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第一章 自転車になったお兄ちゃん
第17話 魔王を追って 9
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授業が終わり、教室から出る。
校門で友達にバイバイと別れを告げて、結菜は自転車に乗って走りだす。
それが今の日常だ。
もう魔王を追いかけて慌てて走る必要もなくなっていた。
のんびりとサイクリングを楽しむ余裕が出来た。
今日も平和ないつもの日常の道路を走っていく。
時折、いつもと違う道路に入って、いつもと違う気分になりたくもなる。
どの道を走っても、どんな時でもいつも一緒にいる彼が話しかけてくる。
「平和だなー、いつまでこんな日が続くんだろうなー」
暖かい気温と変わらない日常に彼の気持ちも緩んでいるようだった。
「さあ、麻希さんが帰ってくるまではこのままじゃないかなあ」
結菜の呑気な物言いに悠真ははっと我に返った。
「冗談じゃないよう! このままじゃ夏休みが終わってしまうー。姫子さんと一緒に花火を見に行く約束をしたいのにー」
兄ががたがた騒いでも結菜はマイペースだった。
「まだ夏休みが始まるまででも大分あるよ。それに花火ぐらいわたしが一緒に行ってあげるよ。この自転車で」
「お前は呑気だよなあ。他人事だと思いやがって」
「まあ、他人事だしねー」
結菜は楽しい気分で家路についた。
次の週の朝もよく晴れたいつもの朝だった。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おはような」
「どうしたの? 元気ない?」
結菜の呑気な物言いに兄は噛みついた。
「姫子さんと話せないんだよー。分かるだろう? お兄ちゃんの気持ち」
「まあ、分かるけどさ。少しは今の気分も楽しんだら?」
「お前なあ、まったく」
「ほら、出発するよ」
結菜は鞄を自転車の籠に放り込み、その日もいつものように自転車をこいで学校へと向かって走っていく。
天気の良い朝だ。鼻歌交じりでいつもの道を走っていく。
「もう少しはお兄ちゃん自転車に付き合ってやるかあ」
「いいけど、あまり気は抜くなよ。事態はまだ解決してないんだからな」
「分かってる、分かってるって。早く元に戻れるといいよね、お兄ちゃん」
「まったくだよ。まあ、お前とこうしているのも楽しいんだけどな」
「楽しい? 本当に楽しんでるの?」
「いやいや、だからと言ってこのままで良いと言ってるわけじゃないんだぞ。ああ、姫子さんはどうしてるんだろうなあ。最近一緒に写真を撮ってないなあ」
自転車を走らせながら、結菜は空を見上げてみる。
空はどこまでも広がって、辺りを平和に包んでいる。
「元気にしてると思うよ。麻希さんとも連絡を取ってるみたいだし」
「俺とも連絡を取れればなあ」
「お兄ちゃんそればっかり。少しは葵さんとか他の人達のことも気にしたら?」
「葵はどうでもいいんだよ。お前は気楽だよなあ。お兄ちゃんのことなんかもうどうでもいいと思ってるだろ」
「そんなことはないけどね」
軽く微笑んで、結菜は走っていく。
あれから結菜も姫子から電話番号を教えてもらって麻希と連絡を取っていた。念を押す必要があると思ったのだ。
「お兄ちゃんが自転車になっていることはみんなには言わないで欲しいの」
麻希はその理由を訊ねたりはしなかった。ただあっさりと答えただけだった。
「分かったわ」
「どうしてだか訊かないの?」
気の無い返事に結菜は気になって訊ねた。麻希は訊き返してきた。
「どうして?」
「……」
結菜が言葉を返せず黙っていると、麻希はため息を一つついた。
「あなた達の間のことにわたしは関係ないもの。そちらのことはそちらで話し合って決めてちょうだい。わたしは悠真を元に戻せればそれでいいのよ」
「本当に戻してくれる気なんだ」
「そうよ」
結菜としては麻希がこのまま問題を放り出して逃げてもおかしくないと思っていた。
やる気を出してくれている理由を麻希は説明してくれた。
「先生に怒られたのよ」
「先生に?」
そこで麻希の態度が変わった。いつも冷静だった彼女らしくない感情のこもった声で愚痴ってくる。
