サイクリングストリート

けろよん

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第三章 勇者の挑戦

第60話 スタート前

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 暗い夜道にぬるく初夏の風が吹く。
 ぽつぽつと照らされた街灯はまるで結菜達をどこか遠くの世界へと誘おうと案内しているかのようだった。
 闇烏隊のリーダー渡辺友梨と勝負することになった結菜は彼女と並んでスタート位置についた。
 ともに自転車に乗り、前方を見る。
 街灯に照らされた道の先は山を囲むようにカーブしている。
 その曲がる先は山に隠れ、見えない。今の結菜の心境のように闇は深まっていくように感じられる。
 だが、空に星々は輝いている。ここには結菜の味方も大勢いて、これからの勝負を見守っている。
 不安を現すわけにはいかない。結菜は沈みそうになる気持ちを追い払うように自転車のハンドルを握る手に力を入れた。
 友梨は勝負を始める前に着ていた黒いローブを部下に渡していた。
 彼女が下に着ていたのは黒いセーラー服だった。相手も結菜と同じ高校生なのだ。
 少なくとも人外や大人では無い。天使や神様とも勝負したことのある結菜にとっては、むしろ普通の相手かもしれない。
 それでも彼女の不吉な暗さを称えた眼差しは結菜に安心させることを許さない。

「コースはこの山の周りの道を一周してここへ戻ってくるんだ。シンプルでいいだろう? お前から何かやりたい条件があるなら聞いてやるぜ」

 友梨は気楽に提案してくる。だが、結菜の心中は穏やかではない。
 それでも何とか勇気を振り絞って対抗する。

「条件なんていらない。勝てば本当に美久を解放してくれるんですね?」
「ああ、あたしにとってはあんな奴がどうなろうとどうでもいいからな。お前がそれでやる気が出るって言うんならそうしようじゃないか」

 そう言って、友梨は美久が吊るされた木の傍に立つ仲間に目線を送った。

「おい、こいつが勝ったらそいつを解放するからな」

 その発言に仲間は頷きで返す。美久はロープで体を縛りつけられて木に吊るされながらも元気だった。

「それじゃあもう解放は決まったようなものですね。結菜様が負けるはずないですもの!」

 美久はただ結菜のことを信じているのだ。信じて結果が出るのを待っている。見苦しいことはしない。
 結菜には友梨の考えていることは分からない。でも、もう不安を怖がることは止めようと思った。これから出さなければいけないのは結果だけだ。
 自分を信じてくれる仲間達のためにも、翼に言われたようにただ勝つことだけを考えて、これから自分が走るコースの先を見つめる。

「それじゃあ、早く走りましょう。それで美久を解放してもらう」
「やる気だな。それでこそ勇者様だ。おい」

 友梨が部下に何かを合図した。不意に地上から何か小型の物体が飛び立って結菜達のこれから走る道路の上で静止した。
 プロペラを回しながら宙を浮遊するその物体の正体を見極めようと結菜は目をこらす。それに備え付けられたカメラに見返されるのが見えた。

「何あれ?」
「ドローンさ。あれにはカメラが搭載されていて、お前の走りをモニターに映してくれる。みんなにも見て欲しいだろう? 勇者の走りって奴をさ」

 山のふもとの広場にはいつの間にかモニターが設置されていて、闇烏隊のメンバー達はニヤニヤと、結菜のクラスメイト達は不安な眼差しで見つめていた。
 みんなの不安の空気を吹き飛ばすように、敵に捕まって木に吊るされている美久は気丈に叫んだ。

「頑張ってください、結菜様! 結菜様ならきっと勝てますよね!? ほら、みんなも応援して!」
「そうだ! 頑張れ結菜!」
「田中さん、勝って!」
「応援してる!」

 委員長の言葉にみんなも応援の声を上げてくれる。友梨は涼やかに受け流し、おかしそうに笑んだ。

「いい仲間を持ってるじゃないか、勇者様。なら、あたしみたいな小悪党なんかに負けるわけにはいかないよな?」
「当然! 勝つ準備は出来ている!」

 美久の言葉に結菜の中にあったわずかの不安も吹き飛んだ。笑みを消した友梨の瞳が応援に加わらずに立っていた眼鏡の少女に留められた。

「そこのぼっちの眼鏡。お前がスタートの合図をしな」
「わたしは別にぼっちなわけではないのだけど」

 呼ばれて麻希が二人の元へと向かう。

「マッキーに何て無礼な口を聞くんですか! このー!」

 木に吊るされている美久が暴れるが、ほとんど気にする者はいなかった。
 気の傍に立つ黒ローブが鋏を向けてきたので美久は黙った。ただ強く瞳で訴える。
 麻希は静かな笑みで美久の態度に答え、すぐに真顔に戻っていつもの冷静な態度で二人の前に立った。

「賑やかな委員長だわ。そう思わない? 結菜」
「それは思う」

 緊張をほぐそうとするかのような麻希の軽い言葉に結菜は答える。
 麻希は続いて友梨を見た。すぐに視線を二人の待つ中央へと戻した。
 両手を上げて勝負の合図を出そうとする麻希を、友梨の声が呼び止めた。

「お前、雰囲気が似ているな。あっち側の関係者か?」
「あなたが何を言っているのか分からないわね」

 麻希はそっけなく答えを流す。だが、結菜は友梨が未来の世界のことまで知っているのではないかと訝しんだ。
 友梨には特に追及するつもりは無いようだった。すぐに言葉を続けた。

「まあいいか。そっち側のことを考えるのはあたしの仕事じゃあない。止めて悪かったな。さあ、お前の仕事を続けな」

 友梨に促され、麻希の視線が再び結菜を見る。
 彼女の視線はこのまま始めていいのか、何か手を貸す必要は無いかと結菜に語りかけていた。
 麻希がこの時代の問題に積極的に関わろうとしないのを、この時代の事はこの時代の人達で解決するべきだと考えていることを結菜は知っている。
 だから、答える。強い決意を込めた頷きで。
 自分に任せて欲しいと。
 麻希は頷いて静かに両手を上げた。二人から平等にスタートの合図が見えるように。

「この手を下ろしたら両者ともに出発してください」

 結菜はハンドルとペダルに力を入れる。出発の準備は出来ている。
 麻希の両手が振り下ろされる。瞬間、二人は飛び出した。
 麻希の両側を風のように瞬く間に走り抜け、二台の自転車が夜の道を疾走する。
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