グローヴァー姉妹の選択

さくらぎしょう

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32.アリステアから私へのことづて

 私は急いでダレン皇太子殿下の待つドローイングルームに向かうと、部屋の中ではお父様とダレン皇太子殿下が向き合って和やかに話していた。

 殿下の後ろには、久しぶりに顔を見ることが出来たエミル、リュシアン、テオが立っている。

「ユリア公女の誕生日までには、ここに来ようと思っていた」

 ダレン皇太子殿下が私を見て柔らかく微笑んだ。

「ユリア、殿下と少し庭でも散歩してくるといい。そろそろこの城自慢の黄葉も見納めだから、その前に殿下に御覧になっていただきなさい」

 フレスラン公に促され、なかば強引にダレン皇太子殿下と外に放りだされてしまう。

 仕方ないので庭と言うより高原のような場所、落葉樹の黄葉で樹木も地面も黄金色に輝く景色の中を二人で歩き、ダレン皇太子殿下にあれはこれはと指差しながら説明する。
 だけど、殿下は心ここに在らずと言った様子で、私の説明にただ頷くだけだった。

 城から離れたベンチまで来てしまい、結局歩き疲れていたので並んで座った。

 ダレン皇太子殿下はそこでやっと口を開いてくれた。

「まず、マイルース王国はマイルース国となり、国家元首としてスライアン大神官が正式に就任した。
 ロシュヴァン家の処遇も決定し、エルダンリはまだ裁判が終わっていないので、このまま帝都の牢に残り、他の元王室メンバーは、エルダンリが地図から消した村を蘇らせるため、近日中にマイルース国に戻る」

「サフィー様もですよね?」

「無論。サフィー自身が両親とともに国に身を捧げることを望んでいる。そして、お前の弟アリステアも一緒に行くそうだ」

「あいつは……フレスランを継承するって言う話はどこにいったんだ……」

 私はあんなに心を通わせた日のことを思い出し、額に手をあてた。

「それで、言伝ことづてだ。自分とサフィーの間に子が生まれた場合、継承問題がややこしくなる。だから、正式に公室から離脱し、公子の称号を返し、継承権を放棄すると」

「なっ!?」

 咄嗟に目を丸くして大きく驚いてしまったが、今となってはもう、継承権第一位をアリステアに無理に譲るよりも、むしろ、アリステアを自由にしてあげたい。

「………………はぁ……。

 ……仕方ないですね。

 私が男の性を選び、ユリアスとして継承しましょう。もう、自身の出生に関しては乗り越えましたし」

「それは困る」

「困る?」

 ダレン皇太子は急に私の肩に寄りかかり甘えるように頭を乗せてきた。

「んんっ!? 殿下???」

「聞いてくれ、ユリア」

「はあ」

「女性に継承権を与える話だが、まだもう少し時間がかかるんだ」

「アリステアの戯言を本当に検討してくださっているのですか?」

「時代を変える貴重な進言だ。だから陛下はすでに審議案件に加えてくださった。だが、すぐに法を変えるのは無理だ」

「でしょうね」

「だから……まずは私と婚約しないか」

「今……何と?」

 ダレン皇太子殿下は頭を上げ、互いのわずかな動きでも唇が触れてしまいそうな距離で、私をまっすぐに見つめてきた。
 
 時が止まったかのように、全てがスローモーションに見える。

「婚約しよう、ユリア」

 囁かれた低い声に、我を忘れてしまいそうになる。

「でも……殿下……」

 なぜ私は戸惑う必要があるのだろうか。
 こんなにも近く、手に届く距離に殿下がいるのに。

「結婚までには、ユリアのまま継承権が持てるようにするから。
 二つの姿がある現状なら、継承権もあるし、私の婚約者にもなれる。
 そして、皇太子妃となり、いずれ皇后となり、ユリアとして、フレスラン公にもなればいい」

 互いに視線が唇に落とされ、確実に意識し始めていた。
 ダレン皇太子殿下の喉元が確かにごくりと上下したのに、私もまぶたを下ろし始めたのに、肩透かしされたように、殿下は勢いよく立ち上がってしまった。

 呆気に取られて瞬きしていれば、殿下は私の前でゆっくりと跪く。

「ユリア・ユリアス・グローヴァー。私と結婚してもらえないか? フレスラン公からは許可を貰った。あとは、ユリアの返事だけだ」

 どこまでも真面目な人だった。

「いいのですか?」

「ユリアがいいんだ」

 顔を綻ばせて立ち上がり、殿下の胸に飛び込んだ。そういうタイミングだったと思うのだけど、やはり何かが噛み合わず、ダレン皇太子殿下の方は動こうとしない。

 ただ、私を受け止めて抱きしめた殿下の腕は、かなりガチガチだった。

「あー……その、なんだ」

 何か言いたそうだが、きつく抱きしめられていて表情がよく見えず、殿下の狼狽えの正体がよくわからない。

「どうかなさいましたか、殿下?」

 ダレン皇太子殿下は真っ赤になった顔で、私の顔を覗き込んできた。

「とても……キスしたい……から、なるべく早く結婚できるよう動くからな」

 咳払いしてから、殿下は私の肩に顔を隠すように埋めた。

「あ、あの、殿下?」

「なんだ」

 殿下は意地でも私に赤くなった顔が見られたくないのか、肩越しにもふもふと話す。

「ちょっとお顔を見せてください。目を見てお話したいので」

 少しの間のあと、ダレン皇太子殿下がゆっくりと顔を上げて、恥ずかしそうに上目遣いで私を見ていた。

 あの、感情を読ませない表情を常にしている殿下の、この表情と仕草のギャップがあまりにも可愛くて、胸がうずき、思わず両手で殿下の頬を包み、殿下に軽く口づけしてしまった。

