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1章 アマリリス姫様
33話 お姉様-2
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「ええ、真っ暗だけど綺麗ね」
アマリリスが大人ぶった笑顔で言う。ツユはその笑顔を見てさらに楽しそうに微笑んだ。きっとこの笑顔は見ている誰かを幸せにする力があるんだろうな、とアマリリスは思う。恐らくツユはよく考えずに今自分が幸せだから笑っているのだろうが、それがアマリリスの心を少しでも救っているのだからアマリリスも笑うのだ。
「そういえば、ケイジュ遅いね」
そう言ってツユは井戸を覗いた。ツユが影になって見えていないことに気がつかないのか、ツユは首を傾げて色々な角度から覗いている。いやだからツユが光を遮っているんだって。
「……ふふ」
ツユのその姿を見てアマリリスは幸せそうに微笑んだ。
「……っ!」
アマリリスは死角から誰かが近づいている気がして後ろを勢いよく振り返った。
……何もいない。確かにガサッという足音がアマリリスには聞こえたはずだ。何か獣でもいればまだ安心できたのだが、何も目に映らずアマリリスの胸の中には不安が残る。
「……どうしたの? アマリリス」
「え、……何でもないわ」
ツユが見ていたことに気が付かなかったアマリリスが驚きながらツユに返す。視線に全く気が付かなかった。敵意や悪意がないからか、普段ならば気がつくはずの視線に反応することが出来ずに自分が鈍ってしまったのではないかとアマリリスは眉を顰める。
「あ、お母さん……」
アマリリスがツユの方を見ている間にツユはアマリリスの先に見覚えのある姿を見つけてその名を呼んだ。よく見えなくても、そこが暗闇でも見間違えるわけがない。ずっと何度も見続け、この国で一番高い身分を持ち、控えめながらもそれを誰が見ても理解できるその容姿を疑う必要もない。
「家に帰ったら私の可愛い娘がいないんだもの……。探したのよ、ツユ。それから……変わらないわね、アマリリス」
紫色の前髪から黄緑色の瞳を光らせ、微笑みながらやって来たアヤメは言った。アマリリスは振り返ることが出来ずにその後ろにいるアヤメに怯えている。そして、自分に言い聞かせる。死ぬことは怖くない、殺される覚悟などできていた、と。
「お母さん探しに来たことなんてないじゃん。それに、よく私がここにいるってわかったね」
ツユはそのアマリリスの様子に気づかず、アヤメに言う。
「ん? 聞いたからよ、ケイジュから。ところで……彼は気まずいって思ったりそれで出てこないような奴じゃないと思うのだけど? 何故隠れてるのかしら」
「……一番カッコ付けることの出来るタイミングを待っていただけですよ。その前にバラすとか性格ゴミですか、主様」
アヤメはツユが尋ねたことに平然と答えてから井戸を見て決して気持ちが良いと言えない笑みを浮かべる。ケイジュは堪忍したように井戸から頭だけ出して言う。ツユは何か違和感を感じてその方を見たが、目付きが違うように見えるだけで他にはおかしいとは思わない。
「うふふ、そんなところでぐずぐずしてないでいれば何も言わないであげたのに」
アヤメは口元に手を当てて上品に笑う。
「あっそーっすか。まあ、主様の性格の悪さは今に始まったことではねーですけど」
宙を蹴ってケイジュは跳んだ。井戸の淵に両足で立ち、腕を君で目を瞑り言う。そして、その開いた目はいつもの笑っているように見えるものではなく、さっきアマリリスが見たものに似ている。睨むような嘲笑う様な目だ。
「そう言われちゃ返す言葉もないわね」
アヤメがそのケイジュを見て慣れたように返す。
「え、ケイジュどうしたの? 変な顔してるよ」
状況をいまいち察することのできないツユが半笑いでケイジュに尋ねる。
「……チッ」
聞こえるか聞こえないかの音量でケイジュが舌打ちをした。そして、わざとらしく薄っぺらい貼り付けたような笑顔でケイジュが言う。
「これはこれは察しの悪いツユ様。説明はあとでするんで少し黙ってくださいませんか?」
生きている者の顔をしていないケイジュが棒読みで台本でもあるのではと思うような言葉でツユに伝える。少なくともツユはこんなケイジュなど知らないはずだ。しかし、それを違和感なくアヤメは受け入れていた。
「主様、リンドウは来てますか? ツユ様をリンドウに渡したいんですけど」
「……こちらに」
ケイジュがアヤメに尋ねると、いつのまにかケイジュの斜め左後ろに俯いたリンドウが立っていた。
「じゃあリンドウに命令だ。ツユ様を連れ帰れ」
声がしたのにその方を一切見ないでツユを見下すようにしたケイジュが声だけで言った。気が進まないように少しリンドウは黙っていたが、ケイジュがコツッと靴を一度鳴らすとツユの方に歩き始めた。
「つ、ツユ様、帰りましょ……っ!」
何かに気づいたのかリンドウが言い終える前少しだけ驚いた顔をして左を見た。しかし、そこには何もない。いや、占いに使うカードが一枚舞っていた。
「どうしたんだ? リンドウ」
ケイジュが尋ねた。
「いえ、何でもありません。さあ、ツユ様、帰りましょうか」
