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第二章 学院事件編

『劣等生』の魔王

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『…………ハハハハハハハハハハ!!!!』

 俺の天職名を聞いた者達は皆声を上げて笑い出した。

「ハハハハハ! 何だよ無職って……!?」
「首席に向かってあれだけ大口叩いてたのはやっぱりただのバカだったからか!!」
「よく入学試験受かったよな……!! 金でも握らせたのかよ?」
「ある意味希少だよその『天職』!」

 などと言った声が俺に飛び交う。

「ッスゥゥゥゥ……」

 俺は深呼吸し、状況を整理した。

 え、何……?
 俺がシルバー3? ゴールドクラスですらなく?

 受け入れがたい現実が音を立てて俺に直視を促す。

 待て待て待て待て待て待て待て……!!!!???
 俺が『無職』!? 天職が無い!? そんな馬鹿な!! 俺は『魔王』だぞ!?

「す、すみません。次の方が待っているのでそろそろ……」

 教員は俺に戻るように声を掛けた。

「待って下さい!」

 しかし、それを制止したのは他でもないネスティだ。

「イブル様に『天職』が無い? そんなはずがありません! イブル様は偉大な御方、そんな事実は有り得ない!」
「そ、そうは言いますがこの天啓板は嘘は書かれません」
「でしたらなおさらイブル様が無職など有り得ない! 一体誰ですかこんなものを作ったのは!」

 ネスティは俺以上に取り乱し、教員に詰め寄っていた。
 その圧に思わず教員は怯む。

「見苦しいな」

 だが、その時一人の乱入者が現れた。

「……誰ですか。あなたは?」

 そう言ってネスティはその男を睨み付ける。
 同じ勇者学院の制服を着ていた彼は俺達と同じ新入生だ。

「『天職』とは個人の本質、その表れだ。そこにいる男は何の才能も力も見出されなかった……。ただそれだけの事だろう?」

 突き付けるように、男は俺に言い放つ。

 俺は周囲を見渡した。
 そこにいる彼らの大半は俺に侮蔑と嘲笑の視線を送っている。

 俺の偉大さを証明しようと思っていたが、まさかの『天職』が無いという体たらく。
 周囲の人間たちが俺に向ける視線は改善されるどころか改悪されたのだ。

「入学式であれだけの大言壮語を吐いておきながらこの様か? 全く、この学院は君のような人間を必要とはしていないんだよ」

 鼻につくような喋り方で男は俺に言葉をぶつける。

「そうだ! ここはお前みたいな無能がくる所じゃない!」
「さっさとやめたらどうなの?」

 そして同調するように、他の新入生達も俺に言葉を掛けた。

「そんな事よりも、僕は君の事が心配だ」
「……はい?」

 男は突然ネスティにそんな事を言い始めた。

「君の才能は素晴らしい。そんな君がこのような下賤《げせん》の者と一緒に行動しているなどあってはならないよ。自分の格を下げているようなものだ。さぁ、そんな奴とは縁を切り……僕達と一緒にこれからの輝かしい学院生活を送ろうじゃないか」
「もう……限界です」

 平静を保つ術《すべ》を習得し、それを必死に酷使していたネスティだが、今回ばかりは流石に我慢できないのだろう。
 スキルを使って彼らを黙らせようとした時、

「よい、ネスティ!」

 俺がそれを止めた。
 
「イ、イブル様……!」
「気にするな! 馬鹿にされることなど、この体で生まれてから嫌と言う程味わっておるわ!」
「はっ、何だその能天気ぶりは?」

 俺の態度に呆れるような声を漏らす。

「お前、名を何という?」
「貴様如きに名乗る名前などないのだがな……いいだろう、教えてやる。俺の名はニルト・ヒューグ。ここ王都で名を馳せているヒューグ公爵家の長男だ!」

 ニルト・ヒューグ……どこかで聞いたな。

 俺は自分の記憶を遡ると、最近の事を思い出した。

「あぁ、お前あの時の奴か」

 第一試験の時にマナ測定で四桁を叩き出していた人間だ。

「あの時……というのがいつの事か知らんが、まぁいい。兎に角、お前にも言っておかねばならない事はただ一つだ」
「ほう?」
「早々に退学するんだ。この学院は入学すれば学費は全て学院側が負担する。お前のようなものに金が使われるなど学院側は望んではいないだろう」

