サイクリングストリート

けろよん

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第一章 自転車になったお兄ちゃん

第14話 魔王を追って 6

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 結菜は走っていく。麻希を追って。兄が声を掛けてくる。

「やる気だな、結菜」
「みんなやる気になっているのに、わたしだけやる気を出さないわけにはいかないじゃない」

 どうせやらないといけないなら、自分の手で決着を付けたい。そう思う結菜だった。

「魔王は大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」

 兄がなぜ麻希の心配をするのか結菜には分からない。悠真は言った。

「眼鏡を落としたんだろ? 前がよく見えなくて事故らないといいけどな」

 兄は自分も人間だった時に眼鏡をかけていたからそのことが気になったらしい。
 結菜にとってはどうでもいいことだった。それより気になることがあったから。

「他人の心配をしている場合じゃないでしょ、お兄ちゃんは」

 目指す先を結菜は見る。
 麻希は交差点で止まっていた。振り返り、追いかけてきているのに気付かれる。
 彼女は思い切ったように赤信号を渡っていった。

「慌てているな、あいつ。信号を無視しやがった」

 こんなことは初めてだった。
 今まで麻希は目に見えてはっきりと分かる交通違反をしたことは無かったのに。
 焦っているのかあるいは。

「計画が完成に近づいているのかも」

 だとしたらまずい。計画が完成すれば麻希はこの町から去ってしまうかもしれない。そうなったら手掛かりが無くなってしまう。また一から探さないといけなくなる。
 そんなことはご免だった。美久達だって頑張ってくれたのに。
 もし敵を逃がしたりしたら期待してくれたみんなにどう弁解すればいいか分からない。
 それに何よりかっこ悪すぎる。自分は全てを解決してかっこよく教室に戻らなければならない
 それが期待してくれたみんなに答えるということだ。

「魔王はどこに向かっているんだ?」
「こっちの方には特に何もないはずだけど」

 結菜は頭の中に地図を思い浮かべてみる。
 今走っているこの道は黒い棒にも魔王の通り道にも関係のない場所のはずだった。
 行く手にも特に何も無いチェックで溢れた地図に開いた空白の場所だった。

「いや、むしろ無いからか」

 普段通らない道を通るのは特別な用事があるからだ。葵がそう語っていたのを思い出す。
 魔王は今からそこに黒い棒を立てにいくつもりなのだ。

「だとしたら、させない!」

 結菜は麻希が加速しきる前に猛ダッシュして隣に並んだ。
 麻希は前方が見にくそうだった。眼鏡を無くしたことが彼女の自転車の本来のスピードと運動性能を落としていた。
 麻希は無視出来なくなったのか隣を見た。

「どうして邪魔をするの。あなたには関係ないでしょう」
「関係はある。みんながわたしに期待してるから!」
「馬鹿馬鹿しい。だから何だって言うの。あなたはただの田中悠真の妹でしょう」
「だから! お兄ちゃんのこともわたしが解決させる!」
「わたしは先生の夢を完成させるのよ!」
「やはり先生の」
「邪魔よ!」

 麻希が自転車をぶつけようとする動作を見せて、結菜は負けまいと体に力を入れて身構えた。
 だが、その前に麻希の自転車で何かを知らせるようなアラーム音が鳴って、麻希はその動作を取りやめた。

「ここか」

 ブレーキをかけて自転車を止める。結菜も慌ててブレーキをかけた。
 自転車の性能に差があるとは思っていたが、麻希はすぐに自転車を止めて道路に降り立ったのに、結菜はすぐには止まれなくて距離が開いてしまった。
 左右に小高い山のある人気のない道路だ。車もまるで通る気配が無い。
 麻希は自転車から黒い棒を取って、道路脇の草むらに歩いて行く。
 結菜は追いかけようとしたが追いつけず、自転車に手を掛けたまま道路脇からそれを見た。

