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第一章 自転車になったお兄ちゃん
第21話 姫子アフター 1
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田中結菜の兄、悠真が自転車になっていた事件は解決した。
結菜の家族には人間に戻った悠真が帰ってきたし、姫子は会いたいと願っていた彼氏に再会出来たし、葵はサークルの便利な労働力を再び確保出来たし、麻希は自分がきっかけで起きてしまった事件を解決できたし、委員長の美久を始めとする結菜のクラスメイト達も事態の解決を喜んでくれて、町には平和が戻った。
事態は誰にとっても喜ばしく望ましい方向で決着がついたと結菜は思っていたが、今結菜の目の前には一人だけ事件の最後に馬鹿なことをしでかしてしまったせいで未だにあの時のことを引きずっている少女がうつむいて座っていた。
場所は結菜の部屋だ。彼女の名前は伊藤姫子。兄の彼女。いや、元彼女らしい。結菜にはよく分からない。二人は今でもお互いに好きあっているというのに。
普通にしていれば可愛らしい姫子は今、座布団の上で暗く沈んだオーラを発していた。何か意を決したのか長くうつむかせていた顔を上げていじけた瞳で結菜を見つめた。
「結菜さん、今わたしのことを馬鹿だと思いました?」
「いや、思ってないけど」
結菜は少し緊張しながら兄の彼女に言葉を返した。
「簡単なことで悩んでるんだなと思って」
「簡単なこと……ですか?」
姫子はどういうことだか分からないと言った感じに訊ね返した。結菜の考えははっきりしていた。
「だって、お兄ちゃんは姫子さんのことが大好きなんだから、『やっぱ絶交と言ったのは無しで』とか言えばきっと飛び上がって喜ぶのに」
姫子が悩んでいるのは前の事件の時に悠真と絶交してしまったことだった。
結菜からすれば姫子から歩み寄ればすぐに解決しそうな問題だったが、彼女はそうは思っていないようだった。
「それは悠真さんは優しいですから」
とか言って行動を起こそうとしない。結菜は彼女と兄のために自分が行動しなければと思った。
「じゃあ、わたしから言っておこうか。お兄ちゃんに姫子さんの気持ち。お兄ちゃんに彼女がいなくなったらわたしも困るし」
「それは結構です!!」
「うおう」
突然の姫子の反応に結菜はびびった。
彼女は時々こういうことがある。普段はおとなしいのに急に感情を爆発させることがある。気持ちを表現するのに不器用な子なのだ。それは姫子も自覚しているようだった。上げていた手を下ろして視線をそらして弁解した。
「ごめんなさい。でも、本当にいいんです。これはわたしと悠真さんの問題だから。いえ、わたしが馬鹿だからやってしまったわたし自身の問題だから。わたしが何とかしないといけないんです。ありがとう。今日は話を聞いてもらえて楽になりました」
姫子は立ち上がると、結菜に一礼して部屋を出ていった。その足取りはあまり楽になっていないように見えた。結菜は黙って彼女を見送った。
結菜の家を出て自転車に乗った姫子は閑静な住宅街を走っていく。
悠真はあの事件の間に溜まっていたいろいろな遅れを取り戻さないといけないらしく、最近は大学の寮に泊まりっぱなしで家に帰っていないらしい。不意の遭遇はないと安心できるし、そうでなければ悠真とどんな顔をして会えばいいか分からない姫子がこんなところまで来はしない。
でも、いつまでも問題を先送りにはしていられない。何か早く解決策を見つけないといけない。
学校の帰りに結菜の所に寄っていたが、初夏の日はまだ高い。姫子はもう一つ思っていた場所に寄っていこうと思った。
途中にあったスーパーでお菓子をいくつか買い、姫子は山のふもとの道に自転車を止めた。
小高い山を登って姫子がやってきたのは前に麻希に教えてもらって来たこともある神様の社だった。今は静かで人の気配がない。
別に神様に会おうと思っていたわけではないので不都合はない。姫子はただ自分の気持ちを伝えたいだけだった。
「あの、この前は殴るなんて言ってすみませんでした。これ、お菓子です」
姫子が思い出していたのは前に神様に殴ると言ってしまったことだった。切羽詰っていたとはいえ何であの時あんなことを言ってしまったのか、姫子は自分で自分が分からなかった。
「わたしがあんなだから……だから悠真さんにも酷いことを言ってしまって……本当になんで……」
姫子は泣きそうになったが、その前に背後から声を掛けられてびっくりした。
「何か悩みがあるなら聞こうか? 人の子よ」
振り返るとそこに立っていたのは優しい眼差しをした青年、神様だった。神様は姫子の顔に気が付くとびっくりしたようだった。
「ゲッ、お前姫子か」
「ゲッって何ですか、ゲッって」
「殴るのは今回は無しにしよう。な?」
「いえ、わたしそんなつもりじゃ……」
姫子は思わず振り上げていた手を下ろした。懐かしい人に会って軽口を叩かれてつい感情が高ぶってしまったのかもしれない。
姫子はその手をもう上げないようにもう片方の手で押さえて言った。
「わたし、そんなことを言われるようなこと、したんですよね」
姫子の態度に神様も考えるところがあったようだった。落ち着いた大人の態度で話しかけてきた。
「いや、お前はただ必死だった。この神から奇跡の力を引き出すほどにな。それは人の強さだとわしは思っているぞ」
「でも、わたしはこんな強さいらなかった。悠真さんといたいだけだったのに」
「何か悩みがあるなら聞いてやるぞ。神じゃからな」
「いえ、結構です」
「そうか」
神様の横を駆け抜けて姫子は急ぎ足で下山した。
