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帝都の争乱再び
おやっさんからのお詫び
しおりを挟む俺達とサクラ閣下が話しているそばに侍従の一人がやってきて、サクラ閣下に戦略会議が開かれることを告げに来た。
「閣下、そろそろお時間になります。会議室の方へお願いします」
「あら、もうそんな時間。本当に、忙しいスケジュールだこと。私は、ここに来て、満足の行く食事はしたことがないわ。美味しい料理ばかりなのだけど。これって、一種の拷問じゃないかしら、ね~、マーガレットもそう思うわよね」
これまたずいぶんな皮肉だ。
大丈夫なのか、皇太子府付きの侍従の前でそんなことを言っても。
「閣下、お戯れを。すみません侍従官殿、閣下は、旅団長就任以来、帝都で満足できる食事時間を持ったないものでしたから」
「すみません、侍従殿。眼の前の美味しそうな料理を食べられない自分がね~悔しくて、皮肉の一つも出てしまいました。決して、殿下や皇太子府の方たちに対して他意はございません。お詫びいたします」
「イエ、お気になさらずに。殿下も閣下に対しては、かなりの無理難題を要求しなければならない現状を憂慮《ゆうりょ》しながらも、申し訳ない気持ちが一杯みたいです。ここ皇太子府に居る時くらいは、心のこもった歓待をしたいとお思いなのですが、時間が……その……皆様もお忙しい人たちばかりで、私からもお詫びいたします。しかし、殿下を始め将軍の皆様も会議室にお集まり頂いておりますので、どうぞこちらへ」と言って、俺の前から侍従に連れられて、サクラ閣下は去っていった。
俺も、偉いさんに囲まれては食べた気にならなかったが、それでもしっかり食事の量は取れていたので、これ以上訳の分からない状況に取り込まれないうちにこの場を去るとしよう。
俺は、アプリコットやアンリさんに声をかけた。
「俺は食べ終わったので、先程の控室に行っているよ。君たちは、まだろくに食べていないだろ。ゆっくり食事していたらいいよ」
「すみません中尉。すぐに終わらせますので」
「急ぐ必要はないさ。あの控室の|《すみ》で、おとなしくしているよ。ゆっくりでいいから、終わってから来るといい」
「ありがとうございます」 と、二人と簡単な会話をした後、ゆっくり歩いて先程の控室に向かった。
本当は急ぎ足で一刻も早くここから逃げ出したかったのだが、そうすると悪目立ちするのが分かっていたので、我慢しながらゆっくりと、周りの雰囲気を壊さないように歩いてダイニングルームを出た。
俺は、トイレに寄ってから、控室の一番下座《しもざ》に当たる隅に置かれているソファーに腰を掛け、入れてもらったコーヒーをゆっくり楽しんでいた。
『平和な安息など、この世にはない。』とでも言う気なのか、この世の神は……
マーガレット副官が、レイラ中佐とサカキ中佐を引き連れて、俺の座っているソファーの正面に座った。
すぐにこの部屋を担当している府の職員が注文を聞きに来る。
「すみませんが、私達にもコーヒーをお願いね」
すぐに職員は去っていった。
すると済まなそうな顔をしていたサカキ中佐が俺に詫びを入れてきた。
「とりあえず、色々とおめでとう。でだ、先に要件を済ませたいのだが、俺はあんちゃんに詫びなければならないな。俺の……そうじゃないが結果的には俺のところが得した格好になったからな」
「へ??おやっさん。なんのことです?」
「『おやっさん??』ま~いいわ。グラス中尉、まず私からも今回の叙勲と叙爵の件については、おめでとうございます。でも、おめでたい雰囲気じゃないことぐらいはあなたでも分かるわよね。 今、帝国は最大の危機を迎えているようなことくらいは察しているのじゃないの」
「は~~~、はい」
帝国の危機なんか俺にはさっぱり分からない。
つい最近までお屋敷のボイラーの修理ばかりをしていたのだぞ(こっちの世界での俺)。
国の重大事なんか生活だけでいっぱいの一般庶民に分かる訳ないが、そんな事を言ったらどうなるかぐらいは簡単に想像できるので、曖昧にうなずいてみた。
「それでもあなたはまだ、危機感が足らないようね。ま~いいですか、でね、先の勅命で、私達旅団が解散して新たに師団として生まれ変わるのよ。当然、増員だとか、組織の変更だとかが多数発生するのは、分かるわよね。色々とありますが、あなたに関係する部分だけでも説明しておくわ。あなたも中隊長に任じられたことで、私達同様、新たに中隊を作らなければならなくなっているわよ。それは理解しているの?」
