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第一章 闇の目覚め
第6話 竜帝戦
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こんな時に頼れるのは紫門しかいない。ひかりはそう思って校庭に出てきたのだが、彼がすでに倒れていて慌てて駆け寄った。
「ちょっと、紫門君!」
「うう……」
彼はすでに傷を負っていた。頭上から見下ろす竜の勝ち誇った声がする。
「我が前に現れるとは。お前がヴァンパイアか?」
「ヴァン……」
紫門がうっすらと目を開けた。
「ええ、人違いですよ」
ひかりは誤魔化そうとするのだが、その時校庭に見知った声が響き渡った。
「ヴァンパイアはこっちだ! 竜帝!」
ヴァンパイアモードのひかりの姿に化けたクロだった。その変装術が上手いかどうかは人間モードのひかりには遠くてよく分からないが、注意は引けたようだった。
「そこにいたか。この時を待ちわびたぞ!」
竜帝は翼を動かし、足音と地響きを立ててそっちに行ってくれた。クロは避けるのが上手い。追いかける竜帝が伸ばす爪をかいくぐり、巧みに距離を取って逃げていく。しばらくは時間を稼いでくれるだろう。
ひかりは傷を負った紫門に目を向けた。この傷は竜帝から受けた物だけではない。前の戦いでひかりの与えた物も混じっていた。
ヴァンパイアの受けた傷はすぐに治ってしまうが、人間の受けた傷はそうはいかない。
ひかりは申し訳無さよりも呆れを感じてしまった。
「もう、チート能力者でも無いくせに無茶な戦いなんて挑むから」
「すまない。俺の力が足りなくて……」
「もう寝てて。後は学級委員のわたしがチートで無双してあげるから」
「あんた、やっぱり……」
紫門は気を失った。その顔は微笑んでいるようだった。彼は血を流していた。ひかりは迷ったが、その血をぺろりと舐めた。
とても甘美で心地いい感触が全身を巡るのを感じた。
「こんなのが癖になったら困るんだけど」
ひかりはすぐにヴァンパイアの姿に変身する。戦うより先に背の黒い翼を広げ、紫門の体を抱きあげて、校舎に向かって突っ込んでいく。
そのまま廊下を走ることなく飛翔する。保健室の前で急停止し、ドアを勢いよく開けて中に飛び込んだ。
「彼をお願いします」
「あなた、夜森さん?」
先生の言葉を聞かず彼の体を押し付けて飛び出し、廊下と階段を飛行して飛ばし、屋上のドアの鍵を力づくで開けて外へ出た。
校舎の外を飛んだ方が早かったかもしれないが、真面目に廊下と階段を来てしまったのは人間の時の癖というものだろうか。
ともあれ、屋上に出ると暴風のように吹き込む竜帝の声がした。
「どこだ、ヴァンパイア! 出て来い!」
彼はクロを見失った様子だ。そんな彼に向かってひかりも負けじと声を張り上げる。
「竜帝! わたしはここだ!」
竜の瞳がひかりを捉える。
「そこにいたか。決着を付ける時を待っていたぞ」
「決着?」
ひかりは今日の戦いのかと思ったが、竜帝にとってはもっと長い時の戦いだった。彼は重くそれを語る。百年前のヴァンパイアとの戦いを。
「わしとお前の先代は長きに渡って争い、引き分けてきた。わしは決着を望んだが、奴はあろうことか引退を宣言したのだ。だが、百年後の予言の日、お前が現れた。ここでお前を倒し、決着としてくれる!」
竜が腕を叩きつけてくる。ひかりは避けて上空に飛びあがった。
「勝手なことばかり。ルールぐらい弁えなさいよ」
ひかりにとっては彼はただ迷惑に学校に来た存在だった。竜帝はわずらわしそうに目を細める。その口が吠えるように暴君の言葉を告げる。
「竜帝のわしがなぜ他人の決めたルールなどに従わねばならない? わしは敗者ではない。従わせられるのは勝った者だけだ!」
竜の吐く炎をひかりは避ける。悔しいが自分の炎弾よりも威力は上だ。悔しい?
