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第一章 昇進
由比PAという名の「寄り道」ダンジョン
しおりを挟む~由比PAという名の「寄り道」ダンジョン~
首都高から東名高速へ。
都会の喧騒が徐々に遠ざかり、車窓の景色は、灰色のビル群から緑豊かな山々へと移り変わっていく。
幸は助手席で、スマートフォンを操作したり、時折外の景色に目を奪われたりしていた。
(おい、寝るなよ?万が一、俺が居眠りでもしたら、起こしてくれよな?助手席の使命だぞ!)
俺は運転席で、いつもと変わらない無表情でハンドルを握っている。
しかし、俺の頭の中では、今回の大型案件の成功と、今後の営業戦略がグルグルと渦巻いていた。
俺の脳内CPUは常にフル稼働なのだ。
「主任、ねえ、主任!」
突然、幸が弾んだ声で話しかけてきた。
俺は一瞬、眉をひそめる。俺の思考回路は、常に仕事のことで占められていたからだ。
(恋愛回路?そんなものは実装されていない。そう、俺の脳には『仕事優先』の鉄壁のプログラムが組まれているのだ!)
「なんだ?」
「あの、由比パーキングエリアって、この先ですよね?私、由比の桜えび、すごく好きで!」
幸はスマホの画面を俺に見せる。
そこには、由比PAからの駿河湾の絶景写真が映し出されていた。
そして、とどめとばかりに、彼女はキラキラとした瞳で俺を見上げてきた。
「由比って、海がすごく綺麗だって聞きました!少しだけ、寄っていきませんか?海、見たいです!」
彼女の提案に、俺は軽く驚いた。
俺の人生において、「寄り道」という概念はほとんど存在しなかったからだ。
顧客への移動は、最短ルート、最速で。それが俺のモットーだった。
しかし、幸のキラキラとした瞳を見ると、いつも通りの「時間がない」という言葉は、なぜか喉の奥につっかえて出てこなかった。
(これは、彼女の『おねだりスキル』が発動してるのか?いや、それとも俺の『ヒロインに弱い回路』がショートしてるのか!?)
それに、新人が獲得した初の大型案件への移動中だ。
彼女の小さな願いを叶えるくらい、バチは当たらないだろう。
いや、むしろ、ご褒美……いやいや、業務の一環だ!
新人のモチベーション維持も教育係の仕事だからな!
(そうそう、これはあくまで業務!業務なんだ!)
「……ああ、構わない」
俺の短い返事に、幸の顔がパッと輝く。
その笑顔に、俺の心臓は再び**「ドクン!」**と跳ね上がった。
やばい、これは不整脈確定か?心臓マッサージとか必要か?
「やったあ!ありがとうございます、主任!」
幸は、まるで宝物でも見つけたみたいに喜んだ。
そのはしゃぎっぷりを見ていると、なんだか俺まで気分が良くなってくる……気がする。
(気のせいだ、きっと疲労のせいだ!)
~海辺のデート?と俺の鈍感フィルター~
由比パーキングエリアの駐車場に車を停め、二人は海へと続く展望台へ向かった。
目の前には、絵画のような絶景が広がっている。
どこまでも広がる紺碧の駿河湾、その向こうには、雄大な富士山のシルエットがぼんやりと浮かんでいた。
潮風が肌を撫で、都会の埃っぽさを洗い流してくれるようだ。
「うわあ……!すごい、本当に綺麗ですね!」
幸は展望台の手すりに身を乗り出し、感動の声を上げる。
その横顔は、まるで少女のようだった。
(なんていうか、まぶしい。光属性最強キャラって感じだ。つーか、なんでこんなに幸はキラキラしてんだ?発光体か?まさか異世界からの転生者で、魔力とか宿してるんじゃねぇだろうな?)
俺の厨二病センサーが暴走し始める。
俺は、そんな幸の様子を横目で見ていた。
俺にとって、海はただの景色の一部であり、特に感動を覚える対象ではなかった。
だが、隣で目を輝かせている幸を見ていると、不思議と心が穏やかになるのを感じた。
(これが、俺の秘めたる魔法の力か?……いや、違うな。これは幸の『癒やしオーラ』のせいだ!きっとそう!)
「主任も、たまにはこういうところで息抜きした方がいいですよ!」
幸が笑顔で振り返る。その笑顔があまりにも眩しくて、俺は思わず目を逸らした。
「……そうだな」
俺は短く答えた。
俺自身も、知らず知らずのうちに、展示会の疲れと、連日の激務で張り詰めていた心が、少しずつ解きほぐされていくのを感じていた。
まるで、ガチガチに固まった思考回路が、少しだけ柔軟になったような感覚だ。
海を眺めながら、二人の間に沈黙が流れる。
しかし、それは決して気まずいものではなかった。
ただ、波の音と、遠くで聞こえる車の走行音だけが、彼らの間を埋めていた。
この時、二人の距離は、確かにわずかに縮まったかに見えた。
心の奥底で、何かが確かに芽生え始めていたのかもしれない。
(……いや、芽生えてねぇよ!)
俺は、ライトノベルの世界では「魔法使い」の資格を持つほど聡明だったが、現実の、特に恋愛に関しては、絵に描いたようなヘタレだ。
なので、それが何なのか、確かめようがない。もう、才能としか言いようがない。
(自称)恋愛ヘタレの才能の開花か?くそっ、そんな才能、いらねぇんだよ!
すると、幸が突然、俺の袖を軽く引っ張った。
「主任、見てください!あそこに、桜えびの看板がありますよ!」
幸が指差す先には、桜えび料理の店らしき看板が。
「私、さっきからお腹空いちゃって……。もしよかったら、少しだけ、桜えび、食べていきませんか?」
上目遣い、からの、控えめなおねだり。
これは確実に**『ヒロインの必殺技』だ。**
俺の脳内警報が爆音を上げている。
『緊急事態発生!腹ぺこヒロインに注意!直ちに食事を与えよ!ただし、勘違いはするな!』
「……まあ、少しだけならな」
結局、俺は幸の提案を断りきれず、二人でパーキングエリア内の食堂に入った。
幸は迷わず『桜えびのかき揚げ丼』を注文し、俺は無難に『富士宮やきそば』にした。
運ばれてきた桜えびのかき揚げ丼を、幸は目を輝かせながら頬張る。
「ん~!美味しい!やっぱり由比の桜えびは最高ですね!」
幸が満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見ていると、俺の富士宮やきそばが、いつもより数倍美味しく感じる……ような気がする。
(いや、気のせいだ!俺は富士宮やきそば自体が好きなだけだ!)
食堂の窓からは、広大な駿河湾が見渡せた。
隣で美味しそうにご飯を食べる幸。
こんな状況、まるで**「デート」じゃないか。**
まさか、俺がこんな青春の一ページを経験するなんて……。
いや、これはあくまで業務の一環!腹ごしらえも仕事のうちだ!
(必死に自分に言い聞かせる俺)
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