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第38話 奪われた家宝
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王都にある大きな屋敷。そこがお金持ちのお嬢様リンダとそのお付きの使用人の少女ニーニャの暮らしている場所だ。
「ほら、お嬢様。着きましたよ。しっかりしてください」
「わたくしはしっかりしていますわよ。アルト様、えへへ」
「駄目だ、こいつ。さっさと部屋のベッドに転がして寝かせておこう」
お嬢様は今日の興奮がまだ収まっていないようで妄想中だ。ニーニャはリンダに肩を貸したまま屋敷の門から中へと入ることにした。
誰にも見つからないうちに部屋まで行こうと玄関を目指して歩みを進める。屋敷が大きい分、門から玄関までも結構遠い。
王都にあっても広い敷地のあるここは普段なら外からの喧騒から切り離された静かな場所なのだが、今日は何だか騒がしかった。
自分の屋敷で感じる異変にさすがの浮かれ気分のリンダも夢から覚めたように気が付いた。
「何だか騒がしいですわね」
「何かあったんでしょうか」
一緒に出掛けていた者同士で顔を見合わせても分かるわけもない。
リンダはニーニャの肩を離れてわりとしっかりとした足取りで屋敷の正面玄関に向かっていく。使用人の少女も後に続いていった。
近づくとそこにいた人の姿も確認できた。
「そっちの場所にも無かったか。分かった。別の場所を捜索してくれ」
屋敷の玄関前で人に指示を出しているダンディな感じの男はリンダの父ジョナサンだ。彼はやり手の貴族らしくしっかりとした顔をしているが、今は焦った顔をしていた。
やはりただ事ではないことが起こっているようだ。
彼の手が空いた瞬間を見計らってリンダはすかさず声を掛けた。
「お父様、何があったんですの?」
「おお、リンダ。帰ってきたのか」
ジョナサンは少し考えて、娘にも話しておこうと決めたようだ。事情を口にした。
「実は我が屋敷の宝物庫に盗賊が忍び込んだようなのだ。我が家の家宝を盗まれてしまった」
「まあ、我が家の家宝を!」
「それはどんな物なんです?」
ニーニャは単純に家宝の事を訊ねて自分も捜索に協力したいとすぐ間近にいたリンダに訊ねたのだが、
「それは知りませんけど」
「…………」
自分の仕えるお嬢様の言葉に呆れる顔を隠せなかった。ジョナサンは気にせず、一つ息を吐いてから教えてくれた。
「リンダにも見せた事はあるのだがあれはまだ幼い頃の事だったからな。覚えてはいないか。家宝はこう煌びやかな宝石に飾られた剣なのだ。その切れ味は鋭く、ご先祖様はその剣で数多の魔物を打ち倒して武勲を上げ、今の地位を築いたと伝えられている」
「そんな大切な物を盗むなんて許せませんわね。もしその盗賊を見つけたらコボルトをも斬り裂いたわたくしのこの剣で八つ裂きにしてやりますわ」
「おい、お嬢様……」
「何ですの、ニーニャ。わたくしが盗賊如きに後れを取ると思っていますの」
「そうじゃなくてだな」
ニーニャは目線でジョナサンの方を示すがリンダは気づかない。その剣を持ち上げて見せつけるようにしてさらに言った。
「心配には及びませんわ。この剣に掛かれば盗賊の一人や二人、すぐにみじん切りにしてさしあげますから」
「ばっかもーーん」
「ひゃい!」
父からの突然の怒声にさすがの調子良い事を言っていたリンダも驚いて振り返った。父の顔は怒りに赤くなって震えていた。
ニーニャには何も言えなかった。リンダも無言にさせられた。そうさせるほどの父の迫力だった。
そして、彼は大股で近づいてくるなりリンダの手から今日一日を一緒に過ごした大切な剣を取り上げてしまった。
「これが家宝だ!!」
「ええええ!?」
「リンダ、お前そんな大切な物を盗んだのか」
「違いますわ。わたくしは家の蔵から一番良いと思った剣を取ってきただけで」
「それが宝物庫であり家宝だったのでは」
「そんな、ただの物置にあった普通の剣ですわよ!」
「お嬢様の観点なら犬小屋でも。あっ」
「えっ!?」