「上等だ!」
チート能力者に戦いを挑む身の程知らずなデカ物に向かって、ひかりは雷を放つ。
「ぐおおおおお!」
竜は悲鳴を上げてのけぞった。
ダメージは与えたはずだが、竜帝は平然としている。
「さすがだ。久しぶりに肌を刺した感触に驚いたぞ。だが、それぐらいのことは出来てもらわないと困る。お前はヴァンパイアであり、何より勝負を楽しむためにはな!」
振ってくる腕をひかりは避ける。避けた勢いのままスピードをさらに加速させ、分身して竜帝の周囲を回って炎弾の雨を浴びせた。
吹き上がる爆風が竜帝の巨体を包み込む。普通の敵ならかなりのダメージを与えられただろう。
だが、爆煙を破って竜帝の姿が現れる。鱗から燻る煙を上げながらも、その体にはまだ十分な体力が漲っている。
竜の瞳がヴァンパイアを睨む。
「小細工などしても無駄だ!」
振るわれる爪をひかりは両手に漆黒の双剣を出して受け止めた。だが、止めきれずに後方に下がって着地した。
退いたひかりを竜帝は嘲笑った。
「どうした? びびっているのか? なら、がっかりだな」
相手の舐めた態度が気に入らない。ひかりは正面から突っ込むことにする。
元よりチーターの自分に回避など必要ないのだ。
そうと確信し、炎のブレスを避けずに中を突き進む。漆黒のマントで全ての炎を防ぎ、掻き分ける。
ブレスを抜け、竜帝の顔を目がけて剣を突き出した。閉じられる牙が二本の剣を受け止めた。
力を入れてへし折るつもりなのだろうが、そうはいかない。ひかりは双剣を使って雷撃を流し込んだ。
竜は驚いて飛びあがった。
「やってくれたな、ヴァンパイア!」
「退いたな、竜帝。お前はその程度の存在だ!」
「何だと!?」
退いた敵に向かって、ひかりはこの上ない満足の笑みを浮かべた。
「チート能力者を前に、あらゆる敵のやることは決まっている。びびって震え上がることだ!」
「お前は何様のつもりだ! わしは竜帝だぞ!」
「わたしはチートで無双する。ヴァンパイアだ!」
特大の火炎球を巻き起こす。竜の炎の方が強いなどとなぜ思った。自分はそれをさらに上回ればいいだけ。それがチートだ。
ひかりは最大限の力を惜しみなく注ぎ込み、炎を放つ。灼熱が竜を包み込む。
「吹き飛べ!」
ひかりはさらにその力を爆発させた。
竜は悟っていた。目の前のヴァンパイアの力強さ。その輝きを。
思えば自分達も昔はそうだった。
あの頃の戦いは光り輝いていた。
「なるほど、だからお前は後の者に時代を託したのだな」
竜帝は遠い自分達の日々に思いを馳せ、その姿を消滅させていった。
厳しい戦いだった。
ひかりが空中に止まりながら空を見上げていると、不意に下から声がした。
「凄かったぞー」
「よく頑張ったー」
見下ろすと、校舎からみんなが見上げているのに気が付いた。
いつの間にか、みんなに喝采を浴びせられていた。
ひかりはチート能力を持ったヴァンパイアである今の自分なら気持ちよく受けられるかと思ったが、別にそんなことは無かったので。
軽く手を振ってから、慌ててその場を飛び去ることにした。
次の朝、ヴァンパイアが現れたことはニュースになっていた。
ひかりはびっくりして朝ご飯を食べていた手を止めてしまった。
どこから嗅ぎ付けたのか、100年の約束の日や、霧の謎に迫るなんかも特集が組まれていた。
学者の話ではヴァンパイアは昔、本当にいたらしい。それは都市伝説や噂話程度のあいまいな物だったが、町を闇から支配する化け物とも人々を守る神の使いとも言われているらしかった。
今回改めてヴァンパイアの存在が目撃されたことで研究チームまで発足されるらしい。
ひかりはもう調子に乗って飛び出すのは止めようと、今まで以上に気配を消して生きて行こうと決心した。
「ヴァンパイアが現れたの。大変ねえ。変質者が現れたらすぐに近くの人に助けを求めるのよ」
洗濯物を干し終わって家に入ってきたお母さんがそんな呑気なコメントを漏らす。
ひかりは訊いてみようと思った。祖父がヴァンパイアだったことを。
「ねえ、お母さん。おじいちゃんって」
