Strange Days ― 短編・ショートショート集 ―

紗倉亞空生

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吹雪の山荘殺人事件【中編】

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 捜査が続くなか、一台の黒塗りのセダンが山荘へやって来た。運転手は車を停めると、降車してすぐに後部ドアを開く。

 後部座席から、ベージュのコートを着た男が降りた。

 整髪料できちんと整えられた頭髪に、銀縁メガネの奥で輝く切れ長の目。一見すると、エリート商社マンと言った風情である。

「ここですか。随分と山奥に建てたものですね」

 誰に向けて言うでもなく、男は独りつ。
 そして彼は運転手を引き連れて、山荘へ向かう。

 門扉の前で立哨する山根巡査が制しようとすると、運転手はすかさず二つ折りの革ケースを開いてバッジと身分証を提示する。

「こちらは県警本部の北原きたはら管理官だ」

 運転手――を任された彼も刑事である――が言うと、

「失礼しました!」

 山根は慌てて姿勢を正し、敬礼する。
 北原管理官は、国立大学卒業後に入庁した警察庁から出向している、生え抜きのエリートである。年齢は三十代前半で、現在の階級は警視。いわゆるキャリア組と呼ばれる警察官である。

「あなたが第一発見者の山根巡査ですか?」

 北原は雪の照り返しに目を細めながら山根に尋ねる。

「は! 自分が山根であります」

 巡査は緊張で裏返りそうな声で答える。

「そうですか――あなたにもお話しを伺う事になるかも知れませんので、その時はよろしくお願いします」

 管理官は優しい笑顔を見せてそう言い残し、山荘の玄関へ向かった。


 北原が、軒先からコートの肩に落ちた雪を払いながら玄関を潜ると、現場を指揮していた年配の刑事がいち早く彼の元に近寄る。

「ご苦労様です、管理官――でも、わざわざこんな山奥まで足を運んでいただかなくても」

 県警本部捜査一課の松村まつむら警部は、自分よりひと回り近く歳下の上司に苦笑を向けた。彼は北原とは真逆の、ノンキャリアで叩き上げタイプの刑事である。

「いえ、私は実際に自分の目で現場を見ないと気が済まない性分ですので……捜査本部の椅子に座り、じっと報告を待っているだけというのはどうも苦手です」

「はあ、ですが……」

「ああ――だからと言って、別に捜査員の皆さんを信用していない訳ではありません。それだけは誤解なさらないでください」

 縦社会である警察組織において、階級は絶対だ。
 いま現在、この山荘にいる警察関係者の中では、警視の北原が一番上の立場にいる。

 それでも北原は、相手の年齢や階級を問わず敬語で話し、腰は常に低く偉ぶる素振りを一切見せない。

(全く、調子狂うんだよなあ、この警視殿は)

 彼が生意気な若造だったら陰口のひとつも言えるのに――松村警部は、生え際の後退が気になり始めた額に手をやり、ため息を吐いた。

「皆さんの邪魔にならなように見て周るようにしますが、どなたかに同行をお願いしてもよろしいですか? いろいろと訊きたいこともありますので」

 北原が松村に尋ねると、

「ああ、それなら私がおともしましょう――あとは任せたぞ」

 警部は近くにいた部下にそう命じると、歩き始めた北原の後を追った。


 松村が見守る中、北原はまずリビングを歩き回り、今は白いテープが人型に貼られただけの、遺体があった場所の確認や家具、調度品の位置関係などを観察する。時おり作業中の鑑識課員を呼び止め、何かしら質問を投げかけては納得のいったように頷いていた。

 続いて北原はキッチンへ向かう。LDKなので、リビングとキッチンの間に仕切りはない。

 キッチンの足元には、大きな段ボール箱が二つ並べて置いてある。

 ひとつには冷凍も冷蔵も必要のない、インスタントやレトルトの食品と缶飲料が入っている。そしてもうひとつの段ボールは、ゴミ箱として使われていたらしく、地元自治体指定のゴミ袋が、分別の種類ごとに収まっていた。

 北原はキッチン奥へ進み、冷蔵庫を開けて中を確認する。数々の食材と、それにアルコール類を含む缶やペットボトルの飲料が詰まっている。

「この山荘に何日滞在するつもりだったのかは分かりませんが、ずいぶんと買い込んだものですね」

「ただ、その割には食材の減りが少ないようです。恐らくですが、被害者ガイシャの一人が毒殺ですから、毒物の混入を恐れて人の手を介さない缶詰めやインスタント食品ばかり食していたのではないかと思われます」

