グローヴァー姉妹の選択

さくらぎしょう

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15.舞踏会の夜、私と踊るのは

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 クリスタルの輝きが幾重にも重なり、眩いばかりのシャンデリアたちに照らされた伯爵家の大広間。

 今夜は約束のボンパルト伯爵邸の舞踏会の日。

 最高級のインダルシア産の深紅の草柄絨毯がフロアー全面を覆い、早速流れ始めた音楽に乗って多くの男女が踊り始めた。

 部屋の隅に置かれたテーブルには豪華な食事が並び、これぞ舞踏会といった様子。

 社交界には素敵な男性が多いけど、私は出来る限り地位や財産のある男性の妻になりたい。

 それが、私が返せる唯一の親孝行だから。

「待っていたよ、我が女神ユリア公女」

 私の目の前に現れたのは、薄い褐色肌をしたエルダンリ王太子。
 黒のベストにワインレッド色の膝上コートを合わせ、白ズボンに黒いロングブーツを履いたフォーマルな舞踏会の装いだった。今まで会った時は自然に流していた焦げ茶色の前髪は、今日はフォーマルな装いに合うよう両耳にかけられ、その耳元には翡翠の耳飾りが揺れている。

「再会することが出来光栄です、エルダンリ王太子殿下」

「本当は今日マイルースの有力貴族をユリア公女に紹介したかったんだが、残念ながら皆急用で参加出来なくなったそうだ」

「まあ、あの日の私のぼやきを覚えてくださっていたなんて、お恥ずかしい。お気遣いありがとうございます。でも、結婚相手は自分で探しますので今後はお気遣いご無用です」

 エルダンリ王太子ににっこりと微笑んでみせた。

 同じ赤色でも、エルダンリ王太子の赤は黒みがかった深い色。私のドレスは燃えるように鮮やかな赤色。二つの色は、調和というよりも、まるでぶつかり合っているようだった。

 実はこのドレス、先ほどまでアリスが着ていたもの。
 いつもはここまで鮮やかな赤なんてアリスは着ないのに、私に着替えさせることを考えて選んでくれたに違いない。
 
 “ユリアは赤色が良く似合う”

 幼い頃、アリスにそう言われて赤が好きになった。

 男性用の服と違い、女性用の、特に夜会服はトランクひとつで運ぶことは出来ない。だから、アリスが着ていたドレスを私が着て、エルダンリ王太子との約束に向かうことになった。

 その間アリスはアリステアに変容し、私の近衛の制服を着て、ダレン皇太子殿下用に準備された客間で待機している。

 アリステアの方が背が高いが、丈の足りないズボンはブーツで隠せたし、制服のフロックコートは丈の長い仕様なので、少し短いかなといった程度で問題なく着れた。

 私は足りない分の身長はヒールで補うことができた。
 スカートはつり鐘型に大きく膨らみ、夜会用ということでデコルテが露わになる肩を出したデザインのドレス。髪はもちろん結い上げ、ドレスに合わせたルビーの耳飾りとネックレスを準備してもらい、さきほど空いていた一室でアリスと服を交換した。

 私とエルダンリ王太子の元に、サフィー王女がきょろきょろと顔を動かしながら誰かを探している様子で近づいてくる。

 サフィー王女は、その滑らかな褐色の肌と、堀の深い顔立ちを引き立てる、重厚で深い緑色のベルベットのドレスを着ている。

 意志の強そうなはっきりとした眉や、理知的な視線、見る物を自然と惹きつける品格。彼女こそ、ダレン皇太子殿下が望む妃。率直にそう思えるほど、滲み出るオーラを含めて美しかった。

「お兄様、アリスを見ませんでしたか?」

 サフィー王女が探していたのは、アリスだった。
 アリスはさきほどまで私の着替えを手伝ってくれていた。私が戻るまではあの部屋から出れないだろう。

「挨拶もなしに侍女のことか? よほどお気に入りなのだな。こちらのご令嬢はその侍女の姉君だぞ」

 サフィー王女は私に視線を移すと、すぐにカーテシーをしてくれた。この姿の方で王女と会うのは初対面となる。

「マイルース王国サフィー・ロシュヴァンと申します。私ったらアリスを探すことに必死になってしまって周りが見えていませんでした。しかもアリスの姉君でしたとは、大変失礼いたしました」

