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第1章:夏休み
第7話 悪戯タイムの終焉。
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咄嗟に俺は、身を捩って卓袱台の下に隠れた。その際、思いっきり肩を強打する。芽衣は十分に目を慣らしてから、部屋の中を横切っていった。玄関のドアが開く音がして、芽衣が外へと出ていく。昨日と同様、アパートの共同トイレに向かったのだろう。
バレてない、よな?
自分の鈍くささを恨みつつ、肩を摩って痛みを和らげた。それ以上の悪戯をする勇気もなくなってしまい、芽衣が戻ってくる前に自分の布団へ潜り込む。頭まですっぽりと覆い被さり、今日はさっさと眠ろうと必死に目蓋を閉じる。
闇に包まれた静寂で聞こえてくるのは、扇風機の羽と首が回る音、それから自分の心音だけだった。トイレから戻ってきた芽衣が、今日は俺の布団に入ることなく、(少し残念だが)元の位置で横になる。その一つ一つの行動も、もしかしてバレたからなのでは、といちいち勘ぐってしまう。
そして一睡もできず、そのまま朝を迎えた。六時くらいに物音が聞こえはじめる。リュックを開く音、そして衣擦れ。おそらく芽衣は起きているのだろうが、背を向けた状態なので、目を開けたとしても壁しか見えない。
俺は生唾を呑み込む。こんな間近で着替え始めるなんて、俺のこと信用しているのか? 本当に、昨夜のこと気づいていないのか?
寝返りを打とうかどうか悩むが、そこで感づかれては元も子もなかった。着替え終えると芽衣は、シンクで歯磨きや洗顔を済ませ、冷蔵庫を開けて食材を物色している。ほどなくして昨日と同じく、包丁の音がリズミカルに聞こえてきた。それどころか、今日に至っては鼻歌混じりだ。
いつもと変わらない様子に、俺の杞憂だったのかと、こっちのほうが戸惑ってしまう。狸寝入りを解除するタイミングを見計らっているうちに、朝食ができたようで俺を起こしにきた。ゆさゆさと身体を揺らす。
「ねえ? 起きてください。朝ですよ~」俺は目を瞑ったまま。「ごはん、冷めちゃいますよ~」
なかなか起きない俺に痺れを切らしたのか、少し思案したのち、芽衣は全体重をかけて圧しかかってきた。堪らず起き上がると、数センチのところに、芽衣の鼻先がある。「おはようございます」と口が動くたび、俺の頬に息がかかった。
そのまま、抱きしめたくなるほどの笑顔を、芽衣は向けてくる。心拍数が落ち着く前に、俺は卓袱台を囲み、一緒に朝食をとることになった。朝、起きてすぐに運動は身体に悪いと聞くが、寝起きでアレやられたら堪ったもんじゃない。寝起きの心臓に悪い。まあ、寝てなかったけど。
午前七時半。
過ぎ去ったことを、いつまでも気に病んでいても仕方ない。やっぱり、取り越し苦労だったと一安心し、皿洗いをしてくれている横で、俺はテレビをつける。冷蔵庫を開けた芽衣が訊ねてきた。
「ずっとビールありますけど、飲まないんですか?」
「……え? ああ。禁酒しているし。それ、だいぶ前に買ったものだし」
「ふ~ん……捨てますか?」
「ああ。そうだな。いや。もったいないし、少し飲もうかな。今日は、これから仕事あるから、夜に……」
午後八時頃。
俺は、兄貴に電話をかけた。電話越しに、ざわめきが聞こえる。今日は、どうやら本当に忙しそうだ。
『ごめん。いまバタバタしてて……あ、はい。いま行きます。ごめん、悪いけど……』
「わかった。泊めればいいんだな」
また一晩、可愛い子と一つ屋根の下で過ごせるのは、本当ならガッツポーズをとりたいところだ。しかし、俺だけかもしれないが、なんとなく気まずさを感じる。芽衣も、本当はどう思っているのだろう。叔父さんと一緒は窮屈で、気を遣うことも多いだろう。
でも、ロリコンとしては、離れてしまうのも、嫌な気持があった。ずっと、芽衣と一緒にいたい。俺は、意を決して提案してみた。
「じゃあさ。夏休みの間中、ずっと預かってようか?」
『いや、いいよ』あっさりと棄却された。『それは悪いしさ。親権を争うときも、不利になりかねないし』
「不利?」
『子供との時間を大切にしてないと。蔑ろにしていると思われるとダメだし』
「ていうか、親権って。お前が勝ち取ったんじゃないのか?」
『いや、一応、まだ不確定。相手が虐待していたっていうのもあるし、一時的に俺が預かっているだけだ。俺も育児は任せっきりだったし、それが不利に働かないとも言い切れない』
「でも、虐待してたんでしょ。そんな人に親権を取られるのはおかしいでしょ」
『母親だからな。母親っていうだけで有利なんだよ』
印象か。確かに大事だ。あと、女の子だしな。同性の親のほうが、なにかと、これから成長していくうえで必要かもしれない。そんなことを考えていると、危うく聞き逃すところだった。
『明日は仕事を休むから。夕方頃には迎えに行けるよ』
「明日って。平日だぞ?」
『裁判所に行かないといけなくてさ。前々から有休取ってたんだよ』
裁判所か。これから、仕事をしながら娘も養っていかなくちゃならないんだ。兄貴も、なにかと大変そうだ。
『……あ、はい。資料はできあがってます』受話器を押さえているのか、くぐもった声で誰かと話す声が聞こえる。『じゃ。よろしく頼むわ』
なにが「よろしく」なんだ。こっちのほうが、世話になってばかりだよ。それだけ頼むと、兄貴は電話を切った。タイムリミットは、一と三分の一日か。
バレてない、よな?