 北原の言葉に、傍らの松村がすかさず答える。

「検死では、毒殺された男が最初の被害者のようですから。詳しくは司法解剖の結果待ちですが、最初の被害者は死後二十四時間以上、二日近く経過しているそうです」

 手帳に書き込んだメモを確認しながら、警部は続けた。

「なるほど。亡くなったのは、吹雪き始めてすぐの、二日前の夜あたりでしょうか」

「ええ、そんなものだと思います。ただ解せないのは、なぜ彼らはすぐに警察や消防に通報しなかったのか……」

 松村は首を傾げながら、さらに続ける。

「この辺りは吹雪の影響で通信障害が頻発し、固定電話はほぼ使用できなかったそうですが、携帯電話くらいは持っていたでしょうし」

 北原は上着の懐からスマートフォンを取り出し、画面を確認する。電波の受信状態を示すアイコンは、やはりアンテナが二本立っていた。

「ふむ、快適とは言えないかも知れませんが、通話は可能だったでしょう。確かに不可解ですね」


 続いて北原と松村は、山荘一階の半地下になっている物置部屋へ向かった。

「被害者五人のうち、三人の遺体はシーツにくるまれてこの部屋に安置されていました。猛吹雪で外部との連絡も取れず、山荘から逃げ出すことも出来なかった彼らは、死んだ仲間の遺体をそのままにはしておけなかったのでしょう。まあ、事件を捜査するこちらとしては、遺体を移動などさせずに現場保存を優先して欲しかったところですが」

 苦笑混じりの口調で不満を漏らす松村。

「犯罪捜査の素人である民間人に、それを求めるのは無慈悲というものです。遺体のあった状況はどうだったのでしょう?」

 北原は冷静さを崩すことなく訊く。

「部屋の奥から順に毒殺された男、絞殺された女、それから溺死した女です。ちょうど死んだ順番の通りです」

「そして、最後に亡くなった残りの男女二人の遺体はリビング、ということですね」

「はい。なおリビングの二人は、ほぼ同時刻に死んだ……あるいは殺されたと思われます」


 北原と松村は、階段を上がり山荘の二階へ移動した。

 被害者たちが寝室として使用していた客室三部屋を順に周る。北原が気になる遺留品は特にないようだったが、三部屋目でひとつだけ、北原の目を惹く物があった。かなり本格的な、一眼レフのデジタルカメラである。

「被害者の中には、カメラマンがいたようですね」

 北原は白手袋を嵌めた手でカメラを取り、入念に観察した後、ひとりの鑑識課の職員を呼び止めた。

「このカメラのメモリーカードに保存された写真を、プリントアウトしておいて貰えますか?」

 言いながら、青い作業衣の職員にカメラを手渡す。

「了解しました……ええと、数千とか数万枚単位の写真データがあったらどうしますか? 全部プリントしますか?」

 若い鑑識職員は、恐る恐る北原に尋ねる。

「いえ、それには及びません。ここ数日の――彼ら被害者たちがこの山荘にやって来た、三日前の日付け以降の物だけで構いません」

「分かりました。すぐに手配します」

 ほっとした表情で、鑑識職員は受け取ったカメラを、遺留品を保管するケースへ丁寧に収め、部屋から運び出した。

 その様子を見届けると、北原は室内をさらに調べ、キャリーケースやクローゼットの中を改める。

「何かお探しですか?」

 警部は疑問に思い、北原に尋ねる。

「ああ、いえ。大したことではありません――ふむ、仕事ではなく個人的な旅行だからなのか、カメラ以外の撮影機材は持参していないようですね」

 北原は独り言のように呟き、何かに納得しているようだが、松村にはその意図が全く理解できなかった。


 山荘内をひと通り見て周った北原は、再び一階のリビングへ戻り、第一発見者である山根巡査からの事情聴取を希望する旨を、松村警部に伝える。松村は傍らの部下に、外で立哨している山根を呼ぶよう命じた。

 山根が山荘のリビングルームに足を踏み入れると、ソファーに腰掛けた北原警視、その背後に立つ松村警部が目に入る。瞬時に緊張する山根。

「どうぞ、かけてください」

 北原は向かいのソファーを指す。

「失礼します」

 おどおどと落ち着かない様子で、山根はソファーに腰を下ろした。

「あなたがこの山荘へ来た時のことを、詳しく聞かせてください」

 北原の問いに、山根は今朝の自分の行動を思い出しながら、事細かに報告した。

 山根の話には特に重要な情報もなく、松村警部は「時間の無駄だ」と言わんばかりに、大きなため息を吐く。

「なるほど。ありがとうございました――ちなみに」

 松村とは逆に、山根の言葉に熱心に耳を傾けていた北原は、彼の報告が終わると、さらに意外な質問を投げかけた。

「第一発見者として、あなたはこの事件についてどう思いますか?」

「え、ええと……」

 思いもよらない質問に、山根はしばらく口籠もってしまう。

「慌てなくても良いですよ。じっくり考えて構いません」

(彼は何を考えてるんだ?)

