シルビアとジルベールは未だに帰ってこない。マーレーン伯爵に裁きを下すことも難しい。悔しくて、唇を噛む力に更に力が入り、僅かに血の味がしてきた時、突然星の間の扉が開かれた。

「遅くなってすまなかった」

 星の間にいる全ての人間が、開かれた扉に注目したが、そこに立つ者が一体誰なのかわからなかった。わかる事は、開かれた扉の前では背の高い美しい女性が立っており、ハイステップ連合王国の民族衣装を着ているという事。しかもその民族衣装は、明らかに庶民が着るような代物ではなく、上質な漆黒の生地に、繊細な金の刺繍が施されている。頭には王冠と透け感のある薄い黒のベールを纏っており、妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 その美しい女性は颯爽と星の間を歩く。堂々とした王者の品格と振舞に、貴族たちは目を奪われた。
 そして、彼女を見て、心拍数を上げている者がいる。顔を赤くし始めたルイス王子である。

 女性は壇上の前まで行くと、アロイス王太子を強い眼差しで見た。

「ハイステップ連合王国を統べる、アルタンナラン・アイジャルクだ。アロイス王太子、取引をしよう」

 国交のないハイステップから女王がやって来た。

 大貴族のマーレーン伯爵の裁判も貴族達は驚いたが、ハイステップの女王の登場はそれを遥かにしのぐ驚きで、口をずっと噤んでいた者もさすがに驚きの声を上げた。

 アロイス王太子は目の前の美しい女性が、あの勇ましいアルタンと同一人物なのかと未だに疑っている。

「おい、聞いてるのか! 王太子!」

 女性が声を荒げると、ルイス王子が立ち上がった。

「兄上、彼女は紛れもなくアルタン……アルタンナラン女王陛下です」

 アロイス王太子はルイスの目を見て確信し、アルタンに視線を戻す。

「ハイステップ連合王国の女王陛下にご挨拶申し上げます。しかし、今は裁判中ですので、裁判が終了してからお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「だめだ」

 即答したアルタンは、指をパチンと鳴らすと、ハイステップ連合王国の従者たちが続々と部屋に入って来た。その者達は、何人もの囚人らしき者たちも連れて来る。

「オーバーランド王国のマーレーンとやらが取引をしていた奴らだ」

 アルタンの指示で従者が罪状や取引の証拠を裁判長に渡した。そして罪人を前に立たせ、証言をさせた。

「我々はマーレーン伯爵の指示で密輸をしていました。その為に結成された組織です」

 裁判長が口を開く。

「これだけ証拠が揃い、証人も十分にいれば、マーレーン伯爵の罪は明らかだろう」

 マーレーン伯爵の顔がやっと危機感を露わにし始めた。自暴自棄にでもなり始めているのか、アロイス王太子を恨みがましく睨みつける。

「私を捕まえてどうする。私がいなければシルビアは劣悪な環境の修道院だといっただろ。今この場で彼女との養子縁組を解消してやってもいいんだぞっ!」

 ユルゲンが即座に動いてマーレーン伯爵の腕を背中に回して捕まえた。

「何をする! 離せ、無礼者っ!」

 アロイス王太子は冷たい視線をマーレーン伯爵に向け、淡々と話す。

「この私にそのような口を利く時点でお前は捕まっても仕方ないんだ」

 マーレーン伯爵は自身の妻に向かって叫んだ。

「おいっ! 渡していたシルビアとの養子縁組解消の書類をそこにいる大司教に渡せっ!」

 マーレーン伯爵夫人はビクビクしながら言われた書類を大司教のもとに持って行った。大司教が受理したのを確認し、マーレーン伯爵はアロイス王太子に叫ぶ。

「シルビアとの養子縁組破棄だ! 資格喪失でルイス王子との婚約も白紙だな。あいつの惨めな余生が決まったも同然」

 だがアロイス王太子はマーレーン伯爵を見て冷ややかに笑っていた。
 裁判長が刑を言い渡す。

「密輸罪、関税法違反、そして王太子殿下への不敬罪として、マーレーン伯爵より爵位の剥奪並びに領地と財産の没収を決定する」
「何だと!?」

 アロイス王太子は一通の書類を出し、大司教へ渡したあと、マーレーン伯爵に言い放つ。

「爵位剥奪により王家との結婚資格喪失という事で、ラヴィニア嬢との婚約破棄を宣言する。お前はシルビアではなく、実の娘が劣悪な環境の修道院に行くことを心配しろ。連れて行け」

