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第1話 闇と光の戦い
しおりを挟む空に暗雲の渦巻く闇の大地。一日中日の差すことのないその地域に希望に満ちた生きる者達の姿は無く、ただ不気味なモンスターだけがその覇を誇っている。
長く人の訪れたことのない魔界とも呼べる場所。今、その荒野を進む4人の若者達がいた。
先頭を行くのは勇者の青年クレイブ。真っすぐな情熱と勇気で仲間を引っ張ってきた頼れるリーダー格。
後に続くのは神官の少女ソフィー。神を信奉し、心優しい自愛の魔法で仲間を癒す。
戦士のおっさんラモス。力自慢でパワーがある。体の大きなおっさん。
魔法の天才少女マホッテ。とても頭が良くて研究熱心。眼鏡。
彼らはそれぞれに卓越した実力を誇り、いろいろあってついに闇の大地の果ての死の山へとたどり着いた。
息を呑んで見上げる。その山頂に不気味にそびえ立つのは魔王城だ。
ここまで旅をしてきてもう後戻りする選択枝はない。選べる道は魔王を倒して勝って帰る道だけだ。
四人は覚悟を決めて突き進んだ。険しい山道で掛かってくるモンスター達を今まで通りに剣や魔法で打ち倒す。厳しい戦いだが、ここまで来たらもう泣き言は言えない。
戦いの末に山頂にたどり着いて魔王城の門へと踏み込んでいく。
敵の本拠地でありながら壮麗さを感じさせる薄暗い廊下や広間でさらに襲ってくる魔物達を打ち払い、階段を昇り、やがて騒がしかった周囲も静かになっていった。
今までの騒がしさが嘘のように静かになった。ついに辿り着いたのだ。魔王の間に。
静寂に包まれる中で四人は正面にそびえ立つ門を見上げた。
計らずとも奥から漂ってくる悪の空気は嫌がおうにも感じられた。モンスターといえど並の実力では近づくことも憚られるのが分かろう強者の威圧だった。
勇者クレイブは覚悟と勇気を持って扉を開く。そして、パーティーで揃って中へと踏み込んだ。果たしてその奥の玉座で魔王は待っていた。
お互いに逃げも隠れもしなかった。
どんな化け物がいるのかと勇者一行は考えていたが、魔王の姿はそう人と変わる物では無かった。闇のように深い漆黒の髪、漆黒の瞳をしている。
王者のようにマントを羽織ったその姿はまだ青年といった年頃のように見えた。こんな場所で会うのでなければ女性達は黄色い悲鳴を上げていたことだろう。
だが、彼から感じるのは明らかに強大な闇の魔力。まだ戦闘に入ってもいないのにこれなのだから本気を出したらどうなることか。その実力の底は全く計り知れないものだった。
魔王ゴルドーはつまらなそうに上段の玉座に座って肘をついたまま、不躾な侵入者、勇者一行を見下ろした。
「よくここまで来たな、人間ども。あえてこう呼ばせてもらおうか。勇者と」
「魔王ゴルドー、お前を倒しに来た」
必死に勇気を振り絞って声を上げる勇者の態度を魔王は一笑に付した。
「フッ、笑わせてくれるなよ。お前達ごときに何が出来る? せいぜい退屈しのぎの相手ぐらいはしてくれるのかな」
魔王が立ち上がる。勇者達が警戒しながらも掛かる隙もないうちに、その手に漆黒の炎が吹き上がった。
「デスフレア!」
魔王に先手を取られた。上級の闇魔法が無詠唱で放たれる。
当たるかと思われたその攻撃だが、光る壁に阻まれて消え去った。
「マジックバリア!」
神官の少女ソフィーが魔法のバリアを張ったのだ。魔王の攻撃は強力だったが、ここまでともに旅をしてきた頼れる神官は何とかその攻撃を受けきった。
魔王は興味を引かれたように面白そうに呟いた。
「ほう、少しは出来るようだな。前の奴らはこれで全滅してがっかりさせられたものだったが……」
魔王が感想を呟いて灌漑に耽っている間にも戦闘は続行されている。天才魔法少女のマホッテが上級雷魔法の詠唱を完了させていた。