「屈辱だわ。わたしは先生の一番の生徒だと思っていたのに。先生の役に立つと思ってやったことだったのに。このままではわたしはみんなに駄目な生徒だと見なされてしまう。悠真を元に戻すのはわたしのためでもあるのよ。それは安心して」
「うん」
「それじゃ切るわね」
「うん」
麻希が自転車のことを言わないと約束してくれて結菜は肩の荷が一つ降りた気分だった。
こんな変わらない日がしばらくは続くのだろうと思っていた。
学校が見えてくる。いつもの日常が始まる。
「結菜様! おはよう!」
「おはよう」
同じように自転車で走ってやってきた美久と会って、並んでゆっくり走っていく。彼女の自転車は喋ったりはしないのだろう。
結菜はそんなことを気にしたりした。その視線に美久が気づいて話しかけてきた。
委員長は朝から元気だった。
「結菜様は自転車に興味があるんですか?」
「ううん、どうして」
「いつも楽しそうに走ってらしてるので」
「そう見えるのかなあ」
結菜は自分ではそう意識していなかったが、彼女からはそう見えるらしかった。
「はい、あたしもね、もっと自転車に興味を持っておけば良かったと後悔しているんですよ」
「どうして?」
結菜が訊ねると美久は苦笑したように笑った。
「この自転車って少し走りにくくて。毎日使う物だからちゃんと調べてもっと良いのを選んで買っておけば良かったなーって。セール品で安いのに飛びついたのは失敗でした。結菜様は自転車にこだわりとかあるんですか?」
「こだわりとかは特にないけど、わたしは今のこの自転車で十分に満足しているから」
美久はうらやましそうな目で結菜と自転車を見た。
「へえ、いいなー。あたしも一番と思える自転車が欲しいなー」
「これはあげないけどね」
「フフ」
結菜が良い気分になっていると、美久は話を代えてきた。
「あれから魔王との戦いはどうなりました? 最近は見かけなくなったようですけど」
「うーん、引き分けかなあ。話はついたと思うんだけど」
「話はついた……か。さすがは結菜様ですね」
何がさすがかは分からなかったが、美久は嬉しそうだった。
「礼を言っておけよ。あの地図が役に立ったんだから」
二人で話していると普段は人のいる所ではほとんど喋らないようにしている兄が声を掛けてきた。
結菜にも分かっていた。美久に礼を言う。
「ありがとう。あの地図が役に立った」
「どういたしまして。結菜様に喜んでもらえたなら良かったです」
結菜に褒められて美久は本当に嬉しそうに笑った。
いい感じに話せて、結菜は前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「高橋さんはどうしてわたしに良くしてくれるの? わたし、高橋さんに何も好かれるようなことしてないよね?」
その理由を結菜は、美久が委員長としてクラスメイトに気を使ってくれているからだと思っていたのだが。
美久は明るく笑って答えた。
「だって、結菜様はかっこいいですから」
「わたしがかっこいい?」
全く思ってもいなかったことを言われて、結菜は驚いてしまった。
美久はその顔を面白そうに見つめて話してきた。
「あたしは委員長としてクラスのみんなのことを見て、知っているつもりでいました。あたしは結菜様のことを舐めていたんです」
「わたしを?」
「はい、普通の人だと思っていました。でも、違っていました」
何が違うんだろう。結菜は自分のことを普通の人としか思っていなかった。
気になることを美久は教えてくれた。
「魔王と初めて会った時の事を覚えていますか? あたしが結菜様の声を聞いて魔王を止めた時のことです。あたしはあの時、何か来ているなとは思っていたんですが何もする気は無かったんです。でも、結菜様の鋭い声を聞いてとっさに体が動いていたんです。あの時の結菜様の声や顔、かっこよかったなあ」
「あの時はわたしも必死だったから」
「何かに必死になれることって素敵だと思います。憧れてしまいます。普通の人ならそういう人になりたいと思うんでしょうけど、あたしはそういう人を支えたいと思うんです」
「それでわたしを?」
「はい、あたしは結菜様の手助けをしたいんです。そのためにあたしももっと力を付けて、次は生徒会長に挑戦したいと思っていますから、その時は結菜様もあたしのことを応援してください」
