妹は上の空

けろよん

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1話

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 これは誰にも言えない恋。ずっと秘めていなければならない。そう思っていた時期があった。でも、あの人は言ってくれた。
 これぐらい普通だよと。
 それから自分の人生はどこか、何かが、ほんの少しだけ、変わったような気がする。



 最近妹の様子がおかしい。何か上の空でそわそわしている感じがする。

「何かあったのか? はるか」
「ううん、何にも無いよ、お兄ちゃん」

 そう言ってはるかは僕に笑顔を向ける。でも、何かを隠しているような。そんな感じは拭えない。
 その日の夜。僕はベッドの中で、今日買ったばかりのスマホをいじっていた。

(うーん……やっぱりネットには妹の様子が変な事の手がかりはないか)

 兄である僕がスマホを買ったばかりなので当然妹はまだ持っていない。彼女の手がかりがないのも当然かもしれなかった。

(本人に直接聞くのもなあ。デリケートな年頃だし。やっぱり僕の考え過ぎなのかな)

 そう思った時だった。僕のスマホから突然、軽快な音楽が流れ始めた。画面を見ると、そこには『着信中』の文字が表示されていた。
 こんな時間に誰だろう。僕は不思議に思いながら電話に出た。

「もしもし?」
「あ! お兄さんですか!? 良かったぁ~繋がって!」

 声の主はクラスメイトの女子だった。確か名前は……えっと……思い出せない。

「あのさ、名前なんて言ったっけ?」
「えぇー! ひどいですよぉー! わたしはお兄さんのクラスの学級委員ですってばぁー」
「知らないな。僕は今妹の事で忙しいんだ。クラスメイトと話している時間は無い。んじゃ」
「あ、切らないでくださいよぉー。わたし知ってるんですよぉー」
「は? 何を?」

 特に親しいわけでもない学級委員が何を知っているというのだろう。僕は通話を切ろうとした手を止めてしまった。それが今思えば間違いだったのかもしれない。
 彼女は電話の向こうでニシシと笑った。そしてこう言ったのだ。

「妹さんが好きな人の名前とか知りたくないですか?」
「……どういう意味だ?」
「実はですね。妹さんが好きな男の子の名前をわたし知っているんです」
「はぁ? 何を言っているんだお前は」
「いや、本当なんです。わたしの学級委員情報網って凄いですよね。だからお兄さんにも教えてあげようと思って電話したんですけど……」

 正直どうでもいい。そんな事は僕にとって何の意味も持たない。妹だって好きな奴ぐらいいるだろう。
 それが上の空の原因だっていうのなら納得もしようというものだ。妹だって年頃の女の子なんだし。
 しかし気になる事もあった。何故こいつははるかの好きな奴の名前を知っていたのか。まぁ大方誰かに聞いたのだろう。それか、こいつが勝手に勘違いしてるかのどちらかだ。
 どちらにせよ僕にとっては関係のない話だ。これ以上こいつと話していても時間の無駄だと僕は判断すると、彼女に別れの言葉を言いかけた。

「悪いけど興味無いよ。じゃあ切るぞ」
「ちょっと待って下さいよぉ、これはお兄さんにも関係ある話なんですよぉー」
「は? 妹の好きな奴がなんで僕と関係があるんだ?」

 よせばいいのに僕はつい彼女の話に食いついてしまう。電話の向こうで彼女がニンマリと笑ったような気がした。

「では発表しますぅー。はるかちゃんが好きなのはお兄さんとぉー」
「は? 妹が兄を好きなんて普通だろ?」

 そう言いながらもちょっとドキッとしてしまったのは内緒だ。だが、彼女の話はそこでは終わらなかった。

「たかしくんですぅー」
「は? たかし? なんではるかがあいつの事を好きなんだ? おい!」
「言えて良かったですぅー。これでわたしも肩の荷が降りましたぁー。では、おやすみなさいー」
「おい、ちょっと! 学級委員! チッ、切りやがった」

 通話を終えて僕は考える。たかしは僕の親友だ。休みの日はよく家で一緒にゲームをしたりして遊んでいる。
 でも、お世辞にもかっこいいとは言えないし、勉強やスポーツだって得意じゃない。

「あんな冴えない野郎のどこがいいんだ?」

 僕は気になったが、はるかに直接聞くような事でもないだろう。
 次の休日、僕はたかしを公園に誘いだす事にした。



 お互いにサッカーボールを蹴り合って遊ぶ。軽い遊びなのでそれほど熱い真剣勝負にはならない。
 僕は彼に向かってボールを蹴りながら問うた。

「最近さ、妹の様子がおかしいんだよな。たかしは何か心当たりないか?」
「ん~、俺にはよく分かんないなぁ。それよりさ、お前の家に行ってスマブラやろうぜ」
「お前の頭にはゲームの事しか無いのかよ……」

 今更ながらなぜ妹がこいつの事を好きになったのか分からない。確かに顔は悪くない。むしろ良い部類に入る。でも、それだけで惚れるような奴ではないはずだ。
 それに、たかしと妹の接点はあまり無かったはず。少なくとも僕の記憶の中ではそうだ。
 僕達が一緒にゲームをしている間にもはるかは加わりには来なかったし。
 ならば一体どうしてだろう。僕はボールの弾む音を聞きながら考えた。