ツユのすぐ足元に落ちたカードを拾い、リンドウは寂しげな笑顔でツユに手を差し伸べた。何も理解できていないツユにはその手を取り、屋敷まで帰ることしか出来なかった。
アマリリスが大人ぶった笑顔で言う。ツユはその笑顔を見てさらに楽しそうに微笑んだ。きっとこの笑顔は見ている誰かを幸せにする力があるんだろうな、とアマリリスは思う。恐らくツユはよく考えずに今自分が幸せだから笑っているのだろうが、それがアマリリスの心を少しでも救っているのだからアマリリスも笑うのだ。
「そういえば、ケイジュ遅いね」
そう言ってツユは井戸を覗いた。ツユが影になって見えていないことに気がつかないのか、ツユは首を傾げて色々な角度から覗いている。いやだからツユが光を遮っているんだって。
「……ふふ」
ツユのその姿を見てアマリリスは幸せそうに微笑んだ。
「……っ!」
アマリリスは死角から誰かが近づいている気がして後ろを勢いよく振り返った。
……何もいない。確かにガサッという足音がアマリリスには聞こえたはずだ。何か獣でもいればまだ安心できたのだが、何も目に映らずアマリリスの胸の中には不安が残る。
「……どうしたの? アマリリス」
「え、……何でもないわ」
ツユが見ていたことに気が付かなかったアマリリスが驚きながらツユに返す。視線に全く気が付かなかった。敵意や悪意がないからか、普段ならば気がつくはずの視線に反応することが出来ずに自分が鈍ってしまったのではないかとアマリリスは眉を顰める。
「あ、お母さん……」
アマリリスがツユの方を見ている間にツユはアマリリスの先に見覚えのある姿を見つけてその名を呼んだ。よく見えなくても、そこが暗闇でも見間違えるわけがない。ずっと何度も見続け、この国で一番高い身分を持ち、控えめながらもそれを誰が見ても理解できるその容姿を疑う必要もない。
「家に帰ったら私の可愛い娘がいないんだもの……。探したのよ、ツユ。それから……変わらないわね、アマリリス」
紫色の前髪から黄緑色の瞳を光らせ、微笑みながらやって来たアヤメは言った。アマリリスは振り返ることが出来ずにその後ろにいるアヤメに怯えている。そして、自分に言い聞かせる。死ぬことは怖くない、殺される覚悟などできていた、と。
「お母さん探しに来たことなんてないじゃん。それに、よく私がここにいるってわかったね」
ツユはそのアマリリスの様子に気づかず、アヤメに言う。
「ん? 聞いたからよ、ケイジュから。ところで……彼は気まずいって思ったりそれで出てこないような奴じゃないと思うのだけど? 何故隠れてるのかしら」
「……一番カッコ付けることの出来るタイミングを待っていただけですよ。その前にバラすとか性格ゴミですか、主様」
アヤメはツユが尋ねたことに平然と答えてから井戸を見て決して気持ちが良いと言えない笑みを浮かべる。ケイジュは堪忍したように井戸から頭だけ出して言う。ツユは何か違和感を感じてその方を見たが、目付きが違うように見えるだけで他にはおかしいとは思わない。
「うふふ、そんなところでぐずぐずしてないでいれば何も言わないであげたのに」
アヤメは口元に手を当てて上品に笑う。
「あっそーっすか。まあ、主様の性格の悪さは今に始まったことではねーですけど」
宙を蹴ってケイジュは跳んだ。井戸の淵に両足で立ち、腕を君で目を瞑り言う。そして、その開いた目はいつもの笑っているように見えるものではなく、さっきアマリリスが見たものに似ている。睨むような嘲笑う様な目だ。
「そう言われちゃ返す言葉もないわね」
アヤメがそのケイジュを見て慣れたように返す。
「え、ケイジュどうしたの? 変な顔してるよ」
状況をいまいち察することのできないツユが半笑いでケイジュに尋ねる。
「……チッ」
聞こえるか聞こえないかの音量でケイジュが舌打ちをした。そして、わざとらしく薄っぺらい貼り付けたような笑顔でケイジュが言う。
「これはこれは察しの悪いツユ様。説明はあとでするんで少し黙ってくださいませんか?」
生きている者の顔をしていないケイジュが棒読みで台本でもあるのではと思うような言葉でツユに伝える。少なくともツユはこんなケイジュなど知らないはずだ。しかし、それを違和感なくアヤメは受け入れていた。
「主様、リンドウは来てますか? ツユ様をリンドウに渡したいんですけど」
「……こちらに」
ケイジュがアヤメに尋ねると、いつのまにかケイジュの斜め左後ろに俯いたリンドウが立っていた。
「じゃあリンドウに命令だ。ツユ様を連れ帰れ」
声がしたのにその方を一切見ないでツユを見下すようにしたケイジュが声だけで言った。気が進まないように少しリンドウは黙っていたが、ケイジュがコツッと靴を一度鳴らすとツユの方に歩き始めた。
「つ、ツユ様、帰りましょ……っ!」
何かに気づいたのかリンドウが言い終える前少しだけ驚いた顔をして左を見た。しかし、そこには何もない。いや、占いに使うカードが一枚舞っていた。
「どうしたんだ? リンドウ」
ケイジュが尋ねた。
「いえ、何でもありません。さあ、ツユ様、帰りましょうか」
ツユのすぐ足元に落ちたカードを拾い、リンドウは寂しげな笑顔でツユに手を差し伸べた。何も理解できていないツユにはその手を取り、屋敷まで帰ることしか出来なかった。
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