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会議は荒れる
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レイナの自宅キッチンに立つ二人の少女。アルミラージュのレイナに元シャーレのリザである。
「リザ、これ切ってくれる?」
「分かった」
まな板にのせた赤く細長い野菜を凝視していたリザは、おもむろに腰からナイフを抜いた。予期せぬ行動にレイナがぎょっとした表情を浮かべる。
「ちょ、ちょっと! 何するつもり!?」
「ん? 切るんじゃないの?」
「いや……ナイフ……まあいいんだけどね」
苦笑いを浮かべたレイナはキッチンの引き出しから包丁を取り出し、柄の部分をリザに差し出した。
「……これは?」
「包丁よ。見たことないの?」
きょとんとした様子で包丁をまじまじと眺めるリザに、レイナも不思議そうな表情を浮かべる。
「うん。刃物は戦闘用のナイフくらいしか知らない。料理も自分でしたことないから」
「……そう」
レイナはそっとリザの頭を撫でると、包丁の使い方を丁寧に実践を交えて説明してあげた。その様子を真剣な顔で見つめるリザ。
最初はぎこちなかったリザだが、五分もしないうちに要領を得て上手に食材をカットできるようになった。もともと手先は器用なのだ。
──完成した料理を器に盛ってテーブルへ並べる。リザにとっては生まれて初めての作業。年ごろの少女なら経験していて当たり前のことだが、リザにはどれも新鮮に感じた。
「さ、食べましょ」
スプーンでそっとスープを掬い口に運ぶ。食欲をそそる芳しい匂い。舌の上に野菜の優しい甘みがじんわりと広がった。
「……美味しい」
自分がしたことと言えば野菜を切ったくらいだ。たったそれだけのことなのに、何故かとても美味しく感じる。
「ふふ。自分で作った料理って美味しいでしょ?」
スープの美味しさに浸るリザに、レイナが優しい視線を投げかけていた。心のなかを見透かされたようで思わず赤面するリザ。その様子も愛らしいなと感じるレイナであった。
「さあ、こっちも食べてね。お代わりもあるからたくさん食べるのよ」
「うん」
勢いよくハムハムと食べ始めるリザの前に、レイナは水を注いだグラスをそっと差し出す。
一瞬手を止めたリザはレイナを上目遣いで見やると、小さな声で「ありがとう」と口にした。
──ネルドラ帝国軍本部の会議室。円卓を囲むのはカーキ色の軍服を纏う上級将校たち。このような軍議に慣れているはずの将校たちだが、この日は誰もが顔に微かな緊張の色を浮かべていた。
その理由は円卓の一席に座する一人の女性。黒地に赤いラインをあしらった戦闘服に肩まである黒髪。二十歳を超えているはずだが真っ直ぐに切り揃えた前髪により実年齢より幼く見えた。
ニコニコと貼り付けたような笑顔を浮かべ軍議に参加している女性の名は、特殊魔導戦団シャーレ、鮮血の副長マリーである。
特殊任務を担うシャーレの隊員が軍議に参加することは稀だ。上級将校たちもちらちらと彼女に視線を投げかけている。
「……では、軍議を始める。が、その前にマリー副長。その二人はいったい何だ?」
軍司令官シャラがマリーと、その背後に立つ二人の少女に鋭い視線を向ける。まったく同じ顔立ちをした二人の少女。おそらく双子だろう。
「お気になさらず。ただの護衛ですわ」
笑みを携えたまま糸のような細い目をシャラに向けると、マリーは何でもないことのように言い放った。
「護衛だと? 何故軍議の席に護衛が必要なのかな?」
「常に特殊な任務を遂行している我々には敵が多いのですわ。どうしてもダメだと言うなら退席させますが? シャラ司令官」