「ん? おじいちゃんがどうかした?」
「ううん、何でもない」
だが、止めておいた。ひかりにとって祖父とは田舎に行った時に遊んでくれる優しい人だった。
自分でもヴァンパイアと気づいていなかったのに母が気づいているだろうか。母はひかりがヴァンパイアだってことも気づいていないようだ。
ならば、ヴァンパイアの話は出さない方が賢明だろう。それに何より上手く話せる自信が無い。説教でもされて大事にされてはたまったものではない。
そう判断して立ち上がることにした。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
母に見送られてひかりは家を出て行った。
ひかりは鞄を持って学校への道を歩いていく。
町に出ると、何だかいつもより人が多く賑わっていた。ひかりは気になって人々の会話に耳を傾けてみた。ヴァンパイアで町おこしをしようと話題になっていた。
今時の人はヴァンパイアを恐れたりはしない。逆に町のために利用しようとするしたたかさを持っていた。もう勘弁して欲しかった。
ひかりは早足になって学校へ向かう。
学校に着いて静かに自分の席に座り、全てを忘れて空想で暮らそうと本を読み始めると、教室に入って近づいてきた紫門が挨拶をしてきた。
「おはよう、優等生」
「おは……わたしそんなに成績良くないけど」
授業の半分ぐらいを空想で暮らしていたら当然かもしれないけど、ひかりの成績は中ぐらいだった。
学級委員で眼鏡を掛けていて本を読んでいるだけで優等生と言われても困ってしまう。並べてみると自分でも優等生らしいなと思ってしまったが。
ふと見上げると彼が笑っていた。ひかりはからかわれたのだと思って本に視線を戻した。
紫門が隣の席につく。ひかりは視線を横にチラ見した。
ニュースにもなったヴァンパイアのことを訊いてみたい気分だったが、下手に突いてやぶ蛇になってはたまらない。様子を伺うだけにする。
「どうした? 夜森」
「いや、何でも」
視線に気づかれて声を掛けられた。ひかりは慌てて本に視線を戻した。
本は便利だ。現実から逃避させてくれる。
今日の紫門は機嫌が良さそうだった。追及する間もなく授業が始まった。
また今日も退屈な授業だった。竜もテロリストも現れはしなかった。
「ちょっと、紫門君!」
「うう……」
彼はすでに傷を負っていた。頭上から見下ろす竜の勝ち誇った声がする。
「我が前に現れるとは。お前がヴァンパイアか?」
「ヴァン……」
紫門がうっすらと目を開けた。
「ええ、人違いですよ」
ひかりは誤魔化そうとするのだが、その時校庭に見知った声が響き渡った。
「ヴァンパイアはこっちだ! 竜帝!」
ヴァンパイアモードのひかりの姿に化けたクロだった。その変装術が上手いかどうかは人間モードのひかりには遠くてよく分からないが、注意は引けたようだった。
「そこにいたか。この時を待ちわびたぞ!」
竜帝は翼を動かし、足音と地響きを立ててそっちに行ってくれた。クロは避けるのが上手い。追いかける竜帝が伸ばす爪をかいくぐり、巧みに距離を取って逃げていく。しばらくは時間を稼いでくれるだろう。
ひかりは傷を負った紫門に目を向けた。この傷は竜帝から受けた物だけではない。前の戦いでひかりの与えた物も混じっていた。
ヴァンパイアの受けた傷はすぐに治ってしまうが、人間の受けた傷はそうはいかない。
ひかりは申し訳無さよりも呆れを感じてしまった。
「もう、チート能力者でも無いくせに無茶な戦いなんて挑むから」
「すまない。俺の力が足りなくて……」
「もう寝てて。後は学級委員のわたしがチートで無双してあげるから」
「あんた、やっぱり……」
紫門は気を失った。その顔は微笑んでいるようだった。彼は血を流していた。ひかりは迷ったが、その血をぺろりと舐めた。
とても甘美で心地いい感触が全身を巡るのを感じた。
「こんなのが癖になったら困るんだけど」
ひかりはすぐにヴァンパイアの姿に変身する。戦うより先に背の黒い翼を広げ、紫門の体を抱きあげて、校舎に向かって突っ込んでいく。
