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番外編

学園入学前の話 ハートのQ(その2)

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 グルグルと回転する巨大化した羽ペンに跨がりながら、私は上空を飛び回っていた。
 後ろから私を追ってきているのは、漆黒の翼を持つドラゴンだ。紅い目をぎらつかせ、鋭い爪を剥き出しにして餌を求めている。

「全く、魔法棟も人使いが荒いよね。前に一匹倒した実績があるからって、私一人にドラゴン退治させなくてもいいのに」

 文句を垂れながらも、私はものすごいスピードで空を駆け抜ける。
 分かっている、今回私だけがこの場に配置されたのは、「黒」の長官らの嫌がらせだ。
 だって、明らかに管轄外の部署から「赤」の魔法使いに直接以来が来たんだもの……「赤」の長官や父らの不在時に。

 どうやら父に因縁のあるらしい「黒」の長官。彼は、私が魔法使いとして働き出してから、事あるごとにみみっちい嫌がらせをしてくるのである。
 どうせ、今回の件も、私が一人で処理出来なくて泣き付いてきたところを馬鹿にするつもりだったのだろう。ああ、嫌だ嫌だ。いい年こいてパワハラなんて、役職の割に器の小さい男だよねー!

 ヤケクソになった私は、羽ペンの向きを地面に対して直角にし、重力に従って一気に降下する。ドラゴンも、私の後を追って来た。狙い通りだ。
 地面に突進しながら、私は羽ペンの向きを今度は百八十度回転させた。つまり、真上を向いて逆方向——ドラゴンの方に突進する。更に、羽ペンをねじって、今度はドラゴンの背後に回り込んだ。

「後ろを取っちゃえば、こっちのもんだよっ!」

 風が冷たい。さっさと片付けてしまおう。
 私は、上空の水分と冷気を利用して巨大な氷の刃を作り、ドラゴンに向けてそれを放った。
 慌てたドラゴンが、氷の刃に向けて炎を吐き出す。
 けれど、周囲の空気が湿っているせいで、威力はそれ程でもない。

「魔法棟の皆が、実験用にドラゴンの肉を欲しがっていたんだよねっ!」

 氷の刃が、容赦なくドラゴンの羽を切り取る。
 翼を失った相手は、真っ逆さまに地上に向けて落ちて行った。
 私は、落ち行くドラゴンに向けて駄目押しで雷を放っておく。これで、退治出来ただろう。
 あのドラゴンは前に退治した奴と同じで、近隣に住む人間や家畜を襲っていたらしい。打つ手がなく、魔法棟の私のところにまで退治依頼が回ってきた。

「角は私が貰うからねっ……と」

 緩やかに羽ペンを下降させて、私はドラゴンの体の上へ舞い降りた。
 ドラゴンは既に息絶えているが、黒い皮膚はまだ生暖かかった。
 魔法で、尻尾と角を切り落とす。この二カ所は、魔法薬作りの貴重な材料になるのだ。狩った私が失敬してもいい筈である。
 残りのパーツは、依頼された分だけ切り取って魔法で凍らせる。

「村長、あとで魔法棟の誰かが取りにくると思うから、コレ保存しておいてね」

 大きすぎて運べないものは、近隣の村の村長に取っておいてもらって……と。
 私はドラゴンの巨大な角と尻尾の先端を体へ括り付け、城へ向けて飛び立った。

「急いで、報告書書かなきゃ~」

 魔法棟では、モンスターを退治した後、報告書を上げるという決まりがあるのだ。

「ここから城まで、結構時間がかかってしまうかもね」

 この辺りは、転移の魔法陣がない地域なのだ。
 勝手に転移魔法陣を作ってやりたいところだが、作るにも色々許可やら何やらが必要で面倒なのだ。
 魔法棟から魔法陣を作る許可が欲しいと依頼を出しているものの……お偉いさんは、あーだこーだ議論するだけで、肝心な許可は未だに下りていないとか。

 上空の湿度が増してきた。雨が降りそうだ。
 私は、自分の周囲に雨除けの魔法を施して飛び続ける。

「妙に寒いなぁ……」

 それに、なんだか体が怠い。
 私は羽ペンにオートで城へ戻るように魔法を掛け、更に雷除けと温度調節の魔法を施した。

「これでいいかな……ちょっと、しんどいかも」

 私は羽ペンに寝そべると、そのまま目を閉じた。
 おかしいな……温度調節の魔法を掛けている筈なのに、周囲の温度がどんどん寒くなっていく。頭も痛い。
 これはヤバいと判断した私は、落ちないように紐で羽ペンに自分の体を結びつけ、城に伝達魔法を飛ばしたのだった。



「カミーユ、無事なの!?」

 ばたばたと慌ただしく、誰かの駆け寄る足音が聞こえる。
 確認したいが、目を開ける力もなくて、私はその場を動けずにいた。
 羽ペンに結んでいた紐が解かれ、誰かが私を抱え上げる。ああ、ドラゴンの角……私のドラゴンの角はどこ?

