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第一章

8.折り紙

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図書館の本が盗まれる、という事案は、じつはけっこうあるらしい。

中学生のとき、お母さんが司書をしているという友達がいて、その子がため息交じりに教えてくれた。本が好きな子で、わたしも少しの間、友達だった。


「鈴原さん、そんなに無理してわたしに合わせなくてもいいよ?なんか、ちょっときつい」


最後、というわけでもないけど、実質最後になったその子からの言葉はこれだった。

そう言われて今よりもっと言葉も何かも知らないわたしは、意味もなく「ごめん・・・」と返して、その先どうしたんだろう。


・・・という、なんともいえない覚えもあり、万引きを疑ったのだ。

話が逸れたね。わるいクセだ。


ただ・・・

今回は、わたしは内心、二度目の「ごめん」を言うことになった。


男の子は、たしかに本を何冊か抜き出したけど、きちんと貸出カウンターに持っていったのだ。おうおう、勝手な勘違いも、いいところだ。こういうひねくれてるところも、ダメなんだろうな、わたし。


ついでなので、その子の後ろに並んで待つ。

係の人は三人いるけど、一人はおばさんに新規図書カードの作成の説明をしている。もう一人は少し耳の遠いおじいさんに、貸し出しの延長手続きについて、根気強く説明している。


誓って言うけど、別にのぞきこんだわけじゃない。

眼鏡の感覚がちょっと苦手、コンタクトなんてこわくて入れられない。

そんなわたしは、毎日PCとにらめっこしたあとには、目薬、就寝前のホットアイマスクがほぼ日課だ。なので、今のところ視力は学生時代からそんなに落ちていない。なにより、視力は仕事にかかわることだし。


そして、わたしは百六十五センチ弱と、背が高いほうだ。そして、その子は百五十くらいの、背の低い小柄な子だった。なんとなく中学生という気がしたけど、1年生かもしれない。


・・・言い訳がすぎた。正直、ちょっとというか、まあありましたよ、好奇心。


バーコードを通した本を、係の人が順に隣によけていく。

全部で、四冊。


あれ?と思った。

それは全部、折り紙の本だったから。


別に男子が折り紙うんぬん言うような化石頭じゃないし、へえ、めずらしい、かわいいなと思ったくらいだ。わたしなんて、紙飛行機が飛んだためしもないし、じいちゃん相手に大見得きって折ったカエルは、打ち上げられたエイにそっくりだった。


「お待ちの方、どうぞー」

「あ、はい」


図書カード作成を終えた係の人が、男の子の隣のカウンターから呼んでくれている。

視界の隅で、黄緑のトートバックにしまわれる鶴が見えた気がした。


「図書カードは、お持ちでしょうか?」

「あ、はい、あります」

「ありがとうございます。では、少々お待ちくださいね」


白髪交じりの、眼鏡をかけたやさしそうな女性の係員さんが、にこにこと応対してくれる。


「貸出、四冊ですね。さきほど新しくカードを作られた方ですよね?返却手続きなどは、ご説明はいかがされますか?」


「あ、他のところと変わらなければ、大丈夫です。」

いけないいけない、なんか今日はぼさっとする。


「わかりました。返却期限は、二週間後、十二日までです。延長は、待ちの方がいらしゃらない場合、一回だけ可能です」


「はい、ありがとうございます」


と、ここまで来て気づいた。


最低限のものが入る小さなショルダーバックしか持ってこなかったから、四冊も本を入れるスペースがない。そしてわたしは今日、自転車で来ている。


さすがに、レジ袋でいいからくださいなんて、いや、厚意でもらえるかもしれないけど、言いたくない・・・。


「閉館時の返却は、外の返却ポストをご使用くださいね。万一本を破損された場合でも、ご連絡していただければ大丈夫ですので。ほかのことも、お気軽に仰ってくださいね」


「は、はい。ありがとうございます。ちなみに、最近図書館で本用のバッグを売っていると聞いたのですが、こちらにはありますか?」


「ごめんなさいね、うちでは販売してないんです・・・もしかして、ご入用ですか?」


「あ、訊いてみただけです!すみません、ありがとうございます」


「いえいえ、ありがとうございます」


・・・そしてわたしは今、図書館の駐輪場にいる。前かごには、裸の本6冊・・・。

これじゃあまるで、わたしのほうが万引きみたいじゃないか。


かといって、この数の本を持って、コンビニでも店内に入るのはためらってしまう。というか、はっきり言って嫌だ。わたしのことはだれも見なくても、なんか、気になるじゃん・・・。


仕方ない、リバウンドしないようにゆっくり安全運転二割り増しで帰ろう。

そう思いながら、自転車の鍵を差し込んだときだった。


「あの・・・・・・」


振り向くと、あの男の子がいた。
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