謎の彼女

けろよん

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第3話 夜に有彩が来た

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(コンッ、コンッ)

 ベランダの窓がノックされた音が聞こえた。

「ん、なんだ?」

 返事をしてカーテンを開けるとそこには有彩の姿があった。指で鍵を指すので開けてやると、彼女はなぜか顔を真っ赤にしながらモジモジとしている。
 彼女の後ろにはベランダと向こうの家の窓とで渡してある板が見える。どうやってここへ来たのか、手段を訊ねる必要は無さそうだった。

「どうしたの? 何か用?」
「その……翼君と一緒に居たいなって思って……」
「えっと、それはどういう意味で?」
「こういう意味だよ」

 一歩進んで部屋の中に踏み込んでくる彼女。俺は数歩下がるしかなかった。
 綺麗で可愛いお隣さんが来たからと鍵を開けたのを後悔してももう遅い。

「……」
「ダメかな?」

 上目遣いで見つめられる。
 潤んだ瞳がキラキラと輝いている。まるで星空のように綺麗だと思った。

「べ、別にいいけど……」

 思わず了承してしまう。女の子に免疫のない男子高校生は女子にお願いされると断れないのだ。
 すると、彼女の顔がパァーッと明るくなる。

「本当! 嬉しい!」
「あ、ああ」
「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」
「えっ?」

 俺が戸惑っている間に有彩は俺の部屋のドアを開けて廊下へと出ていく。
 まさか強盗か? 勝手に行かせていいんだろうかとは思ったが、下手に刺激はしない方がいいとここは従っておく。
 有彩は数秒後に戻ってきた。

「これでよし!」

 彼女が手に持っていたのは枕である。
 それをギューッと抱きしめていた。

「……何しているんだ?」
「この枕を使って翼君のベッドで一緒に寝たいなと思って」
「……はい?」

 ……おい、今、とんでもない事を言ったぞ。

「あの、高嶺さん? 君は何を言っているんだ」
「だから、翼君のベッドで一緒に寝るのよ。だって恋人同士だし、それくらい普通でしょ」
「えっ、いやいや、俺たちまだ付き合ってないよね!? ……っていうか、エロゲーじゃないって自分で言ったんじゃん」
「だから本番は無しで! でも、いずれはそうなるから。なので、予行練習ということで一緒に寝ようよ」
「いや、何言ってんの?」

 俺は頭を抱える。

「あ、もしかして私のこと信用できない? それなら仕方ないか……」

 有彩は悲しそうにする。そんな彼女を見て胸がチクリとした。

「……分かったよ。少しだけだからな」

 俺は根負けする。ここで断ったら罪悪感に押し潰されそうだから。

「ありがとう、翼君」
「ほら、もっと向こうに詰めろよ」
「うん」

 彼女に少し横に移動してもらって俺も布団に入ろうとする。
 そこでドアがバァン! と開いた。

「うわあ! なんだあ!?」

 緊張していたので大袈裟に驚いてしまった。
 入ってきたのは舞だ。寝る前らしくパジャマを着ている。

「お兄ちゃん、あたしの枕が無いんだけど知らない?」
「あっ、えーと……」

 俺は隠れるように布団を上げて被った有彩の方を見る。彼女が持ってきた枕、まさか……
 有彩はそっと頭を見せて唇に人差し指を当てる。そう、ここで彼女がいる事がバレてはまずい。俺は何とか弁解を試みる。

「あー、悪い。実はな……」

 かくかくしかじかと説明する。

「なにそれぇえええええええええ!? 」
「悪いな。本当に済まないと思っている」
「まあ、仕方ないけどさ。それにしてもお兄ちゃんが枕を嗅いであたしの髪の匂いを堪能したいだなんて、そんな変態さんだなんて思わなかったよ」
「おい! そんな説明はしてないぞ! かくかくしかじかと言ったんだ!」
「分かった分かった。それじゃあ、あたしは今日はぬいぐるみを枕にして寝る事にするよ」

 舞は部屋を出ていった。ドアがバタンと閉まる。

「本当に分かってるのかな、あいつ……」

 後で事実を捏造されるんじゃないかとちょっと不安になる。気配が去ったところで布団に潜って隠れていた有彩が顔を出した。

「行ったようだね」
「お前のせいだぞ。何で舞の枕なんて持ってきたんだ」
「えへへ、ごめんなさい」
「ったく……」
「それよりも、早く寝ようよ。もう遅い時間だよ」
「ああ、そうだな」

 電気を消して二人で同じ布団に入る。

「……」
「……」

 そして、気まずい沈黙が流れる。
 さっきまでは軽口を叩いていたもののいざとなるとどうしたらいいのか分からない。
 そもそも何でこういう状況になっているんだっけ?
 そうだ、有彩が隣の家からベランダに来て部屋に入ってきたんだ。
 それで一緒に寝ようって言いだして……本当になんでこういう状況になってるんだろうな。流されやすすぎだろ、俺。
 何か話した方がいいんだろうけど話題が思いつかない。そもそも、女の子と二人きりで話す事自体慣れていないのだ。

「ねえ、翼君」

 先に口を開いたのは有彩だった。

「なんだ?」
「手を握ってもいい?」
「はぁっ!? 何言ってんだよ」
「いいじゃん。恋人同士だし、これくらい普通だよ」
「えーと、それはつまり、その本番をしないという事で手だけは繋ごうと……」
「違うわよ。本番はするの」
「するの!?」
「今じゃないけど」
「今じゃないのか……」
「がっかりした?」
「からかうなよ。俺はもう寝るぞ」

 いろいろあって忘れかけていたが明日は学校なのだ。俺はもう寝る事にする。
 すると、彼女から手をギュッと握られた。
 柔らかくて温かい感触が伝わってくる。

「……」
「……」

 お互いに無言の時間が続く。
 彼女の方を見ると目を瞑っている。月明かりの下だと彼女の顔がさらに綺麗に見えた。

「翼君の手って大きいよね」
「うわ! 起きてた!?」
「フフン、そう簡単には寝れないよ」
「俺の手って大きいか?」
「うん。男の子って感じがする」
「そういうもんなのか?」
「そうだよ。それに、この温かさは安心できる」
「そうか……」
「ねえ、翼君は私のこと好き?」

 突然聞かれた質問に戸惑ってしまう。

「そりゃ嫌いじゃないぞ」
「ふーん、会ったばかりでもう私の事を信頼してくれるんだ」
「……」

 有彩の顔を見つめる。彼女は微笑んでいた。俺にはそれがとても寂しそうに見えた。

「私はね、ずっと一人ぼっちだったの。だから翼君と仲良くなって凄く嬉しいの。でも、同時に怖くなる事もあるんだ」
「怖い?」
「うん。翼君ともっと仲良くなったら私の秘密を話す時が来るかもしれない。その時、私達の関係が崩れてしまうんじゃないかって」
「有彩……」
「こんなこと急に言われても困っちゃうよね。大丈夫、今の話は聞かなかったことにしてくれて構わないよ」
「……分かった」
「ありがとう。じゃあ、おやすみ」
「お休み」

 俺は目を閉じる。
 こうして二人で過ごす夜は静かに過ぎていったのであった。
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