「これで最後!」

 麻希はその黒い棒を土の地面に立てた。

「遅かったわね。これで完成よ」
「何をするつもりなの?」

 結菜の声に振り返り、麻希は空を振り仰いだ。

「ストリートフリーザーが起動するのよ。これでこの地域から先生の邪魔をする変化が無くなる。地図は変わらなくなる!」
「なんだと」
「悠真さんを返せー!」
「え」

 そこに姫子が突っ込んできた。猛スピードで道路脇を乗り越えて走って来た自転車にまともにぶつかられて麻希の体は倒された。
 姫子は足場の悪い地面とぶつかった衝撃に倒れそうになったが、何とか足を踏ん張って耐えて自転車を止めた。
 葵もすぐにやって来た。高い場所から飛び降りる無茶をやったせいか自転車の調子が少し悪そうだった。

「無茶をするな、姫子さんは。人の事は言えないが。結菜、魔王の自転車を確保するんだ」

 言われ、結菜はすぐそばにあった麻希の黒い自転車のハンドルを握った。それを確認して葵は倒れた麻希に目を向けた。

「これでもう逃げられない。事情を説明してもらうぞ」
「説明してください」

 姫子は麻希に眼鏡を返してやった。麻希はそれを受け取って顔に掛けてから立ち上がった。

「……まあいいわ。わたしのやることは終わったのだもの。これからあなた達の話に少しだけ付き合ってあげる」

 不敵に言う麻希の背後で、黒い棒から天に向かって光が伸び、同じような光が町のあちこちからも登って線を描き、空を覆い尽くしていく。

「なんだこれは」

 葵の質問に麻希は答えた。

「それが聞きたいこと? 道路を固定する結界ストリートフリーザーを起動したのよ。わたしはこのために未来から来たのよ」
「未来から?」

 何か不思議な言葉が聞こえた気がしたが、葵は気にしなかったし、姫子も黙っていたので、結菜も気にしないことにした。
 今はとにかく情報を得ることが先決だ。葵と姫子もそう思っているから余計な口を挟まないのだろう。
 麻希の話は続いた。

「わたしの先生は世界の道路の地図を作るのが夢だった。でも、道路は時代とともにどんどん姿を変えていく。その夢が完成することはなかった」
「そこで道路の固定化というわけか」

 結菜にはぴんと来なかったが、葵は納得しているようだった。
 葵はうなずき、質問を続けた。

「この地域を狙ったのはなぜだ? 道路なんて世界にはいくらでもあるだろう? この町に限定する必要は無いはずだ」
「この町はこれから大きく変わる。それが理由の一つだけど、もう一つ理由があるわ」
「悠真か」
「悠真さんが……」

 葵が悠真の名前を出したことに姫子が反応を見せる。麻希は答えた。

「そうよ。田中悠真はこの町の素晴らしい地図を作った。先生を感心させるほどのね。それで、わたしも彼に興味を持っていたのよ」
「それでさらったのか」
「悠真さんを……」
「さらった? 誰がそう言ったの?」

 麻希の訝る視線が自転車の悠真へ、それから結菜に向かった。

「だって、黒い自転車の少女が悠真さんの行方不明の原因だって結菜さんが」
「結菜、わたし達に何か隠していることがあるのか?」

 姫子と葵も結菜を見た。

「それは……」

 みんなに見つめられて結菜は何か説明しなければならないと思った。
 でも、自転車のことは言えないと思った。
 それは隠したままで何とか事情を説明しようとした。

「お兄ちゃんが行方不明になる直前に言っていたんです。黒い自転車の少女が黒い棒を立てていたのを見たって。それからどうなったか分からないって」

 上手く言えたはずだ。葵もうなずいていた。

「確かにわたしもそう聞いたな」
「はい」

 姫子は短く答えながら結菜の態度を見つめた。
 麻希は少し思い出そうと考えてから言った。

「黒い棒を立てた時にあなたのお兄さんがわたしと会っていた……? ああ、あの時の人がそうだったのね」

 何かを思い出したようだった。それを言う。

「てっきり見間違えか幽霊だと思ったわ。すぐに消えてしまったから考えないことにしたの。わたしの来た目的とも関係ないし。だとしたら結界に囚われたのかもしれないわね」
「結界に?」
「それってその……?」

 結菜達は空に広がる結界を見上げた。麻希は説明した。

「フリーザーの基点を設置する時は地面との固定が完了するまでショックを与えてはいけないのよ。それは説明書にも明記されているわ。なのにあなたのお兄さんはぶつかったのよ。きっとよそ見をしていたのね。わたしは驚いたけどすぐに彼の姿は消えたし特に不具合も無かったからすぐに忘れることにしたのよ」
「つまりこの結界を止めれば元に戻る?」
「どうかしらね。このような事例はわたしも知らないもの」
「だが、これが原因なのは間違いないか」
「だったら」

