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しおりを挟む桜の咲く季節になると想い出す。
あの優しい時間を。
もう、二度と戻れない時間を……
出会いは、俺がまだ小学生だった頃。じぃちゃんが庭の桜が咲くとその下で楽しそうに酒盛りをしていた。いつも誰かと嬉しそうに。
母さんに言うとじぃちゃんは、歳をとったからだって言ってたけど。確かに、俺を父さんと間違えたりする事もあったりしたけど。桜の木の下で見たじぃちゃんは、そんな風には見えなかった。見ているとずっと若返ったように見える時があったから。桜の木の下にいる時はじぃちゃんはじぃちゃんなんだと思った。
いつも誰と話してるのか近くで見てみたいけど、あまりにも楽しそうなじぃちゃんの邪魔をしてはいけないような気がして、縁側からその様子を遠目に見ていた。
ある日、学校から帰った時、珍しくじいちゃんが居なくて代わりに着物を着た女の人が立っていた。銀色の髪が陽に当たるとキラキラと輝いていて肌は透き通るほど白かった。頭には桜の花が飾られていてその人によく似合っていた。
ものすごく綺麗で儚げで見ているとほんのり暖かくなるのと同時にどこか切なさがあふれた。その人があまりにも哀しい顔で、いつもじぃちゃんが座って酒盛りをしている場所を眺めていから思わず声をかけていた。
「ねぇ、どうしたの?」
目が合った瞬間、息をするのも忘れるほどにその人の桜色の瞳に吸い込まれていった。
「童子……?。あぁ、もう、あれから……そうか、大きくなったな。目元などあやつの小さいころにそっくりだな」
フッと遠い目で微笑み俺の頭を優しくなでた。その暖かい手で触れられるとなんとも言えない気持ちになった。
「僕のこと知ってるの?なら名前でちゃんと呼んでよ」
「あぁ、すまぬ。……桜久であったな」
その声で呼ばれると猫がじゃれつくようで擽ったいのに何度も呼ばれたくなる。それに、気づかれたくなくて聞き返す。
「お姉ちゃんの名前ってなんていうの?」
「我の名前とな?」
袖口で口元を隠しながら笑う姿がまた綺麗で見惚れてしまう。
考えながら桜を見上げ少し考える仕草も優雅で、見ているとドキドキしてしまう。
「そうだな。お主がつけてくれぬか?」
「ぼく?いいの?」
「良い。桜久に付けて欲しい」
「うーん。お姉ちゃん桜の精みたいに綺麗で月みたいに優しい感じがするから……」
うーん。と悩みながら考える。
「桜の月で桜月ってどお?」
「月か……我も月は好きだ。ありがとう、桜久……」
お礼を言われたと同時にお姉ちゃん━━桜月の体が光に包まれ心臓の辺りへと集まる。
「お主もあやつの血を受け継いだか。これも縁……。何かあれば我を頼ると良い。この時期でしか姿は見せれぬが。この木がある限りお前の声は聴こえておる」
「あやつのち?」
「お前のじぃ様と同じ力よ。いずれ分かる」
「ふーん。いつか分かるんだったら楽しみにしとく」
「そうか。お主もこれまた、面白いのぉ。」
面白いものを見たかのように、口元を扇で隠し微笑む。
「ねぇ、また、お話してくれる?」
「また、桜が咲けば会える」
そう言うと頭を撫でる。
「そうだな。今年は会えるのが今日で最後……お前と話ができた記念だ」
そう言ったかと思うとくるりと舞うと一斉に花びらが舞だした。意思のある生き物のように桜月の周りを回ったかと思うと俺の体を包み込む。すると体が宙へと浮き出した。
「うわっ!」
暖かい花びらに包まれ、すうっと空高く舞い上がる。思わず固く目を瞑り俯く。ふわりと桜の香りに包まれ、声が頭の上でした。
「桜久……ゆっくりと目を開けてみよ」
まだ、怖さがあるが、恐る恐る言われた通りに目をゆっくりと開ける。
「……うわぁ!綺麗!!」
目に飛び込んできたのは、俺が住む街を桜が楽しそうに舞い踊る姿だった。
川沿いを桜が包ながら移動していく。花見をしている人達がこちらを見ながら何か言っている。スマホで写真か何か撮っている人や口をあんぐり口をあけている人……。
「桜月!! これ!不味いんじゃ!!」
「ん? あぁ、心配するな。あ奴らには我らは見えてはおらぬ。桜が舞っているようにしか見えておらん」
そう言われても、この大量の桜の花びらが舞っているのは異常な光景だろうと思う。
……あえて口にはしなかったけど。
この異常な光景に気を取られているより身を委ねている方が楽しかった。
後日、この動画がニュースで流れた時はヒヤヒヤしたけど。
それからは、じぃちゃんの代わりに桜が咲くと一緒に過ごし、桜が散れば木へ話しかけた。姿は見えなくても何となく葉の揺れが返事をしてくれているようだった。
時は立ち中学2になった。
いつもの様に木にもたれ話をする。もう少ししたら花が咲き満開の花の下でのんびり桜月と過ごす。
木を見上げると蕾があちらこちらにつき始めまた、桜月に会える日が近づいてきたのだと知らせてくれる。
そのはずだったのに……。
1人で留守番をしていた時にソレは起こった。
親が用事で遅くなるからとベッドで寝転がり留守を満喫していた。気がつけば寝入っていたようで微かに焦げる匂いと騒がしい音に目が覚めた。
「桜久……。目覚めたか」
「桜月?」
「何処かおかしな所はないか?」
「……?どこもなんもないよ」
「良かった」
ホッとした桜月を不思議に思いながら辺りを見回せばそこは寝ていたはずの部屋ではなく近所の広場だった。
木の影で桜月に膝枕された状態に少し照れてしまう。
「あれ?部屋で寝てたた……桜月?」
悲しげに俺を見つめる桜月に不安を覚える。
「……すまぬ」
そう呟くと桜月は、淡い光に包まれ始め姿が薄くなっていく。
「えっ?」
慌てて桜月を捕まえようと手を伸ばしても空気を切るだけで触れる事ができない。
理由は分からない、けれどこのままだと桜月に会うことはできないと頭のどこかで分かっている。
何度手を伸ばしても触れることは出来ない。
「桜月?!」
スっと桜月の手が俺の頬に伸び触れる。だけれども、温もりだけで手の感触がない。
徐々に光が薄れていくのと同じように桜月の姿も背後にある木の幹の輪郭がハッキリなるにつれ闇に吸い込まれていく。
「嫌だ!」
叫んでも虚しく、その姿は元から無かったかのように暗闇がそこにあるだけだった。
なんで?