「はい、先の陛下との接見の後に閣下より命じられました。私の小隊に海軍の陸戦隊の1個小隊が加わると聞いておりますが」
「どうも、あなたは勘違いしているようね。あなたの小隊も、色々と移動があるのよ。これはすでに辞令が発効しているから、マーガレットから説明させるわ」
ちょうどここまで話が進んだ時にアプリコットたちがここに戻ってきた。
レイラ中佐の姿を見たアプリコットは一瞬固まったが、すぐに敬礼をして俺の脇についた。
それを待って、マーガレット副官が人事の異動について説明を始めた。
その内容はちょっとしたびっくり箱だった。
まだ、俺のもとに配属されたばかりの新兵40名が全員サカキさんの所の中核部隊である工兵中隊に配置換えとなった。
で、俺のところはと言うと、これを聞いたアプリコットは顔を青くして、体がわなわなと震えていた。
今ほとんど壊滅的な被害が出ている(主に補給の問題で軍を動かすことができない状態)第3作戦軍の西部正面軍に配属されていた軍に入隊したばかりの新兵と配属1年未満のルーキーの合わせて200名が俺のところにやってくるそうだ。
すでに彼らは移動を始めているという。
レイラ中佐が言うには全員が新兵じゃないことが救いだそうなのだが、果たして本当にそうなのか、甚だ疑問が残る説明だった。
で、先程のサカキ中佐の詫びの件になるが、それならば俺のところの新兵を移動させる必要がなさそうなのだが、そうじゃなかった。
サカキ中佐の説明というかお詫びなのだが、俺の所の兵隊さんの全員が俺の趣味に散々付き合って、あちこちで色々と作ってきたのだ。
流石に優秀で順応性の高い山猫の皆さんはすぐに慣れて、要領よく仕事をしていたが、新兵のみんなもその山猫の先輩たちを見習ってか、工兵としてはすでにルーキーの粋を超え、ベテランの工兵とも引けを取らない仕事をしているのだとか。
それ以上に俺が始めている作業前の朝礼と体操、それに午前と午後の作業中に入れる休憩などで、作業効率的にはシノブ大尉のところと並ぶくらいだとか……本当にそうなのかは分からないが、サカキのおやっさんがそう言っていた。
で、ここからがレイラ中佐からの言い訳なのだが、今後、新生サクラ師団の仕事で当分は基地周辺の環境整備の比重が高くなる。
というか、場外発着場の拡張から、海軍基地の建設、飛行場周辺に帝国の行政府の出先機関の建設など、上げていったらバブル期並みの建設ラッシュだと。
その建設の殆どをサカキさんの所と、以前お会いしたサカキさんの先輩である海軍さんの所だけが受け持つそうだ。
そうなると、当然、人が足らなくなる。
どこもそうなのだが、自分のところから優秀な人は出したくはない。
また、一般の兵士と違って、工兵は育成が難しいとされており、かつ、その数もどこの部隊も不足気味なのだそうだ。
これは今に始まった話じゃなく、帝国が始まってからは大げさだが、共和国との戦争が始まってから変わらない状況なのだとか。
思い出してほしい、俺が徴兵された『戦地特別任用』なる制度が生まれたのも、工兵の素養を持つものを無理やり軍に徴兵させたかったのが始まりだったとか。
考えたら当たり前のことだ。
一般の兵士それも士官などはそれこそ毎年必要とされている数だけ帝国内の士官学校から排出されてくるのだ。
おとぎ話に出てくるヒーローや勇者を徴兵してくるのならわからない話じゃないが、ありえないだろう。
俺の一般の士官としての徴兵が端から異常だっただけなのだが、それを今言っても始まらない。
話を戻すと、サクラ閣下を始め司令部のみんなが今後の工兵の役割を正確に理解して危機感を抱いた。
『技術者が足りない。』
すぐにでも一人でも多くの工兵が必要だ。
と、頭を抱え善後策を検討していたら、ふと俺の小隊が目に入ったそうだ。
40名もの工兵ではないが、十分に普通の工兵以上の働きをする新兵たちが、あの川原周辺での訓練施設の増設をしていたのをサカキ中佐とレイラ中佐は見ていたのだ。
(まだ、あの施設が増設されていたことに俺は驚いたが…)
で、すぐに異動が決定したので、先のサカキさんの詫びに繋がったのだ。
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