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しおりを挟むアレインの婚約者は、レイチェルというアレインの四歳下の女の子だ。
可愛らしい栗色の長い巻毛で、華美だけど上品なワンピースを着ていて、立ち居振る舞いが洗礼されている。
大きくてアーモンド型の瞳と小さな唇。にこりと笑うとエクボがちょっとできて、幼い印象になる。手入れの行き届いた肌は女性特有の柔らかそうな絹肌。神々しい美しさのアレインと並んでも見劣りしないってのがすごい。別方向に完璧な女の子だ。
何よりもその身分が、ゲイル殿下の妹、ということに俺は内心で冷や汗をかいた。元々アレインが普通なら目を合せることもできないような雲の上の人間であることはわかっていた。わかっていたけれど、学院でハブられていたり、家族仲が悪いために王都の別邸にひとりきりで住んでいたり、本人はいたってのほほんとした人柄だったりで、全然お貴族様という気がしなかった。
そりゃ価値観の違いはあるけれど、それだって人間、住んでる国や育った環境、人種が違えば様々だ。それくらいの違いだって思っていた。
しかし婚約者が国王の娘だなんて、そんなお伽話みたいなことが現実にあるのだと知ると、そういえばアレインだって王家に次ぐ高位貴族なのだと実感する。
レイチェルはどうやらアレインの誕生日を祝うために屋敷について来たようだった。
「紹介するよ。この愛らしい子は僕の使い魔のハズキ。料理が得意で、うちの料理長と並ぶくらいの腕の持ち主なんだ。だけどお菓子を作るのも上手でね!豊富なアイデアでたくさん食べる僕のために作ってくれるんだ。あとこのツヤツヤの黒い髪も、ルビーみたいな瞳もとても素敵で笑顔がとても可愛いんだよ!」
と、レイチェルに向かって満面の笑みで言った。そして次に俺の方を向くと、
「彼女はゲイルの妹のレイチェル」
とだけ紹介してくれた。
いやいや、他にもっと言うべきことがあるだろうと俺は思うのだが、目の前で輝く美貌がいつものようにニコニコしてこちらを見ていて、俺はこの神の微笑みに言葉が出て来ない。
そんな今現在、アレインの部屋の前室にて、とりあえずお茶にしようということになった。ソーヤが一度退室し、紅茶や菓子を持って戻ってくると、俺たちは丸テーブルを囲んで座った。
ソーヤが紅茶を淹れながら困ったように笑んでいる。
「失礼ながらアレイン様、少々ご説明が足りないような気が致します」
「説明?」
「はい。ハズキ様、レイチェル様は国王陛下の二番目のお子様でございます。アレイン様とは幼少の頃に許婚となられました、」
「両親が勝手に決めてしまっただけで、僕はレイチェルと許婚なんて最近知ったし、婚約もしていないし、するつもりもないからハズキは何も心配しなくてもいいからね」
ソーヤの親切な説明を遮ってアレインは言い切った。しかし黙って成り行きを見守っていたレイチェルがムッとする。
「お父様たちが決めたのだから、アレイン様は私と結婚する決まりなのよ。そうですよね、ソーヤ?」
話をふられてソーヤは困った顔のまま肩をすくめた。主であるアレインの意見は尊重するべきだが、レイチェルは国王の娘なのだ。いち使用人としてどちらの意見にもなんとも返し難いのだろう。
「ところで、アレイン様」
レイチェルは気を取り直したように微笑んでアレインへ顔を向ける。年相応の無邪気な笑顔で小首を傾げると、ふんわりカールした焦茶の髪が揺れて可愛らしい。
「どうしてただの使い魔であるこの方も同席させているのです?ここは今、私とアレイン様のお茶の場では?」
途端に今度はアレインがムッとした顔をする。
「レイチェル!!ハズキは僕の大切な人なんだ。そういうことを言うのなら今すぐ城へ帰ってくれないか」
「ですが、お兄様の使い魔のように可愛らしい動物でしたらわかりますが、その、私たちと同じような見た目で使い魔なんて少々不気味ですわ」
あ、ヤバい。アレインがキレる。俺は咄嗟にアレインの手を掴んだ。薄紫の瞳がギラギラと揺れている。これはよくない兆候だ。アレインはしかし冷静に言葉を発した。
「レイチェルは魔法使いではないからわからないかもしれないけれど、魔法使いと使い魔は、たとえどんな姿形であっても互いに対等でなければならない。そうじゃなければ魔力は共有できないし、そもそも召喚に応えてくれるのは使い魔の方だ。そしてそれぞれにそれぞれの付き合い方があるものなんだよ」
