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第24話 魔王との会談

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 不気味な悪魔の像が立ち並ぶ松明の照らす薄暗い廊下を奥へと進み、あたし達はやがて大きな扉の前にたどりついた。
 ここまで案内してきたラキュアが振り返り、あたし達に向かって言う。

「ここが魔王の間ですわ。魔王様は偉大なお方ですから、あなた達くれぐれも失礼のないようにするんですのよ」
「よし、いよいよ殴りこみの時間か」

 あたしが両手の拳を打ち合うしぐさを見せると、ラキュアはびっくりしたように跳びあがり、素早く扉の前に立ちはだかった。

「だからそういう事を止めろと言っているんですわ。ここまで案内したわたくしの顔を立ててくれてもいいでしょう!」
「仕方ないか」

 別にこいつの顔を立ててやる義理はないが、あたしは止めておいた。
 扉の向こうから得体の知れない言いしれない闇の空気が漂っている。
 うかつに飛び込めば待っているのは愚か者にふさわしい末路だけだ。そんな不吉な未来の予感を感じさせた。
 感じたのは天馬と美月も同じようで、二人とも顔を緊張させながらすぐに戦いに挑む構えを見せなかった。
 ここは下手に動かずに相手に合わせて様子を見た方がいい。あたし達はそう判断する。

「ラキュア、あんたを信じてるからね」
「ありがとう」

 信じるのは魔王にいきなり攻撃されませんようにというこちらの都合なのだが、ラキュアは素直に喜んでくれた。
 そんな純粋な笑顔を見せられるとこっちの方が照れるじゃない。さて、何が出てくるにしても油断だけはしないようにしないとね。
 あたし達が無礼な動きをしないことを確認すると、ラキュアは扉に向かい立って手で押して、大きな扉を開いていった。



「魔王様、人間達をお連れしました」

 ここまで先導してきたラキュアの後に続いてあたし達は部屋に入っていく。中に入ると闇がより一層濃くなった感じがした。
 部屋は城の玉座の間のようで、奥の玉座に座っているのは魔王だった。
 彼の姿は魔物の長にふさわしい恐ろしい化け物というわけではなく、目つきの鋭い普通の魔族の青年のように見えた。魔王ならゲームみたいに変身するかもしれないが。
 あたし達が来た事を認めると、魔王はその口に少し笑みを浮かべて言った。

「よく来たな。待っていたぞ」

 ここまで人間に来られて不機嫌というわけではないようだ。あたし達に話があって呼んだのだから余裕があって計画通りというわけだろうか。
 さすがに感じる力の大きさが今までに見たゴブリン王やラキュアとか格が違う。
 あたしはプレッシャーに押されないように勇気を出して言った。

「あんたが魔王ね」
「いかにも。余がこの闇の大地を統べる王。魔王ゼルドだ」

 そう言えばその名前を前にラキュアが言っていた事を思いだす。あたし達が話を始めたので彼女は横に控えていた。
 何もしないことを確認し、あたしは視線を戻した。魔王は密かに笑っていた。まるで子供を前にした大人のように。
 まあ、実際にそうなんだけど、気持ちの上で負けるわけにはいかない。

「そう怯えずともよい。話をする為に呼んだのだ。別にすぐに取って食いはしない」

 怯えている? ナンバー1で聖剣にも選ばれた未来の女王であるあたしが?
 見下ろすと自分の腕が震えていることに気が付いた。あたしはその震えを手で押さえて止めて気丈さを出して言い放つ。

「話をするなら椅子ぐらい用意して欲しいんだけど」
「それは気が付かなくて済まなかった。すぐに出そう」

 魔王が指をパチリと鳴らすと床に影が現れて、あたし達の傍に椅子が現れた。
 美月でもトリックが見破れなかったようで驚いた顔をしている。天馬が言った。

「罠は無いようだな」
「そのようなつまらん事はせぬ。気楽に掛けるがよい」

 魔王がそう言うし、あたしが言って用意させた席なので座る事にする。
 ここで変に慌てて断っても自分の小者さをアピールするだけだし、惨めになるだけだ。
 あたしは未来の女王なのだし、王様同士。ここはせいぜい堂々としてやろうではないか。あたしも覚悟を決めた。
 あたしと天馬と美月が席に着いて、魔王は話を切りだしてきた。