「……ふん。まあ構わん。では軍議を始める」
軍議は粛々と進んだ。その間、マリーは一言も発しなかった。終始ニコニコと笑顔を浮かべ、じっと将校たちの話を聞いているように見える。
軍議が終盤に差しかかったころ、一人の将校が挙手し発言を求めた。許可された将校は立ち上がると、マリーのほうへ目を向ける。
「マリー副長にお聞きしたい。鮮血の隊長であるリザ・ルミナスが先の戦闘後、逃亡したとの話が広がっている。真偽のほどをお聞きしたい」
「ライアン! 今はそのような話──」
腰を浮かしかけたシャラをマリーが手で制する。
「聞き捨てなりませんわね。我々の隊長がシャーレや帝国を捨てて逃亡したと?」
「そのような話が広がっている。もし真実であればリザ・ルミナスは戦争に恐れをなし逃亡した大罪人である。本人は捕縛して処刑、貴殿らも責任は免れぬであろう」
その言葉に、マリーの背後に立っていた双子の少女が同時に腰のナイフへ手をかける。今にも飛びかからんとする少女たちに、マリーは片手を挙げて制した。
「……ライアン殿。我々の隊長が逃亡したという確固たる証拠があってそのようなことを口にしているのかしら? 憶測で口を開くのは災いのもとですわよ?」
「戦死もしておらず敵の捕虜になった形跡もない。これはどう考えても逃亡しかないであろう!」
声を荒げるライアンに対しマリーは笑みを絶やさない。周りの将校はそれが余計に恐ろしく感じた。
「我々にとってリザ・ルミナスは敬愛する偉大な隊長。侮辱する発言は決して許しません。それがどういう意味か、小さな脳みそでよくお考えなさいな」
「なんだとっ!?」
席を蹴りマリーへ詰め寄ろうとするライアン。が、マリーがスッと目を開いた途端、ライアンは動けなくなった。
「リザ隊長への侮辱、それに私への恫喝行為。我々鮮血はあなたの言動を敵対行動と認識します」
マリーの瞳が紅く染まる。目を合わせていたライアンの全身がガクガクと震えだし、その目からは血の涙が零れ落ちた。
「マリー副長! やめるんだ!」
堪らずシャラが席を立つ。が──
「死して償いなさい」
マリーの紅い瞳がより強く光を帯びた瞬間、ライアンの目や耳、鼻、口などいたるところから血が噴き出した。そのまま膝から床へ崩れ落ちたライアンはピクリとも動かない。
静寂に包まれる会議室。何人かの将校は目の前で起きた惨劇に恐怖し体を小刻みに震えさせている。
「まさか……先ほどの力は魔眼……!?」
年配の将校が青い顔で呟く。その言葉に周りの将校が一斉にどよめいた。
「ご名答。私が笑みを絶やしたが最期。皆様、そのことを決してお忘れなきよう」
再び笑みを貼りつけたマリーを、苦々しげな表情を浮かべたシャラが睨みつける。
「貴様……軍に、いや帝国にケンカを売るつもりか?」
「滅相もない。我々はリザ隊長の名誉を守りたいだけですわ。くれぐれもリザ隊長を逃亡兵として扱うようなことがなきようにお願いしますね」
「く……では貴様たちがリザを探しに行けばどうだ? 鮮血の力なら可能であろう?」
ギリギリと歯が折れるほど奥歯を噛みしめるシャラ。
「お断りしますわ。我々はリザ隊長の意思を尊重します。我々に一言もなく姿を消したのなら、今は探してほしくないと考えたからでしょう」
「……貴様らは帝国の人間であり軍に所属する軍人でもある。そんな自分勝手な考えが許されるとでも思っているのか?」
「ふふ。では我々を処刑にでもしますか? それで困るのはあなた方でしょう?」
シャラは怒りで目眩がしそうだった。強く握りすぎた拳の内側から血が滴り床へ落ちる。
「はっきり言わせていただきますが、我々鮮血が従うのはリザ・ルミナス隊長ただ一人。彼女以外、誰の命令に従うつもりもありません。では、我々はこれで失礼いたします」
