サイクリングストリート

けろよん

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第一章 自転車になったお兄ちゃん

第9話 魔王を追って 1

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 翌日の朝、結菜と姫子と葵は再び集まって昨日の反省会をしていた。場所は前回に話し合ったのと同じ結菜の家だ。

「魔王の目的はなんなんだろう?」
「魔王?」

 話し合いを始めるなり、突然葵がそんな名前を呟きだした。結菜は首を傾げた。姫子も不思議そうに葵を見ていた。
 魔王がいったい何だと言うのか。そんな無言の二人の質問に葵ははっきりとした言葉で答えた。

「あの黒い自転車の少女のことだ。黒い自転車の~と言っていたら長いからな。奴を魔王と命名する」
「その魔王が悠真さんをさらったんでしょうか?」

 姫子がおずおずと訊ねる。葵はうなずいた。

「その可能性は高いだろうな。魔王はまんまと我々の前から逃げおおせたのだから」
「魔王が悠真さんを……」

 姫子は身を震わせた。魔王が現れたのだから無理もないと結菜は思った。葵が訊ねてくる。

「結菜は奴の姿を見たのだろう? 特徴とか何か分かったことはないか? 写真は撮れなかったのか?」
「ごめんなさい、わたしもいきなりのことだったからあまり覚えてなくて。写真も撮れなくて。特徴は……眼鏡を掛けた女の子でした」
「眼鏡を……!」

 葵は突然驚いたように立ち上がった。結菜と姫子は座ったまま見上げる。

「どうしたんですか?」
「何か心当たりが?」
「わたしは今衝撃の可能性に気が付いたのだよ!」
「衝撃の可能性?」

 その衝撃を葵は明かした。

「魔王の正体は女装した悠真だったのだー!」
「そんな!」

 姫子は心底から驚いたようだった。とても仰天して目を丸くしていた。

「姫子さんが本気にするから止めてください」

 それが事実なら結菜も驚いたかもしれなかったが、結菜は真実を知っていた。
 魔王は確かに悠真とは別人だったし、兄は自転車になって今も家の軒下にいるのだ。それが真実なのだからあの他人が兄のはずは無かった。
 だが、自転車の方の真実を明かすわけにはいかない。
 人が自転車になっているなんてどう説明すればいいか分からないし、それを証明する手段も結菜にはないからだ。
 それに結菜はやはり兄の事で自分が変な電波な子だと思われるのは嫌だった。
 葵が座るのを待って、結菜は答えられることを答えることにした。

「確かに兄も眼鏡をかけていますが、あれは別の人でした。年はわたしと同じぐらいで冷静で知的そうな人でした」
「悠真も冷静で知的そうに見えないか?」

 葵は自分の説を通したいようだった。その意見で食い下がってくる。通すつもりのない結菜は訊ね返した。

「どのあたりがですか?」
「そうだな……」

 葵は少し考え、

「つまり確かに少女だったと」
「はい」
「兄では無かったと」
「そうです」
「ふーむ……」

 また考え込んでしまった。そうして、しばらくしてから葵は結論付けて言った。

「魔王の目的はなんなんだろう」

 結局そこに戻ってきてしまった。
 結菜はその手掛かりを知っていた。言うべきか迷ったがどうせもう敵にこちらの存在は知られてしまったのだ。言っても問題はないと判断した。

「実は兄がいなくなる直前に見たらしいんです」
「見たって?」

 姫子が幽霊を見たかのように顔を青くする。その反応に結菜も自分がそんな感じで言ってしまったことに気が付いた。
 でも、別に怪談をするわけじゃないんだから怖がらなくてもいいと結菜は思う。そう思いながら言った。

