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第一章 昇進
聖なる(?)日常と、まさかの遭遇
しおりを挟む~聖なる(?)日常と、まさかの遭遇~
「……またこの日常か」
俺は都内の本当に小さな商社に勤める、しがない営業職だ。
都心の高層ビルがひしめく影に、ひっそりと建つちっぽけな商社で、毎日毎日、代わり映えのねぇ仕事ばっかこなしてる。
朝起きて満員電車に揺られ、会社に着くとすぐに営業に回る日々。
仕事の方は、世にいうブラックとは言わねぇが、それでもつらい時はある。
そんな俺でも楽しみってもんはある。
たまの休日、アニメと漫画とラノベの世界にどっぷり浸かって、「俺TUEEE!」な主人公に感情移入するのが至高の時よ。
現実じゃ、顧客のクレームに冷や汗垂らしながら「申し訳ございません!」ってひたすら頭を下げる毎日だが、仮想世界じゃ俺は立派な「魔法使い」なんだからな。
そう、俺こと瓶田嶺(へいたれい)、29歳。
もうすぐ三十路を迎えるしがないサラリーマンであると同時に、隠れ厨二病を拗らせた魔法使い志望者でもある。
「もし俺が異世界転生でもしたら……」
きっと「世のため人のため、偉大な魔法で世界を救う!」とか叫び出すんだろうな、俺。
中二病?ああ、認めるさ。
でも、そんな正義感が俺の心の奥底には渦巻いてんのよ。
目の前の顧客の困り事を魔法で一瞬で解決!
競合他社をぶっちぎる革新的な製品をあっという間に創造!
……なんてな。
「……はぁ」
現実で俺が使える魔法は、せいぜい営業トークとExcel関数くらいのもんだ。
いや、最近じゃSlackの絵文字リアクションも使いこなせるようになったし、これも立派な魔法っちゃ魔法か?(違)
それでも、俺は密かに信じてた。
いつかこの秘めたる魔力が、俺の退屈な日常をブチ壊してくれる日が来るって。
ラノベの主人公みてぇに、唐突に異世界に召喚されたり、謎の美少女に「あなた、選ばれし者ですわ!」とか言われたりする日を夢見て、日々、社畜ライフを送ってたんだ。
そんな俺の、唯一の非日常と言えば、仕事で客先へデモンストレーションに向かう時だ。
大型免許が必要な社用EVバンは、俺一人しか運転できねぇため、ほとんど俺の愛車扱いになってる。
環境配慮から廃食油を燃料に発電する電気駆動のこの車は、観光バスを一回り小さくしただけのバンタイプで、運転席の後ろの半分はデモスペースだ。サーバーまで積んで、ローカル環境でCADをはじめとする各種デモが行えるようになってる。
「さーて、今日のデモもバッチリ決めてやるか!」
いつものように、朝早くに会社を出発し、俺はハンドルを握る。
客先までの道のりは、俺にとって唯一の息抜きだ。
社用車だが、車内はまるで俺だけのプライベート空間。
静かなEVバンの中で、エンジン音に邪魔されずに推しのキャラクターソングを大音量で流せるのが最高なんだ。
夜の高速道路を走るEVバンの加速は、まるで異世界へのワープゲートに吸い込まれるような感覚にさせてくれる。
「このままどこまでも行きてぇな……」
~天使降臨と主任就任というダブルパンチ~
そんな俺に、この春、まさかの**「主任」って肩書きが降ってきた。**
しかも、おまけ付きで**「新人の教育係」**だと?
「冗談だろ、おい……」
聞けば、新人教育をする者がいないとかで、慌てて俺を昇進させて教育係にしたってオチが付く。
コミュニケーション能力皆無の俺が、人を教えるなんて無理ゲーすぎるだろうが!
確かに顧客に自社製品を売り込むための営業トークはできる。
だが、これって果たしてコミュニケーションと言えるのか?