「お前達はドラゴンのいる世界から来たのか?」
「ドラゴンってあの学園の地下にいた?」
「ドラゴンは学園の地下にいるのか」

 あちゃー、言ってしまってからあたしはうかつに情報を漏らした自分に気が付いた。
 美月が横から無言で足を蹴ってくる。止めてください、もう気づいていますから。あたしが視線で語ると美月は足を蹴るのを止めてくれた。
 魔王には子供の戯れのように映ったようだ。面白そうに笑っていた。今度は天馬が訊く。

「俺達の世界に妖を放っているのはお前なのか?」
「妖? この世界のモンスター達のことか?」
「そうだ」
「あれは調べていたのだ。お前達の世界はどこにあるのかとな。最近になってようやく位置が掴めてきた」

 魔王がラキュアに視線を送ると彼女は素早く首を縦に振った。
 ゴブリン王やスライムが彼の配下かは知らないが、魔王の側近を逃がしたせいで情報を持ち帰られたのかとあたしは思った。
 魔王は改めて天馬に向かって言った。

「だが、元はと言えば我の世界に先に干渉してきたのはお前達の世界の方なのだぞ」
「俺達の世界が先に?」

 天馬が美月を見る。陰陽師の知らない事を理事長の娘なら知っているかと思ったようだ。
 あたしは勘定に入っていない。まあ、あたしの知っている事はもうセラが二人に喋っちゃったからね。
 美月は知らないと首を横に振った。あたしは神様が何かしたんだろうかと思ったが違っていた。
 魔王はその話を続けた。

「お前達の世界のドラゴンが余に接触を計ってきたのだ。力を与えよう、この世界を支配してくれと」
「ドラゴンがそんな事を!?」

 ドラゴンはただ眠っているだけだと思っていたので、あたしは何も気づいていなかった。

「ふむ、お前達はドラゴンのいる世界から来た割にはドラゴンの事を何も知らぬようだな」

 そりゃ最近知ったばかりだもの。あたしのアヤツジ王国を建国するという将来の目的にも含まれていないんだから仕方がない。
 あたしよりドラゴンに詳しそうな天馬と美月が何も言わないので、あたしが話すことは何も無かった。
 魔王は話を続けた。話し合いをする為に呼んだのだから、彼は話をしたいようだった。

「余はあらかじめドラゴンの力を少し受け取った。ここで見せる気は無いが、なかなか面白い力だったぞ」

 山でも吹き飛んだのだろうか。あるいは敵の部隊が一瞬で全滅したか。あたしはアニメのそんなシーンを思い浮かべる。見せて、という気にはならなかった。みんなの迷惑になりそうなので。
 魔王も余計なサービスはせずに、最初の目的通りに話を続けた。

「ドラゴンはそちらの世界に渡れば力の全てをくれるという。奴の気は知らんが、面白い招待だ。余は受けようと思う」

 魔王はそこまで話すといきなり席を立ちあがった。あたし達は立ち上がらずにただ見上げた。

「お前達と話せて良かった。そちらの人間というのもある程度は理解できた。余はそろそろ出かけることにするよ」

 どちらへ? と聞く奴は間抜けだけだ。魔王が腕を振って空中に開いたゲート。それがあたし達の世界に通じているのは明白だからだ。

「止めろ! 美月!」
「うん!」
「ええ!? あたしに行ってよ!」

 天馬が呪符を投げ、美月が鎖を飛ばし、あたしが立ち上がる。
 だが、攻撃はいきなり前に立ちはだかったサイクロプスに止められてしまった。魔王は涼し気に笑った。

「後はサイクロプス将軍に遊んでもらうといい。さらばだ」

 魔王が姿を消し、ゲートはすぐに閉じてしまう。今度は聖剣を挟む余裕が全くなかった。さすがは魔王、魔力の使い方が部下達よりも上手いようだ。
 なんて感心している場合じゃない。あたし達の前にはサイクロプス将軍が立ちはだかる。

「部下達が世話になったな。汚名を返上する機会を与えてくださった魔王様には感謝する!」

 ああ、これは全く遊ぶ気は無さそう。彼の瞳には部下達をやられた怒りがある。
 サイクロプスが鎖の巻き付いている棍棒を大きく振る。美月はすぐにその鎖を手から離した。
 鎖はあらぬ方向に向かって飛んでいく。美月の判断は正しかった。後少し遅かったら一緒に投げ飛ばされていただろう。
 このサイクロプスを倒さなければここから出られそうにない。あたし達は戦闘に構えた。
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