女伯爵は幸せを望まぬ

Neishelia

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新人な皇弟⑴

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 翌朝、第十三番隊の詰所には、いつもと違う空気が流れていた。普段は民衆の想像するところとは違い、かなりゆったり……、いや、かなり締まりのない空気なのだが、今日は違う。

「ねー、新人って女? 女でしょ? これ以上男が増えてもむさ苦しいだけなんだけど。誰か知らないの」

 期待と緊張が漂う中、高めのハスキーボイスが放たれた。中年オヤジのような発言をかましたのはレージュ。これでもれっきとした女性である。アクリュスにはない女らしいメリハリのきいた肢体は、軍服の下に収まりきっていない。いや、訂正しよう。収めることはできるが、彼女は意図的に胸元を大きく開けている。

「いや、知らん。隊長は我々に何の情報も与えてくれはしなかったからな。小官としては性別などどうでもよい。重要なのは私たちに馴染めるか否かだ」

 長椅子に腰掛けて本を読んでいたデイモスがレージュの質問をバッサリと切り伏せた。理知的なグレーの切れ長の目が、眼鏡の奥からレージュを射ぬく。ピアニー色のショートボブを弄っていたレージュは、彼の視線に気づくと、ゴールデンイエローの瞳で睨み返した。
 
「まあまあ二人とも落ち着きなよ。自分としては、自分のことを君たちみたいに忘れない奴ならいいよ」

 睨み会う二人の間に割って入ったのは少年。プラチナブロンドの長髪を無造作に一つに括っている彼は、存在感が薄すぎるためにいつも仲間に忘れ去られていた。その薄さは異常で、物覚えのいいアクリュスでさえも時に忘れてしまう。しかし、これでも彼は帝国一の錬金術師の名を冠しているの男。とある実験の失敗により、身体が若返ってしまっているのだ。
 彼の嫌味たっぷりの言い分に、何とも言えない空気が流れる。

「これでもオレたち気をつけてはいるんっスよ? クラテスさんの存在感のなさが異常なだけっス。あ、ちなみにオレは生真面目な奴じゃなければいいっスね。初めての後輩なんで楽しみなんっスよ!」

 空気が読めないフォボスが能天気な声を出す。現在隊の中で一番最後に入隊した彼は、自分に後輩ができると知り、昨夜は寝付けなかったのだ。そのせいでエメラルドグリーンの目は少々腫れぼったい。
 ピリピリとした空気が完全にしらけてしまったところで、アクリュスがポツリと呟いた。

「私は知っているぞ」

 セバスの魔導具によって以前の鈴の音のような声から中性的な声に変わった彼女が発した言葉は、この場においては爆弾発言でしかなかった。セバスが彼女に作った魔導具はピアスになっており、真珠のように加工された魔石が見える。これは昨夜セレスティナが手を回し、セバスがオークションで競り落とした鉱石が使用されている。そのため、セバスモデルの中でも高品質な魔導具に分類された。
 だが、そんなセバスモデルもアクリュスの声の変化も、爆弾発言の前では道端の石ころ同然。部屋にいた四人はすぐさま食いついた。

「女?! 女でしょ?! 違うわけないよね?!」

「どんな奴だ?」

 必死の形相で詰め寄るレージュに、アクリュスは頬をひきつらせ一歩下がる。下がったところで後ろからデイモスの低い声が飛んできた。

「悪い奴ではないが……」

 レージュの問いには答えず、デイモスの問いの答えも濁したアクリュスの目が明後日の方向を見る。皇弟だ、など彼女の口からは口が裂けても言えなかった。彼女が信じたくないからである。

「へえ、アクリュスには厄介な相手なんだね。少なくとも声を変えるほどには。それ、またセバスモデル? 今度紹介してよ」

 だが彼女のそんな心情は露知らず、その耳に新しく増えた魔導具に注目した者がいた。クラテスだ。帝国一の錬金術師の名は伊達でなく、その目も一流。アクリュスが持つ魔導具のほとんどがセバスモデルであることを知っている彼は、ことあるごとにセバスを紹介するようアクリュスに頼んでいる。