 殿下と言えば、かなり動揺している。

「たたた大変だ、ユリア……ままま、まだ、女性では継承権がないっ!!」

 真っ赤になって慌てふためく殿下を見つめながら、私自身も顔が熱くなるのを感じ、クスクスと笑ってしまった。

「殿下、出会った時にキスをくださったでしょ? キスくらいじゃ性別は確定しません」

「あれは儀礼で額だった。私がしたいのはそんな甘いものじゃない」

 甘くないキスとはどんなものかと一瞬怯んだが、とにかく正しい知識は与えておこう。

「とにかく、キスでは性別確定しません」

「よし、理解した」

 ダレン皇太子殿下に身体を強く引き寄せられて、タガが外れたように今度は容赦ないキスをしてくる。

 さっきまでの殿下の緊張は何だったのか、今は息継ぎも出来ないほど、何度も何度もその柔らかな唇を私の唇に重ねてくる。

 注がれる媚薬のような愛に、私がしっとりとした声を漏らしてしまえば、その隙間にすかさず侵入し、探り当てた舌に熱を絡めてきた。

 殿下……これは甘すぎです。

 生まれて初めての心地よさと、気持ち良さに、身体の力さえ抜けてきた。

 ダレン皇太子殿下の指が私の頭を支えると、結い上げていた髪が崩れ、殿下の指使いで髪飾りが落ちてしまい、髪が完全に垂れ下がると、殿下は急に私の肩を掴んで顔を離す。

 私を見つめる目も呼吸もまるで獣のようで、殿下が必死に理性を保とうとしているのが伝わってくる。その姿に、私もつい興奮してしまった。

「これでは一年以内に法を変えさせないと私の身が持たない」

 殿下がそう呟けば、私の手を引いてベンチに座り、私を膝の上に座らせて、より一層激しくキスを再開する。
 そして、キスの合間に吐息交じりの途切れ途切れの会話をした。

「ユリアは……私だけの女神だ」

 指を絡ませれば、相手が欲しくてたまらなくなる。

「ええ、もちろんです」

 キスのたびに身体を寄せ合い、混ざり合おうとする。

「まだ、フレスラン公はお元気だ」

 ダレン皇太子殿下の指が、私の腰や背中や、また指へと、ねだる様にじゃれつく。

「ええ、もちろん、まだまだ元気でいていただかないと」

 絡めた指が離れ、殿下の大きな手の平が私の背中と腰をしっかりホールドした。

「だから、このままお前を帝都に連れて帰る」

 驚いてキスを止めて、ダレン皇太子殿下の顔を見た。

「え? いえ、社交シーズンでもないのに、そんな無茶な」

「まだお前は近衛を除隊していない」

 殿下はニヤリとイタズラっぽく笑う。

「いや、まさか、え? ユリアスで???」

 ダレン皇太子殿下が子犬のような表情で首を傾げ見つめてきた。

「一緒にいられるならどちらでもいいだろう。私と離れて寂しくないのか?」

 この方は……実は物凄く甘えん坊なのかもしれない。

 少し意地悪したくなり、ダレン皇太子殿下の唇を誘うように甘噛みしてから、ガラにもなく、上目遣いで本音を伝えた。

「……寂しゅうございます」

 殿下は私を膝に乗せたままガバッと立ち上がり、しっかりと抱き上げた。

「緊急事態だ。今すぐ帝都に戻ろう」

「……はい」

 私ははにかみながら、殿下に返事をすれば、殿下もはにかんだ笑顔で見つめ返してくれた。

 ただ互いを見つめ合うだけの方が、二人してどんどん真っ赤になっていき笑ってしまう。

 殿下は私を抱いたまま、城へと歩き出した。

「アリステアからの言伝ことづてには続きがある」

「まあ、何でしょうか」

 ダレン皇太子殿下は足を止めると、空気の温度が下がった。

 彼が今作り上げる静けさは、アリステアへの敬意だろう。

 ダレン皇太子殿下は真剣な表情で私を見つめ、言葉を大切にしながら伝えてくれた。

「ユリアに幸せになって欲しい。

 ……だそうだ」

 一瞬で広がった喉元と胸への温かな締め付けに、不覚にも涙が溢れてしまった。

 まるでアリステア本人に言われたようだった。

 本当に、とんだ弟。

 私たちはきっと、この選択をした自分たちを誇れる日が来る。

「もう……十分すぎるほど幸せです」







 END

※後日談:帝都に戻った二人は、まずはリュシアンに寮の部屋をわけられました。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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