 姫子は黒い棒を抜こうとした。その思い切った行動に冷静に話を続けていた麻希は驚いた顔を見せた。

「何をするつもりなの?」
「これを止めれば悠真さんは戻ってくるんでしょう?」
「無駄よ。すでに設置したフリーザーはセーフティロックが掛かっていて人間の力ぐらいでは動かすことは出来ない」
「でも」
「それにわたしにはこれを止めるつもりはない。あなた達には止める手段が無い。分かるでしょう? 無駄だってことが」

 姫子が困っていると自転車から悠真が麻希に話しかけた。

「本当にこんなことが先生のためなのか? 景色は変わっていくから良いんじゃないのか?」
「計画は完成させてこそ意味を持つわ。いつまでも終わらないことを続けていくなんて意味がないじゃない」

 その言葉に葵が反応した。

「お前も先生と同じなのだな。町を分かっていない」
「先生を侮辱するつもり?」
「いや、失礼。分かっていないのはお前だけだったな。先生は悠真を認めたのだから」

 姫子は棒から手を離して麻希の方を振り向いた。

「わたしはいつまでも見続けていたい。変わっていくこの町を大切な人と。だからこんな結界早く消してください。悠真さんを返して!」

 葵と姫子に詰め寄られて麻希は始めて狼狽する様子を見せた。

「あなた達はわたしを責めるというの? 悠真という人がそんなに良いというの? 先生が一番良い地図を作れるんだから先生がいればいいのよ!」
「そう思っているのはお前だけだ。お前には何も見えていない!」
「悠真はわたしのお兄ちゃんだから……お兄ちゃんがいればわたしはそれでいい……」

 麻希は唇を噛みしめて結菜を睨んできた。だが、それは攻撃的というよりも負けまいと踏ん張っているかのようだった。
 麻希は言葉を迷わせながら話して来た。

「悠真、先生の認めた人か。わたしも彼に興味はある。でも……」
「帰ってこないと困るんです!」

 姫子に訴えられて、麻希は気持ちを決めたようだった。目を閉じて少し唸ってから目を開けた。

「分かったわ。そこまで言うなら止め方は教えてあげる。でも、ここにある物だけを止めても無駄よ。町全体に配置したフリーザーの基点を全て抑えられなければあの結界は止められない。それをあなた達は全部探すことが出来る? 止める覚悟があるというの?」

 それは精一杯の麻希の抵抗だったのだろう。ここで迷いや戸惑いを見せたら麻希は計画を取りやめない。
 計画の完成を諦めて悠真の救出をすることへと道を譲ってはくれないだろう。
 麻希は結菜達には出来ないだろうと思っている。それでも可能性はある。
 そして、結菜達には麻希の知らない越えるために必要な手段がすでにあった。

「大丈夫、みんなが調べてくれたから」

 結菜はその地図を麻希に見せた。そこには黒い棒の場所も全て記されている。麻希は驚いて目を丸くした。

「こんな……詳細なことまで……これを悠真が作ったの?」
「ううん、これはわたしの友達が」

 結菜が言うと、麻希はため息をついて引き下がった。

「なるほど、悠真だけじゃないのね。この土地のことをよく知っているのは」
「わたし達の町だから」
「ならもう勝手にすればいいわ。あなた達の町があなた達の物だって主張するのなら。でも、わたしは自分でしたことを自分で止めはしないわよ」

 そう言いながらも麻希は装置の止め方を教えてくれた。
 葵が代表して説明された通りの手順でこの場所にある黒い棒の機能を停止させた。
 天に伸びている光線の一本が消滅する。

「思ったよりも簡単に止められる物なんだな」
「分かっていればね」
「これを全部止めれば、悠真さんが帰ってくるの?」
「分からない。でも、やるしかないな」
「行こう!」

 三人は走り出した。

「あの子達は……わたしのしてきたことを何だと思ってるの」

 ぼやきながらもそれを見送る麻希の瞳には優しさがあった。
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