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性欲VS食欲
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翌日マンションで料理をしていると、思いの外早い時間に由利さんが帰ってきた。
「L○NEで今日の晩飯がハンバーグだって言うから」
まっすぐ帰ってきた理由を彼はそう告げた。うん、そうでなくては困る。
僕は由利さんのところに来るまでの一年に、リサーチをする傍ら必死こいて料理を覚えたのだ。元々一人暮らしで大体の家事はできたけれど、胃袋を掴むのはお付き合いの常套手段。特に彼の好物は研究を重ねていた。
「もうすぐできるんで、ビールでも飲んで待っててください。冷蔵庫につまみも作ってあるから、好きなもの出して」
ハンバーグにチーズを乗せてオーブンに突っ込んで、その間に付け合わせのスープとサラダを作る。
そうしてぱたぱたと動き回る僕を横目に、由利さんは鷹揚に冷蔵庫を開け、缶ビールと枝豆と鶏ささみの梅肉和えを取り出した。
「堂崎も飲む?」
「……僕がアルコール飲まないの知ってるでしょ。なんでいつも訊くんですか。一人で飲むのは申し訳ないなんて思う柄でもないでしょうに」
少しだけ意地の悪い顔をしている彼をじとりと睨む。しかし僕の視線など気にしない由利さんは揶揄うように口端を上げた。
「飲んだらどうなるのか面白そうじゃないか」
「面白くありません。僕は酔ったらすぐ寝ちゃいます。そんなの時間の無駄でしょ。思考も鈍くなるし、苦いし、お酒って好きじゃないんですよ」
「真面目でつまんねー男だなあ。飲んで忘れたいこととかないのか?」
「……昔飲んだせいで忘れたいような失態をおかしたことはありますけど。大学の先輩に人前で飲むなって言われました」
「ほら、やっぱり飲んだら面白いことになるんだろ」
もう、酒を飲む前から絡むのやめて欲しい。面倒臭い男だと思うのに、その意地悪な笑みもカッコイイのが腹立たしい。
「……ほんと、由利さんって顔はいいけど性格悪いよね」
「はは、まあな。しかしそんな男だって分かってて恋人になったんだろ?」
ぐいと顔を近付けられて魅惑的に微笑まれて、うぐ、と言葉を飲み込む。くそう、このイケメン、自分の微笑みの威力を分かっていて、いかんなく発揮しおる。
「……仕方ないでしょ、好きなんだから」
ふて腐れたように言うと、彼はふんと鼻で笑った。
「お前、馬鹿だな」
「僕もそう思いますよ」
ため息を吐いて料理の盛り付けを始めると、由利さんもおとなしく食卓に戻っていく。そのまま缶ビールを開けてあおろうとした彼に、僕は慌てて冷やしておいたグラスを持って行った。
「洗い物増えるし別に缶のままでもいいのに。マメな奴だな」
「いいんです、こっちの方が気分も口当たりも違うでしょ。僕との食卓では由利さんに気分良くいてもらいたいから。まあ、惚れた相手への点数稼ぎですよ」
と言っても、彼は全然点数くれないんだけど。
予想通りお礼も言わない由利さんは、グラスに注いだビールを口に含んで、テーブルに食事を運ぶ僕に向かって笑った。
「お前本当に物好きだよな。俺にいいように遣われてるだけなの、分かってんだろ? 恋人って肩書きの、家政夫だ」
「……そゆこと、はっきり言わないでくれます? とりあえず恋人で、由利さんと唯一L○NEで繋がってて、合い鍵もらってるってだけでも喜んでるんですから。今は由利さんに僕の料理を目当てに週三回くらい帰ってきてもらうのが目標です」
「お前の目標値、低いな~」
けらけらと笑う彼の向かいに座ると、目の前に一万円札を置かれた。
「そうだこれ、今週の食費な」
「え? いりませんよ。先週のお金がまだ余ってるし。そもそも週に何日も作らないんですから、食費なんてそんなに掛かりません」