「うん、分かった。ありがとう、委員長」
美久が後ろ向きな同情でなく、心からの好意で自分を助けてくれたと知って、結菜も嬉しくなって微笑んだ。
校門で友達にバイバイと別れを告げて、結菜は自転車に乗って走りだす。
それが今の日常だ。
もう魔王を追いかけて慌てて走る必要もなくなっていた。
のんびりとサイクリングを楽しむ余裕が出来た。
今日も平和ないつもの日常の道路を走っていく。
時折、いつもと違う道路に入って、いつもと違う気分になりたくもなる。
どの道を走っても、どんな時でもいつも一緒にいる彼が話しかけてくる。
「平和だなー、いつまでこんな日が続くんだろうなー」
暖かい気温と変わらない日常に彼の気持ちも緩んでいるようだった。
「さあ、麻希さんが帰ってくるまではこのままじゃないかなあ」
結菜の呑気な物言いに悠真ははっと我に返った。
「冗談じゃないよう! このままじゃ夏休みが終わってしまうー。姫子さんと一緒に花火を見に行く約束をしたいのにー」
兄ががたがた騒いでも結菜はマイペースだった。
「まだ夏休みが始まるまででも大分あるよ。それに花火ぐらいわたしが一緒に行ってあげるよ。この自転車で」
「お前は呑気だよなあ。他人事だと思いやがって」
「まあ、他人事だしねー」
結菜は楽しい気分で家路についた。
次の週の朝もよく晴れたいつもの朝だった。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おはような」
「どうしたの? 元気ない?」
結菜の呑気な物言いに兄は噛みついた。
「姫子さんと話せないんだよー。分かるだろう? お兄ちゃんの気持ち」
「まあ、分かるけどさ。少しは今の気分も楽しんだら?」
「お前なあ、まったく」
「ほら、出発するよ」
結菜は鞄を自転車の籠に放り込み、その日もいつものように自転車をこいで学校へと向かって走っていく。
天気の良い朝だ。鼻歌交じりでいつもの道を走っていく。
「もう少しはお兄ちゃん自転車に付き合ってやるかあ」
「いいけど、あまり気は抜くなよ。事態はまだ解決してないんだからな」
「分かってる、分かってるって。早く元に戻れるといいよね、お兄ちゃん」
「まったくだよ。まあ、お前とこうしているのも楽しいんだけどな」
「楽しい? 本当に楽しんでるの?」
「いやいや、だからと言ってこのままで良いと言ってるわけじゃないんだぞ。ああ、姫子さんはどうしてるんだろうなあ。最近一緒に写真を撮ってないなあ」
自転車を走らせながら、結菜は空を見上げてみる。
空はどこまでも広がって、辺りを平和に包んでいる。
「元気にしてると思うよ。麻希さんとも連絡を取ってるみたいだし」
「俺とも連絡を取れればなあ」
「お兄ちゃんそればっかり。少しは葵さんとか他の人達のことも気にしたら?」
「葵はどうでもいいんだよ。お前は気楽だよなあ。お兄ちゃんのことなんかもうどうでもいいと思ってるだろ」
「そんなことはないけどね」
軽く微笑んで、結菜は走っていく。
あれから結菜も姫子から電話番号を教えてもらって麻希と連絡を取っていた。念を押す必要があると思ったのだ。
「お兄ちゃんが自転車になっていることはみんなには言わないで欲しいの」
麻希はその理由を訊ねたりはしなかった。ただあっさりと答えただけだった。
「分かったわ」
「どうしてだか訊かないの?」
気の無い返事に結菜は気になって訊ねた。麻希は訊き返してきた。
「どうして?」
「……」
結菜が言葉を返せず黙っていると、麻希はため息を一つついた。
「あなた達の間のことにわたしは関係ないもの。そちらのことはそちらで話し合って決めてちょうだい。わたしは悠真を元に戻せればそれでいいのよ」
「本当に戻してくれる気なんだ」
「そうよ」
結菜としては麻希がこのまま問題を放り出して逃げてもおかしくないと思っていた。
やる気を出してくれている理由を麻希は説明してくれた。
「先生に怒られたのよ」
「先生に?」
そこで麻希の態度が変わった。いつも冷静だった彼女らしくない感情のこもった声で愚痴ってくる。
「屈辱だわ。わたしは先生の一番の生徒だと思っていたのに。先生の役に立つと思ってやったことだったのに。このままではわたしはみんなに駄目な生徒だと見なされてしまう。悠真を元に戻すのはわたしのためでもあるのよ。それは安心して」
