遥かなる遺言

和之

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 祭壇の前に遺体が安置され、その前に住職の席があり、その前が親族席で次に焼香台によって分けられた弔問客用の椅子が百ほど並べてあった。それが三十分前には八割ほど埋まっていた。店長が応援に頼んだ山岡と篠田がやって来た。薮内と福島は本社待機が迫っていた。                                      
「野々宮さんすごい式ですね、これじゃ会員は入れ食いじゃないですか、営業放棄して来たんですから七千円取れたら何かおごってくださいよ」と山岡は顔を合わせるなりたかってくる。
 何言ってんね仕事やないか野々宮、訊くことはないぞと桐山は弔問客の誘導に二人を立たせた。
 山岡の営業活動は葬儀の翌日までで、あとは次の本社待機までパチンコ店で、営業と云う名の時間つぶしだった。篠田は己の領域をはみ出さず底辺に留まろうとするが、山岡は留まらず他人の領域まで平気で踏み込んでくるやり手だ。油断するとなんぼでも隙を衝いてくるからヤクザみたいなもんだ。巧く立ち回らないととんでも無い事になる。 
 増員されたバイトの女の子が会場内で増える弔問客を案内する。やがて野々宮は十分前には親族を席に案内した。七時に野々宮が祭壇の脇で通夜式の開始を告げて、ご導師の入場着席をもって通夜経の読経が始まった。
 通夜式が始まると導師が退席して終了を宣言するまで野々宮は席を動かず、ホールに配置された関係者に指示をするだけになる。これによって会場の全ての客に彼が取り仕切っていると云う印象を与える。これで式の後には担当者が会員勧誘をスムーズに出来る。これがA社の会員獲得のシステムになっていた。死亡通知の待機から骨挙げまでキツイ仕事を社外の人間にしかも無給で担当させ、ホール内の客の前では一番頼れる存在にさせるのもそこにあった。
 受付を終え弔問客を案内する山岡が、そろそろ焼香やないんかと、野々宮に目で迫ってくる。嫌なやつだと思いながら焼香の案内係、おしぼりを渡す係、粗供養を渡す係の女の子たちに始めると目配せすると三人とも軽く頷く。事前に住職と打ち合わせをした通夜経の経文の途中から弔問客へ焼香の案内を告げた。焼香途中で桐山が寄ってきて「あの男が永倉井津冶と記帳した男やと」耳打ちして店長はその場を離れた。来るとは予想したが若干遅いと思いながら監察した。
 若い二十代半ばぐらいか目鼻立ちは整っていて、痩せ型らしく背もすらっとして見えた。野々宮はその男の焼香を親族席に座る礼子と、交互に喰い入るように見詰めるが顔を合わすことはなかった。男は一度礼子を見て焼香を終えると帰らず一番後ろに座った。
 全ての弔問客が焼香を終えるとさっさと家路に就くとは限らない。それらは故人やその遺族との繋がりが間接的であり、また面識があっても利害が浅い者たちだった。そうでなくもっと故人や遺族に励ましや思い出を伝えたい人々は、通夜式が終わった後の対面に思いを寄せて残っていた。
 姉達の話を聞けば彼もそのうちの一人に過ぎないとは思えぬものがあった。彼が焼香を終えた辺りから列は短くなりその内に途絶えきた。静まりかえると僧侶の読経だけがやけにホールに響き出した。そのうちに大音声と共に鐘が鳴り読経はピタリと止まった。野々宮は導師退場を告げ、通夜式の終了を宣言する。みんな立ち上がり遺族と弔問客との交流で挨拶や雑談が飛び交い始めた。バイトの女子は空いた椅子を片っ端から片づけだした。一番後ろに座っていた男も前列の親族席目指して歩き出した。礼子の周りには他の親族同様に遺族と弔問者に囲まれて弔問を受けていた。その集団に向かってあの男は確かな足取りで一直線に近づいていった。二メートル手前で礼子は気が付いた。周囲も異変に気付き彼がどう云う男か分かったのか、会話が止まり興味は二人に注がれた。緊張と期待の高まりでかなり長い時間に感じたが数十秒だった。
「あなたにとって大事な人だったから来ない訳はないわね。祖父の口利きで今の一流会社に入れたのだから。それだけじゃないけど・・・」と最初に礼子が口を利いた。
「はっきり云ったらどうなんだ。二人を繋ぎ留めたと・・・」
  この男は何をいきり立ってるのかと野々宮は思った。
「そうだったかしら」と言いかけて、悪いけどこの人に話が有るからとみんな席を外してほしいと礼子は頼んだ。周囲の者が散り始めると野々宮だけは引き止めた。
「何者なんだいあいつは」
「祖父の葬儀では付きっ切りでお世話してくださってる人だから、あなたからも礼を尽くさないといけない人よ」
「俺とどういう関係があるんだ」
「とにかくおじさまのお顔を見ておくのね」
 井津冶は黙って棺に近づくと小さな窓を開けて見ていた。
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