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7. ミーミルの泉
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キラキラと小さな輝きを放つ幻想的な蝶、心地よい風に揺られる緑、色鮮やかな一面の花畑たちは、死を数多く生み出してきたダンジョンの中だとは思えない、美しい景色を作り出していた。花畑に負けじとお互いの光が反射してキラキラと輝く【陽水晶(ライトクリスタル)】もその一端を担っている。
所々に見られる守護者たちも、ここでは武装を解き朗らかに休憩に勤しみ、正(まさ)しくここはダンジョンの楽園であった。
「ここが、十階層……!」
あまりの絶景に息を呑む傍ら、僕は少し違和感を持っていた。
(本当にこんなところにあるんだろうか……?)
守護者の大半がダンジョンの上層までしか潜れない現状で、その者らにとってここはダンジョンにおける唯一の安息地と言える。つまり、必然的に十階層は最も人が多い階層となる。ではなぜ、その階層にある、と言われているものが今の今まで公にならなかったのか。
募る不信感に後ろ髪を引かれる思いで僕は、度重なるモンスターとの戦闘で、疲労を訴える体を酷使して歩を進める。
川のせせらぎ、鳥のさえずり、子どもたちの笑い声、風に揺れる花と木々のざわめきは、そんな僕に癒しをもたらす。
倦怠感に包まれながらも心地よい気分で森に差し掛かって数分経ったとき、ふと足を止めた。己がいかに疲れていたのかを身を以て実感しつつ、僕は首を傾げる。
「笑い声……?」
おかしかった。
なぜ、こんなところで子どもの声が聞こえるのか。
安息地とは言っても、ここは腐ってもダンジョンだ。人智を越えた未知と危険を孕む狡猾なダンジョンの中なのだ。そこに一体誰が子どもを連れてくるというのだろうか。
子どもたちの声は尚も増え続ける。クスクスと、まるで自分よりも矮小な存在がおかしな行動をしたときに発せられるような嘲笑の声は、周囲一帯に深い霧をまき散らす。
視界が次々と白濁色に染まっていき、遂には自分の足も見えない程になってしまう。
「な、なに……?」
僕の呟きに呼応したのか、散らばっていた笑声が収束を始め、ある一方向に集中する。
もはや前も後ろも分からないこの状況で、示された唯一の道筋に、僕は従う他なかった。
徐々に霧が晴れていく。次第に明らかになる周辺は、変わらず森の中だった。
僕の胴ほどもある太い木の根がそこら中から顔を覗かせ、生い茂る木々の葉たちはクリスタルの輝きすらも遮り、辺りはまるで夕闇が落ちたようだった。水気を大量に含んだ大地はぬかるみ、足を踏み出すだけで全身に不快感を伝えてくる。それらは近くに水源があることの何よりもの証左であり、どこからか聞こえてくる水声でそれも確信に変わる。
「ここは……?」
少しして森を抜けた僕は茫然と呟いていた。
そこは美しい十階層の中でも別格の場所であった。
木々に囲まれたぽっかりと開けた場所には、小さな泉がひっそりと湧き出ていた。吹き抜ける風は泉に撫でられ清涼なものへと姿を変え、僕の横を走り抜けていく。陽水晶が差し込む泉は水明に溢れ、水際のただの水晶たちもその恩恵に与り、よりいっそうと輝きを美しくさせる。
このダンジョンのどんな景色もここには敵わない。
強引にそう思わせるほどの魅力をこの泉は放っていた。もはや暴力的なほどの美しさは地上には決してない、正(まさ)に人智の及ばないダンジョンが造り出した絶景であった。
ほぅ、と息をつき、この世のものとは思えない、存在を疑うほどの美を前にして僕は、たっぷり十数秒見惚れてしまっていた。
いつの間にか笑声は止み、揺れる木々たちは徐々に狭まってくる気すらしてくる。
引き寄せられるようにして水面を覗き込んだ僕は、泉のあまりの清廉さに驚かされた。
一切の淀みがない泉は、光が辛うじて届いている水底まで見通せ、鏡のようで、映り込む木々たちに光を与え、全てを美しく輝かせていた。
──ただ一人、僕を除いて。
この緑たちが映るのであればその手前にいる僕が映ることは至極当然のはずなのに、まるで自分の方が間違っているかのような錯覚に陥るほど、泉は僕以外を反射させていた。
