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しおりを挟むきちんと手入れが行き届いた庭は、俺の感覚からすればちょっとした公園ほども広さがあった。連れてこられたガゼボから、来る時に見た外周を囲うはずの壁も見えないほど広い。
ガゼボは白く塗装された木が組み合わさって建てられていて、濃い緑の蔓草が、装飾の一部のように絡みついている。ガゼボの中のテーブルに向かい合わせに腰掛けると、庭に咲き乱れる花々がよく見えた。
「すごい。綺麗な花がいっぱい」
トラウマを抱えるほど荒んだ幼少期を送った俺には、綺麗なものや高価なものを賞賛する語彙力に乏しい。そういった物を鑑賞する余裕が持てたのもごく最近である。
「ここは僕が手入れしてるんだよ」
「え?意外だな」
どう見ても金持ちのお坊ちゃんなのに、と言えば、アレインは苦笑した。
「確かに君の言いたいことはわかるよ。僕は自分で魔法薬を作ったりもしているから、材料になる植物を自分で育てているんだ。その流れで普通に草いじりが好きになってしまって。今ではこの庭と、あっちの温室の植物は僕が手入れしている」
アレインが指し示した方には確かに温室があった。あちらもそれなりに大きな立派な建屋だ。
「それに植物は喋らないし素直だから。彼らには僕が何者であるのかなんて関係ないし」
なんだか不穏な発言だ。が、その意味を問う前に、ガゼボに人がやってきた。背が高く痩身の初老の男性で、服装から執事のような印象を受ける。
「ハズキ、これは侍従長のソーヤ。何か用があれば彼に言ってね。それとこの屋敷には他にも何人か使用人がいるけれど、ハズキのところにはこのソーヤと、昨日のハンナしか出入りさせない」
ソーヤがこちらを見てニコリと微笑みながら会釈する。俺もそっと礼を返しておく。ソーヤは押してきたワゴンからいくつかの籠と、良い香りのする紅茶をテーブルに並べ、またも一礼して下がっていった。
「さて、お茶の前に、本当は昨日のうちにと思っていたんだけど、君がものすごくぐっすり眠っていたからできなかった用事を済ませたい」
と、アレインがどこからともなく細くて鋭いナイフを取り出す。
「ハズキが血を主食にする存在だということはわかった。でも、僕は少し厄介な立場でね?体の一部、特に髪や血液を勝手に誰かに渡すことができない」
「どういうこと?」
なんとも苦い顔をしたアレインだ。
「まずこれはハズキに知っていてもらわなければならない話なんだけど。この国は、オルディシア国といって、代々魔法使いの国王が治めてきた国なんだ。歴代の国王はみんな優秀な魔法使いで、オルディシア王家に生まれる子どもはみんな魔力量を多く持つ。優秀な魔法使いが王になると、その時代は平和である、と言われている」
へぇ、と特に表情を変えずに頷く。自分に関係のない話だったらもっと楽しく聞いていられたのに、と、魔法使いが治める国というワードにワクワクしているのも本当だ。
「今の国王もすごく優秀な方で、王立の魔法学院では首席卒業されている。その嫡子で第一王位継承権を持つゲイルもとても優秀なんだよ」
「あの太々しいガキが?殿下って言ってたから王子なんだろうとは思ってたけど、あれで優秀なのか?」
人様に容赦なく剣を向けてくる奴だぞ?アレインは申し訳なさそうに微笑む。
「そう怒らないで。ゲイルは立場的に厳しくならざるを得ないだけで、本当は優しいんだよ。僕は従兄弟だから小さい頃のゲイルを知ってるし」
「従兄弟?ってことは、アレインも王族ってことか?」
なんてこった!そりゃ価値観が月とスッポン並みに違うわけだ!
「僕の母は現国王の妹にあたる。でも降下して嫁いでいるから、実質王族ではないし、当然僕にも王位継承権はないよ。ただの公爵家の三男が僕、アレイン・ストレイヤーだ」
「公爵家!!」
充分高貴なお身分ではなかろうか。王城の程近くに、広大な敷地を持つ理由がわかった。が、そんな奴の使い魔なんて俺に務まるのか?
「三男だから爵位も受け継ぐ領地も何もないし、あと数ヶ月すれば僕は王立魔法学院を卒業する。そのあとは王宮で働くことになっているから、君にもそのつもりでいてもらわなくてはならない。僕が屋敷にいない間退屈させてしまうかもしれない」
「使い魔って常に主人に付き従うんじゃないの?」
「それはそれぞれの契約による。君は別に魔力を共有する必要がないから、常にそばにいる必要もないし、好きなことややりたいことをやっていていいんだよ」
あれ?じゃあ俺はヒモニートか?
なんだか想像していたほど悲惨なことにはならなさそうだ。でも納得がいかない。じゃあ俺は、何のために召喚されたんだ?
