画用紙を置いて。

西奈りゆ

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画用紙を置いて。

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クマ、リス、ネコ、喫茶店、風船、風鈴、小鳥、海、クリスマス・・・・・・。


先月ホームセンターで背伸びして買ったデスクチェスト。


アクリル板の三段目には、色も柄もどれもちがう、レターセット。

二段目には、これもまたいろいろな柄の、マスキングテープ(わたしのお気に入りは、ぼんやりした顔のキリンのマステだ)。

三段目には、普段使いの郵便局の切手と、ほんの少しの記念切手。

傍に立てかけてあるのは、美術部だったときに買った、スケッチブック。

水彩画を描いていたのはほんの数年だけで、使いかけのそれには、上手くも下手でもない、なんだかパッとしない風景画が眠っている。

べつにもっと上手くなりたいとか、そういうことはなくて、ただ描くことが楽しかったから、自由気ままなスケッチが、気まぐれに数枚並んでいる。


12色のクレヨンを買った理由は、自分でもよくわからない。

文具をあれこれ選んで買うのは好きだ。

一番のお気に入りは、京都で買った、藤色のガラスペン。

その帰り道、どこにでもあるような小さな文具店にも寄ったとき、ふと目についたそれを、なんとなく買ってしまった。

中身を空けると、少し思い匂いと、子どものときの記憶をくすぐるような、原始的な12色が並んでいた。


文具好きになったのは、あなたに書いた、誕生日のメッセージカードがきっかけだった。

たぶんどの恋人たちもそうであるように、たくさんの想いを、おもはゆい言葉に乗せて。


記念日じゃなくても、それからわたしは、不意にレターセットに手を伸ばすようになった。付き合った記念日、あなたの誕生日、疲れて眠るあなたの枕元に、ケンカした翌朝の、テーブルのうえに。


マステで封をしたそれを、いつもあなたは慎重にはがそうとしていた。

ハサミで切ればいいのにと思ったのだけど、あなたのそのしぐさをとっておきたくて、わたしはいつも、何も言わなかった。

同棲2年目の冬は、だからまた、同じように過ぎると思っていた。


「好きな人ができた」


いつもの店で、あなたはいつもと全然ちがうことを言った。

そう、としか言えなかったわたしを少しだけうかがって、けっきょくあなたは伝票をつかんで、席を立った。


あの日から、だれも何も答えてくれない。

朝の陽ざしも、昼の太陽も、夜の雨も。


あのときのように、理由なんてわからない。

立てかけてあったスケッチブックを取り出してめくると、あなたが好きだと言っていた絵も、もちろん変わらず収まっている。

中身の半分を過ぎれば、あとはもう、何も描いていない。


スタンドライトの、灯りをつける。


これからわたしは、真っ赤にくすんだクレヨンを、思いっきり塗る。

青も黒も使うかもしれない。


子どもの頃から好きだった、ヒマワリの黄色も塗るかもしれない。

流れなかった涙が、落ちるかもしれない。


深夜のクレヨンは、たぶんとっても卑怯だ。

あなたが最後に、そうであったように。
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