「アハハ。やっぱり気づいちゃったかぁ。悪戯好きな小妖精(ピクシー)たちにも困ったものだね」
円形の風に吹かれ、生い茂る巨木たちが一様にひれ伏す中、泉の真上、空中に栗色の毛皮と瞳を持つ一匹の小さな鼠が、可愛らしい中性的な声を伴って突如として出現した。カラカラと笑うその不思議な生き物は、上品にも口元を控えめな爪と栗色の両手で隠し、僕の眼前へと浮遊してくる。
「……!?」
「あっ、その驚いた顔いいよ~。ボクの大好物。……さて、まずは自己紹介からかな。ボクの名前はラタトスク。君たち人間の言葉で言うのならこの泉の管理者みたいな存在だね」
フワフワと空中に浮かびながら、よろしくね、と器用に頭を下げる大変愛くるしいのだが、その異質さから僕は警戒を解くことは適わない。
少し上下に浮き沈みを繰り返すその姿は、宙にいることを除けばただの愛玩動物にしか見えないのだが、そこが一番の問題点で、続くのは言葉を介することとごこからともなく表れたことだ。
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。君が考えている通り、ボクはちょっと特別な権限を有するだけの、戦闘力皆無の鼠だからさ」
栗鼠はそう言って軽くお道化て見せるが、体躯の差や構造の違いと留まることを知らない現状のせいで、それは少し奇怪な踊りにしか見えず、僕は少し頬を緩める。
「……ここは一体何なんですか?」
「ん?……君は良い『器』を持っているねぇ。これは当たりかもしれないなぁ」
宙に浮かんだままラタトスクは僕の周りを浮遊し、ジロジロと僕を観察してからそう呟いた。
「何のことですか?」
「いやいや、こっちのことだから気にしないで。さて、小妖精(ピクシー)たちが君をここに連れてきたのには何か意味があるはずなんだけれど……何か心当たりはある?」
飛び続けていることに疲れたのか、よいしょ、と少々中年くさい声を出しながら僕の頭に着陸したラタトスクは、軽く伸びをしてからゴロン、と寝転がった。
目線のみを上に持っていき、確認を試みるが頭上で光る太陽のような水晶たちが酷く眩しく感じられ、目を細めてしまう。
「心当たりかどうかは分かりませんけど、僕はこの十階層に力を求めてやってきました」
「これだけの力を持っていながらさらに力を求めるなんて、君も欲張りだなぁ。ここには一人で来たのかい?」
頭から降ってくる声に頷きそうになるのを堪え、ぎこちない動きを演じながらも僕は答える。
「はい。……かなりの強行軍でしたけど」
「十分だよ。……よし、これでお終いかな」
「?」
先ほどまでの思いは果たしてどこに行ったのか。ものの数秒で頭上の存在を忘れてしまった僕は首を傾げてしまった。
「うわっ!……おいおい、まだボクがいるんだよ?気を付けてくれ」
「す、すいません……」
情けなさ半分猜疑心半分で、急ぎ宙に浮かんだラタトスクに頭を下げる。
「まあ、いいさっておい!君はただの人間なのか!?」
得意げに僕を許そうとした表情が一変。ラタトスクは途端にその栗色の双眸を驚きで見開く。
「おいおいおいおい、これはどういうことだ?君ってば本当に人間か!?」
その言葉を残し、ラタトスクは自分の世界に引きこもってしまい、ブツブツと何事かを呟いているが、それを僕は聞き取ることはできなかった。
「さっきから何を言っているんですか?分かるように説明してください」
「……ん?おっとすまなかったね。つい、夢中になってしまったよ」
「それで、いきなりどうしたんですか?急に声を荒げたかと思えば、静かになったり……」
僕の疑問を聞いた瞬間、ラタトスクはその小さな体に相応しい胸を張り、フフン、と鼻を鳴らした。
「ボクに与えられた権限の一つで、他者の頭に体を触れさせることでその人の記憶を読み取ることができるんだ。さっきまで君の上に乗っていたのはそのためさ。決して疲れたとかそんな理由じゃあないんだからな」
どうやら違ったみたいだ。
失礼なことで勘違いしてしまったことを胸の内で詫びながら僕は口を開いた。
「人の記憶勝手に覗かないでくださいよ!」
憤慨する僕に対して、またもや鼻を鳴らし胸を張る鼠。
「この泉が君の求めているもの(・・・・・・・・・)だとしてもかい?」
「えっ!?」
今度は僕が驚く番だった。
(本当にこの泉が?)
