下弦に冴える月

和之

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 余りにもあっさりなので呆気に取られながらも二人は今一度驚いて振り返った。
「何しに来たんだ!」
「俺の作品を見に来た」
 馬鹿も休み休み言えって顔してまともに答えろと朔郎を睨み付けた。
「肝心な事を聞く時にお前らがやって来たんだ」
「それはないやろう、閉店の手伝いに寄越しながら」
「だから想定外だったんだ。どうも佐恵子の持ってた案内状を見て来たらしい」
「佐恵子さんが見せたのか」
「いや厳密には妹さんらしい」
「そうか・・・。堀川も北山の店へ行ったそうだ」
 本当かと云う顔を堀川に向けた。堀川は頷いた。
「かおりさんって云う子も見たわよ」
 表のガラス越しに中を覗く人影に狭山が閉店を告げに立ったが北村が呼んだ業者だった。

 三人は話を中断して店内を整理して作品を段ボール箱に詰めて宅配便に渡し店を閉めると木屋町の居酒屋へ入った。狭山が座敷席で出されたお絞りを拭きながら早速狭山がかおりちゃんの様子を聞いていた。
「狭山さんあの子知ってるんですか?」
 堀川は怪訝そうに尋ねた。
「まだひと月になるかならんかやから多分向こうは知らんやろう」
「知るわけないだろう」と朔郎も手を拭きながら笑った。お前もだなあと狭山も笑った。
 堀川が二人に説明を求め、それが北村の子と知って笑い事じゃないでしょうと憤慨した。
「そうだお前、他人事じゃないぞ」
 堀川に諫められて狭山も慌てて真顔に戻した。 
 座卓に注文の品が並び始めると乾杯の一口からビールのピッチが上がり出した。
 朔郎の説明に堀川は、乳飲み子抱えて消えて仕舞うなんて何を考えるんでしょうねと佐恵子を貶しに掛かった。 
「それで北村さんはかおりちゃんには会ってないんですか?」  
「ああ、一度も」 
「一度も! それって可怪(おか)しくないですか自分の子でしょう心配しないんですか」
「でもちゃんと 彼女と一緒なら大丈夫だろう」
「そう云う問題じゃないでしょう」
「堀川、お前の言わんとしてる事は判るが北村は世間擦れしてるんだ。去る者は追わず寄る者は迎入れる、そうだなあ北村」
 話と共にビール瓶も空になってゆく。酒の力か北村は半年後にかおりは正幸が認知してくれたからと、素っ気ない住所のない名前だけの手紙を寄越した。それから音信不通だと他人事(ひとごと)のように言った。
「そんなひと言で片づく問題じゃないが最終的にはそこへ落ち着くだろうなあ」
 ただ待ち続けた。そのひと言に尽きるとサンマの塩焼きを頬張った。
「それじゃ達磨さんじゃないの」
「だけど転けてもすぐに起き上がれる。それが北村の良いところだ早い話が我慢強い男なんだそこを堀川が理解してやれば最後まで添え遂げられるぞ」
 変な顔をして堀川は唐揚げをかじり出した。
「狭山さん、話を可笑しな所へ振らないで下さい。それより北村さんはその篠原さんとさっきまで何を話してたんです」
「そうだ、篠原は何しに来たんだ」
  狭山はグッとビールを飲み干した。慌てて堀川が新たに注いだ。
「どうも佐恵子の様子が変わったのを気にしていたらしい、そこでここの案内所が出て来たそれでいたたまれず引き寄せられたって言う所だ」
 零れ掛けたビールを泡ごと急いで一口飲んだ。堀川は入れ過ぎたと頭を掻いた。
「それで佐恵子さんの様子を訊きに来たんだなあ」
「そこまでは喉まで出かかって居るんだろうがとうとう言い出せなかったようだ。顔を見ればそんな感じだった」
 それが正幸の云う何かの間違いだろうと北村はまだサンマの塩焼きに取りかかっていた。
「なぜ言い出せなかったんだ、向こうに後ろめたさが有るからじゃないのか」
 狭山はズバリ篠原の泣き所を付いて来た。二人は目と目で了解したが堀川に問い詰められて北村は穂高の一件は真実だと告げた。言った同じ口元へサンマとビールを交互に詰めていた。
「要するに稜線から突き落とした一件だ、あいつは真実を歪めた」
  狭山は箸を置いてビールに掛かった。
「推測で判断したら良くない」
 サンマを片付けた北村はビールに集中した。
「北村、お前、人が良すぎる。今度会ったら俺が問い詰めてやる」
 堀川は串カツを頬張り出した。
「そこまでしなくても目だけであいつは参ってしまうよ」
「北村さんってそんな鋭い目付きするの?」
「堀川、お前は知らんが北村のシャッター押すあの瞬間の鋭い目付きには俺も参ってしまうよ、ただ一瞬で持続性がないから佐恵子さんの様な特異な素質に関心を持つ人しか惹き付けられないんだ」
 ほうーと 堀川は串カツとビールを持ったまま感心して聴いていた、
「狭山、買いかぶりすぎだ。俺にどんな素質があるんだ」
「それが解らんからみんな苦労してるんだ。最初から解ってたら必死になるか」
 これからも気を抜くなと云う狭山の忠告は初めて拓いた個展の打ち上げに相応しい贈る言葉だった。それには篠原家の騒動には首を突っ込まぬことが寛容だと付け加えた。
  それには堀川も賛同した。絆も目的もない正幸の一家は長年の惰性の延長に有るだけだった。だから少し隅を突かれただけで崩壊しかけない砂の楼閣だった。

 

                
    
    
    
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