ニーニャといつまでも言い合いを続けている暇は無かった。ジョナサンは近くにいた屋敷の者に家宝が見つかった事を連絡するように指示すると、すぐに戻ってきてリンダの手を強く掴んだ。
「痛いですわ、お父様!」
「私の甘さでお前をどうやら調子に乗らせ過ぎたようだ。お前には反省が必要なようだな。こっちに来い!」
「そんなあ!」
「旦那様、お嬢様は悪気があってしたわけじゃ……」
「ニーニャ! お前も来なさい!」
「は……はい、旦那様!」
リンダが引きずられるように連れて行かれる。ニーニャも驚きながらもどうすることも出来ず、後をついていくのだった。
日頃は立ち寄らない薄暗い廊下を進んでいった先。やがて着いたのは奥まった場所にある静かな部屋だった。
いかなる用途に使うのか、その部屋には外に出られる窓が無く、分厚い扉は外から鍵が掛けられるようになっていた。
ジョナサンは容赦なく娘の体をその部屋の中に投げ入れると、すぐに扉を閉めて鍵を掛けてしまった。
「ここはお前のような者を反省させる反省部屋だ! 反省するまでここを出さんからな!」
「そんな、お父様! あんまりですわ!」
リンダが扉を叩いている。ジョナサンの厳しい態度は変わらないが少し揺れているようだ。父としての甘さを振り切るように彼はその手に持つ鍵をニーニャに渡してきた。
「ニーニャ、私は騒ぎに巻き込んだみんなに謝りに行かねばならん。こいつが反省するまで絶対に外に出しては駄目だからな! 絶対にだぞ!」
「わ……分かりました」
ジョナサンは鍵を押し付けると足早にその場を去っていった。鍵を見下ろしてニーニャは考える。
これを使うのは簡単だが使用人である自分が主人の期待を裏切る事は出来ない。ひとまず様子を見るしかないと決めて、扉の向こうですすりなくお嬢様に訊ねた。
「リンダ、あたいに何かやって欲しい事はないか? ご飯ぐらいなら持ってくるぜ」
「お風呂に入りたいですわ」
「それは……無理だな」
ここで一人で置いておくのも忍びない。これは長丁場になりそうだと思いながらニーニャはジョナサンから許しが出るまでここで待つことにした。
「んんっ」
そして、気づけば朝になっていた。
「いつの間にか寝ちまってたか」
昨日の冒険で疲れが出ていたのか。廊下の壁にもたれて座って寝てしまっていたニーニャは立ち上がろうとして肩に掛かっていた毛布に気が付いた。
「旦那様か。あの人にも迷惑を掛けちまったな」
鍵はまだ自分の手の中にある。寝ていた間にリンダが出された形跡はないようだ。
ニーニャは扉の前から中へと向かって呼びかけた。
「おーい、リンダ。少しは反省したか? おーい、泣きべそかいてるかお嬢様」
だが、返事がない。
「おいおい、今日は学校のある日だぞ。旦那様はああ言ったが、いつまでも落ち込んでいる暇なんてないんだぞ。開けるぜ」
ニーニャは仕方なく鍵を開けて中へと入ることにした。
反省部屋と言われていても貴族の屋敷にあるだけあって、そこの内装は普段暮らしている場所よりは粗末でも立派な物だ。
その部屋にあるベッドでリンダは枕を抱きながら幸せそうな寝言を呟いていた。
「えへへ、アルト様。ドラゴンぐらい平気ですわ。わたくしのこの剣に掛かれば一網打尽です……」
「まったくこのお嬢様は。落ち込んでいるかと思ったら図太い神経をしてやがる。あたいの反省じゃないんだぞ。ドラゴンプレス!」
「ぐえっ! なんです、今のは」
心配と一人で廊下で寝た不満も乗せて上に乗っかったニーニャは気づかれないうちに素早く離れる。そして、目覚めたばかりのお嬢様に向かってしれっとした顔をして言った。
「さあ、ドラゴンにやられる夢でも見られたのではないですか」
「そう言えば夢にドラゴンが出て来たような……」
「そんな夢の話よりも今日は学校でしょう。早く準備をしなければ間に合いませんよ。お風呂にも入られるのでしょう?」
「そうでしたわ。準備を手伝いなさい、ニーニャ!」
「はい、お嬢様!」
昨日の反省をリンダはどこまで出来たのだろうか。普段と変わらないその様子からは伺えない。
あるいはもう忘れているのかもしれないが、リンダもニーニャも気にする時間は無かった。
「さあ、走りますわよ!」