それ自体は、俺もアレインと一緒に受けた授業で知った。ただそれを知って、俺は思ったんだけど。
俺には魔力はないから、アレインと魔力を共有できない。そして召喚に応えた覚えもない。一方的に罰を与えることができる契約魔法をかせられていて、果たしてこれは対等か?と。これをそれぞれの付き合い方だと言い切るには少し納得がいかない、と改めて思ったのだ。
同時に魔法使いではない人間の中で、魔法使いと使い魔の共生関係を理解できない者が一定数いることも知った。使い魔という存在を、たとえどんな姿形でも受け入れられず嫌悪する人間がいる。
日本で言うところの介助犬のように、公共の場への立ち入りは許されているけれど、個人の店舗、特に一般人が経営する商店やレストランへの同伴での立ち入りが禁止されている場合があるらしい。ちょこっと魔力があるだけの、使い魔の召喚ができない一般人からすれば、使い魔はペットと同義だ。それぞれ犬や猫、猛禽や爬虫類が苦手な人がいるのは仕方ない。且つ個々の能力が危険視されることもある。
俺がいまだに城下の街へ行きたいと言わないのは、そういう懸念があるからだった。
俺ってなんて中途半端な存在なんだろう、と言えばアレインは、気にしなくていい、そういうところには行かなければいいし、僕が絶対に守るから、ととびきりカッコいい笑顔で言い切ったのだ。
とは言え、そのアレインの婚約者がこの調子じゃあ俺は使い魔として大人しくするしかないわけで。
「アレイン、俺は自分の部屋に戻るよ。ふたりでゆっくりしてよね」
「え、ハズキ?」
気にしなくていいよ、とアレインの言葉が追いかけてくるのを振り切って、俺はさっさとアレインの部屋を出た。
いつも通り平常心を保っていたつもりだったけど、実際には心の中は暴風雨のように荒れ狂っていた。言いたいこと、聞きたいことが山ほどあった。
あんなに熱っぽい視線を向けてきて、本当に愛おしいものにするみたいなキスをくれるくせに、可愛らしい女の子が婚約者だって?しかも身分的にも俺が敵うはずもない相手だ。いや、俺、別にアレインと付き合いたいわけじゃないし、アレインをそういう意味で好きなわけでもない。
安易に手を出していい相手じゃないんだと実感してしまった。アレインは否定していたけれど、この世界ではきっと許婚やら親が決めた婚約者という存在が普通なのだろう。
そんなアレインに日々の世話を焼いてもらって、同じベッドで眠って、さらにはスキンシップと言うには濃厚過ぎる接触をして。
誕生日のお祝いに童貞を卒業させてやろう、だなんて俺はどれだけ身の程知らずなのだ?
でもこれはアレインだって悪いのだ。いずれは誰かと結婚して子どもを作ることが当たり前のような立場だとわかっているはずなのに、俺をその気にさせるような振る舞いをして来たのだから。甘く蕩けるような視線を向けてきて、毎日毎日可愛いだの素敵だの言われ続けて、さらには俺にはアレインしか頼れる人がいないのだ。
俺のせいでさらに孤立させてしまったアレインを、これ以上ボッチにさせるわけにはいかない。
俺は決めたんだ。アレインが望むなら望むだけそばにいる。求められれば答える。それでアレインが寂しくないのなら、俺は彼の拠り所となり、使い魔となり、日々の癒しでも、菓子作りでもなんでもしてあげる。
ただし、これからは濃厚接触はしない方がいい。
いずれ世帯を持つ貴族の男子だ。男となんて経験しても意味はないだろうし、ましてやアレインには俺とのことですでにあんまり良くない噂が立っている。事実にしてしまっては、バレた時にさらにアレインの居場所が無くなってしまう。
ちゃんと仮でも婚約者の女の子がいるのだから、そっちと円満に結ばれた方がいい。人間は“普通”が求められる生き物だということを、俺は身をもって知っている。だからこれまで特定の相手を作らずに生きてきたのだ。
……最初の一度で懲りてしまったから。あんな思いはもうしたくない。
俺はあくまでアレインという魔法使いの使い魔だ。その思いを新たに、強く胸に刻みつける。
だけど少し、ほんの少し胸がズキズキと痛むのは許してほしい。ハズキしかいらないと言ってくれたアレインを信じたい。嬉しかったから。アレインが誰と結ばれようと、俺は彼の唯一無二でいてもいいだろうか。使い魔としてなら、ずっとそばにいてもいいだろうか。
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