 マーレーン伯爵はユルゲンによって兵士に引き渡され、地下牢へと連れて行かれた。ラヴィニアはアロイス王太子の元に駆け寄り、潤ませた瞳を向けながら懇願した。

「殿下、私は父の悪行は何も知りませんでした。むしろ被害者です。ずっと殿下だけをお慕いしていたのに、父の命令でルイス王子と婚約させられそうになったり、ずっと我慢を強いられ辛い思いをしてまいりました。私が愛しているのは貴方だけ。どうか、お慈悲を」

 アロイス王太子の額には青筋が立ち始めた。

「何だと……? 私の弟との婚約は不満か? お前なんかとルイスが書類上だけでも婚約者にならずに済んで本当に良かった。おい、ユルゲン! この女も不敬罪で投獄しろ」
「アッ、アロイス王太子殿下? ちょっと待ってください——」
「待たぬ! ルイスを傷つけ、私の大切なシルビアの心と身体も傷つけていたお前たちに同情の余地はない!!」

 ラヴィニアも兵士に連れ出され、マーレーン伯爵夫人は後を追って星の間を出て行った。

 星の間は騒然とし、貴族達の声で溢れていたが、その中にアルタンの良く通る声が響く。

「王太子、ハイステップの証人と証拠でマーレーンを追い詰めた。よって取引は開始しているものとする」

 星の間は一気に静かになり、皆アルタンに注目していた。アロイス王太子は、アルタンがこの大勢の前でどんな要求を突き付けてくるか少し心配だった。

「女王陛下の御協力に心から感謝申し上げる。しかし、取引内容を聞く前に承諾は出来ない」
「王太子ではなく、ルイス王子がしたくなるさ」
「ルイスが?」

 アロイス王太子はルイス王子を見るが、ルイス王子もアルタンが何を言い出すのか見当もつかず、首を横に振っている。

「国交を結ぼう」

 アロイス王太子は目を見開く。

「そ……それは……喜ばしいことだ」
「では、これから結ばれる両国の固い結びつきの象徴として……」

 アルタンはルイス王子に振り向き、真っ直ぐに見つめた。

「ルイス王子にはハイステップ連合王国の女王の王配になって貰いたい」

 ルイスは言葉が何も出てこなかった。頭は真っ白になり、アルタンしか見えていない。
 アルタンは視線をゆっくりとルイス王子からアロイス王太子に戻す。

「これが、マーレーンを追い詰めた手助けの取引条件だ。そちらはすでに受け取ったのだから、もちろん承諾するものと思っている」

 アロイス王太子は、思わず笑ってしまった。先程ルイスとシルビアの婚約が白紙に戻ったとはいえ、万が一ルイスがまだこの国の貴族と婚約していても、それを破棄させてハイステップの王配にするだけの理由になる。しかも、ルイスの様子だと、あいつはアルタンに心底惚れている。最高の縁談だ。

 アルタンにはマーレーンの件で助けられ、ルイスの結婚まで周りを納得させるうまい理由を持ってきてもらった。

「女王陛下のお申し出に心から感謝し、両国の絆の象徴となるよう、我が国の第二王子ルイスが女王陛下を生涯支えます」

 アルタンはアロイス王太子に笑みを見せる。

「英断だ。では、後ほど国交と婚約諸々の手続きを。ドローイングルームで待たせてもらう」

 アルタンはそう言うと、颯爽とベールをなびかせながら歩き出し、従者を引き連れて部屋を出て行く。去り際にはルイス王子を流し見て、バチッとウインクした。

 星の間は次から次へと起こる前代未聞の事態に湧きあがっていた。さすがにこれ以上の驚きはないと皆が話していると、一人の貴族が窓の外を指差して声を上げる。

「おい、何だ、あれ」

 一階にある星の間から窓の外を見ると、空に浮かんだ何かがこちらに向かって飛んで来ている。その姿がしっかりと捉えられるようになると、貴族達は興奮し始め、ついには星の間を飛び出して中庭へと向かい始める。
 アロイス王太子を始め、ルイーザ王女やルイス王子も何事かと貴族達と一緒になって中庭へと出て行く。

「空飛ぶ船だ!」

 貴族の一人が大きな声を上げた。空には楕円形の物体が三つ浮かんでおり、こちらを目指してきているようだった。
 アロイス王太子とルイス王子は楕円形の物体の柄がアウルム国の気球と同じであることに気が付く。
 ルイス王子は目を丸くして声に出す。

「まさか、シルビアとジルベールはこんなものを?」

 楕円形の気球船は徐々に高度を下げ、王宮の中庭に降りてきた。船の下部にあったカゴの中から、人が降りて来る。
 貴族達は空いた口が塞がらなかった。こちらに向かって歩いてくるのは、どう見てもあのウェリントン兄妹。そして浅黒い肌をした異国の者達。

「大変お待たせいたしました。ジルベール・ウェリントン、並びにシルビア・マーレーンが戻りました」





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