笑顔で会釈したマリーは双子の少女を引き連れそのまま会議室を出ていき、シャラは握りしめた拳をテーブルに力いっぱい叩きつけた。
「リザ、これ切ってくれる?」
「分かった」
まな板にのせた赤く細長い野菜を凝視していたリザは、おもむろに腰からナイフを抜いた。予期せぬ行動にレイナがぎょっとした表情を浮かべる。
「ちょ、ちょっと! 何するつもり!?」
「ん? 切るんじゃないの?」
「いや……ナイフ……まあいいんだけどね」
苦笑いを浮かべたレイナはキッチンの引き出しから包丁を取り出し、柄の部分をリザに差し出した。
「……これは?」
「包丁よ。見たことないの?」
きょとんとした様子で包丁をまじまじと眺めるリザに、レイナも不思議そうな表情を浮かべる。
「うん。刃物は戦闘用のナイフくらいしか知らない。料理も自分でしたことないから」
「……そう」
レイナはそっとリザの頭を撫でると、包丁の使い方を丁寧に実践を交えて説明してあげた。その様子を真剣な顔で見つめるリザ。
最初はぎこちなかったリザだが、五分もしないうちに要領を得て上手に食材をカットできるようになった。もともと手先は器用なのだ。
──完成した料理を器に盛ってテーブルへ並べる。リザにとっては生まれて初めての作業。年ごろの少女なら経験していて当たり前のことだが、リザにはどれも新鮮に感じた。
「さ、食べましょ」
スプーンでそっとスープを掬い口に運ぶ。食欲をそそる芳しい匂い。舌の上に野菜の優しい甘みがじんわりと広がった。
「……美味しい」
自分がしたことと言えば野菜を切ったくらいだ。たったそれだけのことなのに、何故かとても美味しく感じる。
「ふふ。自分で作った料理って美味しいでしょ?」
スープの美味しさに浸るリザに、レイナが優しい視線を投げかけていた。心のなかを見透かされたようで思わず赤面するリザ。その様子も愛らしいなと感じるレイナであった。
「さあ、こっちも食べてね。お代わりもあるからたくさん食べるのよ」
「うん」
勢いよくハムハムと食べ始めるリザの前に、レイナは水を注いだグラスをそっと差し出す。
一瞬手を止めたリザはレイナを上目遣いで見やると、小さな声で「ありがとう」と口にした。
──ネルドラ帝国軍本部の会議室。円卓を囲むのはカーキ色の軍服を纏う上級将校たち。このような軍議に慣れているはずの将校たちだが、この日は誰もが顔に微かな緊張の色を浮かべていた。
その理由は円卓の一席に座する一人の女性。黒地に赤いラインをあしらった戦闘服に肩まである黒髪。二十歳を超えているはずだが真っ直ぐに切り揃えた前髪により実年齢より幼く見えた。
ニコニコと貼り付けたような笑顔を浮かべ軍議に参加している女性の名は、特殊魔導戦団シャーレ、鮮血の副長マリーである。
特殊任務を担うシャーレの隊員が軍議に参加することは稀だ。上級将校たちもちらちらと彼女に視線を投げかけている。
「……では、軍議を始める。が、その前にマリー副長。その二人はいったい何だ?」
軍司令官シャラがマリーと、その背後に立つ二人の少女に鋭い視線を向ける。まったく同じ顔立ちをした二人の少女。おそらく双子だろう。
「お気になさらず。ただの護衛ですわ」
笑みを携えたまま糸のような細い目をシャラに向けると、マリーは何でもないことのように言い放った。
「護衛だと? 何故軍議の席に護衛が必要なのかな?」
「常に特殊な任務を遂行している我々には敵が多いのですわ。どうしてもダメだと言うなら退席させますが? シャラ司令官」
「……ふん。まあ構わん。では軍議を始める」
軍議は粛々と進んだ。その間、マリーは一言も発しなかった。終始ニコニコと笑顔を浮かべ、じっと将校たちの話を聞いているように見える。