「別に手数料だと思ってもらっておけばいいだろ。収支なんて俺には分かってないんだから」
「手数料なんていりません! そんなものもらったらそれこそ家政夫じゃないですか」
僕はムッとしてお金を由利さんに差し戻した。
「収支が見たいなら全部記入してデータ管理してありますよ。何ならファイリングしてリビングに置いておきましょうか」
「……お前、ほんと真面目だな。それに最初のプレゼンもよく出来てたし。……でも確か、お前って小さい自動車板金工の事務だったろ。そのスキルもったいないな」
呆れたように言う彼に、僕は少し戸惑って視線を逸らした。
「まあ、本当はそういう関係の仕事狙ってたんですけど、ちょっと話が流れちゃって。でも今のところも小さいなりにいい会社だし、定時に上がってここに来れるし、不満はないですよ」
「ふうん。お前やりたいこととか無いの?」
「由利さんを手懐けたい」
真顔で即答すると、由利さんがプッと吹き出す。
「俺は犬かっての!」
「ああもう~、犬だったらどんなに楽か! 家で美味しいご飯用意してんのに、そこらでつまんで食い散らかすし~!」
思わず突っ伏した僕に、彼は意外そうな声を上げた。
「へえ、お前自分が美味しいと思ってんの?」
「……僕じゃなくて本当のご飯ですよ。もうね、僕の武器はそれしかないから、由利さんの性欲を食欲で打ち負かすしかないの」
「ははは、頑張れー」
テーブルの向かいに座る由利さんは、他人事みたいにそう言ってハンバーグを頬張った。
「ああ、でもどうでもいいのと寝るくらいだったら、このハンバーグの方が勝つかもな」
「ほんと!?」
思わぬ言葉にがばと起き上がる。彼の評価を頂けることは何だって嬉しいのだ。
「これから毎日ハンバーグにしようかなあ……」
「やめてくれ、さすがに飽きる」
「じゃあ明日は何が食べたいですか?」
「あー、明日は夜まで会合と飲み会がある。多分一人二人お持ち帰りして来るから、明日は来なくていいぞ」
悪びれなくさらりと告げる由利さんに、僕は再び突っ伏した。
「……ああもう、由利さんて本当にクズ!」
「L○NEで今日の晩飯がハンバーグだって言うから」
まっすぐ帰ってきた理由を彼はそう告げた。うん、そうでなくては困る。
僕は由利さんのところに来るまでの一年に、リサーチをする傍ら必死こいて料理を覚えたのだ。元々一人暮らしで大体の家事はできたけれど、胃袋を掴むのはお付き合いの常套手段。特に彼の好物は研究を重ねていた。
「もうすぐできるんで、ビールでも飲んで待っててください。冷蔵庫につまみも作ってあるから、好きなもの出して」
ハンバーグにチーズを乗せてオーブンに突っ込んで、その間に付け合わせのスープとサラダを作る。
そうしてぱたぱたと動き回る僕を横目に、由利さんは鷹揚に冷蔵庫を開け、缶ビールと枝豆と鶏ささみの梅肉和えを取り出した。
「堂崎も飲む?」
「……僕がアルコール飲まないの知ってるでしょ。なんでいつも訊くんですか。一人で飲むのは申し訳ないなんて思う柄でもないでしょうに」
少しだけ意地の悪い顔をしている彼をじとりと睨む。しかし僕の視線など気にしない由利さんは揶揄うように口端を上げた。
「飲んだらどうなるのか面白そうじゃないか」
「面白くありません。僕は酔ったらすぐ寝ちゃいます。そんなの時間の無駄でしょ。思考も鈍くなるし、苦いし、お酒って好きじゃないんですよ」
「真面目でつまんねー男だなあ。飲んで忘れたいこととかないのか?」
「……昔飲んだせいで忘れたいような失態をおかしたことはありますけど。大学の先輩に人前で飲むなって言われました」
「ほら、やっぱり飲んだら面白いことになるんだろ」
もう、酒を飲む前から絡むのやめて欲しい。面倒臭い男だと思うのに、その意地悪な笑みもカッコイイのが腹立たしい。
「……ほんと、由利さんって顔はいいけど性格悪いよね」