「本当だよ」
「……また権限っていうやつですか?」
心の内を読まれたことに再び驚くが、今度はさきほどよりも幾分かマシで、なんとか話を繋げることに成功する。
「当たり!記憶を読み取った人の考えることは僕には筒抜けになるんだ」
嬉しそうに悪魔的に微笑む栗鼠はまるで悪戯っ子のようで、小妖精(ピクシー)なんかは目じゃないと思う。
「どうやら君はただの人の身でありながらモンスターと渡り合うことができるみたいだね。……いいだろう。合格だ。君は資格を得た。この泉、ミーミルの泉の管理者ラタトスクがそれを保証しよう」
声高らかに栗鼠は空に向かって叫んだ。
直後、今までとは比べ物にならない光を泉は放ちだす。
「さあ、泉の試練へと挑むといい。試練の内容は人それぞれだ。ボクにもそれを測ることはできない。けれど、ここに来た人間たちの中でも君は群を抜いて異質だ。モンスターと戦う力が欲しくてここに訪れる者は、今までもたくさんいたけれど、君みたいなのは初めてだ。だからきっと君なら乗り越えられるよ。君よりも君を知っているボクが言うのだから間違いないよ」
妖しげな笑み──特に最後──を浮かべるラタトスクに少々薄気味悪いものを感じるが、今はまったく気にならない。目の前に示されたもう一つの道に、僕の興味はラタトスクそっちのけで傾いていたからだ。
ようやくだ。
ここまで十年かかった。
どんな試練でも乗り越えて見せる。
そんな決意を胸に僕は心の内に熱が灯るのを確かに感じていた。
萎み続けていた夢と、肥大化していた想いがようやく重なり合った。
未知への挑戦に新たな可能性。
陽水晶(ライトクリスタル)のおかげだけではなく、忍び寄ってきていた光が今、僕の視界で弾け、世界に輝きが満ちる。
ラタトスクに導かれるまま僕は泉の水を口へと運ぶ。
口に広がった清水(せいすい)は、まるで元から体の一部だったかのように飲み込むことなく口の中から消え失せる。
そして、体中に染み渡るような不思議な感覚のあと、僕の視界は暗転した。
所々に見られる守護者たちも、ここでは武装を解き朗らかに休憩に勤しみ、正(まさ)しくここはダンジョンの楽園であった。
「ここが、十階層……!」
あまりの絶景に息を呑む傍ら、僕は少し違和感を持っていた。
(本当にこんなところにあるんだろうか……?)
守護者の大半がダンジョンの上層までしか潜れない現状で、その者らにとってここはダンジョンにおける唯一の安息地と言える。つまり、必然的に十階層は最も人が多い階層となる。ではなぜ、その階層にある、と言われているものが今の今まで公にならなかったのか。
募る不信感に後ろ髪を引かれる思いで僕は、度重なるモンスターとの戦闘で、疲労を訴える体を酷使して歩を進める。
川のせせらぎ、鳥のさえずり、子どもたちの笑い声、風に揺れる花と木々のざわめきは、そんな僕に癒しをもたらす。
倦怠感に包まれながらも心地よい気分で森に差し掛かって数分経ったとき、ふと足を止めた。己がいかに疲れていたのかを身を以て実感しつつ、僕は首を傾げる。
「笑い声……?」
おかしかった。
なぜ、こんなところで子どもの声が聞こえるのか。
安息地とは言っても、ここは腐ってもダンジョンだ。人智を越えた未知と危険を孕む狡猾なダンジョンの中なのだ。そこに一体誰が子どもを連れてくるというのだろうか。
子どもたちの声は尚も増え続ける。クスクスと、まるで自分よりも矮小な存在がおかしな行動をしたときに発せられるような嘲笑の声は、周囲一帯に深い霧をまき散らす。
視界が次々と白濁色に染まっていき、遂には自分の足も見えない程になってしまう。
「な、なに……?」
僕の呟きに呼応したのか、散らばっていた笑声が収束を始め、ある一方向に集中する。
もはや前も後ろも分からないこの状況で、示された唯一の道筋に、僕は従う他なかった。
徐々に霧が晴れていく。次第に明らかになる周辺は、変わらず森の中だった。