「以前無理だっただろう? 何度かあなたのことを話に出すようにはしているが、全く食いつくそぶりがないんだ。そろそろ諦めてくれ」

 しかし、セバスがクラテスに会ったことは一度もない。アクリュスが何度もセバスに話を通してはいるが、セバスは全く取り合わないのだ。

「ちぇっ、ケチ」

 可愛らしく口を尖らせるクラテスだが、見た目が少年と言えど中身は中年オヤジ。アクリュスは冷めた目で見ていた。

「で? 女よね? おーんーなー!」

 アクリュスは、無視したにも関わらずまだ詰めよってくるレージュに嫌気がさし、わざとらしく耳をふさいだ。どうせあと数秒で詰所に到着するのだ。わざわざアクリュスの口から言う必要はない。

「あ、来たっスよ。足音が男っスね~。てかこれ聞いたことあるっス」

 アクリュスと同じく部屋に近づいてくる足音に気がついていたフォボスが、無邪気に爆弾を投下する。明るい彼の声にレージュが白目を剥いたが、たいしたことではないので誰も気にかけない。
 間もなくして第十三番隊の扉が叩かれた。

「どうぞ、タナトス隊長」

 扉の外から声がかけられる前にデイモスが呼び掛けた。すぐに返事があり、ガチャリと扉が外側に開く。
 年老いてもなお巨漢のタナトスの後ろには、アクリュスがどうしても見たくなかった者がいた。

「へえ、皇弟殿下か。そういえば先日成人式だったっけ」

 クラテスが面白がるような声を上げる。端から見るとお菓子を目にした子供のようだが、中身が知れているため、小馬鹿にしているようにしか見えない。そんな彼の頭をデイモスがはたく。軽くつんのめった彼は頬を膨らませながらもしぶしぶ黙った。

「新人のルグランジュだ。知っての通り皇弟ではあるが、ここでは一兵士。そして一暗殺者だ。普通に扱え。それで、ルグランジュ。知っていると思うがこいつらが十三番隊の人間だ。左から«戦場の通り魔»、«爆殺鬼ばくさつき»、«血濡れ人»、«殲滅者»、«仮面の死神»だ」

 タナトスのあまりにも雑すぎる紹介に第十三番隊の五人は表情が抜け落ちた。彼がルグランジュにした紹介にはなんら間違いはない。第十三番隊特殊部隊ともなると、その圧倒的な強さから通り名がついてしまうのだ。
 すれ違うだけで敵を屠っているかのように見えるほど素早い剣技を持つデイモスが«戦場の通り魔»。かくいう本人は犯罪者にしか聞こえないので嫌がっている。
 戦場で次々と上空で爆弾を作り出しては敵陣に容赦なく投げ込み、どこにいてもその爆発に巻き込んでしまうレージュが«爆殺鬼»。本人は『鬼』というところに引っ掛かるそうだが、アクリュスはなぜ『魔女』とつかなかったのかをいまだに疑問に思っている。
 接近戦を得意とし、敵の急所を切り裂き、その返り血で真っ赤に染まりながらも笑いながら戦い続ける、戦乱狂の双剣使いであるフォボスが«血濡れ人»。本人はもうちょっと格好いい名前が良かったとぼやいているが、デイモスは自分の犯罪者まがいの名よりマシだと言っている。
 かつて敵の中隊を錬金術を使い滅ぼした。その戦いは一瞬の出来事で、後に残ったのは草一本も残らない荒野のみ。そんな過去を持つ帝国一と名高いクラテスが«殲滅者»。彼は気に入っている節があるが、他の四人にはその神経が分からない。
 顔の半分を仮面で覆い、背丈以上もある大鎌を巧みに操り敵を葬り去る、正体不明のアクリュスが«仮面の死神»。本人は事実に反することは何もないため否定する気はないが、『死神』という点が非常に的を射ていると感心している。暗殺者は死神とも言えるだろう、と。

「いくら隊長であっても小官をその名で呼ぶのは控えていただきたい。次呼んだら殺りますよ」

 いち早く復活したデイモスだが、その物言いは物騒だった。仮にも上司であるタナトスへの態度に、ルグランジュは唖然としている。社交場では常に笑みを絶やさない彼の驚きの表情に、アクリュスは小さく笑いを溢した。

「殺れるものなら殺ってみるといい。いつでも相手をするぞ。さて、冗談はここまでにして取り敢えず座れ。陛下よりご命令が下された」

 陛下からの命令。つまりは暗殺命令である。新人であるルグランジュが来ると同時に出された命令である以上、彼が任務を遂行することになるだろう。しかし、彼は新人。初任務には必ずサポート役がつく。タナトスと目が合ったアクリュスは嫌な予感が拭えなかった。
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