「はは、まあな。しかしそんな男だって分かってて恋人になったんだろ?」
ぐいと顔を近付けられて魅惑的に微笑まれて、うぐ、と言葉を飲み込む。くそう、このイケメン、自分の微笑みの威力を分かっていて、いかんなく発揮しおる。
「……仕方ないでしょ、好きなんだから」
ふて腐れたように言うと、彼はふんと鼻で笑った。
「お前、馬鹿だな」
「僕もそう思いますよ」
ため息を吐いて料理の盛り付けを始めると、由利さんもおとなしく食卓に戻っていく。そのまま缶ビールを開けてあおろうとした彼に、僕は慌てて冷やしておいたグラスを持って行った。
「洗い物増えるし別に缶のままでもいいのに。マメな奴だな」
「いいんです、こっちの方が気分も口当たりも違うでしょ。僕との食卓では由利さんに気分良くいてもらいたいから。まあ、惚れた相手への点数稼ぎですよ」
と言っても、彼は全然点数くれないんだけど。
予想通りお礼も言わない由利さんは、グラスに注いだビールを口に含んで、テーブルに食事を運ぶ僕に向かって笑った。
「お前本当に物好きだよな。俺にいいように遣われてるだけなの、分かってんだろ? 恋人って肩書きの、家政夫だ」
「……そゆこと、はっきり言わないでくれます? とりあえず恋人で、由利さんと唯一L○NEで繋がってて、合い鍵もらってるってだけでも喜んでるんですから。今は由利さんに僕の料理を目当てに週三回くらい帰ってきてもらうのが目標です」
「お前の目標値、低いな~」
けらけらと笑う彼の向かいに座ると、目の前に一万円札を置かれた。
「そうだこれ、今週の食費な」
「え? いりませんよ。先週のお金がまだ余ってるし。そもそも週に何日も作らないんですから、食費なんてそんなに掛かりません」
「別に手数料だと思ってもらっておけばいいだろ。収支なんて俺には分かってないんだから」
「手数料なんていりません! そんなものもらったらそれこそ家政夫じゃないですか」
僕はムッとしてお金を由利さんに差し戻した。
「収支が見たいなら全部記入してデータ管理してありますよ。何ならファイリングしてリビングに置いておきましょうか」
「……お前、ほんと真面目だな。それに最初のプレゼンもよく出来てたし。……でも確か、お前って小さい自動車板金工の事務だったろ。そのスキルもったいないな」
呆れたように言う彼に、僕は少し戸惑って視線を逸らした。
「まあ、本当はそういう関係の仕事狙ってたんですけど、ちょっと話が流れちゃって。でも今のところも小さいなりにいい会社だし、定時に上がってここに来れるし、不満はないですよ」
「ふうん。お前やりたいこととか無いの?」
「由利さんを手懐けたい」
真顔で即答すると、由利さんがプッと吹き出す。
「俺は犬かっての!」
「ああもう~、犬だったらどんなに楽か! 家で美味しいご飯用意してんのに、そこらでつまんで食い散らかすし~!」
思わず突っ伏した僕に、彼は意外そうな声を上げた。
「へえ、お前自分が美味しいと思ってんの?」
「……僕じゃなくて本当のご飯ですよ。もうね、僕の武器はそれしかないから、由利さんの性欲を食欲で打ち負かすしかないの」
「ははは、頑張れー」
テーブルの向かいに座る由利さんは、他人事みたいにそう言ってハンバーグを頬張った。
「ああ、でもどうでもいいのと寝るくらいだったら、このハンバーグの方が勝つかもな」
「ほんと!?」
思わぬ言葉にがばと起き上がる。彼の評価を頂けることは何だって嬉しいのだ。
「これから毎日ハンバーグにしようかなあ……」
「やめてくれ、さすがに飽きる」
「じゃあ明日は何が食べたいですか?」
「あー、明日は夜まで会合と飲み会がある。多分一人二人お持ち帰りして来るから、明日は来なくていいぞ」
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