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しおりを挟むアレインに与えられた部屋は豪華だった。俺の知ってる知識で言えば、高級ホテルのセミスイートみたいな感じで、前室には白を基調とした木目の家具類が置かれ、テーブルや椅子も使い心地が良さそうだと思った。
奥の扉を開けると寝室になっていて、こちらもドデカいベッドとサイドテーブル、ゆったりしたソファにフカフカのクッションが並び、衣装室と浴室へ続く扉があった。
それ以上に、アレインの住んでいるというお屋敷は、俺が捉えられていた地下牢を有する王城から程近い区画にあって、馬車で移動した先に見た光景はなんとも筆舌に尽くし難い。
もちろんこの国の王が住む城は壮大で、敷地も広くて驚いたけれど、程近いところにあるアレインの屋敷も広大だった。
体力の落ちた俺はアレインに抱えられたままの移動だったが、通り過ぎた廊下沿いには煌びやかな装飾のある調度品や絵画なんかが並んでいて、何個も用途不明の扉の前を通り過ぎた。
運ばれただけの俺はもう玄関がどこにあったのかわからない。二階の奥まった場所の、一際大きな扉を開けてアレインは言った。
「ここがハズキの部屋だよ」
「は?俺の、部屋?」
「うん。僕の部屋は隣だから、何かあったらいつでもきてくれて構わないよ」
言いつつアレインは、俺をベッドに下ろした。身長も体重も日本人男性の平均もない小柄な俺だけど、それでも男の体を抱き上げていたアレインなのだが、全く疲弊した様子はなかった。
そんなことより。
「俺の部屋って、こんな豪華じゃなくてもいいのに」
「豪華じゃないよ。ここは王都の別邸だし、本邸よりは手狭なんだけど」
別邸?本邸?はて、どういうことだ?
内心で首を傾げる俺だけど、アレインは俺の戸惑いなんて気付かずに話を進めてしまう。
「ちょうど昼食どきだから、食事を用意するね。あの、僕もここで君と一緒してもいいかな?」
食事と聞いて、俺はこんなことになる直前に作っていたポークカレーを思い出した。自作したカレー粉は、長年試行錯誤して自分なりに最適な調合を編み出して、俺はそれが気に入っていた。
食事はひとつの娯楽だった。人間と同じように生きていることを実感した。俺が人間だった頃、食事は最低限の栄養補給だったけど、吸血鬼になってからそれを楽しむことを知って感動した。だから俺は料理が好きだった。自分で作るのも、どこかに食べにいくのも楽しかった。
血が主食の俺には、本来食事は必要ない。お腹が空くこともない。
人間として、人間とすごすのに食事の時間は大切で、コミュニケーションの一つでもあって、俺はその時間が好きだった。楽しい会話と共にとる食事は、生きることに必要だと思っていた。
でもここで俺は人間扱いしてもらってるわけじゃない。本来必要じゃない食事をとると、その分手間も時間もかけてしまうだろう。
俺は作り手だったからわかるんだ。楽しくない、ただ摂取するだけの食事は虚しい。食べる方も、作る方も同じだ。そんな虚しさを、俺と同じように料理をする人間に味わって欲しくない。
今の俺に、出されたものを美味しく食べられるほどの心はないのだ。
「食事はいらない。俺には人間と同じ食事は必要ない」
「え…?そうなの?」
アレインは驚いた顔をしたが、すぐにいつも通りの笑みを浮かべた。
「そっか。それも含めて、少し話しておかなくてはならないことがあるんだけど、いい?」
相変わらず俯いたまま頷く。アレインがベッドに腰を下ろして、ごく自然に俺の手を握った。
「まず、僕が君にした使い魔の契約は二つ。一つは君を制御する魔法で、僕の意に反することをした時に罰を与えるというものだ」
「お仕置きみたいな?」
それがどんなものかはわからないけれど、あまり痛くないといいなと思った。
「そう言われて仕舞えばそうなんだけど、勘違いしないで欲しいのは、僕は君を傷付けたくないし、できるだけ自由を与えたいと思っている。ハズキのことを僕は信用しているから、この魔法は発動させたくない。もう一つは、僕は不本意だったということを前提に聞いて欲しいんだけど」
と複雑な表情をしたアレイン。
「もし僕が死んでしまったら、君も道連れにしてしまう契約なんだ」
「お前が死んだら俺も死ぬってこと?」
「そう。その逆も然り。この二つの契約魔法をかける条件で、君を僕の使い魔にする許可を得た」
その逆?じゃあ俺が死ねば、こいつも死ぬということか?
