サイクリングストリート

けろよん

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第三章 勇者の挑戦

第65話 叶恵との調べ物

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 翼が父から呼び出された用事を終えて資料を保管している地下の部屋へと戻ってきた時、叶恵は真面目な顔をして本を読んでいた。
 文化的な行動の似合う綺麗な容姿をした少女だ。とても集中している。
 翼はしばらく無言で眺めてしまった。
 邪魔をするのもどうかと思ったが、そもそもは一緒に調べ物をしようと誘ってここへ来てもらったのだ。
 足を前に進めることにして、彼女に声を掛けることにした。

「待たせましたわね、叶恵さん。何か有益な情報はありましたか?」
「翼様」

 声を掛けられて叶恵の瞳がこちらを見る。綺麗で澄んだ瞳だ。
 じっと見ているだけで何かが伝わるということは無かったが。
 冷静で几帳面な副会長だ。叶恵は律儀に本を閉じてから、こちらに向き直って答えた。

「なかなか興味深いことがありました。これとか」
「拝見しましょう」

 叶恵の差し出してきた付箋の付けられたページを翼は見る。
 そこにはかつてこの地にいた精霊が人間に力を与えていたという記述が載っていた。
 そして、その大きすぎる力が人々に災いを招いたとも。
 叶恵が訊いてくる。真面目で冷静な目をしたまま。
 学校ではわりと柔らかい笑みを見せることも多い彼女だが、今の叶恵は少し緊張しているのかもしれない。

「始祖精霊ゼオンとは何者なのでしょうか」
「その名前は聞いたことがありませんが、かつて地上には精霊と呼ばれる存在がいたそうですね」

 叶恵が翼の知らない名詞を出してきた。何者かと訊かれても困ってしまう。精霊がいたということぐらいなら絵本に載っていたので知っていたが。始祖って何だろう。彼女は翼のまだ読んでいない資料にも目を通したようだった。
 叶恵が思案するかのように少し黙ってから話を続けてくる。

「確か自転車の大会の時にも、司会の方が精霊がどうとか言っていましたね」
「よく覚えていますわね」

 あの大会の時には発案者である翼は前もって大会を開いた目的等のインタビューを受けていた。その時に答えられることを話したと思う。
 何でも話したので何を話したのかちょっと記憶があいまいなところもあったが。
 叶恵は司会の話したちょっとしたことも覚えているようだった。

「渚さんも言っていましたよね」
「はい」

 どこから渚の名前が出てくるのか翼にはちょっと分からない。小首を傾げつつも続きを聞く。

「詳しいことは翼様に訊けと渚さんは言っていました。渚さんはその……翼様の知識のどこまでをご存じなんでしょうか」
「渚には少ししか話していませんよ。そもそもわたくし自身もそこまで過去のことは詳しいわけではないのですから」
「そうなんですか」

 叶恵は資料の棚を見上げる。釣られるように翼も見上げた。

「精霊の力というのは竜王よりも大きいものなのでしょうか」
「さあ」
「それがあったから人々は今の繁栄を築けたのでしょうか」
「それは……」
「神話戦争とは何なんでしょうか。神が実在したとも思えませんが」
「調べてみましょうか」
「はい」

 矢継ぎ早に尋ねられても、ここに来てすぐに父に召喚されて出て行った翼にどう答えろというのだろうか。
 どうやら叶恵に知識でリードされているようだ。この状況は良くない。
 翼は資料を手に取って見る。このままだとボロが出そうだった。
 ここには様々な知識が保管されているが、翼は無邪気だった子供の頃に本を楽しいと思った部分だけを掻い摘んで見ただけで、別に詳しく調べる目的で見たわけでは無かった。
 あまり細かい事を突っ込まれても困ってしまう。
 真面目な副会長に落胆されないためにも。威厳のある生徒会長としての態度を見せて調べを進めることにしたのだった。



 幻十郎と翼との会談を終えた咲良は真っ直ぐに最短の距離で廊下を歩き、玄関から外へと出た。
 何も得る物など無かった。そんなつまらなそうな顔を見せながら。
 この屋敷の使用人に見送られるのにも興味を見せず、咲良は黙って玄関先に止めてあった黒いリムジンの後部座席へと乗り込んだ。
 車は屋敷の門を出て外の道を走っていく。人気の無い私有地の道を出て、町に入る。
 外の夜景をたいして興味もなく眺めていると、運転手の男が話しかけてきた。
 彼は筋肉の逞しい体の大きな初老の男だ。父の代から仕えていて、ボディガードも務めている。
 みんなからはガルムと呼ばれていたが、詳しい経歴を咲良は知らない。興味が無かった。

「幻十郎様は何と仰っていましたか?」
「別に。娘と友達になってくれと。それだけよ」
「それだけのために咲良様を呼ばれたのですか?」
「そうよ。それと細かいどうでもいい話をしたわ。勉強はちゃんと出来ているかとか」
「咲良様も来年には高校生ですからね。幻十郎様も気にされているのでしょう」
「…………」

 咲良が少し不機嫌に眉根を寄せたのをバックミラー越しに見て、ガルムはそれ以上その話を続けなかった。
 咲良はぽつりと呟くように言った。

「勉強はしているわ。受験生だもの。訊くまでもないことでしょう」
「それで、咲良様は幻十郎様のその提案をお受けになられるのですか? ご息女と友達になるという」

 都会育ちの咲良からすれば、田舎の町のお嬢様と友達になるなどどうでもいいことだった。だが、彼女は義理は通す腹積もりだった。
 父の築いてきた人間関係を自分の浅はかな都合で切るつもりは咲良には無かった。

「おじ様は父の親友だった方よ。わたしもよく面倒を見てもらったわ。受けないわけにはいかないでしょう」
「そうですか……」

 車の中にしばし沈黙が流れる。ガルムが訊いてくる。

「ラジオをお掛けしましょうか?」
「結構よ。しばらく考え事をしたいの」
「分かりました」

 咲良はしばらく興味も無く外の景色を眺め、いくつかの信号を越えたところでふと思いついたことがあって口を開いた。

「翼お姉様が大会を開いた目的……田中結菜と言ったかしら。会ってみたいわね」
「今から向かいますか?」

 外の景色はすでに夜となり、明るい電灯が照らしだしている。こんな時間から伺うつもりは咲良には無かった。
 別にどうしても早く会いたいというわけでもない。都合がつくならいつでも良かった。

「今日はもう遅いからまた今度でいいわ」
「では、その者に関して調べておきますか」
「必要ないわ。ちょっと見ればきっと満足すると思うから」
「かしこまりました」

 咲良の視線は静かに外の景色を眺めている。
 つまらない町だ。その冷めた表情が動くことは無かった。
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