異世界配信サービス

vincent_madder

文字の大きさ
24 / 101
第3章 光と影の女たち / Goddess in the Doorway

第24話 本部会議

しおりを挟む
灰色のカーペットに吸い込まれるような足音が響く。

真宮カオリは壁一面が曇りガラスで仕切られた会議室へと通された。窓のないその部屋は、人工光に照らされた静謐な空間だった。

会議机の中央には資料が整然と並んでいる。端に座る技術責任者が軽く会釈した。

「お忙しい中ご足労ありがとうございます、真宮先生」

「いえ。この案件はウェブミでは話せませんから」

そう応えた真宮はスーツの内ポケットから眼鏡を取り出すと慣れた手つきでかけた。

いつもは裸眼で過ごす彼女だが、こうした“数字と波形”が主役の場では別だった。

会議に集まったのは、運営役員二名、術式技術責任者、そして観測ログ分析官。それぞれの前にはファイルが静かに開かれている。

「では始めましょうか」

「今回の議題は発生した“シグナル401”についてです」

技術責任者の男が手元の資料をめくりながら、卓上のスクリーンに数枚のグラフを表示した。

「ログ上では、該当時間帯に“配信記録”は存在しません。しかし、術式波形には明確なレンズ生成の兆候が記録されていました」

「観測ポイントの反応も?」

「いえ。ゼロです。観測点を通っていない。“空間反応域の未経由”という形です」

運営役員の一人が低くうなった。

「……つまり、視聴者が誰も接続していないのに、映像が出力されたと?」

「それだけでなく──通常必要とされる“観測・変換プログラム”がまったく作用していないにも関わらず、です」

真宮は手元の波形データに目を落とした。そこには、明らかに“何か”があった痕跡。だがいつもの観測ラインには痕跡が残されていない。

「これは…フレーム生成?」

「そうとも取れる異常波形です。加えてこの揺らぎの規模からして──通常のバックエンド処理では説明がつきません」

「映像データの内容確認は?」

「断片的ですが、存在しています。ただし──解析にはまだ時間が必要です」

沈黙がわずかに部屋を満たした。

真宮は眉間に指をあて静かに思案する。

「……観測できないものを誰かが“見た”。そういうことですね」

「既存の術式構造では、配信レンズの生成には最低でも三つ以上の観測ポイントにより反響、つまり座標補完が必要です」

「Wi-Fiを使用した測位システムと同じように」

技術責任者が手元の仕様書をめくりながら言った。

「観測点がゼロ。接続ログもゼロ。それでもレンズが出現した…システム構造上、これは矛盾しています」

「それはつまり──誰かが外部から接続し、観測を成立させたということか?」

役員のひとりが問いかけた。問いに答えるように、分析官が静かに言葉を継ぐ。

「仮説ですが、非登録の観測者アンノウンによる干渉があった可能性は排除できません」

「それは、帰還者が……?」

その言葉に、会議室の空気が微かに張りつめた。
しかし真宮は即座に首を横に振った。

「いえ、それはあまりにもリスキーです。本人もわかっているでしょう」

役員たちはそれ以上を問わなかった。EWSの礎を築いた“彼”の名は、この場で軽々しく語られるものではない。

「では、誰が?何の目的で?」

「…それを知るために、今ここにいます」

真宮はまっすぐに前を向いた。

「明確なのは、この干渉には“意志”がある」

「術式波形に表れた安定度は、偶発的な揺らぎでは説明できない水準です。少なくとも片側──接続者には、“誰かを見ようとした意志”があったはずです」

誰かが“世界の向こう”を見ようとしていた。
それが、この事案の本質だった。

「これは、単なる異常エラーではないのですね?」

会議の中心に座っていた初老の役員が、重々しい口調でそう言った。

誰も否定はしない。部屋に漂っていたのは、未定義の不安と、それに触れた者たち特有の沈黙だった。

「問題は、“観測点ゼロ”の状態で視覚情報が取得されたという事実です。これはEWSの構造を根本から揺るがす可能性がある」

「再現性はどうだ?」

もう一人の役員が尋ねた。技術責任者が端末を操作しながら答える。

「現在までに、同様のフレーム波形が短時間ながら複数検出されています。ただし、いずれも非常に微弱で、映像化には至っていません」

「システムの魔術からデータに変換する際のムラと考えて良いかと。401ほど明瞭なケースは一件のみです」

「つまり、意図的に再現されたか、偶発的かは断定できない──だが、痕跡はある」

真宮は静かに頷いた。

「術式そのものに“抜け道”があるというより……これは、既存構造を飛び越えるような、別の意志の介在を示しているのかもしれません」

「第三者の接続か……」

「あるいは、異世界側あちらからの──」

誰かが呟いたその仮説に、室内の空気が一瞬だけ硬直した。真宮はそれには乗らなかった。ただ、淡々とした調子で言葉を継ぐ。

「今後も術式波形の解析を進めます。“再現パターン”が存在するならば、それを洗い出す必要があります」

「対象が誰であれ、これは見過ごせる現象ではありません。最悪の場合」

「異世界とこちら側を直接繋いでいる可能性があります」

役員たちは顔を見合わせ、小さく頷き合った。

「…調査を、引き続きお願いします」

「もちろん」

立ち上がりかけた真宮がふと立ち止まる。

会議室の片隅に置かれたモニター。その中に映るログ解析画面の断片を見つめる彼女の横顔は、どこか遠くを見るようだった。

「EWSを始めた者の1人として見過ごす訳にはいきませんから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

25年の時を超えた異世界帰りの勇者、奇跡の【具現化】で夢現の境界で再び立ち上がる ⛔帰還勇者の夢現境界侵食戦線⛔

阿澄飛鳥
ファンタジー
2000年7月5日、松里アキはバスの中で謎の事故に巻き込まれる。 そして次に目を覚ましたとき、大人たちに伝えられたのは、時は2025年、その間、自分は行方不明になっていたという事実だった。 同時に、この時代の日本には【境獣】と呼ばれる魔物が出現していることを知る。 その日、謎の声に導かれて行き着いた先で手に入れた腕輪を嵌めると、アキは夢を見た。 それは異世界に飛ばされ、勇者になったという記憶だ。 欠落した記憶、取り戻す力、――そして現代に現れた魔物を前に、アキは戦いに身を投じる。 25年という時を超えた夢と現の境界で、勇者は再び前に進むことを選ぶのだった。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

処理中です...