そのまま廊下を走ることなく飛翔する。保健室の前で急停止し、ドアを勢いよく開けて中に飛び込んだ。
「彼をお願いします」
「あなた、夜森さん?」
先生の言葉を聞かず彼の体を押し付けて飛び出し、廊下と階段を飛行して飛ばし、屋上のドアの鍵を力づくで開けて外へ出た。
校舎の外を飛んだ方が早かったかもしれないが、真面目に廊下と階段を来てしまったのは人間の時の癖というものだろうか。
ともあれ、屋上に出ると暴風のように吹き込む竜帝の声がした。
「どこだ、ヴァンパイア! 出て来い!」
彼はクロを見失った様子だ。そんな彼に向かってひかりも負けじと声を張り上げる。
「竜帝! わたしはここだ!」
竜の瞳がひかりを捉える。
「そこにいたか。決着を付ける時を待っていたぞ」
「決着?」
ひかりは今日の戦いのかと思ったが、竜帝にとってはもっと長い時の戦いだった。彼は重くそれを語る。百年前のヴァンパイアとの戦いを。
「わしとお前の先代は長きに渡って争い、引き分けてきた。わしは決着を望んだが、奴はあろうことか引退を宣言したのだ。だが、百年後の予言の日、お前が現れた。ここでお前を倒し、決着としてくれる!」
竜が腕を叩きつけてくる。ひかりは避けて上空に飛びあがった。
「勝手なことばかり。ルールぐらい弁えなさいよ」
ひかりにとっては彼はただ迷惑に学校に来た存在だった。竜帝はわずらわしそうに目を細める。その口が吠えるように暴君の言葉を告げる。
「竜帝のわしがなぜ他人の決めたルールなどに従わねばならない? わしは敗者ではない。従わせられるのは勝った者だけだ!」
竜の吐く炎をひかりは避ける。悔しいが自分の炎弾よりも威力は上だ。悔しい?
「上等だ!」
チート能力者に戦いを挑む身の程知らずなデカ物に向かって、ひかりは雷を放つ。
「ぐおおおおお!」
竜は悲鳴を上げてのけぞった。
ダメージは与えたはずだが、竜帝は平然としている。
「さすがだ。久しぶりに肌を刺した感触に驚いたぞ。だが、それぐらいのことは出来てもらわないと困る。お前はヴァンパイアであり、何より勝負を楽しむためにはな!」
振ってくる腕をひかりは避ける。避けた勢いのままスピードをさらに加速させ、分身して竜帝の周囲を回って炎弾の雨を浴びせた。
吹き上がる爆風が竜帝の巨体を包み込む。普通の敵ならかなりのダメージを与えられただろう。
だが、爆煙を破って竜帝の姿が現れる。鱗から燻る煙を上げながらも、その体にはまだ十分な体力が漲っている。
竜の瞳がヴァンパイアを睨む。
「小細工などしても無駄だ!」
振るわれる爪をひかりは両手に漆黒の双剣を出して受け止めた。だが、止めきれずに後方に下がって着地した。
退いたひかりを竜帝は嘲笑った。
「どうした? びびっているのか? なら、がっかりだな」
相手の舐めた態度が気に入らない。ひかりは正面から突っ込むことにする。
元よりチーターの自分に回避など必要ないのだ。
そうと確信し、炎のブレスを避けずに中を突き進む。漆黒のマントで全ての炎を防ぎ、掻き分ける。
ブレスを抜け、竜帝の顔を目がけて剣を突き出した。閉じられる牙が二本の剣を受け止めた。
力を入れてへし折るつもりなのだろうが、そうはいかない。ひかりは双剣を使って雷撃を流し込んだ。
竜は驚いて飛びあがった。
「やってくれたな、ヴァンパイア!」
「退いたな、竜帝。お前はその程度の存在だ!」
「何だと!?」
退いた敵に向かって、ひかりはこの上ない満足の笑みを浮かべた。
「チート能力者を前に、あらゆる敵のやることは決まっている。びびって震え上がることだ!」
「お前は何様のつもりだ! わしは竜帝だぞ!」
「わたしはチートで無双する。ヴァンパイアだ!」
特大の火炎球を巻き起こす。竜の炎の方が強いなどとなぜ思った。自分はそれをさらに上回ればいいだけ。それがチートだ。
ひかりは最大限の力を惜しみなく注ぎ込み、炎を放つ。灼熱が竜を包み込む。
「吹き飛べ!」
ひかりはさらにその力を爆発させた。
竜は悟っていた。目の前のヴァンパイアの力強さ。その輝きを。