呆れたというかなんというか、ため息が出る思いだ。そりゃさぞ不本意だったことだろう。
「本来ならここまで強力に縛る必要はないんだ。使い魔になる動物たちは、もともとそういう魔力を持って産まれてくるからね。彼らは魔法使いと共に生きることを本望だと思っているし、こちらもその対価として、彼らに魔力を共有する。そもそも相性が良い存在が召喚に応えてくれるし」
「俺は魔力なんていらない。できれば関わりたくもない」
元の世界にいた時には、それなりに映画やアニメなんかを見ていたので、魔法と聞いてワクワクしないわけではなかった。しかし実際にそれを体験すると、正直恐怖しか感じない。俺の知らない、得体の知れない力で、勝手に異世界に呼び出されたり、意識を奪われたり、よくわからない契約に命をかけたりしてしまう力なのだ。
その力をこの世界の人間たちは、さも当然のように振り翳している。簡単に人に向けて使用する。そんなの怖くないわけないだろう?
銃やナイフとは違って、脅威度が目に見えない分恐ろしい。
「ごめんね、怖い思いをさせてばかりだよね」
眉尻を下げるアレインに腹が立った。お前のせいだろうが、と怒鳴りたいが、そんなことをして怒らせて、自分が痛い目に遭うのは避けたい。弱々しく首を左右に振るにとどめる。
「君への契約の対価の話なんだけど、魔力の代わりに何が欲しい?僕にあげられるものならなんでもあげる。どれだけ贅沢しても良いし、どんな高価なものだってできるだけ用意する。できるだけ希望に沿うように努力するよ」
なんの含みもない笑顔を向けてそんなことを言う。まるでガキだ。初めて飼ったペットになんでも買い与えて満足するようなものなのだろう。
にしてもアレインは本気なのだろうか。この家もデカいし育ちも良さそうだし、かなり位の高い貴族とかそういう感じだろうか。
とは言え俺は高価だろうが豪華だろうが興味ないし、完全に庶民派感覚で、人間の中でコソコソと日々生きることに必死な普通の吸血鬼なので、急に贅沢しても良いと言われても困る。
この部屋だってベットルームだけでも持て余しそうなのに。
「じゃあ……十日に一度、ティーカップの底に溜まるくらいでいいから血をちょうだい。俺の食事は人間の血だから、それがないと生きられない」
そう言うと、アレインは一瞬険しい顔をした。本当に一瞬だったけれど、ずっと笑みを浮かべている表情が曇ったのはわかった。すぐに元通りの笑みを浮かべたが。
きっと気持ち悪いと思われたんだ。人間からすれば当然の反応だから、今更傷付いたりはしない。それにアレインには吸血鬼である俺のことを知ってもらわなければ、ここでの生活が困難になる。
「もちろん良いよ。それだけ?他に望みは?」
「特にない」
「そう……じゃあ君の食事は後で用意する。今日はゆっくりお休み」
アレインは残念そうにしながら、心なしか名残惜しげに振り返りつつ部屋を後にした。
入れ替わるようにロング丈の黒い長袖ワンピースを着たふくよかな女性が入ってくる。溌剌とした雰囲気で笑顔を浮かべている女性は六十手前くらいだろうか。キビキビした動きで湯気の立つ桶とフカフカのタオルを数枚用意していく。
「本日より専属の侍女としておそばにお仕えいたします、ハンナと申します。どうぞよろしくお願いいたしますね、ぼっちゃん」
「……ぼっちゃん?」
それはちょっと、いや、かなり恥ずかしいんだけれど。お先が真っ暗過ぎてどんよりしていた気分に、背筋がゾワゾワするような悪寒が加わる。
「こう見えて百年は生きてるので……ぼっちゃんと呼ばれる歳ではなくて……」
「アッハッハ!あらまあ冗談がお上手ねぇ!」
冗談じゃないんですが!!
「そんなことより、お着替えの前にお体を拭いてしまいましょう」
と言うなり、ハンナは俺に巻きついたままの、アレインのローブを剥ぎ取った。アレインに救出された際の俺は素っ裸だったが、これまた気持ちが追いついてなくて裸のままだということを、今思い出した。
「んぎゃあああっ!!」
「オホホホ」
悲鳴をあげながら慌てて掛け布団の中に潜り込む。ハンナは愉快そうに笑い声を上げた。
「恥ずかしがることはございません。このハンナ、アレイン様が赤子の頃は沐浴を担当しておりましたし!さ、ご遠慮なさりませんように!」
「だ、大丈夫です自分でできますからお願いですほっといて!!」
アレインの沐浴事情なんてどうでもいいわ!とか考えながら叫ぶ。ハンナはやれやれと肩をすくめて、でも無理強いすることなく着替えを置いて退室した。
未だバクバクと心臓が打ち狂っている。しかしハンナの用意してくれた湯で温めたタオルで体を拭くと、身に染みる暖かさにホッとした。着替えを済ませてベッドに体を横たえると、改めて自分が疲れていることを自覚する。
まだ太陽は天高く居座っているが、瞼が勝手に落ちてくる。触り心地のいいシーツと、ほどよい硬さの枕やマットレスが眠りを促してくる。
その日は嫌な夢を見ることなく、ぐっすりと眠ることができた。
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