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第16話 泣いたミリエル、教室の争い
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家でジーロ君と会って、二日ほどが過ぎた頃。
すっかり仲良くなってジーロ君と遊ぶのが楽しくなったミリエルの家にやってきた人がいた。知らないおばさんだった。
「うきー」
お互いに口を開くより先にジーロ君が遊んでいたミリエルの手から離れて彼女の元に走り寄ってその肩に駆け上っていった。ミリエルは慌てて止めようとした。
「こら、ジーロ君。失礼じゃない」
「いいのよ。あなたが噂の聖少女なのね」
「ええーーー……はい」
否定する材料が無い。聖少女なんてどこまで知られているんだろう。疑問に思いつつミリエルは仕方なくうなずいた。
知らないところまで噂が独り歩きしているようで恥ずかしくなってうつむいてしまう。
『お前って有名人なんだな』
「そうみたいだね。わたしじゃなくて父さんと母さんが有名なんだけど」
『あの両親ならそうなるか。お前も期待されているようだがな』
「そんな期待はいらないんだけど」
小声でぶつぶつ中の人と言い合っていると、ジーロ君を肩に乗せたおばさんが話しかけてきた。
「ソフィーいる?」
「はい、お母さん、お客さーーーん」
家の中に向かって呼びかけるとソフィーはすぐにやってきた。
「はいはい、あら帰ってきたのね」
「ええ、ばっちりターゲットを捕まえてきたわ。少し気性が荒いけどすぐに調教して服従させてみせるわ」
「フフ、頑張って」
二人はお互いに顔見しりのようだ。ミリエルの頭の上で仲良く大人の会話を交わしていた。ミリエルがよく分からないで見上げていると、ソフィーの手が肩を抱き寄せてきて紹介された。
「この子はミリエル。わたしの自慢の娘よ」
「かわいい娘ね。わたしの図鑑に登録していいかしら」
「駄目駄目。あなたの図鑑は倒さないと登録されないでしょう。それもモンスターしか」
「残念」
少し物騒な会話が飛び出してミリエルは背筋を震わせた。それからも会話が続いていって、おばさんは最後にミリエルにお礼を言ってくれた。
「ジーロ君の面倒を見てくれてありがとうね、ミリエルちゃん」
「うん」
ミリエルがよく分からないで見ていると、気が付いたソフィーが教えてくれた。
「ミリエルは初めて会うのよね。この人がジーロ君のテイマーさんよ」
「どうもー、テイマーやってますー」
「うきー」
おばさんが人懐こく挨拶すると、ジーロ君も合わせるように彼女の肩の上から挨拶した。利口な猿だった。
ミリエルはそんなことよりも二人の仲の良さが気になっていたが、何も分からないほどの子供では無かった。
迎えが来たのだ。別れの時だった。おばさんはそれからもソフィーといろいろ話し、やがてその時がやってきた。
「じゃあ、また何かあったらお願いするわ。ミリエルちゃんも。ばいばーい」
「ばいばい」
「うきー」
別れは意外とあっさりだった。久しぶりに飼い主と会えてジーロ君はとても楽しそうだった。
再会を喜ぶべきだろうに、ミリエルはただ寂しかった。
ジーロ君は元よりミリエルの家の子ではない。ちょっと預かっていただけだ。
「寂しくなるわね」
「うん」
人と猿が去って静かになった家の前で、ミリエルは母と一緒に最後まで楽しそうに跳ねるジーロ君と優しいテイマーさんを見送った。
次の日、学校に登校して、ミリエルはまだ昨日の別れを引きずっていた。
「ジーロ君……うう、ジーロ君……」
『お前、もう気持ちを切り替えろよ。これから授業だろ』
「うん……」
そう中の声の人に言われてもこの悲しい気持ちはどうにもならない。
じっと教室の自分の席に座ってうつむいて瞳にこみあげそうな涙を我慢していると、こんな時でも堂々とした強気な少女が声を掛けてきた。
もう知らない声じゃない。リンダだ。
「ミリエルさん、あの話を聞きまして?」
「あの話?」
ミリエルは顔を上げる。上流貴族のオーラを纏ったリンダはすぐに次の言葉を繰り出してくる。命令することに慣れた人のように張りのある声で。
「あの人が帰ってくるという話ですわ」
「ジーロ君が?」
「誰ですのそれは。アルト様のことですわ!」
「うう……」