 どさりと、固い寝台に寝かされた。おそらく、城の医務室のベッドだろう。
 指一本動かせない私の額に、冷たいものが触れた。ん、気持ちいい。

「ったく、なんで一人でこんな無茶するんだよ……」
「んー……報、告書」
「代わりに書いといてあげるから、カミーユはこのまま寝ていて」
「ん……」

 朦朧とした意識で何とか会話を成立させた私は、そのまま意識を手放した。

 あれから、どれくらい時間が経ったのだろう……
 喉が渇いた私は、重い瞼を開けた。周囲は薄暗く、申し訳程度に灯りの魔法が点っている。
 ここって、城の中にある医務室だよね。私、無事に城へ辿り着けたんだ……
 視線を動かして周囲を観察する私に、上から声が降ってきた。

「カミーユ、起きた?」

 声のする方を見ると、心配そうな顔のアシルが私を覗き込んでいる。

「あれ、アシル? どうして?」
「魔法棟の長官と副長官は不在だし、あの状態のカミーユを屋敷まで移動させるわけにもいかなかったから。医務室で俺が付き添うことにしたんだ」
「報告書!」
「もう提出済み。そんなに報告書が気がかりだったの?」

 どうやら、意識を失う前に会話した相手はアシルだったようだ。

「ドラゴンの角と尻尾!」
「ああ、あの荷物。邪魔だから、魔法棟のカミーユのロッカーの前に立て掛けてあるよ」
「ありがとう! そうだ、私、どうしてここに?」
「……自分の心配が一番後に来るんだね。カミーユは、高熱を出してフラフラの状態で魔法棟に帰還したんだよ。一人でドラゴン退治だなんて、無茶すぎる」
「えー、だって前も一人で倒したしー」
「今回は、行きも帰りも一人だったんでしょう? 相手をおびき出すのも一人、倒すのも後処理も一人」
「あー、後処理は面倒だから村長さんに頼んできたー」

 そう言うと、アシルはコバルト色の目に険のある光を浮かべた。

「……明らかに無茶な依頼だって分かっていて、どうして行くかなぁ。長官の帰還を待つか、依頼を突き返してやれば良かったのに」
「だって、現実にあのドラゴンの所為で困っている人がいたんだし……」
「……あぁ、もう。自分に何かあったらどうするつもりだったんだよ! 「黒」の長官の方には、総長官達や殿下から圧力をかけてもらうとして。もう二度と無茶な依頼を受けちゃ駄目だからね」
「アシル、お水……」

 私の声にハッとしたアシルは、慌てて水差しからグラスに注いだ水を私に手渡してくれた。

「ありがと。ごめんね、アシル。今日は私の所為で子爵邸に返れなかったんでしょう? それに、こんな遅くまで起きていてくれて……」
「いいよ。婚約者を看病するのは当然のことだし。何か食べれそう?」
「ううん、それよりも……体が熱くて」
「熱が上がりきったのかな」

 アシルは慣れた手つきで、額に乗せていたタオルを取り替えてくれた。
 私は、そんな彼の手を掴んで自分の頬に当てる。

「気持ちいい……アシルの手、冷たいねぇ」
「……っ!?」

 アシルは、コバルト色の目を見開いたまま静止した。

「どうしたの?」
「カミーユ、そんな潤んだ目でこっちを見ないで……」
「無茶なことを言うね。アシルの腕も冷たい……もうちょっと、こっちへ来てよ~」

 私は、ひんやりとして気持ちの良いアシルの腕を抱き締めた。

「うわっ……!」
「アシル、全然眠っていないでしょう? ここで眠っちゃえば?」
「何言ってるんだよ、そんな拷問……」
「私、寝相は悪くないけど」
「そうじゃなくて……」

 アシルの顔が、少し赤い。

「……無自覚なのに、時々凄い発言をしてくるよね。カミーユは」
「ん? 何のこと?」

 そう尋ねると、彼はなんでもないと言って目を逸らせた。

「カミーユ、もう少し眠るといいよ。俺はここにいるから」
「んー……アシルも眠るなら」

 そう言うと、彼は溜息をついて私の隣のベッドに横になる。同じベッドには、来てくれないようだ。

「これでいい?」
「……うん。おやすみ、アシル」
「おやすみ」

 私は、近くにアシルがいることに安堵し、再び瞼を閉じた。
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