「おい、そこまで急がなくていいよ。慌てんな!」
そうして慌ただしかった休日は終わりいつもの一日が始まろうとしていた。
「ほら、お嬢様。着きましたよ。しっかりしてください」
「わたくしはしっかりしていますわよ。アルト様、えへへ」
「駄目だ、こいつ。さっさと部屋のベッドに転がして寝かせておこう」
お嬢様は今日の興奮がまだ収まっていないようで妄想中だ。ニーニャはリンダに肩を貸したまま屋敷の門から中へと入ることにした。
誰にも見つからないうちに部屋まで行こうと玄関を目指して歩みを進める。屋敷が大きい分、門から玄関までも結構遠い。
王都にあっても広い敷地のあるここは普段なら外からの喧騒から切り離された静かな場所なのだが、今日は何だか騒がしかった。
自分の屋敷で感じる異変にさすがの浮かれ気分のリンダも夢から覚めたように気が付いた。
「何だか騒がしいですわね」
「何かあったんでしょうか」
一緒に出掛けていた者同士で顔を見合わせても分かるわけもない。
リンダはニーニャの肩を離れてわりとしっかりとした足取りで屋敷の正面玄関に向かっていく。使用人の少女も後に続いていった。
近づくとそこにいた人の姿も確認できた。
「そっちの場所にも無かったか。分かった。別の場所を捜索してくれ」
屋敷の玄関前で人に指示を出しているダンディな感じの男はリンダの父ジョナサンだ。彼はやり手の貴族らしくしっかりとした顔をしているが、今は焦った顔をしていた。
やはりただ事ではないことが起こっているようだ。
彼の手が空いた瞬間を見計らってリンダはすかさず声を掛けた。
「お父様、何があったんですの?」
「おお、リンダ。帰ってきたのか」
ジョナサンは少し考えて、娘にも話しておこうと決めたようだ。事情を口にした。
「実は我が屋敷の宝物庫に盗賊が忍び込んだようなのだ。我が家の家宝を盗まれてしまった」
「まあ、我が家の家宝を!」
「それはどんな物なんです?」
ニーニャは単純に家宝の事を訊ねて自分も捜索に協力したいとすぐ間近にいたリンダに訊ねたのだが、
「それは知りませんけど」
「…………」
自分の仕えるお嬢様の言葉に呆れる顔を隠せなかった。ジョナサンは気にせず、一つ息を吐いてから教えてくれた。
「リンダにも見せた事はあるのだがあれはまだ幼い頃の事だったからな。覚えてはいないか。家宝はこう煌びやかな宝石に飾られた剣なのだ。その切れ味は鋭く、ご先祖様はその剣で数多の魔物を打ち倒して武勲を上げ、今の地位を築いたと伝えられている」
「そんな大切な物を盗むなんて許せませんわね。もしその盗賊を見つけたらコボルトをも斬り裂いたわたくしのこの剣で八つ裂きにしてやりますわ」
「おい、お嬢様……」
「何ですの、ニーニャ。わたくしが盗賊如きに後れを取ると思っていますの」
「そうじゃなくてだな」
ニーニャは目線でジョナサンの方を示すがリンダは気づかない。その剣を持ち上げて見せつけるようにしてさらに言った。
「心配には及びませんわ。この剣に掛かれば盗賊の一人や二人、すぐにみじん切りにしてさしあげますから」
「ばっかもーーん」
「ひゃい!」
父からの突然の怒声にさすがの調子良い事を言っていたリンダも驚いて振り返った。父の顔は怒りに赤くなって震えていた。
ニーニャには何も言えなかった。リンダも無言にさせられた。そうさせるほどの父の迫力だった。
そして、彼は大股で近づいてくるなりリンダの手から今日一日を一緒に過ごした大切な剣を取り上げてしまった。
「これが家宝だ!!」
「ええええ!?」
「リンダ、お前そんな大切な物を盗んだのか」
「違いますわ。わたくしは家の蔵から一番良いと思った剣を取ってきただけで」
「それが宝物庫であり家宝だったのでは」
「そんな、ただの物置にあった普通の剣ですわよ!」
「お嬢様の観点なら犬小屋でも。あっ」
「えっ!?」
ニーニャといつまでも言い合いを続けている暇は無かった。ジョナサンは近くにいた屋敷の者に家宝が見つかった事を連絡するように指示すると、すぐに戻ってきてリンダの手を強く掴んだ。
「痛いですわ、お父様!」
「私の甘さでお前をどうやら調子に乗らせ過ぎたようだ。お前には反省が必要なようだな。こっちに来い!」