僕の胴ほどもある太い木の根がそこら中から顔を覗かせ、生い茂る木々の葉たちはクリスタルの輝きすらも遮り、辺りはまるで夕闇が落ちたようだった。水気を大量に含んだ大地はぬかるみ、足を踏み出すだけで全身に不快感を伝えてくる。それらは近くに水源があることの何よりもの証左であり、どこからか聞こえてくる水声でそれも確信に変わる。
「ここは……?」
少しして森を抜けた僕は茫然と呟いていた。
そこは美しい十階層の中でも別格の場所であった。
木々に囲まれたぽっかりと開けた場所には、小さな泉がひっそりと湧き出ていた。吹き抜ける風は泉に撫でられ清涼なものへと姿を変え、僕の横を走り抜けていく。陽水晶が差し込む泉は水明に溢れ、水際のただの水晶たちもその恩恵に与り、よりいっそうと輝きを美しくさせる。
このダンジョンのどんな景色もここには敵わない。
強引にそう思わせるほどの魅力をこの泉は放っていた。もはや暴力的なほどの美しさは地上には決してない、正(まさ)に人智の及ばないダンジョンが造り出した絶景であった。
ほぅ、と息をつき、この世のものとは思えない、存在を疑うほどの美を前にして僕は、たっぷり十数秒見惚れてしまっていた。
いつの間にか笑声は止み、揺れる木々たちは徐々に狭まってくる気すらしてくる。
引き寄せられるようにして水面を覗き込んだ僕は、泉のあまりの清廉さに驚かされた。
一切の淀みがない泉は、光が辛うじて届いている水底まで見通せ、鏡のようで、映り込む木々たちに光を与え、全てを美しく輝かせていた。
──ただ一人、僕を除いて。
この緑たちが映るのであればその手前にいる僕が映ることは至極当然のはずなのに、まるで自分の方が間違っているかのような錯覚に陥るほど、泉は僕以外を反射させていた。
「アハハ。やっぱり気づいちゃったかぁ。悪戯好きな小妖精(ピクシー)たちにも困ったものだね」
円形の風に吹かれ、生い茂る巨木たちが一様にひれ伏す中、泉の真上、空中に栗色の毛皮と瞳を持つ一匹の小さな鼠が、可愛らしい中性的な声を伴って突如として出現した。カラカラと笑うその不思議な生き物は、上品にも口元を控えめな爪と栗色の両手で隠し、僕の眼前へと浮遊してくる。
「……!?」
「あっ、その驚いた顔いいよ~。ボクの大好物。……さて、まずは自己紹介からかな。ボクの名前はラタトスク。君たち人間の言葉で言うのならこの泉の管理者みたいな存在だね」
フワフワと空中に浮かびながら、よろしくね、と器用に頭を下げる大変愛くるしいのだが、その異質さから僕は警戒を解くことは適わない。
少し上下に浮き沈みを繰り返すその姿は、宙にいることを除けばただの愛玩動物にしか見えないのだが、そこが一番の問題点で、続くのは言葉を介することとごこからともなく表れたことだ。
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。君が考えている通り、ボクはちょっと特別な権限を有するだけの、戦闘力皆無の鼠だからさ」
栗鼠はそう言って軽くお道化て見せるが、体躯の差や構造の違いと留まることを知らない現状のせいで、それは少し奇怪な踊りにしか見えず、僕は少し頬を緩める。
「……ここは一体何なんですか?」
「ん?……君は良い『器』を持っているねぇ。これは当たりかもしれないなぁ」
宙に浮かんだままラタトスクは僕の周りを浮遊し、ジロジロと僕を観察してからそう呟いた。
「何のことですか?」
「いやいや、こっちのことだから気にしないで。さて、小妖精(ピクシー)たちが君をここに連れてきたのには何か意味があるはずなんだけれど……何か心当たりはある?」
飛び続けていることに疲れたのか、よいしょ、と少々中年くさい声を出しながら僕の頭に着陸したラタトスクは、軽く伸びをしてからゴロン、と寝転がった。
目線のみを上に持っていき、確認を試みるが頭上で光る太陽のような水晶たちが酷く眩しく感じられ、目を細めてしまう。
「心当たりかどうかは分かりませんけど、僕はこの十階層に力を求めてやってきました」
「これだけの力を持っていながらさらに力を求めるなんて、君も欲張りだなぁ。ここには一人で来たのかい?」