「まあそれは今後考えていくとして。この国は優秀な魔法使いを尊ぶ風習があることはわかってもらえたと思う」
こくりとひとつ頷くと、またもアレインは苦々しい笑みを浮かべた。
「僕は今年二十歳を迎えて、もうすぐ王立魔法学院を卒業するんだけど……王立魔法学院は、優秀な魔法の素質を持つ者なら誰でも入学できて、四年かけて魔法士の資格を取るんだ。で、卒業後も実績を積んで最終的には国の最高峰である魔導士の資格に挑戦する。これは個人の自由だけれど、多分僕はいずれ受けなければならない。今年、首席卒業するのは僕だからね」
「え、でも、ゲイル殿下が首席なんじゃないのか?代々王様が首席で卒業してきたんだよな?」
「そこが問題なんだ。僕は産まれてすぐに魔法使いの素質に恵まれていることがわかった。まあ、母が王族の血を引いているのだからそこまで珍しいことじゃないし、貴族産まれに優秀な魔法使いが多いという歴史もある。ストレイヤー公爵家もそういった家系の一つだ。でも成長すると共に、僕は周りが驚くほど魔法を使いこなせるようになっていった」
人にできないことが自分にはできる。それが当たり前だと思って育ったアレインは、自分が特別なんだとは知らずに幼少期を過ごした。だが、ある時王都へとやってきたアレイン少年は、親兄弟が目を離した隙に誘拐されそうになったそうだ。
アレイン少年にはその時、すでに身を守る術も力もあった。強すぎる力を使い、自力で窮地を脱して知ったのだが。
「僕の力がいかに特別か。王家にも劣らない存在だと、周りが囃し立てた。ストレイヤー公爵家の三男が将来国一番の魔法使いになる、と王都では噂になっていたんだよ。僕は全く知らなかったし、両親や兄たちは苦い顔をしていた。優秀すぎる息子がいると、王家に対して決まりが悪かったんだ。ゲイルが僕と同い年だったこともあるし」
幸にして、現国王は優秀なアレインを疎ましがることもなく、どちらかと言えば大変に贔屓した。一時は魔法学院進学を辞めようかと悩んだアレインだったが、国王自ら魔法学院に通うように勧めたそうだ。首席卒業は簡単ではない、その時が来ないと誰が優秀かはわからないし、ゲイルだって素質はあるんだから、と。
「僕の見た目は典型的な魔法使いのそれなんだ。魔力量が多いと、全体的に色素が薄く産まれつく。僕の母も、現国王もそう。だから狙われやすい。魔力量の多い者はその肉体自体に力があって、強力な使い魔と契約する際や、大きな魔法を発動させる時の対価になるからね」
「なるほど。だから誘拐されかけたんだな。もしかして髪を伸ばしていたのも…?」
「そう。いざという時に力に変えようと思って伸ばしていたんだ。君を取り戻したくて、魔導士様に献上したけど」
「なんだかごめん。せっかく長くて綺麗だったのに」
なんて本音を言えば、アレインはニコリと微笑んだ。
「惜しくはないよ。髪はまた伸ばせばいい。だけどハズキはひとりしかいないし、君が監禁されていた部屋は強力な魔物を捉えておくところで、精神的な苦痛を与え続ける魔法が施されている。あんなところに少しでも長く君を入れておきたくなかったんだ」
どうりで嫌な夢ばかり見たはずだ。やっぱり魔法も、魔法使いって奴らも恐ろしい。
「そんなわけだから、僕は勝手に髪や血をあげてはいけないんだけど。僕の見ているところでなら問題ないかな、と思ったんだ。ハズキが内緒にしてくれるなら、だけど」
「俺は貰えるならなんでもいい。別にアレインから貰わなければならないわけでもないし」
「それはダメ!ハズキに何かあげてもいいのは僕だけだ。ハズキも僕以外からもらってはダメだよ、いいね?」
「は、はい」
あまりにも勢い込んで断言するアレインに驚く。元の世界では、吸血鬼の存在を知る協力的な人間がいて、そういう人間と吸血鬼がコソコソ集うバーやカフェがあった。血が欲しくなるとそこへ行って、美味しそうな人間と一夜を過ごす。気に入れば連絡先を交換して、しばらくパートナーのようになることもあった。
全国各地にそういったコミュニティが存在するので、数年で生活全てを一新する吸血鬼は、そういった店がある地域を選んで居を構えることが多い。
「本題なんだけれど、ティーカップの底に少し溜まるくらいでいいんだよね?」
「うん。そんなに多くなくていいし、一度貰えば十日ほどは平気」
そう答えると、アレインは取り出したナイフを左の掌で握り込んだ。痛そうに顔を顰めるのを見ると、ちょっと申し訳なくなってしまう。でも俺はアレインに無理矢理使い魔にされたのだから、それくらい我慢しろよな、とも思う俺は結構酷い奴かも。
流れてくる血を、俺の前に用意されたからのティーカップに落とす。ポタポタと結構な勢いで流れ、あっという間にカップの底が見えなくなる。
「もういいよ。充分」
「そう?思ったよりも少なくていいんだね」
ふぅ、と安堵の表情を浮かべ、アレインはナイフを離した。そして左手を開いた時に見た。傷も、血の跡すらすでに消えていた。ナイフについたはずの血もない。アレインの話を聞いた後だと、魔法とは本当に何でもできるのか、それともアレインが特別すぎるのか判断がつかない。
アレインが自分のカップに少し冷めてしまった紅茶を注ぐ。上品な所作でカップを持ち上げて口にする。産まれや育ちを聞いたのもあるけど、動作のひとつひとつが繊細で美しかった。見た目もバックグラウンドも完璧だと、人間は人間でも様々だよな、と思えてくる。俺の働いていた洋食レストランは高級志向で、それなりの値段がするしそれなりの格好で来る客が多かったが、テーブルマナーも人それぞれにクセがあった。やはり産まれながらのお貴族様は格が違う。
「じゃあ俺もいただきます」
紅茶を飲むアレインを見つめつつ、カップに入った赤い液体に口をつける。白磁のカップには蔓草の模様が描いてあったが、これもまた高級なものだろう。
アレインの血はすごく美味しくてびっくりした。今までに口にしたことのない、濃密な甘さを感じた。
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