社畜もなかなか悪くない

ふくろう

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2章 上司はとりあえずうざい

現実が見えない上司へのいら立ち

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「おい、杉原重工の見積もり見たぞ。なんでこんなに値を吊り上げて出してんだよ!受注入ってないじゃないか!他の安く出したとこに取られたんだろう。それにこれも、これも、これも!」

伊澤支店長は、おれが出した見積書をバンバンと机に叩きながら並べてくる。

一日40前後も作る見積書の中で、よくもこれだけ発注につながっていない見積もり書を見つける暇があるものだ。

「これ全部、注文落としてるよな!どういうことなんだよ!安藤にでも教えてもらったらどうだ?」
「しかし、あまりにも売値を下げすぎてしまえば、輸送コストや現場の労力を考えると赤字に…」
「違うだろ!」

伊澤支店長は、見積書をおれに投げつける。

書類は派手な音を立てながら床に落ちた。

「仕事取れなければ、そんなことを考えることもできねぇだろ!まずは取れ!そんなことも分からねぇのか!」
「…すみません」

おれは湧き起こるイライラに耐えながら頭を下げる。

自己防衛のために言わせてもらえば、他に出した見積もりの8割は受注につながっている。

また、どんなにお得な見積もりを出しても、客先の都合が変わったなどの事情もあるのだから、全てが注文にはつながるわけではない。

しかし、     

「そのことは、支店長も重々ご承知のはずですが…」

とは口が裂けても言えない。

それが社畜というものだ。

こういうとき、ノマドに憧れる安藤の気持ちも分かってしまう。

「向田、お前は営業何年もやってるんだから、正攻法以外のことも考えられんのか?例えば客先ごとに、まとめ買いしてくれたら数%割引するって案内を作るとか」
「…割引、ですか」

おれはあきれた表情になりそうなところを、何とか取り繕った。

この業界、まとめ買いを促すことほど無意味なことはない。

どの会社も景気は良くないのだから、必要最低限の商品しか抱え込もうとしていないのは、足を使って客先を回ればおのずと分かるはずだ。

伊澤支店長が外出せず、毎日この部屋でふんぞり返っている様子が目に浮かぶ。

「…それは考えつきませんでした」
「ったく、何のために係長なんて椅子に座っているんだよ。売り上げを出すために考えろ、動け!」
「はい」
「すぐに企画書を作って客先に提案するんだぞ。今日中だ。分かったな?」

おれは一礼して支店長室から出た。

ドアを閉めたことを確認してから、何かに当たり散らしたい衝動にかられたが、側には何もなかった。

仕方なく自販機でコーヒーを買って一気飲みし、ゴミ箱に投げ捨てた。

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