 最もらしい言い分でニルトは俺を見る。

「ふっ、何を言っているんだ貴様は」
「何?」

 だが、俺がコイツの言葉を聞く理由はない。

「決めるのは俺だ。お前が……いや、お前達が何を言おうが関係ない。俺の道は俺が決める!」
「訳が分からないな……。これだけの醜態を晒しておきながら、よくそんな台詞が吐けるものだ」
「ガハハハハハハハ!! 悪いが俺は俺が大好きだ!! どれだけ醜態を晒そうが、俺はそんな俺が愛おしくて仕方が無い!!」

 俺のその言葉に、気圧されたようにニルトは一歩後ずさる。

「いいだろう……。お前がどれだけこの学院にしがみついても、お前に貼られたレッテルは変わらない……! せいぜい穏便に学院生活を過ごす事だ……『劣等生』!」
「ガハハハハハハハ!! そのレッテル、今は甘んじて受けてやる!! ネスティ、しばし高みで待っているが良い!!」

『一般入学生の君はすごいって思われていないんだ』
『これから示していくしかない。君の実力って奴をね』

 言いながら思い出すのは、先程のフェルトの言葉。
 
 良いだろう、見せてやる……この俺の快進撃を!!
 そしてその上で……呪いの解呪と幹部集めも成功させてやる!!

「で、でしたら私もイブル様のクラスへ……!」

 しかしそこに、ネスティが口を挟む。
 
「それは駄目だ! お前はこの検査で認められたのだからな!」
「しかし……!」
「何だ、俺が信用できないのか?」
「そ、そんな事はありません! 私はイブル様を、この世の誰よりも信用しています!」
「ならばお前のする事は、ただ一つ! この俺が近い将来必ず座る席を温めておく事だ!」
「……っ!」

 俺の言葉に息を呑むネスティ。

「安心しろ。お前は主は、最強だ!」

 俺はネスティに微笑んだ。

「……はい、そうですね……。このネスティ、イブル様の命令……しかと仰せつかりました」

 彼女は不安そうな顔を払拭し、主を信ずるが故の微笑みを浮かべた。

「うむ!」

 それを見た俺は満足そうに頷く。

「あ、あのぅ……?」
「ん? あぁすまんな!」

 教員の声に俺は思い出す。
 今がまだ検査の途中で後ろがつかえていることを。

 俺とネスティは天啓板の前から離れる。

「……」

 ニルトが睨み付け、周囲の者も俺に対し蔑みの眼差しを向けるが、そんなものに動じる事無く、悠々とした足取りで俺は後方へと戻った。
 


 推薦入学者たちは第二講堂の二階から天職検査の様子を見ていた。

「はは、何あれ。さっきの入学式の時と言い……すごいねあの人」

 ある意味爆笑の渦を巻き起こしたイブルを見ていた『竜騎士』のカーラは呟く。
 金髪で高身長、加えて好青年的な見た目の彼は座っているだけで何処か様になっていた。

「実力はともかく、あの胆力は称賛に値します」

『高位神官』シス、気品のあるその佇まいは芸術性さえ覚える。

「あなたも見習った方がいいのでは?」

 彼女はそう言うと隣に座る『狂戦士』バンゴを見た。

「む、無理……! 僕あんな状況になったら自殺する……!」

 あまりにも天職の名前とはかけ離れた様相のバンゴは、その巨大な肉体で自分を隠すように丸まっている。

「はははははは! 面白そうな奴じゃねぇか!! ああいう馬鹿は好きだぜ! 好みのタイプだ!!」

 槍をグルグルと回しながら『槍騎手』ウルバは言う。
 褐色肌に、後ろで結んでいる緑の長髪。
 整った顔立ちに付随する闘争心溢れる目。
 女性ながらも鍛え上げられたしなやかで太い足と腕には美しさすら覚える。
  
「なぁエヴァ! てめぇはどうだ? 入学式であんだけ求められたんだ! ちっとは気になってんじゃねぇのか?」
「気にならない。寧ろ、あんな所で言われて迷惑」
「カァー! マジかよ、アタシだったらあんな風に求められちまったら好きになっちまうぜ!」
「あれをそういう風に解釈できるウルバはある意味凄い」

 声の調子を一切変える事無くエヴァは言った。

『訂正しろ!! 一番強いのは……俺だ!!』

 ……。

 そんな彼女だが、先程入学式でイブルが言った言葉が頭から離れずにいた。
 内心では何処か自分に楯突いたあの男の事が気になっていたのだ。
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