「黒い自転車の少女が……黒い棒のような物を立てていたのをさあ~~~!」
「キャアアア!」

 つい姫子を驚かせるような調子で言ってしまった。姫子は座ったまま壁際まで後退して震えていた。

「あの、なんて言うかごめん」

 結菜は申し訳ない気分になった。まさかこんなに怖がるなんて思わなかったのだ。
 姫子が落ち着いて復帰するのを待って、結菜達は話し合いを続けた。 


 そして、話し合いは終わった。

「つまり魔王が黒い棒を立てていたと。そういうことか」
「そういうことです」

 結菜の話に葵と姫子は納得して頷いていた。

「魔王はそんな物を立てて何をするつもりなんだろう」
「さあ」

 葵の疑問に答えられる情報を結菜は持っていない。姫子は黙って話を聞いている。二人して黙っていると葵は決意したように立ち上がった。

「とにかくその棒を見に行ってみるか。その場所まで案内してくれるか?」
「え」

 結菜はまさかそんなことを言われるとは思っていなかった。誰が馬鹿正直に危険だと思われる物に近づこうというのか。

「でも、危険なんじゃ」

 兄があんな目にあう原因となった黒い棒。そこに近づくのは話の出来る魔王に会うより危険な気がした。
 前は手掛かり欲しさに気楽に行ってしまったが、時が経って状況により深く関わり、事態が思ったより深刻である自覚が結菜にも出てきていた。  
 姫子に意見を求めそちらを見る。

「わたしも行きます。それが悠真さんの手掛かりなら」

 立ち上がって姫子にまで行くと言われたらもう結菜だけ行かないと言うわけにもいかなくなってしまった。
 結菜も立ち上がって出かける準備をした。



 三人で自転車を走らせて現場へ向かう。場所を知っている結菜が先頭で走って二人を案内していく。
 途中から道がよく分からなくなって兄に案内してもらった。

「そこを右だ、左だ、真っ直ぐだ」

 言われるままに道を進む。
 みんなで黒い棒の所に行くと言った時、悠真は不満を口にしていた。

「どういうつもりなんだよ、結菜。姫子さんをあそこに連れて行くなんて。あれがどんな物なのかまだよく分かっていないんだぞ」
「二人が行くと決めたんだから仕方ないでしょ」

 結菜にとっては二人が決めたことで自分が文句を言われるのは心外だった。

「二人だけじゃない。あの棒に関わったらお前も俺のようになるかもしれないんだぞ」

 その言葉を聞いて結菜は背筋を震わせた。全く想像したこともなかった。
 試しに自分が兄のようになった所を想像する。そんなことは絶対にごめんだった。

「魔王の目的はなんなんだろう。みんなを自転車にして何がしたいんだろう」
「そんなことは俺は知らん。ただあの棒にはもう関わらない方がいい。魔王本人がいなくてはどうせ事情も聞けないだろうし」
「お兄ちゃん、姫子さんだけじゃなくてわたしのことも心配なんだ」
「当たり前だろ。お前は俺の妹なんだから」
「そっか、だったらお兄ちゃん上手い言い訳を考えてよ。何かあそこに行かなくて済むような上手い言い訳はないかなあ?」
「うーん、姫子さんを説得するのは俺には無理かなあ。彼女は普段はおとなしい良い子なんだけど、一度決めたら譲らない頑固なところもあるからなあ。前も紅葉が綺麗に撮れる位置について頑として譲らないことがあって俺は驚いたもんだよ」

 兄はそれから姫子の話をし続け、結局、

「危なそうな所があったら葵にやってもらえ。あいつならしっかりしてるし、どうなっても一番困らない奴だから」

 というところで話が落ち着いた。



 やがて現場に辿りつく。
 普通の道端の草むらの横に魔王が立てた黒い棒があった。結菜がブレーキをかけて止まると葵と姫子も自転車を止めた。
 道端で自転車に跨ったまま、その棒を見つめる。

