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風が吹いていた。びゅうびゅうと吹き荒ぶ風が波を高くする。
指先の感覚は、もう随分と前から無い。寒いならばこの場から去ればいいのに、動けないのは真っ黒な海が自分を呼んでいる気がするからだ。心の凍えは、いくら身体を暖めても収まらないと知っているからだ。
身体を冷やすことは、腹の子にも悪いことは分かっていた。けれど分かっていて、油断すれば引き込まれてしまいそうな暗闇から、目を離すことが出来なかった。
「何してるのっ?! 」
波の音をかき消す声に振り向く。
「アナタッ、馬鹿なこと考えてるんじゃないでしょうね?!」
「……っ?! 」
突然、知らない女の人に抱き付かれて足元がふらついた。
「ばか……っ、て……? 」
女の人の言葉を繰り返そうとして、初めて思う様に声が出せないことに気付く。カチカチと歯の根が合わない音に、身体が芯まで凍っていることに今気付いた。
感覚の無い足先が身体を支えられず、思わず女の人の腕にしがみつく。
「ごめ、なさ…… 」
まだそこまで目立たないけれど、思わず腹を庇った所作に、「まさか、君…… 」と女の人が見詰めてくる。
返事の出来ない真祝がコクコクと頷けば、「この年の瀬も迫る寒空に、こんな薄着で何考えてるの! 」と怒鳴られた。そして、「うちの店がそこにあるから、一緒に来なさい!」と、フラフラとする真祝を全身で支えながら、半ば強引に、引っ張られる様にその店へと連れて行かれた。
その店が『ブルー サンセット カフェ』であり、オーナーであるみすずとの出逢いだった。
「今度は小鳥じゃなくて、人間の男の子を拾って来たの? 」
柔らかい照明の光に包まれた、暖かい店内で、みすずに言われて持ってきた紅茶を真祝の前に置きながら、「飲みなよ、あったまるよ 」とみすずの夫でこの店の店長である三崎が言った。
「男の子だけど……、君、Ωだよね? 」
テーブルを挟んで、向かいに座るみすずがそう聞いてきた。わざわざ好き好んで明かすことでも無いけれど、この人には自分が身籠っていることは既にバレている。
「はい 」と認めたら、みすずがキッと真祝を睨んだ。
「お腹に、赤ちゃんいるよね? 」
「……はい 」
すると、立ち上がったみすずが、ポカッと真祝の頭をチョップした。
「痛……っ!! 」
「痛いじゃないわよ! 」
今度はポカポカッと、二度叩かれた。
「な、何するんですか?! 」「おい! 止めろ! 」
まだ叩いてこようとするみすずの手を、三崎が掴む。
「自分1人の命じゃないのに、捨てる気だったのっ?! 」
「へ? 」
想像もしていなかったことを言われて、思わず変な声が出た。
「どんな理由があろうと、子どもの命まで奪うのは許せない! 」
「君っ、死のうとしてたの?! 」
涙を浮かべながら叫ぶみすずと、みすずの発言を信じて斜め上の質問をしてくる三崎に、真祝は慌てて首を振る。
「勘違いです! そんなことしてません! 」
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