できなければ死活問題だから必死で覚えただけで、応用なんてできようがない。
つーか、営業トークなんて、他の営業は知らんが、ほとんど定型句だけでもどうにかなるもんだ。
事実、俺はそれだけでしのいでいる。その代わり、その定型句を本当にたくさん用意してはいるが。
だから、俺の仕事は営業はできるが……。
「俺の人生設計に『後輩指導』なんて項目はねぇんだよ!」
俺は黙々と仕事して、定時で帰って、ひたすら二次元の世界に没頭する、それが俺のジャスティスなんだ!
最近、俺が一人で担当しているEVバンのデモンストレーション営業が、予想以上の成果を上げていたらしい。
廃食油発電の電力で動く大型のデモ用EVバンを駆り、日本全国の顧客を飛び回った甲斐があったってことか。
最初は「デモカーなんて重くて小回りが利かないし、本当に成果が出るのか?」なんて懐疑的な目で見られていたが、俺はめげずにひたすら顧客のもとへ足を運んだ。
CADデータをその場で表示させ、製品のシミュレーションをライブで見せる俺の「動くデモルーム」スタイルは、顧客に新鮮な驚きを与えたようだ。
「瓶田君、君の活躍は目覚ましいね。このEVバンを使った新しい営業スタイルは、我が社の新たな可能性を切り開いてくれた。つきましては、来期から君を主任に昇進させたい」
部長からそう告げられた時、俺は思わず耳を疑ったね。
主任?俺が?
いやいや、俺は別に昇進とか興味ないし、責任とか増えるのダルいだけだし。
それに、話はそれだけじゃなかった。
「それから、君の働きぶりを見て、新人の結城君を君の部署に配属することにした。彼女の教育係も君に任せたい」
「はぁ!?」
新人の教育係だと!?
冗談だろ。コミュニケーション能力皆無の俺が、人を教えるなんて無理ゲーすぎるだろうが!
俺の人生設計に「後輩指導」なんて項目はねぇんだよ!
俺は黙々と仕事して、定時で帰って、ひたすら二次元の世界に没頭する、それが俺のジャスティスなんだ!
そう思ってた俺の目の前に現れたのは、太陽みたいな笑顔を振りまく天使……いや、新人の結城幸(ゆうきさち)、21歳だった。
都内有数の難関大学を奨学金で卒業した秀才で、しかも孤児院育ちと聞いた時には、一瞬、ラノベのヒロインかと思ったね。
だって、そんな境遇なのに、彼女はどこまでも明るくて、誰とでもすぐ打ち解けるんだ。
眩しい。あまりにも眩しすぎる。
目が、目がぁあああ!
(心の中で某アニメキャラの真似をする俺)
初めて幸が俺の部署に配属された日、俺はいつものように無表情でデスクに座ってた。
どうせすぐに周りに溶け込んで、俺なんて眼中にないんだろう、と。
すると、オフィスに響き渡る、ハキハキとした声。
その声が、まっすぐ俺のデスクに向かってくるもんだから、思わず固まった。
「主任、今日からお世話になります、結城幸です!どうぞよろしくお願いします!」
え、俺に?俺のデスクに直行かよ?
しかも、まさかの笑顔で?
俺は視線だけを幸に向けて、軽く顎を引いた。
「……瓶田です。よろしく」
我ながら、感情ゼロの返事だ。
これで普通は「この人、怖そう……」とか思って、ちょっと距離を置かれるのが俺の定石パターンなんだが……。
なのに、幸はそんな俺の態度にも怯むことなく、満面の笑みを浮かべたんだ。
「はいっ!不慣れなことばかりですが、精一杯頑張りますので、ご指導よろしくお願いします!」
その笑顔は、まるで春先の柔らかな日差しみたいで、俺の無味乾燥な日常に、微かな、だけど確かな彩りを加えていく。
ああ、これが……“恋”ってやつなのか?
「……いやいや、違う」
慌てて頭を振った。これは教育係としての、先輩としての責任感だ。
うん、きっとそうだ。
だって、俺はもうすぐ魔法使いになる男、そんな浮ついた感情に絆されてたまるか!
(とか、心の中で必死に言い訳してみる。というか、この言い訳、もう何度目だよ……)
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