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新生編

第15話 さよなら、お姫様

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 温泉から帰ってきた公太郎はぐったりとした気分でベッドに倒れ伏した。

「最悪だ……」

 そこにちっこい少女の姿をした神様が現れた。神様は温泉上がりのほくほくとした良い顔をしていた。

「よかったではないですか、公太郎。男が女湯に入れる機会なんてそうはないですよ。もっとよく目を開いて見ておけばよかったのに」
「うっせえよ! 人を変態みたいに言うんじゃねえよ! 俺は普通の人間なんだ。何も見てねえ、何も見てねえんだ……」

 公太郎はぶつぶつと呟きながら蒲団をかぶり、そして夜が明けた。


 雪の村に清々しい朝が来た。
 公太郎が目を覚ますと部屋は少し寒いながらも穏やかな空気に包まれていた。

「もう朝か。あいつ来なかったな」

 公太郎が呟くと神様が答えた。

「フィオレが来ることを期待していたんですか? 夜這いを歓迎するとは公太郎も男ですね」
「そんなんじゃねえよ。まあいい。たまにはこっちから押しかけてあいつに迷惑って奴を教えてやるぜ!」

 公太郎はそうと決めると部屋を出ていき、受付に行って訊ねた。

「フィオレの部屋はどこだい? この俺があいつのところに乗り込んでいって寝顔ってやつを拝んでやるぜ!」
「姫様に御用なのですか?」
「そうだと言っている」
「姫様ならもうここにはいませんよ。次の魔物の討伐に向かわれたのです」
「え……? それってどこだ……?」
「さあ、わたしどもには何も」
「くそっ!」

 公太郎はすぐに宿屋を飛び出した。


 雪を蹴って走り、すぐに村の出口にたどりつく。
 そこから見えるのは真っ白に包まれた雪の世界だ。その先にはどんな世界が広がっているのか、この世界に来たばかりの公太郎にはまるで見当も付かなかった。
 だからこそ、不安になる。

「どこへ行ったんだよ、あいつ……」

 公太郎が雪の景色を見まわしていると、そこにちっこい少女の姿をした神様が現れた。

「公太郎、すぐに追いかけるのですよ。せっかくのこの世界の手掛かりをみすみす逃がしてはいけません」
「うっせえよ! そんなことはどうだっていいんだ! 俺はフィオレを……どこに行ったんだよ、フィオレ……フィオレーーーーーー!!」

 公太郎は声を限りに叫んだ。その声が遠くにいるだろう彼女に届くことを願ったかのように。
 だから、すぐ近くの背後から声を掛けられたのには驚いた。

「どうしたの? 公太郎ちゃん。こんな朝からそんなに大きな声を出して」

 公太郎は振り返る。そこにいたのはきょとんとした不思議そうな顔をしたフィオレだった。公太郎は文字通り飛び上がった。

「ゲー! なんでお前ここにいるんだよ!」
「なんでって……」

 公太郎の態度にフィオレは少し困ったような笑顔を見せた。公太郎はさらに畳みかける。

「旅立ったんじゃなかったのよ! 俺は受付でそう聞いてきたんだぞ!」
「うん、そのつもりだったんだけどね。すぐそこで村の人に上やくそうを取りに行って欲しいって頼まれたから、取りに行ってたのよ。安心して。もう渡してきたから」

 何がどう安心なのかは分からなかったが、公太郎はとにかくどなった。

「なんでお姫様のお前が村人のおつかいなんてしてるんだよ!」
「困ってる人を助けるのがわたしの使命だからね。でも、良かった。最後にまた公太郎ちゃんと会えたから」
「最後ってどういう意味だよ……」
「これから三魔獣の残り二匹を倒しに行こうと思うの。ファイタンとマホルスは置いていくわ。まだ怪我が完治していないし、もうこの戦いにはついてこれないから。ありがとう、公太郎ちゃん。最後にお礼が言いたかったの。……さよなら」

 フィオレは去っていく。公太郎はただそれを見送っていた。

「なんでだよ、なんであいつが俺に礼なんて言うんだよ……礼を言うべきなのは助けられた俺の方じゃないのかよ……!」

 公太郎は意を決すると走り出した。

「待てよ、フィオレ!」

 去ろうとする彼女に向かって声を掛ける。フィオレの足が止まった。

「俺でも不足なのか? 俺でもこの戦いには力不足だって言うのかよ!」

 背を見せたままフィオレはただ小さくうなづいた。公太郎の中に自分でもよく分からないわだかまりが湧いていた。

「あまり俺を舐めてんじゃねえぞ。三魔獣の残り二匹はこの俺が片づけてやる。フリーザーだってもう少しで倒せてたんだ!」

 それは嘘だった。だが、そんなことはどうだっていい。関係がない。自分が自分の思うとおりのヒーローになるためならば、気に入らない物は全て排除して構わない。それが彼の思い描くチート能力を持つということだった。
 公太郎はフィオレに向かって指を突きつけた。

「この俺の方がお前より上だってことを教えてやる! 嫌だっていってもお前に付いていくからな!」

 公太郎は宣言する。フィオレは答えない。ただ黙って背を向けて立っているだけだった。

「おい、聞いてんのか! 俺を無視するつもりなら」

 不審に思った公太郎は歩みを進めて彼女に近づき、その肩を掴んで振り向かせた。そして、言葉を飲み込んだ。
 フィオレは泣いていた。彼の初めて見る彼女の顔だった。

「お前……なんで泣いてんだよ……」

 彼女はチート能力者だったはずだ。どんな事態だって笑って楽して乗り越えていける存在のはずだった。悲しみや不快を感じることなどありえないはずだった。
 その彼女が言う。

「だって、嬉しくて」
「嬉しい?」

 フィオレは自分の手で流れる涙を拭った。

「だって、こんな告白されたのって初めてだったから」

 フィオレはまだ泣きそうになりながらももう笑顔を浮かべていた。
 公太郎は困惑した。そして、慌てた。

「お、お前! 何を勘違いしてるんだよ! 俺はお前に愛の告白をしてるわけじゃねえんだよ! お前に俺の凄さを見せつけてやるって言ってるんだよ!」
「うん、分かってる。でも、嬉しいの」
「ああもう意味分かんねえ。まあいい。行くぞ」

 公太郎はフィオレの手を取った。少女はその手を見つめていた。

「公太郎ちゃん」
「なんだ?」
「ありがとう」
「ったく気安く礼なんて言ってんじゃねえよ!」

 公太郎はぼやき、そして二人は真っ白な雪の道を歩いて行った。
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