頭から降ってくる声に頷きそうになるのを堪え、ぎこちない動きを演じながらも僕は答える。
「はい。……かなりの強行軍でしたけど」
「十分だよ。……よし、これでお終いかな」
「?」
先ほどまでの思いは果たしてどこに行ったのか。ものの数秒で頭上の存在を忘れてしまった僕は首を傾げてしまった。
「うわっ!……おいおい、まだボクがいるんだよ?気を付けてくれ」
「す、すいません……」
情けなさ半分猜疑心半分で、急ぎ宙に浮かんだラタトスクに頭を下げる。
「まあ、いいさっておい!君はただの人間なのか!?」
得意げに僕を許そうとした表情が一変。ラタトスクは途端にその栗色の双眸を驚きで見開く。
「おいおいおいおい、これはどういうことだ?君ってば本当に人間か!?」
その言葉を残し、ラタトスクは自分の世界に引きこもってしまい、ブツブツと何事かを呟いているが、それを僕は聞き取ることはできなかった。
「さっきから何を言っているんですか?分かるように説明してください」
「……ん?おっとすまなかったね。つい、夢中になってしまったよ」
「それで、いきなりどうしたんですか?急に声を荒げたかと思えば、静かになったり……」
僕の疑問を聞いた瞬間、ラタトスクはその小さな体に相応しい胸を張り、フフン、と鼻を鳴らした。
「ボクに与えられた権限の一つで、他者の頭に体を触れさせることでその人の記憶を読み取ることができるんだ。さっきまで君の上に乗っていたのはそのためさ。決して疲れたとかそんな理由じゃあないんだからな」
どうやら違ったみたいだ。
失礼なことで勘違いしてしまったことを胸の内で詫びながら僕は口を開いた。
「人の記憶勝手に覗かないでくださいよ!」
憤慨する僕に対して、またもや鼻を鳴らし胸を張る鼠。
「この泉が君の求めているもの(・・・・・・・・・)だとしてもかい?」
「えっ!?」
今度は僕が驚く番だった。
(本当にこの泉が?)
「本当だよ」
「……また権限っていうやつですか?」
心の内を読まれたことに再び驚くが、今度はさきほどよりも幾分かマシで、なんとか話を繋げることに成功する。
「当たり!記憶を読み取った人の考えることは僕には筒抜けになるんだ」
嬉しそうに悪魔的に微笑む栗鼠はまるで悪戯っ子のようで、小妖精(ピクシー)なんかは目じゃないと思う。
「どうやら君はただの人の身でありながらモンスターと渡り合うことができるみたいだね。……いいだろう。合格だ。君は資格を得た。この泉、ミーミルの泉の管理者ラタトスクがそれを保証しよう」
声高らかに栗鼠は空に向かって叫んだ。
直後、今までとは比べ物にならない光を泉は放ちだす。
「さあ、泉の試練へと挑むといい。試練の内容は人それぞれだ。ボクにもそれを測ることはできない。けれど、ここに来た人間たちの中でも君は群を抜いて異質だ。モンスターと戦う力が欲しくてここに訪れる者は、今までもたくさんいたけれど、君みたいなのは初めてだ。だからきっと君なら乗り越えられるよ。君よりも君を知っているボクが言うのだから間違いないよ」
妖しげな笑み──特に最後──を浮かべるラタトスクに少々薄気味悪いものを感じるが、今はまったく気にならない。目の前に示されたもう一つの道に、僕の興味はラタトスクそっちのけで傾いていたからだ。
ようやくだ。
ここまで十年かかった。
どんな試練でも乗り越えて見せる。
そんな決意を胸に僕は心の内に熱が灯るのを確かに感じていた。
萎み続けていた夢と、肥大化していた想いがようやく重なり合った。
未知への挑戦に新たな可能性。
陽水晶(ライトクリスタル)のおかげだけではなく、忍び寄ってきていた光が今、僕の視界で弾け、世界に輝きが満ちる。
ラタトスクに導かれるまま僕は泉の水を口へと運ぶ。
口に広がった清水(せいすい)は、まるで元から体の一部だったかのように飲み込むことなく口の中から消え失せる。
そして、体中に染み渡るような不思議な感覚のあと、僕の視界は暗転した。
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