ジーロ君はやはり帰ってこないのだ。そう意識すると我慢していた涙がまたこみ上げてきた。もう我慢できなかった。
「うわーーーん!」
泣き始めた少女を見て、いつも充実したオーラを発していたさすがのリンダも驚いた表情を見せた。
「ちょっとどうしましたの! どこか具合が悪いんですの? ミリエルさん!」
周囲からひそひそと声が上がる。クラスメイト達から見るとまるでリンダがミリエルをいじめているように見えるのだろう。
察しのいいリンダはすぐにミリエルを慰めに掛かった。上流貴族に位置する彼女はその立場故に人目にも敏感だった。
「ちょっとミリエルさん、泣き止んでください! ほら、みんなが見てますのよ!」
高圧的には見えても周囲には良い顔を見せておきたいリンダである。自分が人をいじめるような悪い子だなんて噂が学校中、いや国中に広まってはたまった物ではないのだ。
ましてや相手はあの有名な聖少女だ。父が最近有名になったクレイブをよく思っていないからと言って、その溝をさらに抉って広めるのはリンダの望むところでは無かった。
家の名誉のためにもリンダはすぐにミリエルを慰めに掛かったのだが、
「はっ、殺気!?」
勘のいい彼女は視界の外から迫る殺気を感じて勢いよくその場を跳びのいた。
「ミリエルちゃんをいじめないでー! うきゃあ!」
間髪入れずに突進してきたクラスメイトの少女がリンダという狙いを外して勢いよく教室の床にすっ転んで頭を打ち付けていた。
リンダは驚いて目をぱちくりさせて床に転がった少女の後頭部を見つめた。
「あなた……何!?」
「ネネだよ!」
「知っていますわ!」
名前じゃなくて行動について伺ったのだ。
その少女ネネは勢いよく立ち上がってリンダと対峙した。一色触発の空気に教室中がピリピリした。クラスメイト達は息を呑んで状況の成り行きを見守った。
ネネが吠える。いつも優しい彼女が小動物のように健気にも。
「リンダちゃん! ミリエルちゃんをいじめるなんてどういうつもりなのよ!」
「いじめてたわけじゃありませんわ! わたくしはただ話をしようと思っただけで……」
「ふん、どうだか。リンダちゃんはただミリエルちゃんを利用したいだけなんでしょう! 友達でもないくせに!」
「友達ではない!?」
雷の落ちたようにショックを受けるリンダ。その脳裏には『お嬢様、そんな性格では友達が出来ないでしょう』と言った使用人の小馬鹿にしたような顔が浮かんでいたが、そんなプライベートなことはクラスの誰も知る由は無かった。
リンダはぎゅっと奥歯を噛みしめて反論した。
「おのれ、ニーニャの言うことなどありえませんわ……! 友達います。違いますわよね!? ミリエルさん。わたくしとミリエルさんは友達ですわよね!?」
「ハッ、どうだか。ミリエルちゃん、もうこんな人相手にしなくていいからね」
「こんな人ですって!?」
周囲のヒソヒソ声が大きくなる。内容は争いへの不安からこれから起こることの期待に代わって、好き勝手に様々な噂をし始めた。
呆気に取られていたリンダだが、その顔がやがて怒りに紅潮してきた。ネネに向かって啖呵を切る。
「無礼なのではなくて、あなた! 何様のつもりですの!?」
「あたしはミリエルちゃんの一番の友達よ!」
「ハッ、一番の友達。そんな物がそんなに偉いというんですの!? わたくしには学校中、いえ国中に友達がいますのよ!」
「空しいね。数しか誇れない人は。あたしにはミリエルちゃんがいて毎日が充実してるよ。取り巻きはいても一番の親友はいないリンダさんよりもね!」
「ぐっ、ぬぬぬ……」
リンダの肩が怒りに震えている。このままだと育ちの良い貴族のお嬢様はネネに決闘を挑みそうだ。まだ見ぬ戦いの先に、ミリエルは冷めた目を向けていたが、その中の人は気分を高揚させているようだった。
『どうなるのだろうな、この戦い。俺はわくわくしてきたぞ。たまには観戦に回るのも良い物だな。お前はどっちが勝つと思う?』
「はあ」
ミリエルは諦めて息を吐いた。
どっちが勝つとかどうでもよかった。ネネもリンダもどっちもミリエルの大事な友達だった。どっちが勝っても負けても得することなんて何もない。先生に目を付けられる要素が一つ増えるだけのことだった。
ミリエルはため息を吐いて立ち上がり、自分を庇ってくれた親友に声を掛けた。
「もういいよ、ネネちゃん」
「ミリエルちゃん?」
「リンダちゃんも拳を下ろして」