 いち巡査に過ぎない男に事件について意見を求める北原に、松村は怪訝な顔を向ける。

「あの……」

 しばらくの沈黙の後、山根は意を決したように口を開いた。

「すごくバカバカしい想像だとは思うのですが……」

「構いませんよ」

「吹雪の中を、得体の知れない殺人鬼が何処かからやってきて、山荘にいた男女を次々と殺し、そしてまた吹雪の中を去っていった……とか」

 真剣な表情でそう語る山根巡査。

「くだらねえ。何が殺人鬼だ……」

 松村警部は呆れたようにぼやく。

「ジェイソンだかフレディだかがこの雪山にやって来たってのか?」

 山根は顔を真っ赤にして俯く。
 北原からも小言を言われるのではないか――山根がちらりと上目遣いで目の前の北原警視の顔を見ると、彼は意外にも満足そうに、うんうんと頷いている。

「なるほど、外からやって来た何者か、ですか……」

 北原はぶつぶつと、自分に言い聞かせるように呟いた。


 その日の午後、I署内に設置された捜査本部で、各捜査員からの報告が行われた。

「東京在住の家族に確認したところ、被害者の五人は三日前の昼頃に合流して、T山のあの山荘へ向かったそうです」

「夕刻にI市街に到着した彼らは、大型スーパーで食料、飲料水、アルコール類を購入しています。大量の買い物をした数名のグループがいたことを、従業員が記憶していました。彼らの買い物の量が多いことから、運ぶのに段ボール箱を使ってはどうかと、その従業員は彼らに大きめの空箱を二つ提供したそうです」

 まず最初に、被害者五人の行動についての報告が行われた。

「山荘のキッチンには、大きな段ボール箱が二つ置かれていた……彼らに間違い無いようですね」

 松村警部は隣の席に向けてに言うと、北原警視は無言で頷き、

「被害者たちの行動について、他には何かありますか?」

 捜査員たちに尋ねた。

「はい――」

 すると、ひとりの捜査員が挙手して、発言の許可を求める。

「どうぞ」という北原の声を待ち、彼はゆっくりと立ち上がった。

「自分が確認したところ、彼らに同行し損ねた者がいました」

「ほう、詳しく聞かせてください」

 若い捜査員は、コホンと軽く咳払いをして、手帳を片手に続ける。

「山荘の持ち主です。東京都内で、通信機器の専門店を経営しています」

「通信機器ですか」

「はい、トランシーバーとか無線機を販売していて、愛好家の間では、ちょっとした有名店だそうです。まあ、もっぱら一番売れているのは警察無線の受信機らしいですが……ああ、違法性は無いそうです」

「ふむ、続けてください」

「はい……で、その山荘の持ち主ですが、店の常連客や友人の五人を招待して休日を過ごすつもりだったそうです。ただ、当人が仕事の都合で一緒には行けなくなり、鍵だけ渡して五人に先行させたそうです。自分は翌日に遅れて向かうはずだった。ところが、翌朝天気を確認したところ、現地は猛吹雪です。出発を断念して、天候が回復するのを待ってたのだとか」

 ひと通りの報告を終え、捜査員は着席した。

「吹雪が落ち着いて、やっと出発出来ると思ったところへ五人が死んだという知らせ、という訳か。とんだ災難だな」

 松村はため息混じりに、率直な感想を口にする。

「ほかには?」

 松村の声に応えるように、別の捜査員が挙手し、報告を始める。

「ガレージの車ですが、エンジンルームのプラグコードが全て切断されていました。悪天候でなかったとしても、車を動かすことも出来ず、下山も無理だったでしょうね」

「プラグコードが切断?」

 北原が繰り返す。

「どういうことでしょう?」

 すかさず松村は、若い警視に目を向けた。

「簡単なことです。犯人は、どうあっても五人を山荘に留めておきたかった、という訳です」

「――ってことは」

「計画的な犯行と見て、間違いはないでしょう」


 そのタイミングで、捜査本部で使用している会議室のドアが勢いよく開き、ひとりの鑑識課員が「失礼します」と言いながら、ズカズカと入って来た。

 彼は北原の元へ近づくと、

「押収したデジタルカメラの、写真データのプリントアウトをお持ちしました」

 と言いながら、A四サイズの茶封筒を手渡した。

「ご苦労様です。あまり枚数は無かったようですね」

「はい。全部で二十枚程度でした。では私はこれで」

「ありがとうございます」

 鑑識課員が退出すると、北原は白手袋を嵌め、封筒から四つ切サイズの光沢紙にプリントされた写真の束を取り出した。

「何か手掛かりになるような物でも写っているんでしょうか?」

 横から覗き込む松村が声を掛ける。

「さあ、どうですかね……」

 言いながら、写真の一枚一枚を食い入るように観察する北原。雪景色の風景写真に混じり、もの珍しそうに降り積もった雪にはしゃぐ若者たちの姿が収まっていた。

 すると、ある一枚の写真を目に留めた彼は、

「そうか……そういうことだったのですね」

 と呟いた。

「何か、写ってたんですか?」

 そう問いかける松村警部に、北原はその写真を差し出す。

「――ただの集合写真のようですが」

 写真を受け取った松村は、肩透かしを食らったように答える。

 写真には、山荘をバックにした五人の男女が並んで写っていた。

「天候も荒れていないようですし、彼らが山荘に到着してすぐ……いや、翌日の昼間にでも撮影されたものでしょう」

 北原は言う。だが、松村には警視が何に納得したのか、理解が及ばなかった。

「この写真が、いったいどうしたと言うんです?」

「もう一度よく見てください。その写真には、何が写っていますか?」

「……何って、五人の男女でしょう?」

 松村警部には、北原の意図するものが全く見えない。

「そうです。が写っているんですよ」

〈つづく〉
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