思えば自分達も昔はそうだった。
あの頃の戦いは光り輝いていた。
「なるほど、だからお前は後の者に時代を託したのだな」
竜帝は遠い自分達の日々に思いを馳せ、その姿を消滅させていった。
厳しい戦いだった。
ひかりが空中に止まりながら空を見上げていると、不意に下から声がした。
「凄かったぞー」
「よく頑張ったー」
見下ろすと、校舎からみんなが見上げているのに気が付いた。
いつの間にか、みんなに喝采を浴びせられていた。
ひかりはチート能力を持ったヴァンパイアである今の自分なら気持ちよく受けられるかと思ったが、別にそんなことは無かったので。
軽く手を振ってから、慌ててその場を飛び去ることにした。
次の朝、ヴァンパイアが現れたことはニュースになっていた。
ひかりはびっくりして朝ご飯を食べていた手を止めてしまった。
どこから嗅ぎ付けたのか、100年の約束の日や、霧の謎に迫るなんかも特集が組まれていた。
学者の話ではヴァンパイアは昔、本当にいたらしい。それは都市伝説や噂話程度のあいまいな物だったが、町を闇から支配する化け物とも人々を守る神の使いとも言われているらしかった。
今回改めてヴァンパイアの存在が目撃されたことで研究チームまで発足されるらしい。
ひかりはもう調子に乗って飛び出すのは止めようと、今まで以上に気配を消して生きて行こうと決心した。
「ヴァンパイアが現れたの。大変ねえ。変質者が現れたらすぐに近くの人に助けを求めるのよ」
洗濯物を干し終わって家に入ってきたお母さんがそんな呑気なコメントを漏らす。
ひかりは訊いてみようと思った。祖父がヴァンパイアだったことを。
「ねえ、お母さん。おじいちゃんって」
「ん? おじいちゃんがどうかした?」
「ううん、何でもない」
だが、止めておいた。ひかりにとって祖父とは田舎に行った時に遊んでくれる優しい人だった。
自分でもヴァンパイアと気づいていなかったのに母が気づいているだろうか。母はひかりがヴァンパイアだってことも気づいていないようだ。
ならば、ヴァンパイアの話は出さない方が賢明だろう。それに何より上手く話せる自信が無い。説教でもされて大事にされてはたまったものではない。
そう判断して立ち上がることにした。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
母に見送られてひかりは家を出て行った。
ひかりは鞄を持って学校への道を歩いていく。
町に出ると、何だかいつもより人が多く賑わっていた。ひかりは気になって人々の会話に耳を傾けてみた。ヴァンパイアで町おこしをしようと話題になっていた。
今時の人はヴァンパイアを恐れたりはしない。逆に町のために利用しようとするしたたかさを持っていた。もう勘弁して欲しかった。
ひかりは早足になって学校へ向かう。
学校に着いて静かに自分の席に座り、全てを忘れて空想で暮らそうと本を読み始めると、教室に入って近づいてきた紫門が挨拶をしてきた。
「おはよう、優等生」
「おは……わたしそんなに成績良くないけど」
授業の半分ぐらいを空想で暮らしていたら当然かもしれないけど、ひかりの成績は中ぐらいだった。
学級委員で眼鏡を掛けていて本を読んでいるだけで優等生と言われても困ってしまう。並べてみると自分でも優等生らしいなと思ってしまったが。
ふと見上げると彼が笑っていた。ひかりはからかわれたのだと思って本に視線を戻した。
紫門が隣の席につく。ひかりは視線を横にチラ見した。
ニュースにもなったヴァンパイアのことを訊いてみたい気分だったが、下手に突いてやぶ蛇になってはたまらない。様子を伺うだけにする。
「どうした? 夜森」
「いや、何でも」
視線に気づかれて声を掛けられた。ひかりは慌てて本に視線を戻した。
本は便利だ。現実から逃避させてくれる。
今日の紫門は機嫌が良さそうだった。追及する間もなく授業が始まった。
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