自分の鈍くささを恨みつつ、肩を摩って痛みを和らげた。それ以上の悪戯をする勇気もなくなってしまい、芽衣が戻ってくる前に自分の布団へ潜り込む。頭まですっぽりと覆い被さり、今日はさっさと眠ろうと必死に目蓋を閉じる。
闇に包まれた静寂で聞こえてくるのは、扇風機の羽と首が回る音、それから自分の心音だけだった。トイレから戻ってきた芽衣が、今日は俺の布団に入ることなく、(少し残念だが)元の位置で横になる。その一つ一つの行動も、もしかしてバレたからなのでは、といちいち勘ぐってしまう。
そして一睡もできず、そのまま朝を迎えた。六時くらいに物音が聞こえはじめる。リュックを開く音、そして衣擦れ。おそらく芽衣は起きているのだろうが、背を向けた状態なので、目を開けたとしても壁しか見えない。
俺は生唾を呑み込む。こんな間近で着替え始めるなんて、俺のこと信用しているのか? 本当に、昨夜のこと気づいていないのか?
寝返りを打とうかどうか悩むが、そこで感づかれては元も子もなかった。着替え終えると芽衣は、シンクで歯磨きや洗顔を済ませ、冷蔵庫を開けて食材を物色している。ほどなくして昨日と同じく、包丁の音がリズミカルに聞こえてきた。それどころか、今日に至っては鼻歌混じりだ。
いつもと変わらない様子に、俺の杞憂だったのかと、こっちのほうが戸惑ってしまう。狸寝入りを解除するタイミングを見計らっているうちに、朝食ができたようで俺を起こしにきた。ゆさゆさと身体を揺らす。
「ねえ? 起きてください。朝ですよ~」俺は目を瞑ったまま。「ごはん、冷めちゃいますよ~」
なかなか起きない俺に痺れを切らしたのか、少し思案したのち、芽衣は全体重をかけて圧しかかってきた。堪らず起き上がると、数センチのところに、芽衣の鼻先がある。「おはようございます」と口が動くたび、俺の頬に息がかかった。
そのまま、抱きしめたくなるほどの笑顔を、芽衣は向けてくる。心拍数が落ち着く前に、俺は卓袱台を囲み、一緒に朝食をとることになった。朝、起きてすぐに運動は身体に悪いと聞くが、寝起きでアレやられたら堪ったもんじゃない。寝起きの心臓に悪い。まあ、寝てなかったけど。
午前七時半。
過ぎ去ったことを、いつまでも気に病んでいても仕方ない。やっぱり、取り越し苦労だったと一安心し、皿洗いをしてくれている横で、俺はテレビをつける。冷蔵庫を開けた芽衣が訊ねてきた。
「ずっとビールありますけど、飲まないんですか?」
「……え? ああ。禁酒しているし。それ、だいぶ前に買ったものだし」
「ふ~ん……捨てますか?」
「ああ。そうだな。いや。もったいないし、少し飲もうかな。今日は、これから仕事あるから、夜に……」
午後八時頃。
俺は、兄貴に電話をかけた。電話越しに、ざわめきが聞こえる。今日は、どうやら本当に忙しそうだ。
『ごめん。いまバタバタしてて……あ、はい。いま行きます。ごめん、悪いけど……』
「わかった。泊めればいいんだな」
また一晩、可愛い子と一つ屋根の下で過ごせるのは、本当ならガッツポーズをとりたいところだ。しかし、俺だけかもしれないが、なんとなく気まずさを感じる。芽衣も、本当はどう思っているのだろう。叔父さんと一緒は窮屈で、気を遣うことも多いだろう。
でも、ロリコンとしては、離れてしまうのも、嫌な気持があった。ずっと、芽衣と一緒にいたい。俺は、意を決して提案してみた。
「じゃあさ。夏休みの間中、ずっと預かってようか?」
『いや、いいよ』あっさりと棄却された。『それは悪いしさ。親権を争うときも、不利になりかねないし』
「不利?」
『子供との時間を大切にしてないと。蔑ろにしていると思われるとダメだし』
「ていうか、親権って。お前が勝ち取ったんじゃないのか?」
『いや、一応、まだ不確定。相手が虐待していたっていうのもあるし、一時的に俺が預かっているだけだ。俺も育児は任せっきりだったし、それが不利に働かないとも言い切れない』
「でも、虐待してたんでしょ。そんな人に親権を取られるのはおかしいでしょ」
『母親だからな。母親っていうだけで有利なんだよ』
印象か。確かに大事だ。あと、女の子だしな。同性の親のほうが、なにかと、これから成長していくうえで必要かもしれない。そんなことを考えていると、危うく聞き逃すところだった。
『明日は仕事を休むから。夕方頃には迎えに行けるよ』
「明日って。平日だぞ?」
『裁判所に行かないといけなくてさ。前々から有休取ってたんだよ』
裁判所か。これから、仕事をしながら娘も養っていかなくちゃならないんだ。兄貴も、なにかと大変そうだ。
『……あ、はい。資料はできあがってます』受話器を押さえているのか、くぐもった声で誰かと話す声が聞こえる。『じゃ。よろしく頼むわ』
なにが「よろしく」なんだ。こっちのほうが、世話になってばかりだよ。それだけ頼むと、兄貴は電話を切った。タイムリミットは、一と三分の一日か。
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