「そんなあ!」
「旦那様、お嬢様は悪気があってしたわけじゃ……」
「ニーニャ! お前も来なさい!」
「は……はい、旦那様!」
リンダが引きずられるように連れて行かれる。ニーニャも驚きながらもどうすることも出来ず、後をついていくのだった。
日頃は立ち寄らない薄暗い廊下を進んでいった先。やがて着いたのは奥まった場所にある静かな部屋だった。
いかなる用途に使うのか、その部屋には外に出られる窓が無く、分厚い扉は外から鍵が掛けられるようになっていた。
ジョナサンは容赦なく娘の体をその部屋の中に投げ入れると、すぐに扉を閉めて鍵を掛けてしまった。
「ここはお前のような者を反省させる反省部屋だ! 反省するまでここを出さんからな!」
「そんな、お父様! あんまりですわ!」
リンダが扉を叩いている。ジョナサンの厳しい態度は変わらないが少し揺れているようだ。父としての甘さを振り切るように彼はその手に持つ鍵をニーニャに渡してきた。
「ニーニャ、私は騒ぎに巻き込んだみんなに謝りに行かねばならん。こいつが反省するまで絶対に外に出しては駄目だからな! 絶対にだぞ!」
「わ……分かりました」
ジョナサンは鍵を押し付けると足早にその場を去っていった。鍵を見下ろしてニーニャは考える。
これを使うのは簡単だが使用人である自分が主人の期待を裏切る事は出来ない。ひとまず様子を見るしかないと決めて、扉の向こうですすりなくお嬢様に訊ねた。
「リンダ、あたいに何かやって欲しい事はないか? ご飯ぐらいなら持ってくるぜ」
「お風呂に入りたいですわ」
「それは……無理だな」
ここで一人で置いておくのも忍びない。これは長丁場になりそうだと思いながらニーニャはジョナサンから許しが出るまでここで待つことにした。
「んんっ」
そして、気づけば朝になっていた。
「いつの間にか寝ちまってたか」
昨日の冒険で疲れが出ていたのか。廊下の壁にもたれて座って寝てしまっていたニーニャは立ち上がろうとして肩に掛かっていた毛布に気が付いた。
「旦那様か。あの人にも迷惑を掛けちまったな」
鍵はまだ自分の手の中にある。寝ていた間にリンダが出された形跡はないようだ。
ニーニャは扉の前から中へと向かって呼びかけた。
「おーい、リンダ。少しは反省したか? おーい、泣きべそかいてるかお嬢様」
だが、返事がない。
「おいおい、今日は学校のある日だぞ。旦那様はああ言ったが、いつまでも落ち込んでいる暇なんてないんだぞ。開けるぜ」
ニーニャは仕方なく鍵を開けて中へと入ることにした。
反省部屋と言われていても貴族の屋敷にあるだけあって、そこの内装は普段暮らしている場所よりは粗末でも立派な物だ。
その部屋にあるベッドでリンダは枕を抱きながら幸せそうな寝言を呟いていた。
「えへへ、アルト様。ドラゴンぐらい平気ですわ。わたくしのこの剣に掛かれば一網打尽です……」
「まったくこのお嬢様は。落ち込んでいるかと思ったら図太い神経をしてやがる。あたいの反省じゃないんだぞ。ドラゴンプレス!」
「ぐえっ! なんです、今のは」
心配と一人で廊下で寝た不満も乗せて上に乗っかったニーニャは気づかれないうちに素早く離れる。そして、目覚めたばかりのお嬢様に向かってしれっとした顔をして言った。
「さあ、ドラゴンにやられる夢でも見られたのではないですか」
「そう言えば夢にドラゴンが出て来たような……」
「そんな夢の話よりも今日は学校でしょう。早く準備をしなければ間に合いませんよ。お風呂にも入られるのでしょう?」
「そうでしたわ。準備を手伝いなさい、ニーニャ!」
「はい、お嬢様!」
昨日の反省をリンダはどこまで出来たのだろうか。普段と変わらないその様子からは伺えない。
あるいはもう忘れているのかもしれないが、リンダもニーニャも気にする時間は無かった。
「さあ、走りますわよ!」
「おい、そこまで急がなくていいよ。慌てんな!」
そうして慌ただしかった休日は終わりいつもの一日が始まろうとしていた。
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