「うん」
「それじゃ切るわね」
「うん」
麻希が自転車のことを言わないと約束してくれて結菜は肩の荷が一つ降りた気分だった。
こんな変わらない日がしばらくは続くのだろうと思っていた。
学校が見えてくる。いつもの日常が始まる。
「結菜様! おはよう!」
「おはよう」
同じように自転車で走ってやってきた美久と会って、並んでゆっくり走っていく。彼女の自転車は喋ったりはしないのだろう。
結菜はそんなことを気にしたりした。その視線に美久が気づいて話しかけてきた。
委員長は朝から元気だった。
「結菜様は自転車に興味があるんですか?」
「ううん、どうして」
「いつも楽しそうに走ってらしてるので」
「そう見えるのかなあ」
結菜は自分ではそう意識していなかったが、彼女からはそう見えるらしかった。
「はい、あたしもね、もっと自転車に興味を持っておけば良かったと後悔しているんですよ」
「どうして?」
結菜が訊ねると美久は苦笑したように笑った。
「この自転車って少し走りにくくて。毎日使う物だからちゃんと調べてもっと良いのを選んで買っておけば良かったなーって。セール品で安いのに飛びついたのは失敗でした。結菜様は自転車にこだわりとかあるんですか?」
「こだわりとかは特にないけど、わたしは今のこの自転車で十分に満足しているから」
美久はうらやましそうな目で結菜と自転車を見た。
「へえ、いいなー。あたしも一番と思える自転車が欲しいなー」
「これはあげないけどね」
「フフ」
結菜が良い気分になっていると、美久は話を代えてきた。
「あれから魔王との戦いはどうなりました? 最近は見かけなくなったようですけど」
「うーん、引き分けかなあ。話はついたと思うんだけど」
「話はついた……か。さすがは結菜様ですね」
何がさすがかは分からなかったが、美久は嬉しそうだった。
「礼を言っておけよ。あの地図が役に立ったんだから」
二人で話していると普段は人のいる所ではほとんど喋らないようにしている兄が声を掛けてきた。
結菜にも分かっていた。美久に礼を言う。
「ありがとう。あの地図が役に立った」
「どういたしまして。結菜様に喜んでもらえたなら良かったです」
結菜に褒められて美久は本当に嬉しそうに笑った。
いい感じに話せて、結菜は前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「高橋さんはどうしてわたしに良くしてくれるの? わたし、高橋さんに何も好かれるようなことしてないよね?」
その理由を結菜は、美久が委員長としてクラスメイトに気を使ってくれているからだと思っていたのだが。
美久は明るく笑って答えた。
「だって、結菜様はかっこいいですから」
「わたしがかっこいい?」
全く思ってもいなかったことを言われて、結菜は驚いてしまった。
美久はその顔を面白そうに見つめて話してきた。
「あたしは委員長としてクラスのみんなのことを見て、知っているつもりでいました。あたしは結菜様のことを舐めていたんです」
「わたしを?」
「はい、普通の人だと思っていました。でも、違っていました」
何が違うんだろう。結菜は自分のことを普通の人としか思っていなかった。
気になることを美久は教えてくれた。
「魔王と初めて会った時の事を覚えていますか? あたしが結菜様の声を聞いて魔王を止めた時のことです。あたしはあの時、何か来ているなとは思っていたんですが何もする気は無かったんです。でも、結菜様の鋭い声を聞いてとっさに体が動いていたんです。あの時の結菜様の声や顔、かっこよかったなあ」
「あの時はわたしも必死だったから」
「何かに必死になれることって素敵だと思います。憧れてしまいます。普通の人ならそういう人になりたいと思うんでしょうけど、あたしはそういう人を支えたいと思うんです」
「それでわたしを?」
「はい、あたしは結菜様の手助けをしたいんです。そのためにあたしももっと力を付けて、次は生徒会長に挑戦したいと思っていますから、その時は結菜様もあたしのことを応援してください」
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