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第5話 アマンダの借金

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「おいこら、本当に心当たりがないのか? あれだけの人数が出てきてんだ。肩がぶつかったとかそんなもんじゃねえだろう。よく考えてみろ!」

 テーブルをバンと叩き、美しい金色の目を細める。怒った顔も思わず見惚れてしまうワイルド系魔法使いロレンツはアマンダをにらみつけると、吹けば飛びそうな細身のアマンダは一瞬、ビクっと体をこわばらせて目を伏せた。

「おいおい、ロレンツ。そんなに声を荒立てたら、怖がるだろう。すみませんね。アマンダさん」
「でも、おっさん……」

 ガドランドは優しい口調でロレンツをたしなめる。口調は優しいながらも反論を許さない目つきだった。その眼力にロレンツは黙っているしかなかった。

「しかし、師匠。ロレンツの言うことも、もっともですよ。それこそ理由もなく、あれだけの人間が襲ってきたとなると、明日から彼女はこの街に居られませんよ」

 紺色の髪をした正統派ハンサムのウェインが、シュンとなったロレンツに味方する。二人から言われると流石のガドランドも困ってしまった。

「それもそうだな。でも、お嬢さんは身に覚えがないと言ってるしな」
「……もしかしたら」

 ガドランド達のやりとりに、それまで目を伏せていたアマンダが控えめに口を開く。

「やっぱり、心あたりが!」
「ロレンツ、ちょっと口を閉じなさい」

 今度はウェインがロレンツを黙らせ、アマンダの言葉を待つ。

「実は私……ちょっと借金があって……でも、ちゃんと月々の返済はしているのですよ」
「借金ですか。それはどれくらいですか? いや、言いたくなければ、いいんですよ」

 ガドランドはついつい、訊いてしまった。
 ロレンツがまた何か口を挟もうとしたが、先程から二人に注意をされて、躊躇する。

「これくらいです」

 アマンダははっきりと言葉にするのを避けて、すらりと伸びて綺麗に手入れされた指を二本立てる。

「二百万マルですか?」

 マルはこの世界の通貨単位。
 ちなみに昨夜、ガドランドたち五人が、居酒屋で飲み食いして合計三万マルくらいだった。
 ガドランドの言葉に首を横に振り、申し訳なさそうに答える。

「……二千万マルです」

 二千万マル、一軒家が買える金額だ。そんな額の借金をしているとアマンダは言ったのだった。その金額を踏み倒したのならば、あの人数がこの女性を探していたのは理解できる。しかし、なぜそんな額を借りたのだろうか? ガドランドはそんな気持ちが素直に口から出た。

「結構な金額ですね。何に使われたんですか? ああ、言いたくなければ大丈夫ですよ」

 どこまでプライベートに踏み込んでいいのか悩むガドランドだが、女性が困っていると放っておけない。

「実は、私……孤児院の支援をしていまして、そこで……でも、分割ですが、ちゃんと返済しているのですよ」

 その美しい漆黒の瞳をうるわせて訴える。自分を信じて欲しいとその瞳は訴えていた。

「事情はわかりましたが、支援などと言うものは借金をしてまで行うものではないでしょう」

 生真面目なウェインはたしなめるように正論を言い放つと、アマンダはウェインを一瞬見たあと、泣き崩れた。

「私にも、それはわかっています。わかっていますが、仕方がなかったのです。あああぁぁぁーーー」

 泣き崩れるアマンダを置いて、ガドランドは一人で静かに部屋を出て行ってしまった。
 リビングには泣いている女性と男が二人。
 アマンダがひとしきり泣き、冷静さを取り戻した頃、ガドランドがリビングに戻ってきた。手には大きな革袋を持って。それをテーブルの上に置くと、革袋はジャラっと金属が擦れる音がした。

「二千万マルあります。持って行ってください」
「え⁉」
「おっさん!」
「師匠!」

 ガドランドの言葉にアマンダだけでなく、二人の弟子も声を上げる。

「いいのですか?」
「良いわけねえだろう! おっさん、こんな事して、ルカに怒られるぞ!」
「師匠。今日、たまたま助けた女性にここまでする理由はないですよ。暴漢から救っただけで十分です。借金に関しては彼女の問題です」
「そうですよね。こんな大金……」

 美しい女性が力なくうなだれて、正統派とワイルド系の二人のイケメンが、盗賊団の首領のような男に詰め寄る。
 まるで捕まった盗賊が、尋問を受けているようだった。

「でもよう……」

 ガドランドは申し訳なさそうに、頭を掻く。

「借金の話を聞き出したのはオレだろう。それを聞いちまって、ハイそうですか、ってわけにも行かねえだろう」

 ガドランドのもうひとつの悪い癖。
 金銭に執着が少ない。
 女にいい格好したいだけじゃないかと思うかもしれないが、金に関しては別に女性だからという理由だけではなく、ただ無頓着なのだ。

「ルカにはオレから話しとくからよ」

 ガドランドがこう言い出すと折れない事は、弟子の二人とも経験上、知っていた。
 ロレンツはため息交じりにガドランドに尋ねる。

「おっさん。タバコは、まだあるのか?」
「ああ、部屋にまだストックはある。心配させて、すまんな」
「そもそも、そのお金は師匠のものですから、私たちが口を挟む資格はありません。ただし、条件があります」

 ガドランドの答えを聞いて、すでにロレンツは諦め顔だった。
 それに対してウェインも諦めてはいるが、最後の一線は死守する顔つきだ。

「明日、朝一番に私と借金を返しに行く。それが条件です」
「ああ、それならオレが行こう」
「師匠はだめです。明日は領主に呼ばれているでしょう。重要な要件があるからと」

 まいったな、といった顔でまた、坊主頭を掻く。確かに領主の呼び出しに遅れるわけには行かない。それにただ、借金を返すだけであればウェインならば問題ないだろう。

「お嬢さん。ということで、ウェインの付き添いの上、借金返済に行くという条件ならどうですか?」
「で、でもこんな大金はいただけません」

 アマンダは静かに首を振る。そのしぐさ一つでも、大人の色気と気品を感じる。その立ち振る舞いに、ガドランドは提案をした。

「じゃあ、お貸しします。ある時払いの催促なしで」

 そう言って、にかっと笑うガドランドの顔は、まるで押し入った屋敷にたんまりと金があった時の強盗のような顔をしていた。

「でも……」

 ガチャ
 アマンダが、まだ何か言おうとしたとき、奥の扉が開いた。

「……風呂、沸いた」

 ずっと、リビングから離れていた、女性に見間違うほどの中性的な優男クリスはどうやら風呂の準備をしていたらしい。

「あら、あなた……」

 アマンダはクリスを見て声をかけようとする。
 しかし、その言葉を遮るように、クリスが繰り返す。

「風呂、冷める。それに親父の言うとおりにしたほうがいい」

 青い目でじっとアマンダを見て、つぶやくように言う。

「え、ええ、分かりましたわ」

 アマンダは何とも言えないクリスのプレッシャーに負けて、分かったと言ってしまった。

「おっし、じゃあ、話は決まりだ。お嬢さん、疲れただろう。風呂でゆっくりして、今晩は泊まっていくといい」
「僕の部屋を空けた」

 アマンダが断る暇を与えず、ガドランドとクリスが畳み掛ける。
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