「これがそうなのか?」
「うん」

 葵の疑問に結菜は頷く。姫子が呟いた。

「これが悠真さんが最後に見ていた物……」

 自転車を降りた葵と姫子は棒に手掛かりがないか少し近づいて、さらにじっと見つめた。さすがにすぐに手を触れるような危険なことは二人ともしなかった。結菜が自転車に座ったまま二人を見ていると悠真がそっと話しかけてきた。

「不思議な物だな。前に見た時と変わっていない」
「それほど経ってないから普通じゃない?」
「それでも何か変わらない違和感があるんだよ。何と言うか、ここだけ写真を切り取ったかのように固定されているというか」

 そうは言われても、結菜は悠真や姫子のように普段から写真を撮り慣れているわけではないのでそれに例えられてもよく分からない。

「あ」

 考えようとする結菜の意識を悠真の声が呼び戻した。
 見ると、姫子が黒い棒に近づいていた。触れようと手を伸ばす。

「おい、何をするつもりなんだ。葵、止めろよ。結菜! 姫子さんを止めるんだ!」
「うん」
「待て」

 だが、結菜が止める前に葵の声に呼ばれて姫子はその手を止めた。葵は感心したように言った。

「正体不明の物に率先して触ろうなんて君はなかなか勇気があるんだな」
「わたしは別にそんなつもりじゃ。ただ悠真さんが最後に触っていた物だって聞いてたから……」

 姫子は恥ずかしそうに顔を赤くして手をひっこめた。そして、葵に向かって言った。姫子はおどおどしているが、いざという時は自分の意見はしっかり言った。

「でも、どうするんですか? 見てるだけじゃ悠真さんの手掛かりが分からないんですけど」
「おお、姫子さんが葵に強気に意見を。いいぞ、もっと言ってやれ」

 応援する悠真をよそに話は続く。葵は答えた。年下の少女を相手に余裕のある笑みまで浮かべて見せる。

「ここは年長者としてわたしが調べよう。魔王の立てた物だ。何が起きるか分からないからな」

 結菜は葵のことを危険を自分で引き受ける立派な人なんだなと思った。その誤解を悠真が解く。

「あいつは珍しい物に自分が一番に触りたいだけだな。だが、ここは助かった。葵に任せて離れて見ていよう、結菜。姫子さんを呼んでくれ」
「うん、姫子さん、こっち来て。危ないかもしれないから」

 呼ばれて姫子が歩いてきて結菜の隣に並ぶ。不安の瞳を向けてくる。

「結菜さん……」

 姫子は緊張しているようだった。無理もない。結菜も同じ気持ちだ。

「大丈夫だよ、きっと」
「うん……」

 二人で状況を見守る。
 結菜と姫子の見守る前で葵が黒い棒に手を伸ばしていく。その指先が触れ、思い切った葵は黒い棒をがしっと掴んだ。
 棒に触れた葵はすぐに驚いた声を上げた。

「この棒!」
「何か分かったんですか?」

 結菜と姫子は身を乗り出した。葵は棒を掴んだまま振り返って答えた。

「抜けないぞ」

 その言葉に結菜と姫子は顔を見合わせ、少し考えて三人で協力して棒を引っ張ることにした。悠真が何か言っていたが棒に気を取られていて結菜は聞いていなかった。
 三人の力で棒を引く。だが、抜けなかった。傾けることも出来ず、まるで地面と一体となって固まっているようだった。

「この棒はいったい何なんだ」

 葵が代表して疑問を口にする。
 だが、結菜にも分かるわけもない。よく目をこらして見てもただの黒い棒にしか見えなかった。軽く土の地面に刺さっているだけのように見えるのにびくともしない。

「写真、撮っておきますね」

 姫子が自分のカメラを取り出して棒の写真を撮った。

「わたしも撮っておくとしよう」

 葵も撮ったので、結菜も続く形で撮ることにした。前に葵に借りたカメラをまだ借りたままだった。調査の間は持っているように言われていた。

「手掛かりはこれぐらいか」

 他に有力な情報もないのでその日は解散することにした。
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