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第二章

第79話 駆け出し冒険者は出てこない

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 ここは山の主が住む洞窟である。
 傷ついたコボルト達をなめていやしている巨大な狼から離れたところに三人の冒険者がいた。

「なんで、まだこんなところにいるのよ。お目当てのモンスターはテイム出来たんでしょう。さっさと次の街に行くわよ」

 スタイルの良い妖艶な女魔法使いドロンジョが面倒くさそうに言うと、それを聞いていた腹がでっぷり大男ボヤクーが答えた。

「もう少し待つでゲス。最後の仕上げが残っているでゲス」
「……」
「そうよ、最後の仕上げって何よ」
「あの狼はテイム出来たでゲスが、まだ心残りがあって、抵抗してるでゲス」
「……」
「心残り?」

 真っ黒なローブに身を包んだ背の低い男トンズとドロンジョはボヤクーの言葉に同じ質問をした。

「ええ、心残りでゲス。あの狼は長年山の主として麓の村を守っていたでゲス。それが心残りになって抵抗しているでゲス」
「あんな小さな村の何が心残りなのよ。だったら私がちょっと行って滅ぼしてきてあげるわよ」

 ドロンジョは邪魔なおもちゃを捨ててきてあげるわよ。言う感覚で村をひとつ滅ぼしてこようかと提案したのだった。そして、彼女にはそれが可能な能力があった。あの勇者アルスロッドが率いる勇者パーティにいてもなんら違和感のないほどの魔法使いである。田舎の村ひとつなら一日とかからずに滅亡させてしますだろうことは、長年一緒に行動しているボヤクーにも分かっていた。
 分かっていて首を横に振った。

「ダメでゲス。そんなことしたら姐御が、奴から恨まれるでゲス。いくら姐御でも、あの巨狼が決死の覚悟で向かってこられたら、ただでは済まないでゲスよ」
「じゃあ、どうすうるの。あの狼様の気が変わるのをここで待つの? 何年かかるのよ。私はいやよ」
「大丈夫でゲス。あの狼自ら村を襲って、壊滅させるでゲス。そうすれば、奴の心残りはなくなって、完全にあっしの支配下におけるでゲス」
「あいつに村を襲わせるって、そんなことできるの?」
「ええ、ちょうど、村人が冒険者を雇ってコボルト達を退治しようとしてくれたでゲス。コボルト達は奴の配下でゲス。つまりは、村人自身が冒険者を雇って奴に敵対してくれたでゲス。村人が奴を裏切ったと思わせれば、良いだけでゲス。あとは一押しでゲス」

 そう言って、ボヤクーはその醜い顔を邪悪にゆがめて笑った。
 自分が守り育てていた村を、滅ぼさせる。そんな残酷なことをさせようとするこの大男をみて、ドロンジョはにっこり笑った。
 村を滅ぼし終わって、もがき苦しむ狼の鳴き声はどんな綺麗な声で鳴くのだろうか。ドロンジョはそう考えただけで、楽しくなってきた。

「そういうことなら、私も楽しみにしてるわよ。ふふふ」
「楽しみにしててくださいでゲス。ふぁふぁふぁ」
「……」

 三人の邪悪な笑い声が鳴り響いた洞窟の奥には、一匹の子狼が牢屋に閉じ込められていた。
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