「わたくしは拳を振り上げてなんて……ああ」
リンダは自分でも知らない間に振り上げていた拳を下ろした。後ろに回してもじもじする。貴族の令嬢だけあってはしたないことをしたと彼女は思っているのかもしれない。
ミリエルは事情を説明した。
「リンダちゃんはただわたしに話をしに来ただけなんだよ」
「泣かされていたじゃない」
食ってかかるネネをやさしく宥める。
「あれは昨日悲しいことがあって。リンダちゃんとは何の関係も無いんだよ」
「関係が無い!?」
何だかショックを受けた様子のリンダを一瞥し、ネネがミリエルに向かって質問してくる。友達を気遣う少女の瞳をして。
「ミリエルちゃんが泣くなんて何があったの?」
「うん、お母さんの預かっていたペットと別れることになって……」
「そんなことがあったんだ」
全部を話すとネネは納得してくれて、教室には落ち着いた空気が戻ってきた。
祭りが終わって野次馬達が解散していく中、ネネが優しい微笑みを浮かべる。
「ミリエルちゃんは優しいんだね」
「うん、ありがとう」
「あの、わたくしとは……」
何だかオーラが弱まっているリンダにもミリエルは声を掛ける。
「リンダちゃんとも友達だよ」
「ええ、そうでしょうとも。わたくしを嫌う人なんていないのですわ。ざまあみろですわ、ニーニャ。お前の言うことなどありえないのです!」
ニーニャって誰だろう。ちょっと気になったが、リンダはすぐに目を輝かせて身を乗り出して自分の話を切り出してきた。
押しのけられた感じのネネが迷惑そうに眉を顰めていたが、ミリエルもリンダも今はそちらを気にしなかった。
「では、アルト様のことを話しましょうか」
「ああ、アルト様のことね」
クラスメイト達がそれぞれに自分の興味のあることの雑談を交わし合う教室の中で、ミリエル達も自分達の話をした。
リンダの話は要約するとこうだった。
「今度の休みにアルトさん帰ってくるの?」
「ええ、ちょうど今度の休みは二連休。実に都合がいいことですわ。その時はよろしくお願いしますわね、ミリエルさん」
「うん、リンダちゃんのことを話してみる」
嬉しそうなリンダ。彼女に聞こえないように小声でネネが話しかけてきた。
「ミリエルちゃん、本当にアルトさんにリンダちゃんを紹介するの?」
「うん、紹介というか話をしてみるだけだけど」
ちょっと雑談交じりに話をすればいいか。
ミリエルはそう軽く考えていた。
すっかり仲良くなってジーロ君と遊ぶのが楽しくなったミリエルの家にやってきた人がいた。知らないおばさんだった。
「うきー」
お互いに口を開くより先にジーロ君が遊んでいたミリエルの手から離れて彼女の元に走り寄ってその肩に駆け上っていった。ミリエルは慌てて止めようとした。
「こら、ジーロ君。失礼じゃない」
「いいのよ。あなたが噂の聖少女なのね」
「ええーーー……はい」
否定する材料が無い。聖少女なんてどこまで知られているんだろう。疑問に思いつつミリエルは仕方なくうなずいた。
知らないところまで噂が独り歩きしているようで恥ずかしくなってうつむいてしまう。
『お前って有名人なんだな』
「そうみたいだね。わたしじゃなくて父さんと母さんが有名なんだけど」
『あの両親ならそうなるか。お前も期待されているようだがな』
「そんな期待はいらないんだけど」
小声でぶつぶつ中の人と言い合っていると、ジーロ君を肩に乗せたおばさんが話しかけてきた。
「ソフィーいる?」
「はい、お母さん、お客さーーーん」
家の中に向かって呼びかけるとソフィーはすぐにやってきた。
「はいはい、あら帰ってきたのね」
「ええ、ばっちりターゲットを捕まえてきたわ。少し気性が荒いけどすぐに調教して服従させてみせるわ」
「フフ、頑張って」
二人はお互いに顔見しりのようだ。ミリエルの頭の上で仲良く大人の会話を交わしていた。ミリエルがよく分からないで見上げていると、ソフィーの手が肩を抱き寄せてきて紹介された。
「この子はミリエル。わたしの自慢の娘よ」
「かわいい娘ね。わたしの図鑑に登録していいかしら」
「駄目駄目。あなたの図鑑は倒さないと登録されないでしょう。それもモンスターしか」
「残念」
少し物騒な会話が飛び出してミリエルは背筋を震わせた。それからも会話が続いていって、おばさんは最後にミリエルにお礼を言ってくれた。
「ジーロ君の面倒を見てくれてありがとうね、ミリエルちゃん」