「こちらこそご挨拶が遅れ申し訳ございません。フレスラン公国公女、ユリア・グローヴァーと申します」

「まあ、ユリア様はアリスよりも更に月下美人に似ていらっしゃる。あら? そのドレス、アリスとお揃いですか?」

「ええ、姉妹でお揃いのデザインにしました」

「まあ、仲がよろしくて羨ましい」

「おいサフィー、お前はダレン皇太子殿下とダンスはいいのか?」

「すでに踊り終えました。その間にアリスがどこかに消えてしまって、それで探しているのです」

「ダレン皇太子殿下を放っておいて?」

「人聞きの悪い。ちゃんと一曲踊り終えて挨拶をしてから別れました。では、私はアリスを探しに参りますので。お兄様とユリア様はどうぞ楽しんでください」

 サフィー王女は中途半端なカーテシーをエルダンリ王太子にして、足早にアリスをまた探しに行った。エルダンリ王太子は去り行くサフィー王女を見つめたまま、怒りを呑み込むように黙っていた。

 ちょうど今流れていた曲が終わり、ワルツの演奏が始まる。

「ユリア公女、ちょうどワルツが始まった。私達も行こう」

 エルダンリ王太子が腕を差し出して来たので、そっと手を添える。嫌だけど、マナーだから。

 ダンスホールまでエルダンリ王太子にエスコートされながら進めば、刺すような視線を幾つか感じた。
 彼は一国の王太子。その上容姿も良く、女性慣れしているとくれば、一定層に人気があるようだ。

 エルダンリ王太子が私の腰に手を回す。

 なんだか少し手の力が強い気がして顔が引き攣る。

 本能的に思わず彼の腕の中から逃げようとしてしまえば、また王太子の手に力が入り引き寄せられてしまう。

 私の耳元で、エルダンリ王太子は甘ったるい声で囁く。

「赤色も魅惑的だが、私のために純白の白いドレスを着てくれないか?」

 これは……プロポーズだろうか?

 思わず身震いしてしまう。

「ほほほほほ、純白の白いドレスだなんて、恐れ多い」

「地位のある男を望んでいたはずだ」

「だからと言って誰でも良いわけではございません」

「デビュタントの日、部屋に忘れ物をして戻った」

「そうですか」

 エルダンリ王太子の片手が滑るように私の露出した背中に移動し、素肌に直接触れる指が私の背骨をなぞる。

「扉の向こうから興味深い話が聞こえた」

 彼が言いだそうとしていることが何か気づき、身体がこわばる。

「何のことでしょう」

「何のことか、調べてもいい」

 エルダンリ王太子の手が背中から段々下へさがっていく。悲鳴を出しそうになった時、急に曲調が軽快なリズムに変わり、別の男性に強く肩と片腕を引っ張られてエルダンリ王太子から引き剥がされた。

「おっと、コントルダンスが始まりましたので、ユリア公女の次のお相手は私です」

 私の肩を抱き寄せる男性を見上げれば、金の装飾が散りばめられた柔らかな光沢のある濃紺のテイルコートを羽織り、真っ白で上品なクラバットを首に巻いたダレン皇太子殿下だった。

「ユリア公女、ステップを踏んでください」

「え? は、はい」

 リズムに乗って軽くジャンプをするようにステップを踏めば、高いヒールで足が痛んだ。

「ああ、いけない。足首を痛めていましたね」

 ダレン王太子殿下は軽々と私を抱き上げ、入り乱れるコントルダンスの間を縫うように過ぎ去る。

「殿下、なぜ」

「あんなに露骨に嫌がってるお前を放っておけるか。急遽曲をコントルダンスに変更させたんだ。感謝しろ」

「殿下が?」

「おかげでマイルース王女を見失ったばかりか、今は刺激したくないマイルース王太子を刺激した」

「それは……申し訳ありません……」

「この借りはきっちり返してもらう」

 エルダンリ王太子と違い、ダレン皇太子殿下は手袋をはめている。これが逆だったなら良かったのにと悔やまずにはいられない。
 
 肩を出したドレスゆえに、素肌にダレン皇太子殿下の手が触れ、シルクのなめらかな布越しに彼の指づかいと体温を感じる。
 
 その温もりは安心感があり、もっと触れて欲しいという欲さえも生んだ。


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