聖少女ミリエルと中の魔王

けろよん

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第27話 そこにいた人、やって来た人

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 ミリエルはリンダに後ろからぐいぐいと肩を強く押されながら足を交互に前に出し、目的の場所へ近づいていく。
 押すなと言ってもリンダはもう目を瞑っていて何も聞く耳を持っていない様子だった。
 お嬢様から近づくなと命じられたニーニャは回れ右して帰る事こそしなかったものの距離を開けてしまっていて話せなかったし、ミリエルは諦めて前を向くしかなかった。
 中の人が話しかけてくる。

『あそこでアルトが待っているなら行くしかないだろう。あのクレイブの弟子から挑戦を受けてはな』
「うん……って、わたし達は別にアルトさんに挑戦しに行くんじゃないってば」

 彼とはただモンスターのいる洞窟に一緒に狩りに行こうねと約束しただけだ。さりげなく勇者に挑戦だなんて目的をすり替えられては困ってしまう。
 ミリエルの中の人は父さんから認められて勇者を受け継いだ青年に挑戦したくても、ミリエル自身は別に挑戦したいわけではないのだから。
 それに父に鍛えられてみんなから勇者として認められた彼と戦って勝てるとも思えない。城では中の人に勝手なことをされて困ったものだった。
 よりによってみんなの見ている前で戦いを挑みに行ったなんて。穏便に済んで良かったと思う。
 まあ、今はそんな終わったことよりも目の前の現実だ。ミリエルは気持ちを引き締めて注意して前を見る。リンダに後ろから押されながら。
 目指す先にある洞窟の前は開けていて、邪魔をする木々が無くなって視界が広がった。

 優しい光が照らすちょっとした広場。その地で待っていたのはアルト……ではなくて、知らないお爺さんだった。
 いや、どこかで会ったことはある。でも、思い出せなかった。ミリエルはじっと彼の姿を観察する。
 その老人は頭に魔法使いの帽子を被って体にはローブを着ていた。手には杖を持っている。
 長い髭を生やした年季の入った顔にある瞳はとても思慮深い眼差しをしていて、一目見ただけで彼がとても高名な魔法使いであることが伺えた。
 老人の指先から森の小鳥が飛び立ち、彼はその思慮深い眼差しをミリエルに向けて話しかけてきた。

「ほう、来おったな。お前さん達がアルトの誘った少女達か?」
「はい、そうです」
「ホホッ、思ったより若いのう。びっくりしたわい」
「恐縮です」

 老人の探るような眼差しを受けながら、ミリエルは緊張しながら答え、そして訊ねた。

「お爺さんは?」
「フォフォフォッ、最近の若い者はわしの事など知らんか。最近の若者達にとっては魔法使いの憧れと言ったらマホッテじゃからのう」

 その名前を聞いてミリエルにはピンと来る物があった。マホッテと言えば、前にシズカ先輩とネネが話していたことを思い出したのだ。
 魔法使いとの共通の話題になると思って、ミリエルはその事を朗らかに笑っている温和な老人に向かって話すことにした。

「はい、マホッテさんのことなら知っています。学校の先輩がとても尊敬しているって言っていました」
「そうじゃろうそうじゃろう。マホッテはとても優秀じゃからのう」

 お爺さんは機嫌が良さそうにニコニコ笑っている。ミリエルは話が上手く運んでいると思って安心していた。背後からリンダがヒソヒソ声で話しかけてくる。

「ミリエルさん、そんなことよりも……ですわ」
「うん、そんなことよりも……だね」
『そうだぞ。こんな老人なんかのことよりもアルトはどこにいるのだ』
「もうこんな老人なんて言ったら失礼だってば」
『ならば老いぼれでもザコでもいい。俺の用があるのはクレイブの認めた男だけだ』
「もう、老いぼれやザコなんて言ったらもっと失礼だってば。あんたはどこまで自意識過剰なの。いいから黙っててよ。今訊くから……」

 ミリエルは穏便に話が進んでいると思っていた。だが、目の前の老人はいきなり切れた。

「うがああああああああっ!!」
「ひえっ!」
「何です?」
『何だ?』
「憤怒(ふんぬ)! うがつっ」

 彼は怒り任せに杖を両手で横に持って足をぶつけてへし折ろうとして、頑丈な杖だったので折れなくて足を抑えて地面を転がって、涙目になって立ち上がって訴えてきた。

「こんな老人とは何じゃ! 誰が老いぼれか、ザコか、自意識過剰か! マホッテがそんなに偉いのか! ええ!?」
「ええーーーー……」

 両肩を掴んで揺さぶられて訴えられてもミリエルは困ってしまう。ザコだ老いぼれだと言ったのは中の人なのだが、ミリエルの呟きを老人は自分が言われたと思ったようだ。
 まあ、言ったのは事実なのでミリエルは視線を逸らしてしまう。老人はさらに唾を飛ばす勢いで叫んできた。