「うん」
ミリエルがよく分からないで見ていると、気が付いたソフィーが教えてくれた。
「ミリエルは初めて会うのよね。この人がジーロ君のテイマーさんよ」
「どうもー、テイマーやってますー」
「うきー」
おばさんが人懐こく挨拶すると、ジーロ君も合わせるように彼女の肩の上から挨拶した。利口な猿だった。
ミリエルはそんなことよりも二人の仲の良さが気になっていたが、何も分からないほどの子供では無かった。
迎えが来たのだ。別れの時だった。おばさんはそれからもソフィーといろいろ話し、やがてその時がやってきた。
「じゃあ、また何かあったらお願いするわ。ミリエルちゃんも。ばいばーい」
「ばいばい」
「うきー」
別れは意外とあっさりだった。久しぶりに飼い主と会えてジーロ君はとても楽しそうだった。
再会を喜ぶべきだろうに、ミリエルはただ寂しかった。
ジーロ君は元よりミリエルの家の子ではない。ちょっと預かっていただけだ。
「寂しくなるわね」
「うん」
人と猿が去って静かになった家の前で、ミリエルは母と一緒に最後まで楽しそうに跳ねるジーロ君と優しいテイマーさんを見送った。
次の日、学校に登校して、ミリエルはまだ昨日の別れを引きずっていた。
「ジーロ君……うう、ジーロ君……」
『お前、もう気持ちを切り替えろよ。これから授業だろ』
「うん……」
そう中の声の人に言われてもこの悲しい気持ちはどうにもならない。
じっと教室の自分の席に座ってうつむいて瞳にこみあげそうな涙を我慢していると、こんな時でも堂々とした強気な少女が声を掛けてきた。
もう知らない声じゃない。リンダだ。
「ミリエルさん、あの話を聞きまして?」
「あの話?」
ミリエルは顔を上げる。上流貴族のオーラを纏ったリンダはすぐに次の言葉を繰り出してくる。命令することに慣れた人のように張りのある声で。
「あの人が帰ってくるという話ですわ」
「ジーロ君が?」
「誰ですのそれは。アルト様のことですわ!」
「うう……」
ジーロ君はやはり帰ってこないのだ。そう意識すると我慢していた涙がまたこみ上げてきた。もう我慢できなかった。
「うわーーーん!」
泣き始めた少女を見て、いつも充実したオーラを発していたさすがのリンダも驚いた表情を見せた。
「ちょっとどうしましたの! どこか具合が悪いんですの? ミリエルさん!」
周囲からひそひそと声が上がる。クラスメイト達から見るとまるでリンダがミリエルをいじめているように見えるのだろう。
察しのいいリンダはすぐにミリエルを慰めに掛かった。上流貴族に位置する彼女はその立場故に人目にも敏感だった。
「ちょっとミリエルさん、泣き止んでください! ほら、みんなが見てますのよ!」
高圧的には見えても周囲には良い顔を見せておきたいリンダである。自分が人をいじめるような悪い子だなんて噂が学校中、いや国中に広まってはたまった物ではないのだ。
ましてや相手はあの有名な聖少女だ。父が最近有名になったクレイブをよく思っていないからと言って、その溝をさらに抉って広めるのはリンダの望むところでは無かった。
家の名誉のためにもリンダはすぐにミリエルを慰めに掛かったのだが、
「はっ、殺気!?」
勘のいい彼女は視界の外から迫る殺気を感じて勢いよくその場を跳びのいた。
「ミリエルちゃんをいじめないでー! うきゃあ!」
間髪入れずに突進してきたクラスメイトの少女がリンダという狙いを外して勢いよく教室の床にすっ転んで頭を打ち付けていた。
リンダは驚いて目をぱちくりさせて床に転がった少女の後頭部を見つめた。
「あなた……何!?」
「ネネだよ!」
「知っていますわ!」
名前じゃなくて行動について伺ったのだ。
その少女ネネは勢いよく立ち上がってリンダと対峙した。一色触発の空気に教室中がピリピリした。クラスメイト達は息を呑んで状況の成り行きを見守った。
ネネが吠える。いつも優しい彼女が小動物のように健気にも。
「リンダちゃん! ミリエルちゃんをいじめるなんてどういうつもりなのよ!」
「いじめてたわけじゃありませんわ! わたくしはただ話をしようと思っただけで……」
「ふん、どうだか。リンダちゃんはただミリエルちゃんを利用したいだけなんでしょう! 友達でもないくせに!」
「友達ではない!?」