前に無理やりに願いを聞かせるような真似をして今回も何とかしてもらおうなんて、あまりにも虫の良い話だった。
結菜の家族には人間に戻った悠真が帰ってきたし、姫子は会いたいと願っていた彼氏に再会出来たし、葵はサークルの便利な労働力を再び確保出来たし、麻希は自分がきっかけで起きてしまった事件を解決できたし、委員長の美久を始めとする結菜のクラスメイト達も事態の解決を喜んでくれて、町には平和が戻った。
事態は誰にとっても喜ばしく望ましい方向で決着がついたと結菜は思っていたが、今結菜の目の前には一人だけ事件の最後に馬鹿なことをしでかしてしまったせいで未だにあの時のことを引きずっている少女がうつむいて座っていた。
場所は結菜の部屋だ。彼女の名前は伊藤姫子。兄の彼女。いや、元彼女らしい。結菜にはよく分からない。二人は今でもお互いに好きあっているというのに。
普通にしていれば可愛らしい姫子は今、座布団の上で暗く沈んだオーラを発していた。何か意を決したのか長くうつむかせていた顔を上げていじけた瞳で結菜を見つめた。
「結菜さん、今わたしのことを馬鹿だと思いました?」
「いや、思ってないけど」
結菜は少し緊張しながら兄の彼女に言葉を返した。
「簡単なことで悩んでるんだなと思って」
「簡単なこと……ですか?」
姫子はどういうことだか分からないと言った感じに訊ね返した。結菜の考えははっきりしていた。
「だって、お兄ちゃんは姫子さんのことが大好きなんだから、『やっぱ絶交と言ったのは無しで』とか言えばきっと飛び上がって喜ぶのに」
姫子が悩んでいるのは前の事件の時に悠真と絶交してしまったことだった。
結菜からすれば姫子から歩み寄ればすぐに解決しそうな問題だったが、彼女はそうは思っていないようだった。
「それは悠真さんは優しいですから」
とか言って行動を起こそうとしない。結菜は彼女と兄のために自分が行動しなければと思った。
「じゃあ、わたしから言っておこうか。お兄ちゃんに姫子さんの気持ち。お兄ちゃんに彼女がいなくなったらわたしも困るし」
「それは結構です!!」
「うおう」
突然の姫子の反応に結菜はびびった。
彼女は時々こういうことがある。普段はおとなしいのに急に感情を爆発させることがある。気持ちを表現するのに不器用な子なのだ。それは姫子も自覚しているようだった。上げていた手を下ろして視線をそらして弁解した。
「ごめんなさい。でも、本当にいいんです。これはわたしと悠真さんの問題だから。いえ、わたしが馬鹿だからやってしまったわたし自身の問題だから。わたしが何とかしないといけないんです。ありがとう。今日は話を聞いてもらえて楽になりました」
姫子は立ち上がると、結菜に一礼して部屋を出ていった。その足取りはあまり楽になっていないように見えた。結菜は黙って彼女を見送った。
結菜の家を出て自転車に乗った姫子は閑静な住宅街を走っていく。
悠真はあの事件の間に溜まっていたいろいろな遅れを取り戻さないといけないらしく、最近は大学の寮に泊まりっぱなしで家に帰っていないらしい。不意の遭遇はないと安心できるし、そうでなければ悠真とどんな顔をして会えばいいか分からない姫子がこんなところまで来はしない。
でも、いつまでも問題を先送りにはしていられない。何か早く解決策を見つけないといけない。
学校の帰りに結菜の所に寄っていたが、初夏の日はまだ高い。姫子はもう一つ思っていた場所に寄っていこうと思った。
途中にあったスーパーでお菓子をいくつか買い、姫子は山のふもとの道に自転車を止めた。
小高い山を登って姫子がやってきたのは前に麻希に教えてもらって来たこともある神様の社だった。今は静かで人の気配がない。
別に神様に会おうと思っていたわけではないので不都合はない。姫子はただ自分の気持ちを伝えたいだけだった。
「あの、この前は殴るなんて言ってすみませんでした。これ、お菓子です」
姫子が思い出していたのは前に神様に殴ると言ってしまったことだった。切羽詰っていたとはいえ何であの時あんなことを言ってしまったのか、姫子は自分で自分が分からなかった。
「わたしがあんなだから……だから悠真さんにも酷いことを言ってしまって……本当になんで……」
姫子は泣きそうになったが、その前に背後から声を掛けられてびっくりした。
「何か悩みがあるなら聞こうか? 人の子よ」
振り返るとそこに立っていたのは優しい眼差しをした青年、神様だった。神様は姫子の顔に気が付くとびっくりしたようだった。
「ゲッ、お前姫子か」
「ゲッって何ですか、ゲッって」
「殴るのは今回は無しにしよう。な?」
「いえ、わたしそんなつもりじゃ……」
姫子は思わず振り上げていた手を下ろした。懐かしい人に会って軽口を叩かれてつい感情が高ぶってしまったのかもしれない。
姫子はその手をもう上げないようにもう片方の手で押さえて言った。
「わたし、そんなことを言われるようなこと、したんですよね」
姫子の態度に神様も考えるところがあったようだった。落ち着いた大人の態度で話しかけてきた。
「いや、お前はただ必死だった。この神から奇跡の力を引き出すほどにな。それは人の強さだとわしは思っているぞ」
「でも、わたしはこんな強さいらなかった。悠真さんといたいだけだったのに」
「何か悩みがあるなら聞いてやるぞ。神じゃからな」
「いえ、結構です」
「そうか」
神様の横を駆け抜けて姫子は急ぎ足で下山した。
前に無理やりに願いを聞かせるような真似をして今回も何とかしてもらおうなんて、あまりにも虫の良い話だった。
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