上 下
91 / 195
第5章 (2)アカリside

2-5

しおりを挟む

「……断れない。もう決めた事なんだ。
契約も成立して、あとは行くだけだから」

射る様な、眼差し。
迷いのないヴァロンの瞳。

嘘をつかない彼。
一度決めた事は、曲げたりしない。


「……私も、一緒に行くのは?
傍にっ……いるのも、ダメなの……?」

なんとか冷静になろうとして、私は必死に涙を止めようとしながら尋ねた。


「……俺は依頼人の元に住み込みになる。
少し治安が悪いから、そんな場所にアカリを連れて行けない」

そう言ったヴァロンが、顔を歪ませていた。


……分かってる。

優しい彼が、自ら私が悲しむような事をするハズがない。

どうしても断れなかった。
ヴァロンにしか出来ない、依頼なんだ。
彼も、辛いんだ。


……。

……でも、止まらない。
感情が、抑えられないっ……!!


「っ……。……らい…ッ」

「?……アカリ?」

肩に触れているヴァロンの手を振り解き、私の顔覗き込んでいた彼をキッと涙目で睨んだ。


「っ……嫌いッ。
ヴァロンなんてっ……大っ嫌いッ……!!」

「ッ……」

私の言葉に……。
彼は母親に怒られた子供みたいな、哀しい表情をした。


酷い事を、言った。
ヴァロンが一番傷付く言葉を、言ってしまった。

……。

でも、離れたくない。
悲しくて寂しくて仕方なかった。

初めての妊娠。
望んでいた事なのに、不安が押し寄せる。
ヴァロンが喜んでくれたら、一緒に居てくれたらどんな事でも頑張れると思った。

……けど、彼はいない。
一人で産まなくてはいけない。
そう思ったら、私は急に怖くなってしまった。

……。

その日は別々のベッドで、眠った。
しおりを挟む

処理中です...