「なぁ、たかし。お前ってさ、彼女いたっけ?」
「え? 急になんだよ。いないけどさ。それがどうかしたのか?」
「そうか……。いや、そうだよな。お前に彼女なんているはずないよな」
「ひどっ、まあいいけどさ。俺はお前と遊んでれば楽しいからさ」
「ありがとう」

 そう言って僕は再び考え始める。もし、僕の妹がこいつに恋しているとしたら。どんな未来が待っているのだろうか。

「おい、ボール!」
「ああっ、すまん!」

 考え事をしていたのが良くなかった。たかしの蹴ったボールを受け損ねて公園の外に転がっていく。僕は慌てて追いかけた。



 するとそこに妹がいた。彼女が僕のボールを拾ってくれた。

「はい、お兄ちゃん」
「ありがとう。どうしてここへ」
「買い物から帰る途中で見えたから。お兄ちゃん達って家でゲームやってるだけじゃないんだね」
「当たり前だろ。僕達を家でゲームやってるだけの陰キャだと思うな」
「外でもやるのか。それもいいかも。ウヒヒ」

 どうしてだろう。妹の様子はやはりどこかおかしい。こいつをたかしと会わせるのは危険すぎる。そう判断して僕はさっさと話を切り上げる事にした。

「じゃあな。気を付けて帰れよ」
「うん、お兄ちゃん達も頑張ってね」

 そうして僕ははるかを見送って、たかしの元へ戻った。またボールを蹴る遊びを再開する。

「今はるかちゃんが来てたんじゃないのか?」
「ああ、買い物の帰りだったそうだ。お前ってはるかの名前知ってたんだな」
「お前が教えてくれたんじゃないか。あの子って俺には近づいて来ないんだよな」
「そうだったっけ」

 それからも遊びを続け、この日は別れる事にした。

「たまにはこうして外で遊ぶのもいいもんだな」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、また」
「ああ、また」

 こうして僕達はそれぞれの家に帰っていく。道を歩きながら僕は決意していた。はるかの真意を問いただそうと。



 夜になって、僕ははるかの部屋の前に立っていた。
 今度こそはあいつに問いただしてやろうと決意を固めたのだ。
 だが、やはり迷ってしまって夜になってしまった。でも、これ以上は引き延ばせない。

「おい、はるか」

 ドアをノックする。返事が無い。かと思ったら「はあい」という短い返事。何だか覇気が無いな。
 おかしいと思いながら僕はもう一度聞く。

「入っていいか?」
「どうぞ。うーん、公園ってこんなだったかなあ……」
「公園?」

 疑問に思ったが入っていいと言われたので僕は入る事にした。はるかは部屋の中心に置いたテーブルの上でノートに何かを描いていた。
 あまり熱心に描いているものだから覗きこもうとしたら慌てて隠された。

「うわっ、お兄ちゃん! 何であたしの部屋にいるの!?」
「お前が入っていいって言ったから」
「言ったっけ? そういえば言ったような……」

 やはり妹の様子はどこかおかしい。ここまで来たんだ。もう問題の引き延ばしは出来なかった。

「はるか、そこに座りなさい」
「もう座ってます」
「うん、じゃあお兄ちゃんも座ろう」

 はるかとテーブルを挟んで向かい合う。はるかはノートを膝の上に置いて黙り込んだままだ。僕が話をしないと進まないようだった。
 どう話していいか分からなかったが、結局は単刀直入に言う事にした。

「たかしの事が好きなのか?」

 はるかの肩がビクッと跳ねる。やはり正解だったようだ。僕はどんな気分になればいいのか分からない。
 少し経ってからはるかはボソッと呟いた。

「あの人ってたかしって名前だったんだ……」
「知らなかったのか?」
「うん、お兄ちゃんが教えてくれなかったし、見てただけだったから。公園で遊んでるのも初めて見たよ。ああいうのも良いね」
「そうか……」

 それほどかっこいい遊びとも思えなかったけど、はるかにはあれでもかっこよく見えたのだろうか。

「お兄ちゃん……、ごめんね。ずっと隠していて」
「別に謝ることは無いさ。誰だって秘密の一つや二つはある」
「そう? なら良かった。あの人もそう言ってくれたんだ。これは恥ずかしい思いじゃないって。でも、あたし恥ずかしくてやっぱり隠しちゃって……」
「たかしがそう言ったのか?」
「ううん、お兄ちゃんのクラスの学級委員さんが」
「ん??」

 どうして話がそこへ飛ぶのか分からない。僕はつい前のめりになって聞いてしまった。

「はるかはたかしの事が好きなんだよな?」
「うん、それとお兄ちゃんが」
「ん?」

 そう言えば学級委員からの電話ではるかが好きなのは兄とたかしだと言っていた事を思いだす。どういう意味だろうと考える思考なんてすぐに飛んだ。

「もう恥ずかしがらずに見せるね。これ見て」
「ん」

 はるかがノートを差し出してくる。そこに描かれていたのは僕とたかしが公園で……

「これをお前が描いたのか?」
「うん。お兄ちゃんとたかしさん、一緒に遊んできっといっぱい汗掻いたよね。だからきっとハッスルしたと思うんだよね。でも、上手く描けなくて。だから今度来た時……」
「僕達はこんな事しません!」

 やれやれ、妹の秘め事なんて知っても碌な事にならない。そう学習した僕であった。
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