「言っておくが、マホッテを育てたのはわしなのじゃぞ! わしのところに弟子入りに来たあやつをわしが育てたのじゃ! あの頃は可愛い素直な娘だと思っていたのに。なのにわしより頭角を現して有名になりよって! 何が魔法の才女じゃ、忌々しい!」
『あの眼鏡、そんなに凄かったのか? 別にそんなに凄いとは思わなかったがな』
「もうあんたは失礼なんだから黙ってて」
「いいや、言わせてもらうわ! 誰が失礼だ黙っていろじゃ! こんなアルトに惚れている小娘にまで舐められてたまるか!」
「…………」

 ミリエルはもう面倒くさくなってしまった。うんざりした。別に自分はアルトに惚れているわけじゃない。ただ一緒に狩りに行こうねって約束しただけだ。
 老人のことを思慮深い高名な魔法使いだと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。
 やはりシズカ先輩やネネやみんなの認めるマホッテこそが至高の魔法使いなのだろう。そう思った。みんなの評価が正しいと。

「惚れてるなんて、嫌ですわ」

 後ろでは何だかリンダが照れている。どうでも良かった。
 ミリエルはもう全てを放り投げて老人は無視して目的地の洞窟の入口へ向かおうとして、

「ソプラさん、そんなに叫んだら女の子達がびっくりしてしまいますよ」

 そこにさらに別の第3者が現れて、視線をそちらに向けた。リンダがそちらの視界からも隠れるようにミリエルを盾にして移動する。
 こんなに人見知りする少女だっただろうか。ニーニャに聞ければ良かったが、近くにおらず、この広場に入る手前の木の横で立ち止まっていた。
 もうリンダに背中にくっつくなとか注意する気も起きなかった。
 やって来たのは神官の服を着た綺麗なお姉さんだった。とても賢そうな瞳をしていて、何だか母と印象が似ているとミリエルは思った。
 そして、この人ともまたどこかで会ったような気がしたが、思い出せなかった。中の人が話しかけてくる。

『この女、ソフィーと何か似ていないか?』
「うん、わたしも思った」
「何を思ったのかな?」

 お姉さんが子供に訊ねるように質問してくる。ミリエルは彼女の綺麗さに戸惑いながら、失礼なことは何もないと結論付けて答えた。

「お母さんと似ているって思ったんです」
「あなたのお母さんって?」
「魔王と戦った勇者の妻で、ソフィーって言います」
「あなた、あのソフィー神官の娘さんなの!?」
「はい、そうですけど」

 ミリエルが何も間違えないように思案しながら正直に自分の思ったことを伝えると、神官の少女は目を星のように煌めかせた。
 また両肩を掴まれて訴えられてしまう。自分はそんなに掴まれやすい性格をしているのだろうか。自問してしまうミリエルだった。

「じゃあ、あなたがあのソフィー神官の娘のミリエルちゃんなのね! 会えて光栄だわ! わたしはテナー。ソフィー様に憧れて神官になったのよ!」
「そうなんですか。どおりで。母もきっと喜ぶと思います」
「そう? 娘さんからお墨付きをもらえるなんて嬉しいわ。えへへ」

 彼女は何だかとても喜んでいる。ミリエルがそんなことよりもアルトはどこにいるのだろうと思っていると、中の人が話しかけてきた。

『あのソフィーを目指しているということは、この女がアルトの妻になるのか? 素質はありそうな気がするが』
「さあ、どうだろうね」
「なに? ミリエルちゃん。何かお姉さんに質問したいことがあるの? 何でも聞いてよ」
「えっと……」

 ミリエルは少し考えて、こんな質問をするのも悪くないかと考えて質問することにした。

「お姉さんはアルトさんと結婚するんですか?」
「へ……」
「え……?」
「きょとん」
『…………静かになったな』

 途端に場が凍ったように感じられた。ミリエルの前でも後ろでも。極寒地獄のコキュートスのように。後ろでリンダが背をぎゅっと掴んで(痛いよ、力を緩めてよリンダちゃん)、震えながら呟いていた。

「こんな綺麗な人が相手なんて、勝ち目がありませんわ……」

 背中に感じる体温が熱い。なのに震えている。
 やがて氷が融けたかのように時間が動き出す。止まっていたのが何分なのかはたまた何秒なのかはミリエルにはよく分からなかった。
 ともあれ、テナーは柔らかく光の聖女のように微笑んで言ってきた。

「ミリエルちゃん、この世にソフィー様より素晴らしい方はいらっしゃらないのよ。わたしがアルト君と結婚するとか、そんな話があの方の耳に入って勘違いされたら大変だから。もう言わないでね」
「はい、もう言いません」

 少女の微笑みにはえも言われぬ大胆な迫力があって、ミリエルは素直に言う事を聞かされていた。
 中の人が感想を呟く。

『凄いな、あの女。本当に第2のソフィーになれるかもな』
「うん、そうだね」

 その感想に同意してしまうミリエル。お姉さんは困ったように呟いていた。

「どうしてみんな、勇者の傍にいる女はみんな勇者に惚れているって勘違いするのかしら。わたしはソフィー様の歩んだ道を辿りたいだけなのに」
「あの方はわたくしの競争相手ではありませんでしたのね。良かった……」

 二人の言っていることはミリエルにとってはよく分からなかったが、何か氷河期が過ぎたなとそんな雰囲気は感じ取っていた。
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