軍議が終盤に差しかかったころ、一人の将校が挙手し発言を求めた。許可された将校は立ち上がると、マリーのほうへ目を向ける。
「マリー副長にお聞きしたい。鮮血の隊長であるリザ・ルミナスが先の戦闘後、逃亡したとの話が広がっている。真偽のほどをお聞きしたい」
「ライアン! 今はそのような話──」
腰を浮かしかけたシャラをマリーが手で制する。
「聞き捨てなりませんわね。我々の隊長がシャーレや帝国を捨てて逃亡したと?」
「そのような話が広がっている。もし真実であればリザ・ルミナスは戦争に恐れをなし逃亡した大罪人である。本人は捕縛して処刑、貴殿らも責任は免れぬであろう」
その言葉に、マリーの背後に立っていた双子の少女が同時に腰のナイフへ手をかける。今にも飛びかからんとする少女たちに、マリーは片手を挙げて制した。
「……ライアン殿。我々の隊長が逃亡したという確固たる証拠があってそのようなことを口にしているのかしら? 憶測で口を開くのは災いのもとですわよ?」
「戦死もしておらず敵の捕虜になった形跡もない。これはどう考えても逃亡しかないであろう!」
声を荒げるライアンに対しマリーは笑みを絶やさない。周りの将校はそれが余計に恐ろしく感じた。
「我々にとってリザ・ルミナスは敬愛する偉大な隊長。侮辱する発言は決して許しません。それがどういう意味か、小さな脳みそでよくお考えなさいな」
「なんだとっ!?」
席を蹴りマリーへ詰め寄ろうとするライアン。が、マリーがスッと目を開いた途端、ライアンは動けなくなった。
「リザ隊長への侮辱、それに私への恫喝行為。我々鮮血はあなたの言動を敵対行動と認識します」
マリーの瞳が紅く染まる。目を合わせていたライアンの全身がガクガクと震えだし、その目からは血の涙が零れ落ちた。
「マリー副長! やめるんだ!」
堪らずシャラが席を立つ。が──
「死して償いなさい」
マリーの紅い瞳がより強く光を帯びた瞬間、ライアンの目や耳、鼻、口などいたるところから血が噴き出した。そのまま膝から床へ崩れ落ちたライアンはピクリとも動かない。
静寂に包まれる会議室。何人かの将校は目の前で起きた惨劇に恐怖し体を小刻みに震えさせている。
「まさか……先ほどの力は魔眼……!?」
年配の将校が青い顔で呟く。その言葉に周りの将校が一斉にどよめいた。
「ご名答。私が笑みを絶やしたが最期。皆様、そのことを決してお忘れなきよう」
再び笑みを貼りつけたマリーを、苦々しげな表情を浮かべたシャラが睨みつける。
「貴様……軍に、いや帝国にケンカを売るつもりか?」
「滅相もない。我々はリザ隊長の名誉を守りたいだけですわ。くれぐれもリザ隊長を逃亡兵として扱うようなことがなきようにお願いしますね」
「く……では貴様たちがリザを探しに行けばどうだ? 鮮血の力なら可能であろう?」
ギリギリと歯が折れるほど奥歯を噛みしめるシャラ。
「お断りしますわ。我々はリザ隊長の意思を尊重します。我々に一言もなく姿を消したのなら、今は探してほしくないと考えたからでしょう」
「……貴様らは帝国の人間であり軍に所属する軍人でもある。そんな自分勝手な考えが許されるとでも思っているのか?」
「ふふ。では我々を処刑にでもしますか? それで困るのはあなた方でしょう?」
シャラは怒りで目眩がしそうだった。強く握りすぎた拳の内側から血が滴り床へ落ちる。
「はっきり言わせていただきますが、我々鮮血が従うのはリザ・ルミナス隊長ただ一人。彼女以外、誰の命令に従うつもりもありません。では、我々はこれで失礼いたします」
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