猫はメロス

けろよん

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1話

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 猫は激怒した。
 吾輩は猫であるのに名前がまだ無いのだ。

「友達のセリヌンティウスにはかっこいい名前があるというのに、これでは恥ずかしくて妹の結婚式に出席できぬ」

 この国には能無しを処刑しようとする王もいるのだから身だしなみには気を付けねばならぬ。日没までに名前を手に入れようと猫は走る事にした。



 まずは道を走ってやってきたのは公園だ。この公園では遊んでいる子供達が多い。ここなら猫に名前を与えてくれる者がいるはずだ。猫は公園に入っていった。
 だが、ただ歩いているだけでは囁きかけてくる者もおらぬ。だから、吾輩から近づいて声を掛けてやることにした。

「おい、お前達。吾輩の名前を言ってみろ」

 すると途端に集まってくる子供達。ほほう、我が声に魅了されたか。これだけいれば誰か名前を付けてくれるはずだ。

「うおお、猫がいるぜー」
「猫ちゃん可愛い」
「この猫可愛がってやろうぜー」

 うおお、止めろー。可愛がるでない。

「こいつ、ニャーニャー言ってるぜ」
「ニャーニャー可愛い」

 くそっ、こいつら話が通じん。人間に猫を理解しろというのも無理があったか。吾輩はその場を離脱する事にした。



 再び道を走っていく。もう昼になってしまったぞ急がねばならぬ。
 すると橋を渡ったところで犬が一匹いた。名前はポチだそうだ。首輪に書いてあった。犬は好きではないが名前を貰うためだと我慢して話しかけた。

「ニャア」
「ここに猫が来るとは珍しいな。野良にしては毛並みが良いし人なつこいじゃないか」
「うるさい。人間にはさっき揉まれてきたのだ。それより吾輩の名前は何と言う?」
「名前? お前なんて知らんけど、セリヌンティウスって名前の猫なら知ってるぞ」
「セリヌンティウスは吾輩の竹馬の友だ。王に処刑されそうになったのを助けた事もある。そいつを知っていてなぜ吾輩を知らぬのだ」
「そんな事言われても……」

 駄目だ。こいつでは話にならん。幸いこの橋の向こうには町が広がっている。ここなら誰か吾輩の名前を知っている者がいるはずだ。吾輩は急ぐことにした。



 町は広かった。走っているうちに夕暮れが近づいてきた。だが、ついぞ吾輩に名前を与えてくれる者は現れなかった。

「くそっ、時間切れか。もう帰らねば間に合わぬ」

 吾輩は仕方なく探索を打ち切って帰る事にした。



 妹の結婚式場、その手前で待っていたのはわが友セリヌンティウスだった。

「遅かったじゃないか、我が友よ。間に合わないんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」
「うむ、間に合わなかったら王に処刑されるからな。実は名前を探しに行っていたんだ。しかし、見つからなかった」
「それならメロスでいいんじゃないか?」
「吾輩がメロス……だと?」
「うむ、お前のように友の為に走り、王の暴虐を戒め、妹の結婚式に出席した伝説の英雄の名前だ」
「伝説の英雄か。それはいい」

 こうして吾輩の名前は決定したのだ。
 吾輩の名前はメロス。猫の名前である。
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