雷の落ちたようにショックを受けるリンダ。その脳裏には『お嬢様、そんな性格では友達が出来ないでしょう』と言った使用人の小馬鹿にしたような顔が浮かんでいたが、そんなプライベートなことはクラスの誰も知る由は無かった。
リンダはぎゅっと奥歯を噛みしめて反論した。
「おのれ、ニーニャの言うことなどありえませんわ……! 友達います。違いますわよね!? ミリエルさん。わたくしとミリエルさんは友達ですわよね!?」
「ハッ、どうだか。ミリエルちゃん、もうこんな人相手にしなくていいからね」
「こんな人ですって!?」
周囲のヒソヒソ声が大きくなる。内容は争いへの不安からこれから起こることの期待に代わって、好き勝手に様々な噂をし始めた。
呆気に取られていたリンダだが、その顔がやがて怒りに紅潮してきた。ネネに向かって啖呵を切る。
「無礼なのではなくて、あなた! 何様のつもりですの!?」
「あたしはミリエルちゃんの一番の友達よ!」
「ハッ、一番の友達。そんな物がそんなに偉いというんですの!? わたくしには学校中、いえ国中に友達がいますのよ!」
「空しいね。数しか誇れない人は。あたしにはミリエルちゃんがいて毎日が充実してるよ。取り巻きはいても一番の親友はいないリンダさんよりもね!」
「ぐっ、ぬぬぬ……」
リンダの肩が怒りに震えている。このままだと育ちの良い貴族のお嬢様はネネに決闘を挑みそうだ。まだ見ぬ戦いの先に、ミリエルは冷めた目を向けていたが、その中の人は気分を高揚させているようだった。
『どうなるのだろうな、この戦い。俺はわくわくしてきたぞ。たまには観戦に回るのも良い物だな。お前はどっちが勝つと思う?』
「はあ」
ミリエルは諦めて息を吐いた。
どっちが勝つとかどうでもよかった。ネネもリンダもどっちもミリエルの大事な友達だった。どっちが勝っても負けても得することなんて何もない。先生に目を付けられる要素が一つ増えるだけのことだった。
ミリエルはため息を吐いて立ち上がり、自分を庇ってくれた親友に声を掛けた。
「もういいよ、ネネちゃん」
「ミリエルちゃん?」
「リンダちゃんも拳を下ろして」
「わたくしは拳を振り上げてなんて……ああ」
リンダは自分でも知らない間に振り上げていた拳を下ろした。後ろに回してもじもじする。貴族の令嬢だけあってはしたないことをしたと彼女は思っているのかもしれない。
ミリエルは事情を説明した。
「リンダちゃんはただわたしに話をしに来ただけなんだよ」
「泣かされていたじゃない」
食ってかかるネネをやさしく宥める。
「あれは昨日悲しいことがあって。リンダちゃんとは何の関係も無いんだよ」
「関係が無い!?」
何だかショックを受けた様子のリンダを一瞥し、ネネがミリエルに向かって質問してくる。友達を気遣う少女の瞳をして。
「ミリエルちゃんが泣くなんて何があったの?」
「うん、お母さんの預かっていたペットと別れることになって……」
「そんなことがあったんだ」
全部を話すとネネは納得してくれて、教室には落ち着いた空気が戻ってきた。
祭りが終わって野次馬達が解散していく中、ネネが優しい微笑みを浮かべる。
「ミリエルちゃんは優しいんだね」
「うん、ありがとう」
「あの、わたくしとは……」
何だかオーラが弱まっているリンダにもミリエルは声を掛ける。
「リンダちゃんとも友達だよ」
「ええ、そうでしょうとも。わたくしを嫌う人なんていないのですわ。ざまあみろですわ、ニーニャ。お前の言うことなどありえないのです!」
ニーニャって誰だろう。ちょっと気になったが、リンダはすぐに目を輝かせて身を乗り出して自分の話を切り出してきた。
押しのけられた感じのネネが迷惑そうに眉を顰めていたが、ミリエルもリンダも今はそちらを気にしなかった。
「では、アルト様のことを話しましょうか」
「ああ、アルト様のことね」
クラスメイト達がそれぞれに自分の興味のあることの雑談を交わし合う教室の中で、ミリエル達も自分達の話をした。
リンダの話は要約するとこうだった。
「今度の休みにアルトさん帰ってくるの?」
「ええ、ちょうど今度の休みは二連休。実に都合がいいことですわ。その時はよろしくお願いしますわね、ミリエルさん」
「うん、リンダちゃんのことを話してみる」
嬉しそうなリンダ。彼女に聞こえないように小声でネネが話しかけてきた。
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