Strange Days ― 短編・ショートショート集 ―

紗倉亞空生

文字の大きさ
17 / 28

事故物件

しおりを挟む
「――はっ!」

 深夜、午前二時。
 男は今夜も寝苦しさで目を覚ました。

 秋も深まっている時期だというのに、全身から汗が吹き出している。手足も思うように動かない。俗に言う金縛りだ。

 男の住むこのワンルームマンションは、いわゆる事故物件である。

 前の入居者が、室内で首をくくったのだと言う。若い独身の女だったそうだ。

 立地条件の良さの割に破格値の家賃に惹かれ、男はこの部屋を契約した。もちろん、不動産屋からの説明を全て承諾した上で。

 幽霊だの妖怪だのを一切信じず、霊感もない自分には全く無縁の話――男はそう思っていた。

 ところが、男が入居して一週間ほど経ったころから、『彼女』は男の前に姿をあらわすようになった。毎夜、午前二時の決まった時間に。

(本当に丑三つ時にるんだ……)

 初めて金縛りに合い彼女を目にした時、男は何故か恐怖心を覚えず、妙に冷静でいられた。自分でも不思議だった。

 今夜もまた、男の足元に立つ彼女はその虚ろな目で、室内のある一点を見下ろしている。

 ――そう言えば。

 彼女が見つめているのは、いつも同じ場所だ。何日目かで、男はようやく気づいた。自分に何かを訴えかけているのだろうか。

 いったいそこに何があると言うのだろう。


 翌日の昼間、男は彼女が視線を向けた場所を調べてみることにした。

 それは部屋の隅、窓辺の角だ。今はテレビの台を置いている。

(こんなところには何もなかったはずだけど)

 男はこの部屋に越してきた時のことを思い出していた。

 そう思いながら、テレビのコンセントとアンテナ線を外し、台ごとずらすが、部屋の角にはやはり何もない。

(まさか、床の下か?)

 一瞬思い至ったが、賃貸物件のフローリングの床板を、そう簡単に剥がす訳にもいかない。

 それに最近手直しをした跡もない。
 男はため息を吐き、ふと窓から外を眺めた。

 すると、男にある考えが閃いた。

(そうか、ベランダだ)

 男は布団や洗濯物を干す時以外、ベランダには出ない。

 ベランダの隅々までは気にしたことがなかった。

 早速男はベランダに出て端まで行くと、中に何かが入ったコンビニのレジ袋が、ホコリまみれで置かれていた。いまの今まで全く気付かなかった。前住人の残した物が放置されていたのだろう。

(――ったく、管理会社もいい加減だな)

 男はそれを手に取って軽くホコリを払い、中身を確認した。

 出てきたのは、数冊の薄い冊子だった。

 パラパラとページをめくると、男は驚愕した。

 あられもない姿の美形の男子同士が、あんなコトやこんなコトをするマンガが描かれていた。それも全部。

 世に言う『ボーイズラブ』、BLを題材にした同人誌だった。

 しかも『18禁』と明記された、かなりハードな内容である。


 男はその同人誌を抱え、近くの河原へ赴いた。空の一斗缶と、ライターを片手に。

 一斗缶に同人誌の束を入れ、ライターオイルを振り撒くと、ライターで火を点けた。

 すぐさま火が回り、冊子数冊を炎が飲み込んでゆく。

 男は周囲に火の粉が飛ばないよう細心の注意を払いながら、BL同人誌を全て焼き尽くした。

 毎夜現れる彼女は、恐らく『その手』の愛好家だったのだろう。

 そして彼女は部屋に置き忘れた(実際はベランダだったが)本が気になり、部屋にやって来ていたのだ。

 男はそんな彼女のために、心残りだった本をお焚き上げした。

 もう大丈夫だ。
 忘れものを送り届けたことだし、彼女も安心して成仏してくれる……はずだった。


「――はっ!」

 男は今夜も、午前二時に身体の異変を感じて目覚めた。

 ベッドの足元を見ると、彼女が立っていた。今夜は男の顔を、ジッと見下ろしている。

 やがて彼女はベッドの上を這って、男の目の前までやって来る。これまでにはなかった行動だ。

 男は逃げ出したかったが、身体が動かない。

 すると彼女は、男の眼前で囁くように言った。

「誰かに言ったら、呪い殺してやるから」

 そう言い残した直後、彼女はすうっと姿を消した。

 昨晩までの青白い顔と違い、ほんのり赤みがかっていたのは気のせいだろうか?

 やがて身体の自由が戻り、男は茫然と彼女のいた虚空を仰ぎ見る。

(そうか……)

 そして男は理解した。

 彼女にとってBLは、誰にも言えない、密かな楽しみだったのだろう。

(こんなこと、話したところで誰も信じちゃくれないよ)

 兎にも角にも、これでこの先も安心して格安の事故物件に住み続けることが出来ることに、男は自身が天にも昇る思いを噛み締めるのだった。

〈了〉
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...