「くらいなさい! 魔王! アークライトニング!」
雷が閃光の束となって魔王に向かって飛ぶ。
「ふん」
対する魔王はただつまらなそうにマントを振った。風が巻き起こり、ただその風圧に巻き込まれただけで上級の雷魔法は拡散されて消え去った。
学会では才女と歌われていた天才魔法少女マホッテは眼鏡の奥の瞳を見開いて驚愕した。
「そんな!」
「少しはやるようだが、まだ俺を楽しませるには遠いようだな。ウインドストーム!」
「キャアアアアア!」
魔王が無造作に放った風魔法を食らってマホッテは吹き飛ばされて倒れた。ソフィーがすぐに回復に向かう。
魔王は弱者には構わずに戦場を睥睨した。
「次は誰が俺を楽しませてくれる?」
「俺だ!」
戦士のおっさんラモスが余裕を見せる魔王に向かって接近、斧を振り下ろす。剛腕で鳴らしたその攻撃を魔王はただ闇の炎から生み出した細い黒剣を持ち上げただけで防いでしまった。ただの片手で。
パワーと体格に優れた戦士の大きな斧を見た目はただの青年にしか見えない魔王の細腕が受け止めている。
涼し気な青年のその態度。魔族の王の底知れない力。
ラモスは格の違いを実感せずにはいられなかった。魔王の黒い瞳が向けられ、大の大人の体が震えてしまった。
その見苦しい態度を魔王は愉快だとも思わなかった。
「どうした? 俺はまだ何も楽しんではいないぞ」
「くっそ、ぐわあああ!」
魔王ゴルドーは戦士の斧と打ち合う黒剣を軽く押した。ただそれだけでラモスの大きな体は吹っ飛び、遠くの壁へと叩きつけられていった。
誰もが戦慄を禁じえなかった。決して手を出してはいけない相手に手を出してしまった絶望感。だが、まだ希望はあった。勇者クレイブの手の中には。
「あれを使う時が来たか」
「まさかあれを使うつもり!?」
ソフィーが驚いた声を上げるが誰も勇者の行動を止める物はいなかった。
仲間の誰もが時が来たことを理解していた。
「出来れば使うなと言われていたがな。今使うしかないだろうよ! この力をな! うおおおお!」
振り上げるクレイブの右腕に光の紋章が浮かび上がる。そして、眩しい白い光がそこから溢れて広がった。
闇を照らす光。だが、完全に闇を消すには至らない。
魔王はただ口元に笑みを浮かべ、面白そうに人間のやることを見つめていた。
「ほう、天の力を味方に付けたか。だが、人間如きにその力が扱えるか?」
「扱ってみせるさ。お前を倒すためならな!」
光が集まる。クレイブの右手に。力が制御されていくのが見える。やがて凝縮された白い光は聖剣となって彼の右手に握られた。
「行くぞ、魔王!」
「面白い! 俺を楽しませてくれるのだな!」
光と闇が乱舞する。剣が打ち合い無数の火花が散り、戦いの音が鳴り響く。その戦いはもう誰も手が出せない領域へと昇っていた。
置いていかれた者達はただ見上げることしか出来なかった。
過ぎた時間は数分か、数時間か、あるいは数秒だったかもしれない。
勇者の聖剣はついに魔王の体を貫いた。勇者が勝利したのだ。
だが、魔王の顔に負けた悔しさは無かった。その顔にはただ喜びの表情があった。
「久方ぶりに楽しめたぞ。お前の名を聞いておこうか」
「勇者クレイブ。それがお前を倒した者の名だ」
「クレイブか。願わくば来世でも、お前のように面白い奴に会いたいものだ……な……」
「俺はもう二度と会いたくない」
地面に打ち倒された魔王の体が灰となって消えていく。勇者は剣を納め、踵を返して仲間の元へと歩いていった。
長く日の差すことの無かった闇の大地に光が差し込んでくる。何年にも渡って空を覆っていた暗雲が晴れていく。
平和がもたらされたのだ。勇者クレイブとその仲間達の働きによって。
そして、数十年の時が流れた。
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