「桜月っっ!!」
目を覚ましただけで桜月が消えなければいけない?
何が起こった?
どうなってる?
消えた場所を見ながら答えを探してみても分かるはずがない。ただ眠って起きただけなのに。
何もわからないまま座り込み続けるだけだった。
「桜久!」
気がつけば名前を叫び駆け寄ってくる足音がした。
苦しいくらいに抱きしめてきた人は泣き俺の名前を呼び続けていた。
その声を側で聞いているはずなのに膜が張ったように遠くで聞きながら俺は意識を手放した。
今度目覚めた時は病院のベッドにいた。横には憔悴仕切った母さんと父さんがいて、起きた俺を見ると慌てて看護師さんを呼びに行った。
退院してからゆっくりと母さんがあの夜何があったのか教えてくれた。
あの日、俺の家は放火されたそうだ。母さん達が帰ってきた時にも家は燃え続けていて消防車や警察が消火活動をしていた。
慌てた2人は俺が中に居ることを伝えたが火の手が回りすぎていた為探すことはできなかった。
立ち尽くすし燃える炎を見つめているとまだ咲いていない桜の花びらがが舞い広場へと消えていったのを何故か追いかけていくと俺が座り込んでいたたいうことだった。
そう、眠っていて気づかなかった俺を桜月が助けてくれた。
咲く前だから余計に力を使ったのだろうと思う。家に帰って見た桜の木は燃えはしなかったものの枯れていた。
あれから10年。春がもうじき来る。まだ桜が咲く様子はない。
俺を守る為に枯れた桜の木は、ぽろぽろと枝が折れあんなに咲き乱れていた花が咲くことはなかった。母さんには折れると危ないから切ってしまうと言われたが頑として譲らずにいたおかげかどうにか切らずにいてくれた。
もう、咲かないかもしれない。それでも咲いてくれはしないかと毎日声をかけた。
「ねぇ、桜月……。俺、酒も呑める歳になったよ。一緒に呑もうよ」
幹に手を置き見上げる。
なんの反応もない桜に自分の記憶が夢だったのではと哀しくなってしまう。
視界が滲む、それを誰に見られている訳でもないのに俯き隠す。
下げた首に何か落ちてきた。
手探りで掴み眺めると桜の花びらだった。
思わず顔を上げると風が吹き枯れていたはずの木から一斉に桜が咲き乱れたかと思うと風に誘われるように花びらが舞い吹き上がる。
桜久
そう、呼ばれた気がして木を見上げると優しく微笑む桜月が枝に腰掛け、こっちを見つめていた。
「桜月っ!!」
叫ぶと同時に、ふわりと舞い降り俺を抱きしめた。抱きしめ返そうとした腕の中で桜月は淡い光を放ち泡のように消えた。
「━━━━っっ!!!!」
腕は空を切り虚しく行き場を探す。
その場に崩れ落ちいい歳をした男が大声で泣いた。
声が、涙が枯れるまで……。
それから、桜月が姿を現すことはないまま、あれは夢だったのか現だったのか……。時は残酷に過ぎていった。
そうしているうちに俺にも家族ができ、子供が産まれ桜陽と名付けた。桜月が月のようだったから反対の太陽の陽を取って付けた。桜陽はスクスク育ち、俺が桜月と出会った歳になった。
桜の木の前で、キャッチボールをしながらふと桜陽が不思議そうに聞いてきた。
「ねぇ、お父さん。この桜いつ咲くの?」
「いつ頃……、そーだな。いつになるだろうな。昔この桜はお父さんを助けて力を全部使っちゃったんだよ。だから……いつになるかは分からない」
もしかしたら、この先咲くことはないかもしれない。
その言葉を言えば現実になりそうで……でも、桜が咲くとも思えない自分が嫌になる。
「もしかしたら、桜陽が大人になる頃かもしれないな」
いつかは、咲く……。そう願いを込めて言葉にする。会えなくても心はいつも傍に。あの楽しかった想い出が胸を焦がす。
「ねぇ!お父さん!! 」
ボールを取りに損ね木の後ろに取りに行った桜陽が嬉しそうに手招きしながら呼ぶ。
「ここっ!葉っぱがあるよ!!」
太陽の様に明るい笑顔で叫ぶ。慌てて走りより指の先を見ると、枯れた枝に1つ緑の葉っぱが芽吹いていた。
「……桜月」
目頭が熱くなる。
「待ってるよ……」
その言葉に答えるように芽吹いた葉が揺れたような気がした。
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