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未来サヴァイブ2

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 思念での会話に集中するには、受講者の雑念やそれぞれが放つ微力な魔力の交錯さえ邪魔になる。
 レーゲンシルム創立者の子孫であり、個人としても優秀な魔力総合値を叩き出しているセオリアだが、元々思念の交流が苦手なこともあって、この状況での念話は難しかった。

 息をするより容易く、魔力を自在に操る感覚派の大魔道士と比べれば、自分が凡人でしかないと本能的に理解している。
 資質がどうだとか、努力がどうだとかいう話ではない。カイラは皆が憧れる高みさえ、見下ろす場所に到達していた。
 並んで立つ者がいたなら、それは神か悪魔だ。
 
 壇上からの声が混ざり込んだ程度で、カイラの声を拾い損ねるセオリアは、魔術の上っ面だけを学んだ出来の悪い人間の一人でしかない。
 いつか、この大魔道士は自分を観察するのに飽きるだろう。そう思って接していたのに、友情のようなものが育ち、彼にとっては一番近しい者になった。
 背負うものが多すぎて、誰の前でも毅然と振る舞わなければならないセオリアは孤独を感じていた。皆の憧れとなり、周囲に人が集まっても友達と呼べる人がいなかった彼女には、気まぐれで始まった友達ごっこは楽しいものだった。
 カイラと親しく付き合っていることで、セオリアは特別視された。望めば何もかも手に入る彼なら、美しさと賢さの両方を神から余るほど授かった相手だって見つけられたはずだ。小さな世界の一番だと思い上がっていた怖いもの知らずの女の子にどうして構うのか、彼は教えくれない。
 与えられた特権の期限や条件がわからないまま、今日もカイラの興味が薄れていないことに安心している。

 他人の指導は向いてないと自覚する大魔道士は、指を動かしてセオリアから近寄るのを待ってくれた。
 小声で話すには人目がありすぎるのだが、会話が不成立なのは困る。
 彼の唇が耳元に寄せられてもじっとしていた彼女は、その構図が特定の角度から見てキスだと誤解を受けることを予想もしなかった。
 
「ちょっと目をつぶって方がいいぜ」

 囁きに従って目を閉じるとパンと何かが弾け飛ぶ音が響いた。続いてどこからか悲鳴が上がり、二人の周りは一気に騒々しくなっていく。

「俺の声が聞き取れなかったのは姫サンの力不足ってワケでもない。嫉妬深い誰かサンが無理矢理魔力を介入させて、妨害したからだ。あ~ぁ、照明関係全部駄目にしやがった」

 機嫌の良さそうなカイラの声を聞きながら目を開けると、研修が続行出来そうもない惨状だった。
 照明器具が砕け、机や床に破片が飛び散った状況に、セオリアは驚く。

「お前と私の仲を誤解したということか? ロディワール家の後継が、創立以来の天才と謳われたお前と今も親しくしていることは、誰もが知っている。お前の後ろ盾があったから、強く推されたのだとロイファーの連中からは揶揄された。隣に座ったくらいで嫉妬はないだろう」
「わざと思念を傍受させてやったから、抑えがきかなくなったんだろ。落ち着いて見えるが、27歳か。若いねぇ」
「ルースリヴィールに何を聞かせたんだ?」

 カイラは片目をつぶって、いい笑顔になる。

「今夜は無理をさせてもいいんだろ? おとなしく待っているからキスしてくれ」

 セオリアにカイラ並みの魔力があったら、天井がひび割れていたかもしれない。

「キスしたように見えたんだろうな」

 大成功と指で丸を作るカイラは晴れやかな顔をしていた。被害総額を考えたくないくらい、講堂はひどい有様である。
 人の心を試すために、やっていいことではなかった。

「ルースリヴィールがお前にマジ恋してるって、信じる気になったか?」

 細かいことを気にしない享楽的な大魔道士と違い、常識的で倹約家のセオリアは、原因を解明する中、こうなるきっかけを作った自分達に全請求が回ってくることを想像して眩暈を覚えた。
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